消費税の負担は誰のもの?(3)
葵子さんと桐高社会問題研究会 消費税の負担は誰のもの?(3)
サイドテーブルには紅茶のポットがある。湯気の立った紅茶のカップを手に、僕たちは一息ついた。
「負担ってわかんないなぁと思ってましたが、どうも市場と関係あるっぽいですね」
「私もそう思うわ」と先生。「誰が負担してるかって話、必ず市場の価格決定とぶつかっておかしくなる感じ」
軽くうなずいて葵子さんも言う。「私たち、なんだか偏った見方をしているみたい」
「偏った?」と僕が聞く。
「うん。何というか……消費者目線、かな。モノの値段は売り手が決めているとか、値段が上がれば売り手側の費用が上がったからだとか、費用が上がらなければ値段は上がらないはずだとか」
そう言えば僕も、価格は売り手が決めるって漠然と思ってたっけ。
葵子さんが続ける。「現実には、市場ではモノの値段は売り手と買い手の両方によって決まってくるし、売り手の費用は値段に直結するとは限らない。それどころか……」
「それどころか、何です?」と僕。
ちょっと考えてから葵子さんは言った。「税って、今は税金として取るけど、別にモノでもいいのよね」
「また防人?」と先生。
「いえ、今度はお米を取ろうかと」と葵子さん。「お米税を取ります。お米を買ったら、そのうち2割を納税してください」
わかりました、乗りましょう。「ならお米を買った消費者が納税義務者ですね」と僕。
葵子さんがうなずく。「ただし、また間接税にします。消費者は税負担を小売店に転嫁してください」
「あー、消費税の逆パターンね」と先生。
計算は僕かな。「お米10キロが2000円で売っているとして、それを買ったなら2キロ納税ですね。消費者がお米を10キロ食べたいと思うなら、12.5キロ買う必要がある。それなら2.5キロ納税して10キロ残ります。で、その負担を小売店に転嫁するには、お米12.5キロを2000円で売ってもらう必要があります」
「それ、できる?」と葵子さん。
「無理よー」と先生。
「無理だわー」と僕。
「どうして無理なのかしら」と葵子さんがたずねる。僕が答える。
「えっと、お米10キロが2000円で買えるなら、市場価格がそれなので、12.5キロはたぶん2500円とかになります。小売店が2000円で売ってくれるはずないです」
先生が首をかしげる。「不思議ねー。やってることは消費税と同じなのに、これだと絶対に負担を転嫁できない気がするわ」
「それがもしかしたら」と葵子さん。「消費者の思い込みなのでは、と思うの。価格は売り手が決めている、という。市場では実際には売り手も買い手も価格決定に参加するのに、私たちは生活の中で、提示された値段で買うのに慣れているから、そんなふうに感じるのではないかしら」
僕が言う。「なら、負担の転嫁はできるんでしょうか、できないんでしょうか」
僕の目をじっと見て、でも問いには答えずに葵子さんは続ける。
「消費者が、お米12.5キロを何とか2000円で買えたとします。2.5キロを納税して、間接税なのでこれで小売店に負担が転嫁されました」
「よかったわね消費者ー」と先生。少し笑ってから続ける葵子さん。
「お米を買う前に消費者が持っていたお金が2000円で、これが全財産だとします。小売店の全財産も、お米12.5キロだとします」
うん、まあ仮にそうだとして。話の続きを聞く僕と先生。
「売買して納税したら、それぞれの財産はどれだけになるかしら」
答える僕。「えっと、小売店は手元に売上の2000円を持ってますね。消費者は、納税後なので、お米10キロです」
葵子さんがたずねる。「そのお米の価値は?」
「あ、市場価格が12.5キロ2000円だったから計算できますね。えっと、1600円分になりますかね」と僕。
「税を負担したのはどっちかしら」と葵子さん。あれ?
「えー、何これ?」声を上げたのは先生だ。
その様子を見てひと呼吸おいてから、続けて葵子さんが言う。「お米税は廃止となりました。税を還付します。間接税だから負担したのは小売店なので、お米2.5キロを小売店に返しますね」
「待って待って」と先生。「そんなことしたら小売店には2000円とお米2.5キロが残って、消費者は1600円分のお米しか持ってないじゃない。そっちに返しちゃダメよ」
「いや、先生」と僕は言った。「負担が転嫁されているなら、負担した人に返さないと」
言いながら僕は思った。少しどころか、まったく転嫁されていない……のか?
自分でどんな表情をしていたかわからない。そんな顔を上げて葵子さんを見ると、彼女はニコッと笑って言った。
「私、ちょっとわかってきたかも」
* * *
葵子さんは椅子に深く腰かけ直して、自分のカップをとった。そしてゆっくりと口元にカップを近づける。僕はその様子を見ながらクッキーをひとつ取る。先生もクッキーの皿に手を伸ばす。
カップから顔を上げて葵子さんは言った。「私たちは、基本に戻ればよかったのよ、きっと」
クッキーをもぐもぐしながら先生が言う。「基本?」
うん、とうなずく葵子さん。「市場とは何か、税とは何か」
「それでわかりますか」と僕。
「話してみていいかしら」と葵子さんが聞く。どうぞ、と目でうながす先生と僕。
それじゃ、と葵子さんはカップを置いて、軽く背筋を伸ばした。
「自由主義経済では、モノの値段は市場で決まる。その値段が、その時点でのそのモノの価値を表していると思っていいわよね」
先生が言う。「ボールペンを100円で買ったら、そのボールペンの価値はとりあえず100円、ってことよね」
そうですね、と僕。「てか、他に値段がないですからね。金額で測るならその値段を価値と思うしかないです」
「だとすると」と葵子さんは続ける。「市場で売買が行なわれた時点では、売り手と買い手は価値の等しいものを交換しているわね。正確には、売買が行なわれたから価値が等しくなった、だけど、ともかく結果として両者の手元には価値の等しいものが残る」
「はい。ボールペンを100円で売買するってのは、ボールペンと100円を交換するってことですからね。そうだと思います」
葵子さんが目でうなずく。「それぞれの人がモノを完全に所有して、完全に自由に取引すればそうなるはず。でも現実にはそうではないわね。税金があるから」
「ああそうか、納税の義務は自由権の制限でした」
僕の言葉を聞いてちょっと考えるような顔をしてから先生も言う。「そっか、そういう見方もあるのねー」
葵子さんが続ける。「税の本質は、国民が所有している財産を、政府の所有に移すことよね」
「うん、まあそうですね」と僕はうなずく。そこで葵子さんがたずね返してくる。
「取引に課税するには、どこから税を取ればいいかしら?」
「どこって、人ですか?」と僕。
「どこにある財産から。どこに財産があるかしら」と葵子さん。
「えっと……売り手と買い手がいて、取引ではお金やモノを交換するので、その交換されるお金やモノと、ああ、それぞれが所有している、取引されない財産があります」
無言でうなずいてから葵子さんがさらに聞く。「どの財産から税をもらいましょうか。そうね、サラリーマンが払う所得税なら?」
考えながら僕が答える。「所得税は収入にかかるから、交換されているのは……労働力と給料ですね。交換されているもののうち給料から税が取られる、と思っていいのかな」
葵子さんがうなずく。「所得税は現実には一年間の収入で決まるけれど、原理としてはそれでいいと思うわ。源泉所得税はそうやって納めるものだし」
「交換されないところから税金を取るってあるのかしら」と先生。
「取引そのものではないけれど、領収書の印紙税とか」と葵子さん。
「あーそうか」先生は納得したみたいだ。けど。
「いんしぜい?」
僕の問いに答えたのは先生だ。「値段の高い領収書を作るときに納める税金よ。だいたいお店が負担してくれるわ。5万円以上の場合とかだったかなー。普通の買物のレシートではあまり見ない金額ね」
「ほんと、いろんな税金があるんですねぇ……モノとその対価とは別に、そういう領収書を作ると払わなきゃいけないんですね」
うん、とうなずいてから、話を戻すように葵子さんは続ける。
「交換されない財産から税金が取られる場合、それを払った人の所有から政府の所有に明らかに移るから、誰の負担かはっきりわかるわ。交換されるものから税金を取る場合はどう考えたらいいのかしら」
「消費税とかですよね。それでずっと困ってるんですよね」と僕。
そこで葵子さんはニコッと笑って言った。
「私たち、難しく考えすぎてるんじゃないかな。自由な市場があって、税がなかったら、市場での取引は同じ価値の交換なのでしょう? 税があったとき、交換されたもののうち誰かが持っているほうの価値がその額だけ欠けたら、それが税負担よね」
ん? そんな簡単な話だっけ?
「ちょっと待ってください……所得税で考えると、会社はお金を払って労働力を買う、だから払った額の労働力を手に入れた。働くほうは、その額で労働力を売ったけど、もらったお金のうち一部を納税するから……そうか、収入を得るほうが負担してます」
「じゃあ消費税は?」とケーコ先生。
「はい、えー、100円のボールペンに8円の消費税を乗せて売ります。ボールペンの市場価格は108円。売り手は、ボールペンを売って、8円を納税して、100円が手元に残る。買い手は、108円を払って、108円の価値があるボールペンを手に入れる……負担しているのは売り手じゃないですか!」
「税負担の転嫁ってどこに行っちゃったのよ!」と憤慨気味の先生。
慌てて僕は言う。「これ、事業者どうしの取引でも同じですかね?」
「どうかな?」と葵子さん。なら僕が。
「やってみます。原材料メーカーが100円の原材料に消費税8円を乗せて売る。原材料の市場価格は108円。それを文具メーカーが買う。文具メーカーは108円のお金を払い、108円相当の原材料を手に入れた。原材料メーカーは108円相当の原材料を渡し、8円を納税し、手元に100円残る……同じだ。やっぱり売り手が負担してる」
微笑を残したまま葵子さんが言う。
「ものすごく単純に考えると、市場経済の中にいるそれぞれの人や会社――主体、とでも言うのかな。その主体がやってることって、生産と消費、それから市場で何かを交換しているだけなのよね。それがお金だろうがモノだろうが」
どこに話が行くのかな、と思いつつうなずく僕。先生もそんな顔をして聞いている。
「その誰かが、税金を負担しなければならなくなったとき、それを納めるためのお金は市場から調達するしかないじゃない?」
「まあ他にないですよね。泥棒するわけにもいかないし」と僕。
うん、と葵子さん。「だったら、市場での個々の取引のときに、とある額だけ多くお金を相手から手に入れるって、それ自体が税負担よね」
「え、どういうことです?」
「えっとね」少し座り直して葵子さんは言う。「消費税を売り手がまったく負担していない、という状態にするには、消費税がなかった場合に起きるはずのすべての取引で、取引の相手である買い手から、消費税分だけ多くお金を取れなければいけないわね」
「まあ転嫁ってそういうことよねー」と先生。うん、と言って葵子さんが続ける。
「市場経済において、経済の主体がお金を得る先は市場しかない。その市場で相手から、より多くのお金をもらうことが、誰にとっても何の苦労もなくできるなら、税金を払うのに誰も困らない。つまり税負担というものが存在しないことになるわ」
「給料を上げてくれ、って言えば好きなだけ上がるなら、所得税とか何の負担でもないですね、たしかに」と僕。
「だから逆に言うと」と葵子さん。「市場経済における税の負担って、自分のお金を失うか、さもなければ市場からそれだけ余分にお金を取ってきなさい、っていう意味でしょう?」
ってことは!
「市場で取引相手に税負担を転嫁するとは、自分が負担することそのもの……」
僕のつぶやきに葵子さんがこくりとうなずいた。
「そっかー、それでボールペンでもお米税でも、一部どころかまったく相手に負担が転嫁されないんだわー」と先生。
「まあ、お米税のときはお金じゃなくてお米だったけどね」と葵子さんは少し笑う。
「だとすれば消費税って……」と僕。「その税のために売り手が高く売りなさい、そうして市場からより多くお金を稼いで納めなさい、って意味になって、やっぱり負担しているのは売り手のほう……」
葵子さんは椅子に深く腰かけ直し、ゆっくりとカップをとる。
「そういうふうに考えれば、いろいろと納得がいくなぁって」
彼女はそう言って、静かに紅茶を飲んだ。
* * *
「でも不思議よねー」と、先生はクッキーをぽりぽりしつつ言う。「もし今の話が正しいなら、消費者は消費税を負担してないんでしょ? でも私、今までずっと自分が負担してるって思ってたわよー」
「僕もです。どうしてでしょうねぇ……」
「振り返ってみると」と葵子さん。「私たちが誤解しやすいところがいくつかあったみたい」
「どこですか?」
僕の問いに彼女は答える。「まず、これはもう話に出てきたけど、私たち消費者は、売り手が価格を決めていると思い込みやすい」
僕と先生がうなずく。「お店で値札を見て買いますからね」と僕。
「だから」と葵子さん。「売り手が100円で売っていたものを108円にしたらそのまま同じように売れるだろう、という感覚があるのかもしれないわ。たしかに値札を書きかえるのは簡単だけれど、価格が上がれば需要は減る――つまり売れる数量は減るでしょうね。でもその数量の変化は消費者には見えにくい」
「市場での価格と需給の調整ですね」昨日の話を思い出しながら僕は言う。
「そうねー、100円で売れるものが108円でも売れるなら、売るほうには負担がないってつい思っちゃうわねー。売れてる数なんて知らないし」とクッキーをくわえる先生。
軽くうなずいて葵子さんが続ける。「もうひとつは、価格に含まれている消費税の金額が見えることね。事業者は法人税だって負担していて、それが商品価格に反映されているかもしれない。でもそれは消費者には見えないわよね。消費税だと、108円のうち8円が消費税だって見えるから」
「金額が見えるのと、売り手と買い手のどちらが負担しているかは別の話、ですね」と僕。
先生がクッキーをもぐもぐしながら言う。「法人税だって、値札に書けば、消費者に転嫁されてることになるのかしら」
僕が答える。「まあ書けませんよね。法人税は企業の利益にかかるらしいし、その利益って変わるから」
「じゃあなんで消費税なら書けるのよ?」と先生。
葵子さんの顔を見ると、こっちを見ている。えーっと……。
「あ、そっか。商品の価格は、事業者が作り出した付加価値の合計そのものだからです。なので、そうですね、たとえば商品価格の7.4パーセントは、それぞれの事業者が納める7.4パーセントの消費税を合計した金額とぴったり同じになります」
「なんでそこで7.4パーセント?」とふくれる先生。僕と葵子さんは顔を見合わせてちょっと笑う。
「ともかく」と葵子さん。「付加価値額の何パーセントかが納税されていれば、その額は正確に商品価格のそのパーセントになる。それが、商品価格を支払った消費者が納税しているという錯覚みたいなものを引き起こしているのかも」
「まあその金額を消費者が払って事業者が納めるのは事実ですからねぇ」と僕。
ところが葵子さんが言う。「それがね、実は違うのよ」
「えっ、違うんですか?」
「うん。レンくんももう知ってるけど、免税業者が取引のどこかに入ると、その業者は自分の付加価値分の消費税を納めないから、実際に政府に納められた消費税の合計額と、商品価格に対する消費税額が変わってくるわ」
「ああ、例の益税って話ですか」
「益税って、難しい言葉知ってるのねー」と感心するケーコ先生。
「実際どうですかね。えっと、原材料メーカーから税込み108円で原材料を買った文具メーカーが免税業者だとして、市場で直接、消費者に540円でボールペンを売ったとすれば、政府に納められた消費税は原材料メーカーからの8円だけで、消費者には消費税額は40円に見える……ほんとだ」
「それだけじゃないわ」と葵子さん。「消費税には簡易課税の制度があって、ある程度以下の規模の企業は、仕入れに乗っていた消費税をきっちり計算しなくていいの」
「どういうことです?」と僕が聞く。先生も葵子さんを見ている。
「普通なら企業は、売上に含まれる消費税額から、仕入れに含まれていた消費税額を引いて、それを消費税として納めるわよね」と葵子さん。
「ちょっと待ってください」と言って僕はホロスクリーンに少し前の画面を呼び出す。国税庁のサイトからミライが持ってきたとこだ。
『
消費税の納付税額=課税期間中の課税売上に係る消費税額−課税期間中の課税仕入れ等に係る消費税額
』
見ながら僕は答える。「えーと、そうですね、売上で預かった消費税から、仕入れのときに負担した消費税を引いて、残りを納めます」
葵子さんは言う。「どちらも実際の売上の額と仕入れの額から計算するものだけれど、簡易課税の場合、実際の仕入れ額から計算しないで、売上にかかる消費税のうち、70パーセント分が仕入れに含まれてたはずだ、みたいに計算していいの。この割合は業種によって決められているわ」
なんかまた複雑だなぁ、と思いつつ僕は言った。「実際の仕入れ額から計算しないなら、消費者に見える消費税額と、政府に納められる金額は、やっぱり変わってくるでしょうね」
「だったらお店で値札に書いてある消費税額って、どんな意味があるの?」と先生。
ん、という顔で葵子さんが言う。「もうひとつがそれね。市場価格から消費税額を抜いた、税抜価格とか本体価格という価格がある、と私たちは思っているわよね」
「値札にある消費税額が怪しくなった今、その金額も正確かどうか疑わしいですが」と僕。
「うん、それもあるんだけど、仮に消費税額が正確だとしても、この税抜価格って、モノの価格として現実には存在しないのよね」
「存在しない、って?」と先生。
「えっと……」
あごに軽く握りこぶしを当てて考える葵子さん。少しして口を開く。
「消費者が消費税を負担している、と考える方法があるわ」
「おー、聞かせてもらいましょう」と先生。
こくり、と葵子さんはうなずく。「取引に課税される場合、取引後に所有している財産の価値が欠けているほうが税を負担している、だったわよね」
「そうですね。それで判断できそうだってことになりました」と僕。
葵子さんが言う。「では、商品の価値は、税抜価格だとします」
「市場価格じゃなくて、税抜きの価格が、商品の価値、ですか?」僕は確認せずにいられなかった。
「うん。そう考えましょう」
しぶしぶうなずく僕。葵子さんが続ける。
「税抜価格、つまり本体価格100円のボールペンを文具メーカーが売ります。このボールペンの価値は100円。文具メーカーは税込みで108円のお金を手に入れて、8円を納税する。消費者は、108円のお金を払って、100円の価値があるボールペンを手に入れます」
僕が言う。「それなら、文具メーカーは100円のボールペンを渡して最後には100円を手に入れますね。消費者は108円のお金を払って100円の価値のボールペンを手に入れる……消費者が負担してます!」
でしょ? という顔の葵子さん。「私たちはお店で何か買うときに、その買うモノの価値は、本体価格か、税込価格か、どっちだと思っているかしら」
「本体価格ね、きっと。だから消費税を自分が負担してるって思うのかー」と先生。
葵子さんがうなずく。「私たちは、100円のモノだから108円出す、って考えている。これなら筋が通るの。モノの価値は税抜価格であって、売り手と買い手の両方がその額に納得したときに、買い手はそれに消費税額を上乗せして売り手に支払う。それなら税負担は転嫁できて、消費税を負担するのは消費者になるでしょうね」
「しかし現実にはそうならない……」と僕は半ばつぶやく。
「どうして?」と葵子さん。
「それは……だってそれはそもそも市場という仕組みに見えません」
「そうよね。市場経済では、価格は市場で売買されるときに決まって、その価格がモノの価値を表すわ。さっきの本体価格が価値だという考えかたでは、市場で実際に売買する前に、あらかじめ売り手と買い手が税抜きの価格をどうにかして取り決める必要があるわね。それはどうやって決めるのかしら」
何も言えずにいる僕に代わってさらりとケーコ先生が言う。「計画経済じゃないと無理よねー。市場経済では市場でしか価格は決まらないもの」
うなずく葵子さん。「だから税抜価格とか本体価格って、市場経済では何の実体もないように思うの。どんなモノの対価でもないし価値でもない」
「ある意味、幻の価格って言えそうねー」と先生。
さらに葵子さん。「売り手は好きに市場価格を決められて、それでも同じだけ売れるって感覚、さっきこれ消費者目線って言ったけど、これも計画経済的よね」
「そういう前提が多いですよね……」とようやく僕は声を出した。「売り手が価格を決める、値付けを変えても同じ数だけ売れる、税抜価格が価値だとみんなで考えよう……そういうのがあってようやく、消費者が消費税を負担していることになる、みたいな」
「あっ、そう言えば」と出し抜けに先生が言う。「消費税は当店が負担しますとか、消費税分はいただきませんとか、そういう表示をしちゃいけないって聞いたことある。似てるわよねこれも」
「うん。法律で決まっているわ。それも商品の価値と消費税は別として扱いなさいって意味ね」と葵子さん。
「単に見方の問題なんですかね……見方を変えれば誰が負担しているか変わる、っていう」
なかば自分に問うように発した僕の言葉に、「どうなのかな……」と少し考えてから葵子さんは言った。「そうね、たとえばレンくんが、100円のボールペンを108円で買って8円の消費税を負担したと自分で思うとするでしょう?」
うなずく僕。それを見て彼女は続ける。
「そのボールペンをそのまますぐ市場で売ったら、レンくんはお金をいくら手に入れられるかしら」
「僕が売るんですか?」
「そう。市場でなくても、レンくんの友達がそれ急いでほしいから譲って、って言うのでもいいわ。相手はいくらなら出して、レンくんはいくらなら譲るかな」
「まあ、108円ですよね。僕は損をしたくないし、友達は僕から買わなくても文具メーカーから108円で買えますから」
「うん。市場でも同じよね。文具メーカーとお客さんの間で108円で売買されているから、レンくんが売っても108円で売れると期待できる」
「僕が市場で売るってのが想像しにくいですけど、値段としてはたぶんそうだと思います」
僕の言葉を確かめるようにしてから葵子さんが言う。
「その状況では、レンくんが100円の価値だと思っているボールペンを売りに出せば、市場で108円というお金が難なく手に入るわね。そしたらレンくんはいつ8円を失ったのかしら」
「そう言われると、失ってないとしか言えないような……」と僕。目でうなずいて葵子さんは続ける。
「逆の立場から見てもいいわ。文具メーカーが仮に100円の価値があると思うボールペンをレンくんに108円で売って、8円を納税するなら、手元に残るのは100円ね。その100円のお金で、レンくんのボールペンを買い戻せるかしら」
「いや、それは無理です。せめて108円じゃないと返せません」
「つまり、こういうことじゃないかな」そう言って葵子さんはカップをとる。「本体価格が価値だと見なす人もいるでしょうし、市場価格が価値だって思う人もいる。原材料価格や法人税は消費者が負担しているとも考えられるし、そうでないって見方もあるわ。誰が何をどう見ようと自由なのが、文字通りの自由主義経済よね」
「モノの価値はお金じゃ測れない、なんて言う人もいるしねー」と先生。
うなずいて葵子さんは紅茶をひと口飲んだ。そしてまた口を開く。
「そういう自由な場でモノとお金が交換されるなら、市場は現実に市場として働くし、市場で等価なものとして交換できるという意味で、市場価格がみんなにとって価値となってしまう――誰が何をどう思おうと、ね」
僕は、まるで自分が今まで住んでいた世界と似ているけどまったく別の世界にいきなり転移させられたようなSF的な不安を感じて、それを紛らわすようにカップから紅茶をコクリと飲んだ。
* * *
僕はカップをソーサーにカチリと置いた。「正直……僕にはまだわかりません。たしかに、自由主義経済では価格は市場で決まって、税抜価格をあらかじめ決める方法がないのだから、市場価格こそが価格つまりモノの価値で、それに照らして取引後に手元に残る財産を見ると、消費税を負担しているのは売り手だ、というのは、話としては納得できるんですけど……なんか現実感がないっていうか」
「そうよねー」と先生も言う。「どっちにしたって消費者は値札の税込価格ってのを払うんだし、大して変わらない気もするわ」
葵子さんもうなずく。「そうね、消費者にとっては大きな問題ではないのかも。レンくん、消費税に関する問題があったわね」
「はい」と僕。「書きますか?」
「うん、お願い」と葵子さん。
僕がホロスクリーンの中で指を動かす間に葵子さんは言う。「どう見るのが現実的か、実際の問題とからめて考えてみたいかなって」
書き出した項目はこうだ。
『
逆進性
免税業者の益税
輸出業者の益税
立場が弱いと価格に転嫁できない
滞納が多い
』
ケーコ先生はしばらくスクリーンを見てから言う。「だいたいわかるけど、滞納が多いって? 消費税の滞納って多いの?」
僕が答える。「はい、そうみたいです」
「ふーん、不思議ねぇ」と先生。僕も不思議なんですよ。
葵子さんが口を開く。「逆進性はまあいいとして、益税から見ましょうか。まずは免税業者の益税。免税業者は預かった消費税を納めないから利益を得ているという話ね」
僕が言う。「それは、消費者が消費税を負担しているなら、ですよね。僕らが考えてきたのが正しければ、事業者が消費税を負担しているので、変わってきます」
「どんなふうに?」と葵子さん。
「えーと、それぞれの事業者は自分が作り出した付加価値に対して納税します。で、免税業者が消費税を免税されているのなら、自分が作った付加価値について納税しないだけなので、益税ではなくて、名前の通りの免税です」
葵子さんがさらに聞く。「消費税込みとして売っていても、かしら」
「あ、それは……いや、というか、僕ら的には税抜価格というものは実在しないので、値札に税込みと書いてあってもなくても意味ないです」
「むしろ税抜価格って表示するほうがおかしいくらいよねー」と先生。
それにうなずく僕。「免税業者が仕入れた相手が消費税を払っている、という意味では税込価格と書いてもいいし、自分が払っていないという意味ではただの価格と書いてもいい。でも、税抜価格というものを書いたらおかしい、って感じですかね」
「で、益税なのかしら?」と葵子さん。
「うーんと……いや、消費者から消費税を取るわけではないので、税金を利益として得ることはないです。益税にはなりません」
うん、とうなずいて葵子さんが続ける。「次は輸出業者。仕入れに乗っていた分の消費税額が輸出業者に還付されるわ。これは益税?」
「えっと……仕入れに乗っていた分の消費税って、そこまでの事業者が納めた消費税ですね。輸出業者は免税になって、加えて還付を受ける、と」
「そんな仕組みなのねー」と先生。
僕は続ける。「消費者が消費税を負担しているとすれば、輸出の場合にはその負担をしてくれる消費者がいないので、納められた税は全部還付されないといけないですね。仕入れに消費税が乗ってて、それを買った輸出業者が負担していることになるから、その額を輸出業者に返すのは正しいと思います」
「消費税を事業者が負担しているなら――」
葵子さんにうながされて僕は続ける。「はい、それなら、輸出業者の仕入れまでの事業者が納めた消費税は、その事業者の活動にかかった税なので、還付せず納められたままにすべきです。公平性からは輸出業者も同じように付加価値活動に対して消費税を納めるべきですが、免税になっている……だけじゃなくて還付されるんですね。これ益税ですね」
「お米税のときと同じだわ。まずいわよこれ」とケーコ先生。
消費者にはどっちでも関係ない、とか言ってられなくなってきた感じだ。
特に驚いた表情も見せない葵子さん。「じゃあ転嫁できないって問題。これどういうものだったかしら?」
僕が答える。「えっと、中小企業が大企業に何かを売るときに、消費税を乗せて売りたくても、大企業がそれに応じてくれない、みたいな話です」
「なんか例がほしいわねー」と先生が言う。
「あー、じゃあそうですね、原材料メーカーが中小企業、文具メーカーが大企業で、原材料メーカーは100円の原材料に8円の消費税を乗せて108円で売りたいんだけど、文具メーカーが100円しか出さないよ、って言う感じですかね」
「そうすると消費税はどうなるの?」とケーコ先生。
僕が答える。「えっと、税込価格が100円になるので、文具メーカーは7円くらいの消費税を納めなければいけません。だから結局、原材料を93円で売らなきゃいけなかったことになります」
「消費者が消費税を負担する、という消費税の考えかたなら」と葵子さん。「原材料メーカーから税込み108円で原材料を買ったあとで、文具メーカーには消費者から消費税分の8円が回ってくるはずね」
「そうですね。だから文具メーカーは108円で原材料を買ってもいい……けどそうしないんですよね」
「そんなの当たり前じゃない」とケーコ先生。
「なんでですか?」と僕。
「だって、原材料メーカーにその8円を払わなければ、文具メーカーは自分が売るときにそのぶん安く売って同じ利益を出せるでしょ? そのほうが得じゃないの」
「うーん、やっぱり転嫁ってできない感じですね……」
「レンくん今、税抜価格を使って説明したわよね」と葵子さん。「どこでうまくいかなかったのかしら」
「えっと……税抜きの価格100円に8円を乗せて転嫁したい、けど税込みの価格100円でしか買ってくれない……ですよね」
「税込みの価格って、市場価格よ」と葵子さんが言う。
「ええ、そうです。売り手は税抜き100円で売りたくて、買い手は100円の市場価格で買うと言っている」
「ところで、買い手は税抜きの価格について何か言ってるかしら?」
「言ってません。無視してる? 市場価格で売買しますとだけしか言ってない」
「どうも話がかみ合ってないみたいねー」と先生。「買い手が税抜価格でいくらで買うか言わないと」
「税抜価格が決まらない」と葵子さん。
あ、さっきの話だ。「税抜価格を決める仕組みが市場にはないですからね。売買によって価格を決めるしかないんで」
葵子さんが言う。「税抜価格を価値だと両者が思ったあとで消費税を上乗せする、というのが転嫁の考えかたね。その税抜価格を決める方法がないし、もし決めたとしても、上乗せして消費税を払う義務が買い手にあるわけでもない」
「どっちかって言うとこれ、買い手のほうが正しいんじゃないの?」と先生。「得られるモノに相当だと自分が思う対価を払いますよ、って言ってるんだから」
僕も言う。「そうですね。税抜きの価格というものがある、と相手に主張して、それに加えて消費税分のお金を無理に取ろうとしているのは売り手のほうに見えます」
「では事業者が消費税を負担していると考えたら――」と葵子さん。
「はい」と僕は答える。「市場価格を勝手には上げられないんで、消費税がない場合と同じ利益を原材料メーカーが出そうと思ったら、自分が何かしないといけないですね」
「そうね」と葵子さん。「それだけ何か頑張らないといけないわね。製造を効率化するとか、人件費を削るとか、品質を上げて高く売るとか」
「まあそれが負担ってことよねー」と先生。
「それに、文具メーカーも消費税を負担するわ」と葵子さんが言う。
「あ、そうか。そうすると文具メーカーも頑張らないといけないんで……仕入れは安いほうがいいですね。原材料メーカーが原材料の値段を上げるのは結構苦しいかなぁ」
「そこいくと消費者は自分が消費税を負担しているって思ってるから、商品価格に消費税分を乗せてもあんまり文句言わなそうね」と先生。「うーん、なんかちょっとムカついてきたわ」
少し笑いながら葵子さんが言う。「とは言え、お給料が変わらないのなら出せる額も限られるでしょう」
「てか企業が人件費を削ったらむしろ安くなるわよー」先生はまたおかんむりのようだ。でもたしかにそうかもしれない。
「それじゃ、逆進性と滞納についてはどうかしら」と葵子さん。
「え、一緒にですか」と僕。
うん、と葵子さんはうなずく。「どうして滞納が多いの?」
「どうして多いのよ!」とケーコ先生。僕に怒っても……。
首をすくめて僕は言う。「消費税が消費者から預かったお金なら、そのまま税務署に納めればいいんで、税務署からの取り立てがあるとわかっていて滞納するとか着服するとかあり得ないですよね……」
「そうね。で?」と葵子さん。
「消費税を事業者が負担しているなら、ですよね。売上から仕入れを引いたのが付加価値額で、まあその7.4パーセントくらいを納めればいいんで、納めればいいんじゃないですか」
「あ、そっか。税抜価格の8パーセントが税込価格の7.4パーセントとかなのね。早く言ってよー」と先生。
「税抜価格って存在しないみたいだから」と軽く笑っていなしてから、葵子さんは続けて言う。
「いま税率8パーセントの……というか、事業者目線で言えば付加価値に対する税率約7.4パーセントの消費税の税率って、どこまで上げられるかしら」
「どこまで、って言っても……法律で決めるだけですからねぇ」と僕。「所得税が累進課税で5パーセントから45パーセントくらいでしたっけ? 法人税って何パーセントくらいなんですか?」
「ミライ?」と葵子さん。シャキッ、とミライが答える。「法人税の実効税率はおよそ30パーセントデス」
「じっこうぜいりつ、って何ですか」と聞く僕。葵子さんが答える。
「会社には、法人税だけでなく、それに関連するいろいろな税金がかかるの。それらをだいたい全部合わせたときの税率が実効税率。会社にかかる法人税を考えるときには、普通はこの実効税率で考えるみたい」
「そうなんですか。じゃあ消費税も、所得税とか法人税とかと同じ感じで、30パーセントくらいまではいけますかね。ちょっと重いかな。20パーセントくらいとか?」
うん、と葵子さんがうなずく。「そうすると、事業者に残る利益はどのくらいかしら」
すぐさま僕が答える。「そりゃ、20パーセント納税すれば80パーセントが手元に残るでしょう」
見ると葵子さんの目がいたずらっ子になってる。やばい!
そのままの目が聞いてくる。「事業者の利益って、何?」
頭に昨日の式がフラッシュバックした。仕入れ+付加価値=売上。仕入れ+人件費+利益=売上。
「ああっ、違います違います。消費税は付加価値額に課税されるから、利益とは別でした」
「で、どうなるの?」と葵子さん。
「それは……付加価値の内訳がわからないと何とも言えませんね……」ごにょごにょ、という僕を見て彼女は助け舟を出してくれた。
「それじゃたとえば、一年間の仕入れが20万円、人件費が70万円、利益が10万円で、消費税を納めてください」
「はい……付加価値額は人件費プラス利益で80万円なので、税率20パーセントなら、納付税額は16万円です。あれ?」
「それ無理よ。給料も払うんでしょ?」とケーコ先生。
「そうですね」と僕。「利益にかけるならわかるけど、付加価値額は利益じゃないんで、何パーセントとか決められても……仕事の内容で変わってくるでしょうし」
「会社なら、利益には法人税がかかるわ」とすました顔で葵子さんが言う。
「それじゃ法人税の……実効税率が30パーセントとしたら3万円納めなきゃいけなくて、それに加えて16万円ですか? てか利益の部分に税金が二重にかかってるじゃないですか」と僕。
「まあ今は消費税率が8パーセントだからね」と葵子さん。「でもこれが付加価値への課税よね。利益の何割とかではないし、それどころか利益より多く納税する場合が出てくる」
「えー、企業は赤字にもなるわよー」と先生。
「赤字って、利益がマイナスってことですよね。そしたらどうなるんだろ……」と僕。「仕入れが20万円、人件費が70万円で、売上が80万円とかなら赤字ですね。損失が10万円。で、売上引く仕入れは60万円だから、消費税はその20パーセントで12万円。って、え? 10万円の損失でもう給料が出せないのに、さらに12万円の税金を取る感じですか?」
「何なのこれ!? 逆進性どころの騒ぎじゃないわよ」と先生。
「なるほど、こうして見ると、消費税が景気の影響を受けにくいって、その通りよね」と葵子さんは感心顔だ。
「そりゃ、企業が利益を出そうが出すまいが税金を取れば、景気にはあんまり関係ないでしょうが……」と言いつつ、僕は何とも言えない気分になっていた。
「企業のうち、個人事業と言って、会社を作らずに個人で事業をする立場があるの」と葵子さん。「個人商店とかで多いわね。そういう人の場合、利益から法人税は納めないけど、利益の部分が会社員でいう収入になって、そのお金で生活しているわ。その収入には所得税がかかる。さらに消費税の課税で利益がなくなって、人件費も払えなくなったら、どうなるかしら」
僕も先生も無言でいるしかなかった。葵子さんは続ける。
「これがそのまま滞納の原因だとは言い切れないけれど、消費者から預かっただけのはずの消費税が多く滞納されているのが不思議だ、ってただ思っているだけよりは、少しわかる気はするわね」
そう言って彼女はまたカップをとって紅茶をひと口飲むのだった。
* * *
僕は部室でPCに向かって、学園祭で展示する資料の準備を始めたところだ。葵子さんはまだ来ていない。
消費税で人件費も払えない、という話のあたりからあと、昨日なにを話したかよく覚えていない。入力待ちになっているPCに僕は「消費税は、事業者が赤字でも負担しなければならない苛烈な税金である」と一度打ち込んで、思い直してそれを消した。
まだ僕にはわからないことが多すぎる。自分がどこまでわかっているか知るのが大切、って葵子さんがよく言ってるし。
しばらく作業に没頭していると、葵子さんがスッと入ってきた。
「こんにちは、レンくん。資料準備?」
「はい。やっと方針が固まりました」
いつもの席の隣の椅子に鞄を置きながら葵子さんが言う。「うん、どうするの」
「二列展示にします。あっちと、こっちに」と僕は部室の両側の壁のほうを指差す。「で、片方は普通の消費税の展示、もう片方をここで話した内容をまとめた展示にします」
「それはおもしろそうね」と葵子さん。
「はい。まったく違う見方の二つの世界をお客さんに見てもらって、どう感じるか、何が正しいと思うかは、お客さんに任せたほうがいいかなって」
葵子さんはニッコリと笑って言った。「いい展示にしましょうね」
「はい」
「お茶を入れてくるわ」
キッチンに向かう葵子さんのうしろ姿から窓に向けて目を移すと、空が心なしか少し明るく見えた。
(了)