突然の出来事
親父が死んだ。俺が高校2年生の秋に。仕事中に脳卒中で突然倒れて、看護師をしているお袋の勤務先の病院に搬送されたが、そのままかえらぬ人となってしまった。
部活から帰宅してすぐにそのことを聞かされた俺は、耳を疑った。「俺の親父、本当に死んだのかよ」と思った。
そうわかったときに、俺は悲しむより先に、親父のことを恨んだ。俺は野球部の主将になって、17歳の誕生日を迎えたばかりで、定期試験に向けて勉強も大変になる時期なのに、突然死なれて忌引で1週間も休まされるなんて迷惑で仕方がなかった。
俺は、親父のことが嫌いだった。だから、もし親父が死んだら清々するだろうと思っていた。なのに、実際にそうなると、困ったことばかりだった。
親父の葬式の日。俺はようやく、親父はもういないと実感することができた。実は、それまではその実感がわいていなかったのだ。
忌引で学校を1週間も休まされ、慣れない堅苦しい葬式に参加しなければならなかった俺は、既に心身共に疲れていた。悲しいというよりも、こんな時期に親父が逝ったことが何だか悔しくて、俺は泣いた。
お袋は棺桶に、親父が、幼少期の俺にキスをしている写真を、泣きながら入れていた。お袋が撮った写真で、親父が常に持ち歩いていたものらしい。
そんなことをしていた親父も、写真を撮ったお袋も気色悪い。わざわざ棺桶に入れてくれるなと思った。でも、どうせ燃えてなくなるものだからいいかという諦めもついた。
「兄さんがいなくなって寂しいなぁ…」
「また一緒に飲みたかったな」
兄さん?その言葉が気になって見ると、親父の職場の人達だった。その人達が親父のことを兄さんと呼んでいたなんて、全然知らなかった。そして、あのちゃらんぽらんの何が兄さんだと思った。
「君は、兄さんの息子の晴男君?」
俺の存在に気付いた職場の人達が、声をかけた。
「はい。父がお世話になりました」
「いや、お世話になったのは俺たちのほう」
「そうだったんですか?」
信じられなかった。
「仕事のことをいろいろと教えてくれたし、何度も食事に誘ってくれた。一緒に居て楽しかったな」
「そのときに、よく晴男君の話もしとったで。この前も、『晴男は、おらの子とは思えないくらいよくできた息子だ』って」
仕事のことを教えて食事に誘っていたのは普通のことじゃないか?それに、親父のことだから、見栄を張っていただけに違いない。それどころか、その食事の席で酔っぱらってその人達にキスまでしていたのに。
「だから、もっといろんなことを教えてほしかったのに…」
別の人が、そう言って涙を流した。
「兄さんは、今死ぬにはもったいなかった」
「兄さんだったんですか?」
思い切って聞いてみた。
「そうやで。気風が良くて頼もしかった」
「だから、晴男君も辛いだろうけど―」
それもどうせ見栄っ張りなだけだ。酒とタバコとパチンコで散財していた親父の何が頼もしいというのか、俺にはわからなかった。
そんな親父がいなくなって辛いとは思わない。だから、
「そんなことないですよ。親父、すごくだらしなかったし―」
なんて言ってしまう。
「でもな、兄さんは晴男君のことを愛しとったと思うで」
そんな話もされた。
確かに、親父は俺のことを否定しなかった。むしろ、べたべたしていた親父が鬱陶しくて避けていたくらいだった。
「そんな風に思っていただけて幸いです」
と、心にもないことを言っておいた。
ただ、泣いていても、親父が生き返ることはない。俺は忌引の後、これまで以上に学校生活を頑張らないと、と精神的にかなり疲れながらも考えた。