痛みの街
出されたお題を一時間で書くシリーズです。
今回のお題は「痛み」です。
よろしくお願いします。
『痛みの街』
俺は初めて訪れたこの街に驚愕した。
この街に住む人はお金を必要としない。
全ての快楽を娯楽を幸福を、痛みによって代替する。
無一文だった俺は新天地を求めこの街へやってきた。
毎日、家もなく、食べ物もなくすみ場のなかった俺だ。痛みには慣れてる。
そんな俺にとってまさにこの街は桃源郷だ。痛みを感じるだけで飢えることもなく、凍えることもない。
さて、まずは腹ごしらえだ。
まずはパンでも頂こう。そう思い目の前にあったパン屋に入る。
「すいません。そこの食パンを一つ」
「かしこまりました。それでは腕をお出しください。」
店員はこの街に入る時につけられたリストバンドに専用の機械を通す。
なるほど。このリストバンドを通して痛みを人間に送るってわけか。
腕を軽く圧するような感覚が走る。
「あの…、あとどのくらいで痛みを感じるんでしょう?」
「この機械を通したらすぐに感じるはずですが。」
不思議そうにする店員。
まさか、今のが対価の痛みとだというのか?軽く圧しただけだぞ!?
それじゃあ、あの食パンの倍の値段はしそうなメロンパンを注文してみよう。
「そこのメロンパン頂けませんか?」
「かしこまりました」
店員は再びリストバンドに専用の機械を通す。
するとさっきよりほんの少し強めの圧力を腕に感じる。
なるほど!外の世界でいう値段によって痛みの強さが変わるってわけだ。
有難い。こんなに簡単なもので貴重な食料にありつけるとは。
この世界の仕組みを”理解”した俺は店の外に出る。
パンを食べれたのはいいがまだ少ししか腹は膨れていない。
なんだか久しぶりに肉が食べたい気分だ。あそこのステーキ屋にでも入ろうか。
少し高級感の漂う店に誘い込まれるように入る。
ウェイターに案内されるがまま席に着く。
しまった。こんなに高そうな店、俺の身の程に合っていない。
今まで食べたことのないような肉が目の前に運ばれてくる。
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こんなに高級な肉だ。先ほどとのメロンパンの40倍の値段はするだろう。
そう言えば会計をしていた別の客。顔を歪ませて、脂汗を滲ませて、かなり痛そうだったな…
「ええぃ。頼んじまったもんはしょうがない。食うしかねぇ!」
そう言って肉を口に運び込む。
なんて美味いんだ。生まれてこの方こんなモン食ったことはない。ありがたい。本当にありがたい。
俺はあっという間に肉を完食し、ついに会計のときを迎える。
「それでは腕をお出しください」
緊張の一瞬。どれ程の痛みがやってる来るのか。俺は身構える。
が、まるでそれは割くほどのパン屋で感じたものとほぼ同じものだった。少しつねられたような感じはしたがそれはまるで痛みとは程遠い…。
店の外に出て俺は実感する。この街は俺のような奴のための街だと。今まで痛みに耐え続け、抵抗のある俺にとっては最高の街だ。
「最強だ!俺はこの町で全てを手に入れる!」
それからというもの俺は贅沢の限りを尽くした。
女も金も車も娯楽も地位も名誉も。ただ痛みという代償を払うことによって俺は本当にこの町の全てを手に入れた。もっとも、俺にとっては痛みではないが。
流石に屋敷を手に入れた時はかなり痛みを感じた。小指を戸棚の角にぶつけるような痛み。久々に感じるその感覚はかなり痛かったが、小指だけでこんなに大きな屋敷を手に入れることができた。
いやぁ、いいものだ。
ある日の事。この街でも有数の富豪になった俺はある会合に出席した。
その帰り道、夜も更け、街はほぼ完全に寝静まる。
さっさと帰ろうと思った矢先、俺はある人物とぶつかる。
俺はこいつに見覚えがあった。俺がこの街に来て初めてステーキを食べた店でかなり辛そうに会計をしていた男だ。
だが、その男は最初に見た時とはかなり印象が違っていた。
髪と髭を不格好に伸ばし、ガリガリにやせ細ったまるで昔の俺のような格好をしていた。いや、まだ昔の俺の方がマシだろうな。
そいつは突然、俺に話しかける。
「この生活がいつまでも続くと思うな。気づいた時にはもう戻れない。」
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何だこいつは。痛みに負けたのか。あの程度の痛みに。軟弱な男め。こんな奴に同情の余地はないな。
「弱虫のクズめ。」
俺は男に向かって吐き捨てる。
「待て!何のための痛みだと思っている!!よく考えろ!」
何のため?俺のために決まってるだろうが。
これ以上、この程度の痛みに耐えられないような雑魚に構っている暇はない。
そう思い俺はその場を去る。
「そう言えば夜飯を食っていなかったな。屋敷のシェフはもう帰っているだろうし。
仕方ない。今日は外食にするか。」
どこかに食べれるところはないかと辺りを見回すが、こんな時間だ。どこの店も閉まっている。
「はぁ、腹減った。昼から何も食べていない。」
少し歩くと、灯りがついている。店が2つ。
俺が初めてこの街に来た時に入ったパン屋とステーキ屋だ。
俺の気持ちが沈む。何で、よりによってこんな痛くない店しか空いていないんだ。
俺はやむなくステーキ屋に入る。
店に入った俺はウェイターに「一番痛い肉」を注文する。
出された肉を食べるも…不味い。所詮は軽痛店と言ったところか。
肉を半分残し、会計を済ませに席を立つ。
「それでは腕をお出しください。」
「さっさと済ませてくれ。」
店員がリストバンドに専用の機械を通す。
「どうせカスみたいな痛…」
「あああああああああああああ!!!!!!」
突如全身に痛みが走る。全身をぶっとい針で余すとこなく同時に刺されるような痛みが。
「何だこれはッッッ!!!」
耐え難い!この店はそれほどまでに良い肉を使っているとでもッ!?
そんなはずはない。
どういう事だリストバンドの故障か?
確かめるために俺はステーキ屋の目の前のパン屋に入り食パンを購入する。
「それでは腕を…」
「早くしろッッッ!!!」
リストバンドに専用の機械が通された瞬間、再び全身に痛みが走る。
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「ああッ!グッ…ア…ッッッ!!!」
痛い…なんてもんじゃない!!!
先ほどの倍の痛みはある。
可笑しい。息絶え絶えになりながら俺は張って店を出る。
するとそこには先ほどの男が。
「やはりな。まるでお前は俺のようだ。」
その男は哀れむような目で俺を見つめる。
「どういうこと…だ…。」
その男はため息をついた後、
「この街に初めて来た時のお前は、まるで謙虚だった。痛みを知っていたからこそ小さな幸せにも一喜一憂し、どんなに安物の食べ物でも本当にありがたがって食べていた。しかし、今のお前はどうだ。傲慢そのもの。何でも手に入ることを全て自分の力のおかげだと勘違いしている。痛みを忘れた醜い姿。ありがたみを忘れた愚かな心。それに罰を与える。それがこの街のシステムなんだ。」
あぁ、そうか。俺は勘違いしていた。全く理解していなかったのだ。痛みの意味を、「ありがたみ」を、この世界の本当のシステムを。
俺はもう戻れない。
知ってしまったから。贅沢を蜜の味を。このままかつてのように、いやそれ以下に落ちていくだけ。