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おきらく三題噺シリーズ

丑三つ時のおかしなお客


 ハァ……。




 ぱんぱんに詰まったゴミ袋を両手に抱えた男は、今日一日でもう何度目かわからない溜め息をこぼす。男の顔はげっそりやつれていて、不運を絵に描いたような風貌をしていた。男の名は望月達郎。大手コンビニチェーンのオーナーとして働く三十七歳である。




 コンビニオーナーとして働くようになってからもう二年が経つが、望月は現在の生活に限界を感じ始めていた。


 もともと会社勤めのサラリーマンだった望月だが、自営業で独立したいという夢を捨てきれず、一念発起してコンビニを開くことにした。最初の数ヶ月は順調だった。最初の数ヶ月だけは。




 アルバイトはすぐ辞めるし、妻は置き手紙を残して蒸発するし、開店資金として借りた借金もほとんど返せていない。店の客数も改善する見込みがなく減り続ける一方だ。そんな状況でどうしたら笑えるだろうか。




 独立なんてしないで大人しく元の会社で働いていればこんなことにはならなかのではないか……? そんな疑念が頭をよぎり、夜も寝るに寝られぬ日々が続いている。




 ふと、空を見上げると、分厚い雲が広がっていた。今日は満月だというのに、厚い雲壁が月光をすっかり遮ってしまっている。なんだかとても損した気分だ。




 そうしてまた溜め息をついてゴミ出しを済ませた望月はそそくさと店に戻る。アルバイトを雇うためのお金も節約しなければならないので、可能な限りシフトに入るようにしているのである。今の深夜帯も望月とベテランアルバイトの田中の二人でまわしている。


 望月がドアを潜ると突然、白い光が辺りを包み込む。立ちくらみがして思わずよろけるも、倒れるほどではない。一瞬の出来事で、急な目眩でも起こしたのかも知れない。やっぱり疲れすぎだろうか……。




 それから五分も経たないうちに、客がやって来た。自動ドアが開くと、聞き慣れた電子メロディが店内に鳴り響く。反射的に「いらっしゃいませ」という言葉が口をついて出てくる。望月はオーナーを始めてからの二年の間にまるで気持ちのこもっていない挨拶を機械的に繰り返す技術を習得していた。




 やって来た客は変わった身なりをしていた。RPGに登場するキャラクターのコスプレなんだろうか――あまり見かけない派手な髪色と端正な中性的な容貌に加えて、長いビロードのマントを身につけ、深い森を歩くようなブーツを履いている。さらに腰には模造刀なんだろうが、すごくリアルな鞘が吊されている。


 ぎょっとした顔を隠さずにアルバイトの田中が望月に耳打ちした。




「オーナーなんすかアレ……絶対ヤバいヤツですって!」




「いや、うん……まぁでもお客様だからあんまりジロジロ見ないように。田中さんも品出し続けてて」




 そうは言ったものの、望月の視線も来店した客の方にばかり向いてしまう。あまりにもコンビニという場所には不釣り合いな格好だったからだ。


 珍妙な身なりの客は、店内をひとしきり物色した後首をかしげながらレジに立つ望月のところまでやって来た。




「なぁ……この店には【竜の牙】は置いていないのか?」




 望月は客の言葉が理解できずに目を瞬かせた。




「【竜の牙】だよ! 素材屋なんだから、それくらいあるだろ? まさか売り切れってわけでもないだろう」




「あのぅ先ほどからお客様の言っている意味が分からないのですが……【竜の牙】というのはコミックスのタイトルか何かなのでしょうか?」




 すると、客の方もわけのわからぬ顔になって、




「コミックス? なんだそれは? ここは素材屋じゃないのか? 大体価格もよく分からん。例えば……ほれ、そこの変な小さい棒。武器にしては頼りないが……あれは一体いくらなんだ? 銅貨五枚ほどなら買ってもいいんだが」




 そう言って客が指さしたのは、駄菓子コーナーのうまい棒であった。




「素材屋と言われましても……。うちはごく普通のコンビニですので。そちらの商品は十円になります。お客様がお持ちのアンティークコインですかね……そちらはお取り扱いしておりませんので、申し訳ございませんが……」




「【竜の牙】すらなく、銅貨も使えないだと!? ふざけているのかこの店は!」




 するとその時、アルバイトの田中が血相を変えて走ってきた。




「オーナー大変です!! ドアの外見てください!」




「ドアの外?」




 自動ドアを開けると、そこには見たこともない往来。道行く人は怪訝な顔つきでこちらを見つめている。よく見れば頭に耳が犬猫のような耳が付いた人や、背中に翼を生えた人までいる。多くの人はやたら派手な髪色をしているのも同じだ。




「ここどこ……?」




 何の因果か、自動ドアが異なる時間軸、世界線と繋がってしまったせいで、望月の店はこのファンタジー溢れる異世界でのコンビニ一号店として経営することになった。




 そう――彼が一瞬の立ちくらみをしたあの瞬間偶然の連鎖反応が重なり、異なる世界と世界とが繋がったのである。当の望月はそんなこと知る由もなく今はただ、状況を受け入れられず呆然とするほか無かった。





 彼は後にこの世界で豪商として成り上がることになるのだけれど……それはまた別の話。




 ちなみに……店のドアはいつも異世界に繋がっているわけではなく、深夜帯だけ異世界と繋がっているらしい。





 ……まぁ今回の話には関係ないんだけどね。






              おしまい

異世界でお店を経営する話って面白いかも。まぁ今回の話とは関係ないんだけど。

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