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あっ、ども。新任の神です。

作者: 田村 龍成

「んん?」


 なんだここ。

 真っ白な空間。畳が……六畳。こたつにみかん。大理石の台に置いてある大きな液晶テレビ。マトリョーシカも置いてある。見上げれば中空には龍の飾り物が浮いてる。壁や天井がなく、この上ない開放的な、部屋?


 統一感皆無の見覚えのない場所。


 一言で言えば


「気持ち悪い所だな」


 多分これ、アレだな。

 ラノベとかのやつだ。

 ってことは俺主人公か。

 勇者?俺が?いやいや。


 美味い。あ、コレいいやつだ。


 勇者じゃなくて、脇役に回るパターンのやつもあるよな。

 勇者パーティの一人とか。役職は、


「タンク?」


 いや、それは嫌だな。後衛がいいな。


「魔術師とか」


 んー、それもめんどくさいな。

 うわ、全部嫌だわ。

 かと言って某ラノベの様なスライムとか、ゴブリンとか、人間以外になるのは絶対嫌だし。


「じゃあ神様は?」


 ……なんでやねん。ってか


「君、誰よ」

「スペス」


 ボーッと考え事をしていたら、いつの間にか対面のこたつに緑ジャージを着た眠そうな表情の幼女がいた。


「眠そうも何も、このこたつで先に寝てたのは私じゃ。そこにいきなりお前が入ってきたんじゃろ。勝手にみかん食ってブツクサ煩くて起こされたんじゃ」


 あ、そっか。ごめん


「よい。しかしお前アレじゃな。順応性が恐ろしく高いの」


 君はアレだね。ものすごく偉そうだね。


「まぁ、偉いからの。そんなことはいいんじゃ。お前の話じゃ。全く見知らぬ所へ来て、第一声が『気持ち悪い所』に始まり、いきなりこたつに座り誰のものかも分からぬみかんを食った。極め付けは、“心透”にすぐさま対応した事は驚愕に値する」


 “しんとう”?


「うむ。読んで字の如く心を透かす事じゃ。人の考えている事を私は読み取ることが出来る」


 へぇ。すごいね。


「なんかお前むかつくの。まぁよい。で、お前に星を一つやる。だから神になれ」


 ……嫌です。


「そうか。でもの?お前に拒否権はない。これは私が決めた最善の選択なのじゃ。もう既に手続きも済んでおる。ミカル」


 スペスがそういうと畳の外に光の奔流がうずまいた。

 そして。


「キュピーン!みんなのアイドル大天使!笑顔と希望を届けたいっ!幸せメーター振り切りまくり!あなたをお助けミカルンでぇすっ!!!」


 …………痛すぎて言葉も出ないんだが。


「同感じゃ。でも安心せい。コイツはこう見えて優秀じゃ」

「スペス様?同感とは?今佐藤さん何か言いました?」

「いや、気にするな。佐藤、ミカルは“心透”が出来ん。口を開け」

「そうなのか」


 これが優秀、ねぇ。

 歳は20歳前後か?ピンクの髪に、まな板スレンダーな体型。かなり金をかけたコスプレの様なフリフリドレス。目がキラキラしてて様子がおかしい。目鼻立ちはだいぶ整っているが、さっきの自己紹介の時のキメてるつもりであろう動きのヤバさ。


「お前かなり歪んどるの。因みに“心透”は私にしか出来ん。そんなナリでもミカルは一応神候補のエリート天使じゃ。優秀である事に間違いはない」

「あのぉ。スペス様?私そんなに悪い様に思われてたんですかねぇ?」

「それならミカルさんに神様やらせればいいだろ?」

「あ、これは神界の決議で下された初の試みでな。下界の者に星の管理を任せ、どの様な結果になるかを見るものじゃ。何、ミカルもあと数百年もしないうちに神になれるじゃろ」


 そんなのに巻き込まれる俺って一体。


 それよりも二つ、確認したいんだけど。


「なんじゃ?」


 これは夢じゃないんだよね?


「あぁ。これは現実だ」


 そっか。

 それと俺は死んだのか?


「そうなるの」


 やっぱそうなんだ。


「ふっ。改めて気持ち悪いほど淡白じゃの。まぁよいわ。私はまた寝るから、後は二人でどうにかしろ。じゃあ、達者での」


 そう言って指を鳴らすとスペスが消えた。


「おのぉ〜。なんの話をしてたんです?」

「気にしなくていいってさっきスペス様が言ってたよ。そんなことより、ここはどこ?」


 スペスが消えたんじゃない。

 俺達が飛ばされたんだ。

 畳やこたつなどがなくなって、真っ白い空間だけの場所。距離感もよく分からん。広さが全く掴めない。


「よくぞ聞いてくれました!ここはあたし達だけの領域!あたし達が管理する星“ビオレ”の管理領域なのです!」


 その質問を待ってましたとばかりに、ない胸を張って答えるミカル。


「あ〜、とりあえずとっても清潔な名前の星だな」


 星っていうのはやっぱり文字通りの惑星って事か。

 話の流れから察してはいたけど。


「そうですか?でも割と今ピンチな星なんですよ。あっ!ちなみに佐藤様の名前も、管理する星が決まったので変わりますよ!佐藤・ビオレ・陽介様に!」

「え、すっごい嫌なんだけど」


 ピンチの星、ねぇ。


「まぁ、大概はビオレ神とか、ビオレ様とか、佐藤様の世界でいうところのセカンドネームで呼ばれるとは思いますけどね!」

「うわ、もっと嫌だわそれ」

「ま、とにかくお仕事していきましょ!」

「流すな流すな」

「まずはこちらをご覧ください!」


 俺の静止もなんのその、という風体で説明を続けるミカルがそう言うと、目の前に少し大きめの地球儀の様な球体が出現した。


「これがビオレです。詳しく見たい場所をピンチオープンすると拡大されます。拡大すると、その辺りの声やなんかも拾うことが出来ます。これで異常を見つけ、改善していくのが主な仕事です」

「ピンチオープンてスマホみたいだな。でも分かりやすくていいな」

「そしてこれが――」


 ミカルの言葉を黒電話の鳴り響く音が遮った。と、思ったらいつの間にか、ミニビオレの隣にそのまんま黒電話が現れていた。


「丁度かかってきましたね。これは“ゴッテル”といって、下界の神官や巫女がビオレ神、つまり佐藤様のゆかりある場所で祈りを行う事でこの電話に繋がります。基本は電話に出るだけでいいです。下手にこちらから話をすると、奇跡だなんだと大騒ぎになりますから」


 ミカルの話を聞き終えてから受話器を取る。


 〝テルマルマヤフォンテルマルマヤフォン。親愛なる清浄の神ビオレ様――〟

「ちょっと待て」


 黒電話の通話口を押さえてミカルの方を向く。


「なんです?」

「最初の呪文みたいなやつ何?」

「あぁ、この世界で神様と連絡を取る資格のある者しか知らない禊文というものです」


 まんま秘密のA子ちゃんじゃんか。

 しかもやっぱりと言うかなんと言うか、ビオレは清浄の神なんだな。


 〝――ラーギの巫女リオンの願いをお聞き届けください。これより一年雨が降らず、民を飢饉が襲っております。このままでは口減らしをする村まで出てきてしまいます。どうか、お助けください〟


 電話が切れた。

 んー、とりあえず


「早い話が雨を降らせろって事だな」

「そうですね」

「それは可能なのか?」

「結論だけ言えば出来ます。佐藤様は神様ですから」

「結論だけ言えば、ね。じゃあそのプロセスも聞かせてほしいんだけど」

「そう、ですね。それにはまず星について説明しなくてはなりませんね――」


 ミカルは顎に手を当て、そう前置きをするとやたら長い説明を始めた。


 かいつまんで整理すると。

 まず星は宇宙では生物として扱っている。そしてその星々には“星命力”があり、これがなくなると星は滅ぶ。


 “星命力”とはその星の生き物が豊かに生きれば増えていき、逆に貧しくなれば減っていく。


 神が下界へ力を行使するにはその星命力を使う。つまり雨を降らせるにはその星命力を消費しなくてはならない。


 そしてこの星ビオレはその星命力が著しく減衰している。

 よって、星命力の使用は考えて行わなければならない。


 先ほど連絡してきたラーギの巫女っていうのは、ラーギ地方の巫女って事らしい。

 地球儀もとい、ビオレ儀で見るとラーギ地方はなかなかの広さがあった。ざっとアメリカ国土くらいか、もっと広いくらいかな。


「なるほど。そしたらどうやって雨を降らせればいいんだ?」

「……あの、話し聞いてましたか?」


 ミカルは額に作った青筋をピクつかせながら言った。


「あぁ、理解したつもりだけど」

「いやだからですね!ビオレは”星命力”をおいそれと使っていい様な状況じゃないんですよ!」


 俺が軽くそう言うと、食い気味で反論してきた。


「分かってるって」

「いいえ!分かっていません!今この星の星命力はおよそ22%!雨を降らせるにはざっと今の状態で5%の消費は必須!これだけ減らせば、後は下降式に星命力を失い、近い将来確実にビオレは滅んでしまうんですよ!」


 ミカルが爆発した様に声を荒げる。


「そんな事は分かってる。でも、何もしなければビオレの生命体は貧しくなっていく一方でしょうよ」

「それは、そうですが」

「それなら使えるうちは使わなきゃ仕方ないんじゃないか?あれだけの広さがある土地の生命体が苦しんでるって事はそれも星命力衰退に繋がってるって事。逆にそこを豊かにすれば長い目で見れば星命力が増加していくって事になる。今5%をケチらずに使えば徐々に収支でプラスになると思うんだが」

「…………確かに。ですが、その前にビオレが滅んでは本末転倒です!」


 納得しかかったミカルはそれでも食い下がってくる。


「それならミカルはどうするのがいいと思う?」

「ミカルン」

「……は?」


 突如ミカルが顔を俯かせ呟いた。


「私の事はミカルンと呼んで下さい」

「嫌です」


 何を言ってんだコイツは。


「なんでですか!?っていうか!なんで私と二人っきりになれたのにも関わらずそんなに悠長にしていられるんですかっ!?あなた元人間ですよね?!私みたいな美少女と二人っきりですよ?!普通の人間なら『ブッフォ。ミカルンと、二人だけの、ブヒョ』とか言ってもおかしくないんですよ!それなの佐藤さん!あなたときたら――――」


 コイツ、入口から痛いやつだとは思ってたけど、ここまで酷いとはな。


 まぁ、いいや。

 地球儀もといビオレ儀をいじりラーギ地方全域を映す。


 んー。とりあえず、タップしてみるか。


 すると、ラーギ地方が選択されたまま、吹き出しが出てきた。吹き出しの中には


 えー、と。“検索”、“情報”、“権能”、ん?“権能”?


 “権能”をタップしてみる。すると新しい吹き出しが出た。中には


 “生成”、“神罰”、“天変地異”、これだ。


 分かってきたぞ。

 これはやっぱりでかいタブレット。ビオレを媒体とする操作板、もとい操作球。めんどくさいから“ビオレット”と呼ぼう。


 そう考えるとすごい簡単だ。

 だけど逆に恐ろしい。

 俺は単純にビオレットをいじってるだけだけど、ビオレの生物には多大な影響を与えてしまう。良くも悪くも。

 だからと言って何もしなければ“星命力”を失い星ごと生物は滅ぶ。

 “星命力”の使用も、さじ加減を間違えればやっぱり滅ぶ。加速度的に。


 慎重に、それでも大胆に。絶妙な力加減でテコ入れをしていかなければならない。


 ミカルはビオレが滅んだ時、俺がどうなるかを言わなかった。何もないのかもしれない。だけどそれは多分ありえない。今度こそ死ぬか、それ以上のペナルティがあってもなんらおかしくはない。

 そう考えて行動していくに越したことはない。


 なんだ。

 俺の前世の100倍楽しいじゃん。


 範囲はラーギ地方全域。

 降水量は、よく分かんないな。強すぎても仕方ない。2mmくらいか。

 期間は今から丸一日。とりあえず試しに、これを一日置きに一週間。

 これくらいにしておけば多分”星命力”消費も抑えられる筈。

 これで様子を見よう。


 これで、よし、と。

 ん?最後は音声入力なのか。


「“権能”を行使。“天変地異”を発動」


 おっ、早速雨が降った!

 ビオレットをよく見ると、老若男女問わずみんな痩せこけてる。

 それでも、喜んでくれている様で何よりだ。


 あ、コイツがさっき俺に連絡してきたやつだな。確か、リオンつったっけな。

 空に拝んで感謝してる。


「どういたしまして」

「聞いてんのかテメェゴルァァァア!」


 俺がビオレットをいじってる間もコンコンと無駄な話を続けていたミカルが気付いてキレてる。


「お、忘れてた。つか、キャラ変わってないっすか?ミカルさん」

「ミーカールーンンンンー!!」

「もう分かったよ。とりあえず雨降らせといたよ」

「え?えぇぇえ!?本当にやっちゃったんですか!?え、てゆうか、よく出来ましたね」


 怒ったり驚いたり引いたり忙しい奴だな。


「これでしばらく様子を見ようと思う」

「権能の出力がかなり抑えられている。この設定なら2%程の星命力使用で結果が得られそうですね」

「それならよかった。で、次の仕事は?」

「……随分と、前向きになりましたね」


 訝しげな表情を隠さずにミカルが言う。


「そうか?」

「そうてすよ。最初スペス様がいらっしゃった時は、あからさまに後ろ向きな反応でしたから。何か心境の変化でもあったんですか?」

「別になんもないよ」

「あ!やっぱり私と二人っきりと言う事実に気付いてやる気が出たんですね?!もう、佐藤様はムッツリですねぇ」


 ニタニタと腹の立つ笑みを顔面にこびりつかせて図に乗った事を宣うミカル。


「アホか。ただ少し楽しくなってきただけだよ」


 俺がそう言うとミカルのむかつく笑みが消えた。


「佐藤様。これはゲームやなんかではありません。実際にビオレには生きた生物がいるんです。この仕事の責任は非常に重い。それを努努お忘れになりませんよう」

「分かってる。心配しなくていい。今ミカルが思ってるようなことには絶対ならない」

「ミカルンです」


 ミカルは恐らく俺がなぁなぁに興味本位でビオレというゲーム機で遊ぶ子供の様に思えたんだろう。

 ゲームであれば、失敗してもリセットしてやりなせる。

 たが、これはそうはいかない。


 これは例えるならば経営不振に陥り破滅寸前の大企業。そして、俺はその社長。この状況で一度でも経営企画をしくじれば大多数の社員のクビが飛ぶ。そうなれば、更なる経営縮小に繋がり転げ落ちる様に会社が潰れる事になる。

 それでもクビになった社員たちは新たな就職先を見つけ働けばいい。


 だが、この仕事はそうはいかない。

 会社はビオレ、社員はビオレに住む生物、そして社長は神。


 社員のクビは生物の死と同義。

 会社の倒産はビオレの滅び。

 そうなった場合、倒産へ導いた社長、つまりは無能な神はもっと上の神に消される。


 これは当然にして必然の責任。


 だからこそ面白い。責任のないゲームに面白みなど1ミリもない。


「そうしましたら、各所に挨拶回りでもしますか」

「各所?挨拶回り?」

「えぇ。ビオレにいる勇者や魔王といった有力者への挨拶です」

「勇者、魔王ねぇ」


 勇者や魔王といった、か。

 まだ他にもいるんだろうな。


 挨拶回りって事は、俺の自己紹介と現状の把握が目的ってところか。


「はい。しかし聞くところによると、ここの有力者達のクセがひどく強いらしく、そのせいで前任の神様が逃げたらしいんです」

「逃げた、のか?」

「手に負えなかったんでしょうねぇ」


 俺と違って生粋の神様が逃げる様な奴らってなんなんだよ。


「ま、百聞は一見にしかず。でしたっけ?とにかくコンタクトを取ってみましょう!」

「それもそうか」


 虎穴に入らずんば虎子を得ず、だな。


「では、これで有力者の誰かを検索してみましょう」

「ビオレットで?」

「ビオレット?」

「あぁ、これの名前勝手に俺が付けたんだよ。気にしなくていい」

「ぷっ、ビオレットですか。いい名前ですね」

「……馬鹿にしてないか?」

「いえいえ!さ、検索をかけてみてください」


 何が面白いのかよく分からないが、大層愉快そうに笑うミカル。


 少しムカつくがミカルに促されるままビオレットを触る。


 どこにいるのか全く分からないから、範囲はビオレ全域。

 そしてタップして、吹き出しから検索を選ぶ。


 勇者と入力して虫眼鏡のボタンをタップ。


「おっ」


 すると、ある大陸に一本のピンが立った。


「いましたね。最初は勇者ですか。名前は、ヒロさんですね」


 ピンを中心にピンチアウトしていく。

 どうやら小さな小屋の中にいるらしい。なんか、勇者がいるに場所にしては、どうにも見窄らしい。


「小屋をタップしてみて下さい」

「……お、すげ」


 ミカルに言われるがまま小屋をタップすると小屋の中に視点が移った。


「誰もいませんね。あ、地下に繋がる階段があるみたいです。階段を長押ししたら下れますよ」


 階段を下りる。

 なんか本当にゲームみたいだな。


 薄暗い階段を抜け、一つだけある部屋に入ると、そこは真っ暗だった。

 暗闇の部屋の中、一箇所だけ光りを放つ場所がある。


「ふっ。それでこの俺様を追い込んだつもりか?甘い。貴様の様な戦闘狂、いくら俺様の猿真似をしたところで相手にはならん!」

「…………」

「だんまりか。それもいいだろう。なら死ねっ!龍さえ屠る俺の一撃を受けてみろ!」

「……」

「虚しいな。幾らこんな奴らを逝かせたところで、俺様の心が満たされる事はないのだから」


「え、……何コイツ。もしかしてコレが勇者?」

「みたい、ですねぇ」


 暗闇の部屋を照らされる光で分かる事は汚いということ。

 マジのゴミ屋敷。

 散乱している物はなんなのかはよく分からないが床は見えない。

 その中にデンと寝そべる丸い巨体は、誰もいない光源に向かって厨二臭い事を宣っている。


 コイツが、勇者。マジか。


「と、とにかく!一度話をしてみましょう。案外話せばまともかもしれませんよ?一応、勇者?ですし」

「一応が付いてたり、?が付いてる勇者がまともだとは思えないんだがな」


 まぁ、挨拶をしにきたんだ。有益な関係を結べるとは思えないけど、とりあえず話してみよう。

 意を決して勇者をタップ、続けて“コンタクト”をタップする。


 するとビオレットの上に液晶が出現した。そこには丸い巨体の勇者?が映し出された。


 確か、こういう時は先手必勝だったな。先に言葉を紡いで主導権を握る。


「うわっ!な、ななんだ!おまいは!」


 おっと失敗。


 “コンタクト”の場合、向こうにもこっちの映像が写るのか。


 でもこの手のタイプは多分コミュ障。ならばできるだけフランクに。


「あ、ども。新任の神です。勇者のヒロさんでよろしいっすね?」

「……あぁ、おまいか。ん?新任?前の奴はどうしたンゴ?」


 俺が神だと名乗ると納得した後、興味を失ったかの様に光源へまた顔を向けた。


 割とコミュニケーションは取れるタイプの様だ。


「あぁ、一身上の都合で辞められたんですよ。そんなことよりもそれってプレステっすか?」

「おぉ!おまい同郷か!」


 なるほど、勇者は日本人か。となると、恐らく他の有力者達もそんなかんじかな。


「あぁ、多分そうみたいっすね。格ゲーか、しかしこんなもの良く作れましたね」


 光源は置いてある石板から液晶の様に中空に映し出されたモニター。置いてある石板から一本の線が伸びておりその先のコントローラーはヒロが握っている。


「グフフっ。おまいにもこの凄さが分かるか。コレは知り合いのワイズ氏と漏れが共同制作した最高傑作。どうだおまいもやるか?」

「おっ、いいっすか?」

「ちょっ、佐藤様っ!」


 会話の流れに身を委ねていたら、ミカルに止められた。


「今日は他の所にも挨拶回りに行かなくてはならないんですからその辺にしておいて下さい!」

「それもそうか」


 少し残念だけど、至極全うな意見だったから素直に引き下がる。


「ちょ、そ、そちらの方は、何者だンゴ?」


 ヒロが吃りながらミカルに尋ねた。

 するとミカルは少し離れて、ヒロがミカルの全身を見える位置へ移動した。


 そして。


「キュピーン!申し遅れました!みんなのアイドル大天使!笑顔と希望を届けたいっ!幸せメーター振り切りまくり!あなたをお助けミカルンでぇすっ!」


 振り付けバッチリだな。うん。痛い。


「ブフォッ!マジ、天使、キターーーーーーー!!!!!」


 うぉっ、ミカルがオタクにぶっ刺さった。


「ヒロ様、今こそ天と地協力し合い、世界の窮地を救いましょう」


 お、調子に乗って畳みかけたな。


「天使が今漏れの前に顕現したという事はこの漏れにもまだ微レ存ながらリア充への光があるということか。つまり漏れの今後の選択では如何様にもなる。ブフォッ、これなんてギャルゲーだンゴ。いや、もはやエロゲか?そうなれば――」


 こうかがないみたいだ…………ってやつだな。


 ブツブツ小声で何か言いながら自分の世界に入り込んでる。


「次、行くか」

「は、はい」


 落ち込むミカルの了承を聞いてビオレットの液晶を切った。


「こりゃキャラが強いな」

「そう、ですね」


 ここの有力者ってのはあんなんばっかなのか?だとしたら前任の神がトビたくなる気持ちも分からんでもないな。


「でもですよ!私を見たリアクションは正しかったです!普通はあぁなるんですよ。佐藤様がおかしいんです」

「そっか」

「そっかて!それがおかしいんですよ!」


 あぁ、めんどくさい。


「挨拶回りするんだろ?次はどこ行く?出来れば今度はまともな奴の所に行きたいんだが」

「もう!」


 そう言ってミカルは膨れながらビオレットをいじっていく。


「まともな方なら次はこの人はどうですか?」

「賢者、か」


 不貞腐れながらもミカルが指し示したのは賢者のワイズって人だった。


 確かにまともそうかも。

 その他の有力者を俺は知らないが、魔王なんかよりはよっぽど良さそうだ。


「じゃあそれでいこう」

「了解しました」


 そう言ってミカルがまたビオレットをいじる。

 すると、映し出されたのは


「なんだ、ここ」

「え、と。崩壊した建物の跡地、でしょうか」


 確かにそこは倒壊した何かの建物の様だ。

 そんな風景を二人で見渡していると、瓦礫が散乱する中で不自然に瓦礫が全く無い場所に人が倒れている。


 見たところ外傷は無いみたいだな。

 大きめの白衣が汚れてはいるけど、血やなんかは見当たらないし、もぞもぞ動いてもいるから死んではない。


「あれが賢者か」

「その様ですね」


 なにがあったんだろう。

 まぁ、考えても仕方ないコンタクトを取ってみるか。


 賢者をタップしてコンタクトを選択する。


「あの〜、大丈夫ですか?」

「うぅぅ。んっ、え、なに!?なな何ですか!?」


 呻き声を上げながら上体を起こし、モニターが目に入ると驚きを隠さず吃る賢者。


 なんか、この人くたびれてるなぁ。

 年は四、五十歳くらいか。気の弱そうな顔つきにシワと隈がやけに目立つ。髪の毛も黒髪と白髪が五対五。

 苦労してんだろうなぁ、てかんじ。


 そんなことより先手必勝。


「あ、ども。新任の神です」

「……神、さま?」

「はい。あなたは賢者さんですよね?」


 まだ状況を理解できていないのか、呆けた顔をこちらに向ける賢者。

 だが、徐々に表情が変化していく。


「ぁわわわ、すすすいません!大変なんです!ありがとうございます!はい!わっ、私が賢者のワイズです!助けて下さい!」


 うわぁ。この人もめんどくさーい。


 状況を理解した途端、後ずさって平伏しちゃったよ。


「えっと、ワイズさん。まずは落ち着きましょうか」

「は、はひぃっ!」

「あの、顔を上げてください」

「す、すいません!」


 いや、別に直立しなくても。

 ま、いいか。


「え〜と。先ず、僕は新任の神の佐藤です。あなたは賢者のワイズさん。ここまではいいですね?」

「はいっ!」


 敬礼て。

 ま、いいか。


「そして、大変な事が起きて助けてほしいと?」

「そうなんです!私が作り出した薬品の実験で魔物に投与してみたら暴走してしまったんです!」


 おいおい。

 気弱そうに見えてなんて事してんだコイツ。


「助けて欲しいって言うのはその魔物を討伐して欲しい、という事ですか?」

「してくれるんですか!?ありがとうございます!一刻も早く退治しなくては、この世界の破滅をも齎してしまうかもしれません!」


 この世界の破滅って。

 マジでコイツなんなの。


 ともかくどうにかしないとまずいな。


「とりあえず分かりました。また、連絡すると思うので、その時はまたお願いします」

「すいません!ありがとうございます!」


 バカ賢者の謝罪と感謝を聞いてコンタクトを切った。


「さて、まずはどんな魔物か確認してみようか」

「…………」


 ミカルがまた俯いて黙り込んでいる。


 この天使情緒やべぇな。


「どした?」

「……なんで、そんなに冷静でいられるんですか?」


 冷静ってわけじゃないんだけどな。


「うーん、それは、俺の中での決まり事があって、それに基づいて行動しようとしているから、かな」

「決まり事?」

「そ。基本的なことなんだけどな。トラブルが起きたらまずは把握。そして検討、最後に行動。簡単なことの様だけど、これをしっかり出来てるだけで大概のトラブルは乗り越えられる」


 これは前世で嫌と言うほど学んだ事。

 だからだろうな。身体と脳に染み付いてるんだ。


「なる、ほど」


 まだ何か腑に落ちていないな。

 難しい顔をして無理やり自分を納得させようとしているみたいだ。


 ミカルが何に引っかかっているのかは分からない。

 それでもやっていくしかない。

 ミカルの力は確実に必要だからな。


「だから、出来ることからやっていこう。手伝ってくれるか?」

「はい」


 とりあえずこの件は後回しだ。


 今はとにかくワイズの尻拭きをしなくてはならない。


 そう切り替えて俺はビオレットをいじっていく。


「……見つけた」

「こ、れは。スライム?と、ドラ、えっ!?……嘘」


 俺達がその魔物を、おそらくスライムだろう。

 ただし体長5メートルくらいあるバカでかいスライムだ。


 とにかくそれを見つけた時、そのドーピングスライムはドラゴンと対峙していたところだった。


 そのドラゴンはもっとでかい。体長8メートルくらいはあっただろうか。刺々しい漆黒の鱗に、禍々しい紫色の両眼。

 俺があんなのと遭遇したら途端に気絶するレベルだ。


 だが、勝負は一瞬だった。


 突撃したドラゴンが一瞬でスライムに吸収されてしまったのだ。


「すげぇな。ドラゴンてそんなに強くないのか?」

「そんなわけないじゃないですか。ドラゴンはこの世界では最強種族です」


 ミカルは瞳孔を開きっぱなしでビオレットの映像に釘付け状態のままそう答えた。


「じゃあ、相当やばそうだな」

「やばいなんてもんじゃないですよ。ほら、見てください」


 そう言われて映像をよく見ると、スライムが更に大きくなっていく。

 更に、姿も変わっている。

 今し方吸収したドラゴンを模した様なスライムになっていた。


 もはや初見でコレを見た奴はスライムだとは分からないだろうな。

 辛うじて半透明の身体はそのままのだから、言われれば分かるのかもしれないが。


「取り込んだ相手の姿形を真似るのか」

「それだけならいいです。あのスライム、魔力の質も変わりました。恐らく相手の能力等も取り込んでいるのでしょう」

「それって……やばくね?」

「非常に、やばいです」


 ミカルと目を見合わせてあのスライムのやばさを確認した。


 よし、落ち着け佐藤。


 現状を整理しよう。


 ワイズが実験で薬品を投与したのは、あのスライムで確定。

 そして、そのスライムはでかい。今や体長10メートル程はある。更にそのスライムは出会った生物を吸収して強化されていく。

 この世界で最強種族と言われるドラゴンすら一瞬で取り込む程の強さを持つ。


 うん。強すぎる。

 どごぞの野菜の星の人参さんならワクワクするところだろうけど、俺はノーサンキューだ。


「よし。先ずある程度の把握は出来たな」

「は、はい」

「今度は専門家に話を聞いて把握を完了しよう」

「専門家、ですか」

「そう、あの馬鹿賢者だ」


 そう言ってまたビオレットをいじり賢者へ繋いだ。


 するとワイズは先ほど話していた場所で敬礼したまま立ち尽くしていた。


 ま、いいや。


「ワイズさん。今スライムを見てきましたよ」

「び、ビオレ様っ!ご苦労様です!ありがとうございました!すいません!」

「まだ終わってませんよ。って言うより始まってすらいないんですからね。今見てきた状況をまず伝えます――」


 そうして俺は今見てきた情報をワイズと共有した。 


「そ、そんな、ドラゴンまで……」


 状況を伝えるとワイズは力なく項垂れた。


「とにかく迅速に対処しなくてはなりません。なので、率直に伺います。あのスライムの弱点を教えてください」

「弱点、ですか――」


 あんなもん正攻法で人が勝てるとは思えない。


 本来こんな状況を打破しなくてはならない勇者がアレだ。

 アレは無理だ

 なんせアレは九割九分ただのオタ引きニートだ。立ち上がるはずがない。


 で、あればなんかしらの弱点をついてハメ手でどうにかするしかない。


「――そう、ですねぇ。あの魔物は何を取り込んだとしても元はスライムです。なのでスライムの弱点がそのまま変わらずに弱点であるとは思います」

「スライムの弱点?」

「はい。スライムは体積のほとんどが水分で構成されています。ですので、火を当て続ければいずれ蒸発すると思うのですが」

「なるほど」


 スライムは火が弱点なのか。

 だから水分を飛ばせばスライム自体が消失する、と。


「なるほどじゃないですよ!佐藤様もあの大きさを見ましたよね?アレにどれだけの規模の火を与え続けたら蒸発しきるんですか!」


 ミカルが鼻息荒く反論する。


 確かにその通りだ。

 でもそんなことは分かってる。


 だがそれでも弱点は弱点だ。

 そこをついてどうにかするしかない。


「分かってるよ。ワイズさん、他に何かありますかね」

「後は魔核を破壊すれば倒せます。ですが、聞く話によるとかなり大きくなっているとおっしゃってましたよね。でも、どれほど魔物自体が大きくなっても魔核のサイズが変わることはないのです」

「と、言うと?」

「スライム自体の魔核は約1センチ。それを狙うのは現実的ではないかと」


 現時点で既に体長10メートルくらいのドラゴン型のスライムだ。

 その中にある1センチ程の核を狙って壊すのは恐らく不可能。


 腐っても賢者がそう言ってるんだ。

 無理だろうな。


「情報はそのくらいですか?」

「そう、ですね。すいません」


 収穫は少ない。だけど大きかったものとしよう。

 光明は見えた。


 これにて把握は終了だ。


「分かりました。これから作戦を練ります。恐らくワイズさんにも協力していただくと思うので、またよろしくお願いします」

「はいっ!すいません!よろしくお願いします!」


 ワイズの敬礼を再度見てコンタクトを切った。


「ふぅ」

「どうするおつもりですか」


 俺が一息吐くと神妙な面持ちでミカルが尋ねてきた。


「とりあえず把握はできたってところかな」

「それでは、次は検討ってやつですか?」

「そうだね」


 なんか、刺々しいな。


 ま、いいや。

 ぶっちゃけ既にいくつか頭の中に案はある。


 その中で迅速に、そして被害を最小限に、且つ確実に実行出来るものを選ばなければならない。


 その為にはまず。


「ミカル。スライムは今どこにいる?」


 被害を最小限に抑える為には知らなければならない事がいくつかある。


「ミカルンです――」


 そこだけはマジで譲らねぇのな。


 そう言いながらもミカルはビオレットをいじっていく。


「――今は、森ですね。森の中の魔物を片っ端から吸収しながら進行中です。このまま行くと、間も無くラーギ地方の荒野に入るところでしょうか」

「なるほどね。今のところ人的被害はどのくらいになる?」

「それが奇跡的にまだありませんでした。ワイズの実験施設が人里からかなり離れた所にあったのが不幸中の幸いでしたね」


 で、あればまだ向いている。


 そう思ってビオレットをいじっているミカルと代わる。

 そして最後に知らなくてはならないことを調べる。


 …………よし、いける。


 弱点は体積のほとんどが水分ということ。

 今のところ人的被害はない。

 進行方向はラーギ地方の荒野。

 見たところ速度も遅い。


 まだこちらにツキが向いている。


「これで検討も終了だ」

「え、これで終了ですか?それでは――」

「行動開始だ」


 そう言って俺たちは準備を進める。


 準備をすること2時間。


 準備を終えた。


 ◆◇◆◇◆◇


 ラーギ地方南部荒野。その地域はまだ、数時間前から降り続ける雨が大地を濡らし続けている。


 そこには体長約12メートルあるドラゴンの様な見た目の巨大スライムが、ゆっくりと大きな足音を立てて移動していた。


 更にそのスライムを取り囲む様に210名の人間がスライムの歩幅に合わせてゆっくりと移動している。


「皆さん!このラーギに恵みを賜って下さったビオレ神様に報いる時です!そして、我々の生きる土地を我々の手で守り抜くのです!」

「「「「オオォォッ!!!」」」」

「ひ、ひぃぃっ!」


 巫女服に身を包んだラーギの巫女リオンが周りの人々を鼓舞すると、スライムを取り囲む人々が大きな声で了承を伝える。

 約1名その気合に怯えている賢者もいるが無視だ。


 そう、この大勢の協力者達は俺がここへ来て初めて助けたラーギ地方の人達だ。

 巫女へゴッテルを使って神託を下ろし、その旨を伝えると迅速に対応してくれたのだ。


 その時『神のお声がっ!!』等とプチパニックになったのだが今は割愛しよう。


 ここに集まった人達はラーギに住む魔法を使える人達である。


 魔法の説明は、正味まだ俺もよく分かっていないからそれも今は割愛しよう。


 そしてそれらを束ねるのが今回の作戦の要、賢者ワイズである。


 めちゃくちゃ不安である。


 だが、やるしかない。


「あの、そろそろ私にも詳細を教えていただいてもいいですか?」


 あ、そうか。まだミカルにも説明してなかったな。


 だけど口で説明するのも面倒だな。


「そうだな。【閉じ込めて大爆発大作戦】ってとこかな?」

「なんですかその説明するのめんどくさいから適当に端折った感じは」

「あ、分かる?」

「顔にそう書いてありますよ」


 不服と顔に書いてあるミカルが不機嫌そうにそう言った。


「ま、どうにかするさ」

「……そう、ですか」


 絶対に裏切りはしないさ。

 事の重さは理解してるつもりだ。


「よし。やるぞ。ワイズさん、始めてください」


 コンタクトで繋いであるワイズに作戦の開始を伝える。


「は、はいっ!皆さん!練習通りにお願いします!」

「「「「オオォォッ!!!」」」」

「ひ、ひぃぃっ!」


 スライムを取り囲んでいる人々が両手をスライムに向けて集中する。


 すると、スライムの周りを包む様に膜が張られていく。

 その膜はスライムを中心に円錐の様な形となり、完全にスライムを囲んだ。


 この膜の正体はワイズの魔術”ウォール”である。

 だが、ただの“ウォール”ではなく、賢者のワイズによって術式を改編させたものらしい。


 改編させたのは“発動方法”と “形”の二つ。


 発動方法とは魔法の発動方法の事。

 本来魔法とは一人で行うものだが、それをそこにいるラーギの人々の手によって発動させる様に改変した。

 そうすることによって大きな“ウォール”を張ることが出来るのと、ワイズが他のことに集中する事が出来るからである。


 ワイズが集中しなくてはならない他の事とは改編させた二つ目の“形”である。


 正味ラーギの人々は魔力を前に突き出すことしかしていない。それを魔法として制御しているのはワイズただ一人なのである。


 ワイズはたった一人であの大きなスライムを覆う“ウォール”を制御し、尚且つ形を俺の言った通りの円錐状に保たせているのだ。


 そして更に言うとその円錐の先。尖ったところは塞がっていない。敢えてそこだけ穴を開けてある。

 これも、ワイズ曰く難しいらしい。

 知らんけども。


 うん、さすが賢者。

 割とハイスペックじゃんか。


 さて、次は俺の出番。


 ビオレットをいじり。


「佐藤様?何を……」

「“権能”を行使。“天変地異”を発動」


 ビオレットに宣言した。


 すると、目には見えないが劇的な変化がスライムを閉じ込めた“ウォール”内に起きた。


「ちょっ、また権能を!何をなさったのですか!?」


 否定的なミカルの声。


「見てればわかるよ」


 そう言ってミカルを諫め、俺は続けてワイズに指示を出す。


「ワイズさん、整いました。お願いします」

「はいっ!」


 言われたワイズはまた魔術を行使する。


「“フューズ”」


 ワイズが魔法名を唱えると、バチバチと火花が一直線に“ウォール”の頂点に一つある穴へ走った。


 瞬間。


「うぉっ!」

「きゃっ!!!」


 ビオレットで状況を見ていた俺達でさえ耳を塞ぐ程の轟音が鳴り響いた。


 スライムの周りに張っていた“ウォール”も弾け飛び、その余波はラーギの人々やワイズもその場から吹き飛ばしていた。


「な、何が、起きたのですか?」

「“水素爆発”ってやつだな」

「すい、そ?」


【閉じ込めて大爆発大作戦】の全容はこうだ。


 このラーギ地方は俺が数時間前から雨を降らせていた。

 よってこの辺りは未だ雨が降りしきり、更に地面も水分を大量に吸い上げぐちゃぐちゃの状態になっている。


 要は辺りが水浸しなわけだ。


 更に言えばスライムの体もほぼ水分でできている。


 そこで思いついたのが“水素爆発”だった。


 俺は“天変地異”を使ってスライムのいる周りを限定して水の酸素分子を分解させ気化させた。

 水は酸素と水素からなるので酸素がなくなった水は当然水素だけになり液状を保てず水素も気化することになる。


 まぁ要は水素は燃えやすいんだ。

 そしてスライムのたまたま来た場所は水素が作りやすい場所だった。

 だから水素爆発させてスライムの核ごと吹っ飛ばそうとした。

 だが、威力がどんなものになるか流石に分からなかったから、威力底上げの為に周りを“ウォール”って魔法で囲わせた。爆発の威力を反響させる為だ。


 ま、こんなとこだ。


 結果として。


「跡形もないな」


 巨大スライムは見る影もない。

 ぬかるんでいたはずの地面は“ウォール”の内側だけ焼け焦げクレーターが出来上がっている他には影響がなかった。

 強いて言えば爆発の衝撃で“ウォール”壊れた時に出た爆風のみで、衝撃は圧縮され全てスライムへ指向されたみたいだ。


 ただその爆風は半端じゃなかったらしく、ラーギの人々とバカ賢者を数メートル吹っ飛ばしていた。だがそれも、ぬかるんだ大地がクッションとなり大事にはなっていない。


「だから何がどうなったって言うんですか!?」


 めんどくさいな。


「もういいじゃんか。終わったんだ」


 こうして俺達は、無事バカ賢者ことワイズの尻拭いを終えた。



 ◇◆◇◆◇◆



「結局教えてくれないんですね」


 諸々の後処理を終えて、俺とミカルは一息ついていたところミカルが不機嫌そうに溢した。


「もういいだろ。特に何の問題もなかったんだから」


 事が終わった後、ラーギの人々やワイズは揃って無傷で帰っていった。


 ワイズの平身低頭の謝罪&感謝を受けていると、それを見たラーギの人々もワイズに倣って頭を下げて感謝してくれた。


 頑張ったのはほとんどラーギの人々なんだけどな。

 と、思いながらも俺は嬉しく思ったりした。


 嬉しいと言えば、あの後“星命力”が何故か増えていた。

 “権能”を更に使ったから、減っているものだと思い確認したら、―残28%―と


 詳しくは分からないが、人々の気持ちに呼応したものと俺は思っている。


 人々が手を取り合い協力して事にあたり、それを完遂した事への達成感。

 被害がなかった事への安心感。

 それぞれへの感謝。


 そういった人々のポジティブな気持ちが星命力を上向かせたのだと思う。


「結局、本当にどうにかしてくれましたね」


 俺に説明させるのを諦めたのか、ミカルは何もない頭上を見てそう溢した。


「ま、運も良かったからな」


 実際、スライムの向かう先がラーギじゃない別の場所だった場合、状況は更に厳しかった。


 それでも一応は手が無いわけではなかったけど、こんなに丸くは終われなかったかもしれない。


 ま、結果論だな。


「運、ですか」


 ミカルは何か思案顔で復唱すると、更に続けた。


「私は佐藤様を、信じてもいいんですよね?」


 信じる、か。


 あの時、初めてワイズとコンタクトを取った後の腑に落ちていない顔の元凶はそれか。


 俺の事を信じるに値するか否か。


 たかだか元人間の俺が神だもんな。

 しっかりと信用なんか出来っこない。


 だけど今回、俺は少しの期待を寄せられ、それに無事応える事に成功した。


 だからこそ聞いてくれたんだ。


 信じてもいいのかどうかを。


 その答えは。


「そんなもん知らん。自分で勝手に決めてくれ。俺は俺がやりたい様に、正しいと思う様に、考えて行動を起こす。それがミカルの信じた通りの結果になるかなんて、俺は知ったこっちゃない」


 これが本心。


『信じてくれ』

 そう言うのは簡単だ。


 だけど、それは違う。


 俺は俺の思う様に行動する。

 勿論俺はこの世界を安寧を導くことに尽力するつもりだ。

 だがそれが結果、ミカルの信じる結果になるとは限らないからな。


 安易に人を裏切りたくはない。


「信じろ。とは言ってくれませんか。でも、その方が信じられます。私は勝手に佐藤様を信じることにします」


 それでも尚、そう言ってくれるのであれば。


「そうか。じゃあその期待に応えられる様に頑張って仕事しますかね」

「はいっ!ではまた挨拶回りを続けましょう。次は――」


 俺は考える。

 この世界をどの様に導けば平和になるのかを。


 俺は行動する。

 この世界で起こるトラブルを解決する為に。


 俺はこの世界の神。


「――佐藤様。繋がりましたよ」


 元ただの人間。だけど今は……


「あ、ども。新任の神です」

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