7 うっかりメイドはツッコミ上手
「本当にいいの?」
強い視線が私の体を射抜く。
その目を見て、少しだけたじろぐ。
それでも、しっかりと見返して、自分の意思を見せつけるように言葉を紡ぐ。
「ええ、構いません」
ゆっくりと噛み締めるようにその答えを聞くと、お義母様は頷いた。
「それじゃあ行きなさい。必ず帰ってくるのよ」
震えそうになる声を張り上げて短く言う。
「分かっています。行って参ります」
「行ってらっしゃい」
手を振って見送ってくれる優しさが心にじんわりと広がった。こぼれそうになる涙を、上を向くことで引っ込める。
必ず成し遂げてみせようと心に誓った私は、門を開けて新たな世界の一歩を踏み出した。
「奥様、姫様、一人で町へ行くだけだというのに大袈裟すぎます」
メイドのマリアがちょっと困った様子で呟いたのを、私は無視することにした。
事の始まりは支度を終えた頃。
お義母様と買い物に行くと面倒くさいことを知っている私は、お義母様に交渉を持ち掛けたのだった。
「お義母様、私はもう十七になります。それなのに未だ保護者と街を歩くのはいかがなものでしょうか」
「……えっと、突然どうしたの?それは一体どう言う意味かしら」
突然の私の意見に戸惑うお義母様。本当に意味がわからないらしく、困惑した目線を私に寄越す。
お義母様は少し物分かりが悪いようだ。
「私、そろそろ一人で街を歩いてもいい頃だと思うのです」
「なんですって!」
……お義母様の口癖は『なんですって』でいいと思うのは、私だけだろうか。
「もちろん護衛はつけるつもりです。しかし、あくまで陰で見守る程度。私は洋服や、小物や、食べ物を、心行くまで見たいのです。お義母様をそれに付き合わせるわけにもいきませんし」
「あら、私ならそのぐらい平気よ」
「何時間歩いても?」
「うっ」
言葉に詰まった。
それもそのはず、お義母様は長時間歩かない人だから、そんなに歩いたら足が痛くて地べたに座り込んでしまうだろう。いつも馬車で移動している人に長時間の運動(?)はきついものだ。
「でしょう?お義母様を疲れさせるわけにはいきませんわ。私、一人で行って参ります」
お義母様は私の言うことも一理あると思ったのか、考え込んだ。
やがて、渋々といった様子で首を縦に振った。
「……わかったわ。でも、気をつけて。知らない人に付いて行っては駄目よ。何かあったら大声で叫びなさい。陰で控えさせている護衛に知らせるの。もしナンパにあっても丁重に断るのよ。もし逆上されたら逃げなさい。それから、無駄使いしてはいけないわ。いらないものといるものをよく見分けて買うのよ。店の人の言葉に惑わされては駄目。あまりにしつこいようだったら無視しても構わないわ。あと――」
「お義母様、私は今年で十七です。今は十六ですけど、子供じゃありません。心配してくださっているのは嬉しいことですが、少々度が過ぎるのでは?」
遠慮がないのは今更だ。
しかし、もう少し柔らかい言い方をしてもいいとは思っている。思っているだけだが。
「そんなことないわよ」
「そんなことあると思いますけど……あ」
お義母様の言葉に突っ込んだのは、私ではなく後ろに控えていたメイドだった。
先ほど私を部屋へ引きずっていったあの怪力娘。
意図して口に出したわけではないらしく、口に手を当てて焦っている。
おそらく不敬罪で罰せられるとでも思ったのだろう。実際、お義母様に反抗したメイドが一人、辞めさせられた。
私が同じことを言ったときにはなにもされなかったのに、あのメイドには精神的苦痛を味あわせて自らやめるよう追い込んだのだ。
私がそれを知ったのは既に彼女が辞めた後。今後はそういった陰気なことをやめるよう苦言を呈したが、もう過ぎたことだった。
にしても、このメイドは使えそうだ。一緒にお義母様をイジれるかもしれない。
同士発見の予感に先程の無礼を水に流して尋ねる。
「あら、貴方とは気が合いそうだわ。名前は?」
「あっ、マリアと申します」
……そういえば、私の名前は何だったろうか。
白雪というのはあだ名で、本名があったような気もするのだが、周りが白雪白雪呼ぶから忘れてしまった。
忘れたということはそこまで大切じゃないということ。思い出すまで気にしないでおこう。
「マリアね、覚えたわ。今夜にでも、お義母様に対する日ごろの鬱憤をぜひ話に部屋にきて」
「はぁ!?何を言ってるの?私に不満なんてないわよね、そこのメイド!」
「ぜひ参らせていただきます」
「ちょっと!」
マリアはお義母様の方を不安そうに一瞥した後、しかし笑顔で頷いた。
マリアとは本当に気が合いそうだ。
と、少し経緯を話すのに寄り道をしてしまったが、こんな感じで私は今日一人で街へ向かうこととなったのだった。
さっさとドレス選び終わらせて観光でもしよう。甘いものが食べたい気分なのだ。
地元なのに観光というのも少し変かもしれないが、普段あまり家から出れないので、他地域と言ってもあながち間違いではないだろう。
ブーツを鳴らしながら一人で歩く大通りは、ずいぶんと新鮮だった。