大雪
高校2年生の2月に、俺たちが住む町に雪が積もった。平日だったため通常通り授業が行われる予定だが、休校になるかもしれない。それでも俺は登校の準備をした。
「待ちなさい晴男。こんな雪だと登校にも支障が出るし、行っても休校になる可能性が高いわよ」
お袋にそう止められたが、だからこそ登校しようとしているのだ。休校になると1日家で過ごすことになる。それはつまらないことだし、雪のせいでお袋も欠勤になるかもしれないから。そうなると、簡単に外出できない家の中でお袋と二人きりという罰ゲームのような状況になる。それなら、例え帰れなくなっても授業がない学校に居る方がずっとマシだ。そう思った俺は、お袋から逃げるように家を出た。
登校している時も雪は降り続いていて、普段利用している駅に列車は来たが時刻表通りではなかったうえに、かなり速度を落として運転していた。乗り込むと、俺と同じように学校に向かおうとしている高校生がいたが、普段よりも乗客が少ないような気がした。やっぱり休校になると思って登校しない人が多いのだろうか。それとも、もっと早く登校しないと遅刻すると判断した人もいるのだろうか。俺自身も、もし遅刻したら怒られるような気がしながら必死で学校へ向かった。
いつも以上に時間をかけて到着した学校は、これまで見たことがないような銀世界になっていた。遅刻をせずに済んだが人は少なかった。そうかと思えば、昇降口で雪だるまを作っていたり、雪合戦をしている生徒もいた。
「晴男、来たんや。俺らも雪合戦して遊ばへん?」
教室に入ると、俺を待っていたように浩樹がそう声をかけてきた。
「せやな。せっかくの雪やのに何もせんのももったいないかもな」
俺はそう賛成したが、すぐに朝のホームルームの時間になってしまった。結局そのときに正式に今日は休校と知らされ、俺たちは早く帰るように言われた。
教室にいた生徒たちはそのことに喜んだが、帰路のことを考えると、あまりのんきになれなかった。
それでも俺たちは、浩樹をはじめとした、登校していた野球部の同級生や後輩という仲間やクラスメート達と、先程話していた雪合戦をして遊んだ。
「主将、投手なだけあって雪投げるの上手いですね!」
雪合戦に参加していたマコトちゃんにそう言われた。
「雪投げんのに上手いも下手もあるか?」
俺はそう疑問を抱いたが、ミナミちゃんも
「確かにそうですね!しかも、雪玉作るの上手いですよね」
と納得しながら雪玉を投げてきた。
「そう言いながら雪玉投げるかよ⁉マネージャーとはいえ、あんたの投げる雪玉の方がよっぽど強力やわ!」
マフラーや手袋をしていても寒かったが、遊んでいると体は暖かくなったし、こうして仲間と雪遊びができて楽しかった。
俺はふと、今は亡き変態雪男のことを思い出した。幼少期は何度かやつの実家がある秋田県に連れて行かれて、こうして雪遊びをしていたから。雪玉を上手く投げると言われたのも、何度か雪遊びをする機会があったからかもしれない。さすがにこの程度の雪でかまくらは作れないが、その景色を思い出していた。
しかしそのときに、
「あんたら、休校になったんやで早く帰りなさい!」
と先生に怒られた。俺たちがはしゃいでいた声が聞こえていたのだろうか。
結局お袋がいるかもしれない家に戻ることになるが仕方ない。お袋との時間が減っただけでも良かったと思わないと。
雪は止んだが、だからと言って歩きやすくなったわけではない。せめて足跡を辿って歩くことにしたが、駅に戻るのも一苦労だった。せめてちゃんと列車が来ればいいのだが。
駅に到着すると俺の望み通り、列車が来ていた。登校のときと同じく運転は速度を落としたままだったが、家で過ごす時間を短くしたい俺にとってはかえって好都合だった。もしこれで列車が来なくて学校に引き返すことになったら二度手間になるところだった。
帰宅すると、玄関の鍵が開いていた。ということは、お袋がいるということか。それだけで気分が下がるが、家に入らないと俺は凍死してしまう。
「ただいま」
俺はしぶしぶ家に入った。
「あらおかえり。やっぱり休校になったのね」
お袋のそんな声が聞こえた。
「お袋こそ、欠勤になったんや?」
俺はそう言いながら居間に入った。
「ええ。病院から、今日は休んでいいって電話が来たのよ」
すると、そこには雪だるまを親父の遺影の前に飾っているお袋がいた。
「そうなんや。それよりお袋、その雪だるま作ったん?」
俺がそう聞くとお袋は嬉しそうに
「雪を見ていたらお父さんの実家を思い出して、雪だるまを作りたくなったのよ。お父さんが見たら懐かしいって喜ぶだろうと思って」
と言っていた。俺はお袋に対して、何子供っぽいことをしているんだと少し呆れた。お袋の子供っぽい性格は前から知っていたが。
しかしながら、今朝お袋の反対を振り切って登校しておいて、結局休校になったことを
がみがみ言われなくて良かったと安心もした。
「ねえ、雪を見るとお父さんのことを思い出さない?秋田出身だったし、雪みたいに白くて綺麗で優しかったから」
お袋が俺にそんなことを言ってきた。
「そうか?」
俺はそっけなくそう返したが、本当は雪景色を見てお袋と同じように考えていた。自分もお袋と同じような考えを持っていると思うと、とてもモヤモヤした気分になる。ただし、親父が雪みたいに白くて綺麗で優しいとは思わなかった。雪をあんなエロジジイと重ねられるお袋は、相当アホだと思う。
「やっぱり寂しいわね。こんな寒い冬にも、お父さんが作ってくれた編み物があったら少しも寒くなかったのに」
お袋はそう言ってため息をついた。俺は親父がいなくなって寂しいとは一言も言っていないのに、同調を求めるな。
やっぱりこんなお袋を見ているのはうっとうしい。確かに雪は綺麗なものだが、こんなうっとうしいことを言うお袋と二人きりになる原因になるから降っていらないと思うのだった。