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6 面倒事という名の死刑宣告

「で、今日は一体どのような用件で私を部屋に招かれたのですか?」


 最早日課となっているお義母様の年齢いじりを済ませると、本題に入る。

 何か尋ねるときも単刀直入に済ませる。お義母様なんかに遠慮するのはもったいないし、回りくどい言い方は面倒なのであまりしない。


「そうそう、さっき話していたドレスのことなのよ。私、もうすぐ年に一度の大々的なお茶会を開催しようと思っているの」


 ああ、と声を上げた。

 お茶会は月に一度程度の頻度で行われるが、年に一度だけ、隣国の王族たちを招いて大々的なお茶会が開かれる。私も国王陛下と王妃の娘として参加するが、あれほど退屈なお茶会はないだろう。


 隣国の王子たちは、超がつくほど麗しい。イケメンというやつだ。


 そのせいで、いつも貴族の女の子たちが、王子に夢中になり耳が痛いほどの悲鳴を上げるのだ。

 一緒に踊るために派手な化粧を施して王子に貢ごうとする姿は、甘い蜜に群がる蟻のよう。反吐が出そうだ。


 私には、彼等の何がいいのかさっぱりわからない。

 普段のお茶会のときに話し相手になってくれる貴族の女たちもそんな様子なのだから、自分が可笑しいのかと心配にすらなってくる。


「だけど、貴方の衣装はどうするの?去年もギリギリまで決めずにいて、ようやく決めたのは地味なドレスだったじゃない?まだ決めてないんじゃないかと思ってさっき見繕ったものを用意させたのだけど」


 その言葉とともに後ろに控えていたメイドたちが前に出て、色鮮やかなドレスを掲げた。

 目の前でキラキラと光るそれらは、まるで花のように自らを主張しているようだ。


 つまり、


「派手過ぎます」


 真っ赤なもの、黒のもの、足元が異常なまでに膨らんだもの、露出が激しいもの。

 どれも派手で私好みのドレスがない。


「これぐらい普通よ」


「貴方の普通と私の普通は違います」


「正論で返すのやめてくれない?」


 しかし、このドレスたちが普通というお義母様の感覚はおかしくない。

 周りの貴族たちは、王子が集まるお茶会で派手な衣装を着るのは当たり前。

 通常のお茶会では大人しい子でも、その時だけ赤い口紅を塗りたくって髪を盛り、ジャラジャラとアクサせりーを身につけ、寒そうなドレスで自分を着飾るのだ。


 だから、ある意味私は目立つ存在だと思われる。


 去年のお茶会できたドレスは、確か深い緑――柚葉色(ゆずはいろ)だった気がする。

 それも足首までのロングドレスで、アクセサリーもエメラルドグリーンのネックレス一つだった。

 香水もせず、髪は一つに軽く結っただけ。すっぴん状態での参加だ。


 もちろん、去年その格好で目立ったからといって今年は派手な格好をする気は毛頭ない。


 去年と同じ格好でも構わないとさえ思っている。……あ、それいいかも。


 その理由は、誰かがいるときだけ自分を変えるのは嫌とか、そんな物語の主人公みたいなものではない。

 ただ面倒なだけ。それだけのこと。


「まさか、今年も去年と同じドレスで行くだなんて言い出さないわよね?」


「さすがお義母様。今そう考えていたところです」


 お義母様の勘の良さにえすぱーなのではないかとさえ思う。

 驚きと称賛の目で見つめれば、お義母様の眼がどんどん吊り上がっていった。


 首をかしげる。不機嫌そうだ。何か悪いことでもしたのだろうか。


「何ふざけたことを言っているの!?ほかにもドレスはあるでしょう!」


「派手なものばかりで着たくありません。この服装でもいいのなら話は別ですが」


 そう即答して、着ている服の裾をつまむ。

 今の服装は一般の国民がきているような素朴ながらのワンピース。

 本当はズボンを履きたいが、履こうとしたらお義母様がはんにゃのような顔で取り上げるのだ。


「そんなの駄目に決まってるでしょう!」


「お義母様、煩いです」


 頭に血が上ってしまったお義母様を宥めにかかる。

 若干宥めてないような気もするが、気のせいだ。


「あのねぇ……!」


 説教もーどに入ったお義母さま。

 しかし、途中でやめてしまった。何かを思いついたような、そんな顔をしている。


 嫌な予感がして、冷や汗が一筋、背中を伝った。


「そうだわ、貴方が自分で見て買えばいいじゃない。私も一緒に行くから」


 私にはそれが、死刑宣告のように聞こえた。

 耳の中で響いて、えこーのようにこだまする。


 買いに行くだなんて、面倒なだけだろう。

 私一人だけなら適当なものを買って終わるが、お義母様がついてくるとなれば尚更面倒だ。


 きっと派手なものばかり勧めて、ドレスの攻防戦が始まるに決まっている。

 そして私の精神はゴリゴリに削られるのだ。


 前に、このことについて貴族の令嬢に愚痴った時、令嬢が不思議そうな顔をしてこう言ったのを覚えている。


『面倒だと思うなら、進めてきたものは全て買えばいいだけの話ではありませんの?』


 彼女がお金を湯水のように使っていることが容易に想像できた。


 私は確かに面倒臭がり屋かもしれないし、そうすれば面倒じゃなくなるかもしれないが、金銭感覚はまだ正常。

 その案はすぐに却下した。


「えっと、それは何の冗談でしょうか」


 昔のことを思い出しながら今までで一番の無表情を披露しつつ尋ねる。

 一気に三つのことを同時にできる人ってなかなかいないわよね。


「冗談じゃないわ。さあ、思い立ったら吉日よ。早く準備をしてちょうだい」


 ドアに向けて背中を押される。


「あの、お義母様」


「ほら、この子を着替えさせて」


「かしこまりました、奥様」


 メイドに手を引かれ強制退室。


「……誰かの話を聞いて。あと何も言ってくれなかった鏡さんは末代まで呪う」


 誰も聞いてくれない独り言を、ポツリと漏らした。

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