炭酸チョココーヒー
「ふーん、それで私達は偶然出会って、カフェ寄ってるって訳なんだよね」
目の前の少女は机に上半身を預けながら、どこか気だるそうに毒々しい色の炭酸チョココーヒーを飲んだ。
今の時刻は23時30分。学生は今頃お家でぐっすりか、勉強や趣味に勤しんでいる人がほとんどだろう。
しかしこの少女の場合、見ず知らずの男性と町でカラフルなコーヒーを飲んでいる。お金は持っていないと言うので、仕方なく買ってあげた。
彼女曰く『見た目ほど味は面白くない』そうだ。
「でもさ、私は本当に誰なんだろう。お兄さん、本当に私のこと知ってないの?」
「…知らないって言ってるだろう」
どうやら彼女は記憶喪失らしい。その割には危機感が感じられないのは諦めているのか、逆に冷静になっているのか。
彼女はガラスに反射する暖色を中心に彩られたイルミネーションを見つめ、また一口チョココーヒーを飲んだ。
「私が覚えているのは自分のものかも分からないこの名前と、私がまだ子供って事と大体の一般常識。財布の中身は空っぽだったし、自分の家も家族の顔も分からない」
「…」
「はあ、どうかしてるよね」
『秋楽 唯』。彼女はその名前を覚えていた。
そもそも彼女と出会ったのは本当に今日が初めてで、場所は路地裏のゴミ捨て場という異常な出会いだった。帰宅途中にいつもの通りからふと路地裏を覗いてみると、暗闇の中に彼女が倒れているのが見えたのだ。
路地裏で何が起こったのかは分からなかったが、何にせよ知らない方が彼女も自分も幸せだろうと思う。
"ドリップコーヒーとストロベリーストライプケーキ下さい"
女性客が注文する声が聞こえる。こんな時間にケーキを食べると太るのではないかと心配をしたが、相手は赤の他人。
自分の事だけでも手一杯なのに他人の心配をしてしまい、回りに回って不幸が襲ってくる。俺の悪い癖だ。
「…お腹すいたかも」
だが、秋楽が物欲しそうな目で見つめてくる。お腹が空いているのも無理はない。冬の極寒の中、何時間倒れていたのかも分からないのだ。
「はぁ、やれやれ。ケーキだけじゃ満たされないだろ?」
本当に、悪い癖だ。