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5 お義母様の優しさが怖い

 適当な小説を読んだり、紙を折ったり、鏡さんと話をしながら時間を潰す。

 暇なら暇なりの充実した過ごし方というものがあるのだ。


 暫くして、ドアが音もなく開いた。

 屋敷のドアは全て高性能で音がしない造りになっているため、当たり前なのだが。


「あら、ごめんなさい白雪。新作のドレスが入荷されたと聞いて、町へ出かけていたのよ」


 ご機嫌な様子で入ってきたのは、お義母様だった。

 時計を見ると、約束の時間から一時間が経過している。時間にルーズすぎではないだろうか。


「そしたら、本当に素晴らしいものばかりで、白雪のことなんて頭から消えちゃったわ」


「それは大変ですわ、お義母様。とうとうボケが始まってしまったのですね。おいたわしい……」


「なっ……ボケてないわよ!とうとうって何!?私まだ三十代!」


「まだ、じゃなくて、もう、ですわ」


「……」


 ぐうの音も出なくなったお義母様を尻目に椅子に腰をかける。


 こんな会話、以前までの死に戻り人生では考えられない。


 私のこの遠慮のない発言は、遅すぎる死期が、私を更に絶望させる罠だと知らずイライラしていた時、お義母様についツッコんでしまったのが始まりだった。



 そのころ、お義母様はよく香水を使っていた。家だろうが、町だろうが関係なく。

 それだけなら問題はないのだか、その香水が臭いのなんの。鼻が曲がってしまいそうな激臭だったのだ。


 使用人たちはこの屋敷の一番の権力者であるお義母様には何も言えず、お義母様は鼻がおかしいのかこの香水を愛用しだした。さらに、今度のお城で行われるお茶会に使うとまで言い出したのだ。


 お茶会は、お互いの親睦を深めるという目的で行われる、情報交換の場所だ。

 まあ、情報を集めるためにはある程度の人たちと仲良くならなくてはいけないので、ある意味間違ってはいないが。


 しかし、王妃がそんな香水を使っていては、相手に好印象は与えられない。

 それどころか、こんな王妃の夫が納めている国は嫌だと、出ていくものがいるかもしれない。


 ……という大げさな建前のもと、私はお義母様にツッコんだのだ。お義母様はボケたつもりはないのだろうが。


『お義母様、そんな鼻のひん曲がりそうな香水を茶会でお使いになられるのですか?もう少しましなものを使用したほうがよろしいかと。

あ、お客人を嗅覚てろに巻き込みたいおつもりだったのでしたら申し訳ございません』


 途端、周りにいた使用人の顔が青くなった。

 巻き込まれたくなくて、みんな遠巻きに事態の行く末を見守る。


 きっと、お義母様にてろという言葉の意味はわからなかっただろう。この言葉も商人に教えてもらったもので、彼に聞くまで私も知らなかった。

 しかし、その前と後の文から大体想像はついたらしい。


『……もう一度、言ってもらってもいいかしら?』


 静かに怒るお義母様を見たのはあれが初めてかもしれない。

 お義母様も初めて意見されたのだろう。だとしてもそのリアクションは驚きだった。もっと激しく怒鳴り散らすと思ったのに。


 庭に干してある洗濯物を心配そうに見つめるメイド。私も同感だった。


 しかし、それを感じさせないよう淡々と言いのけた。そのせいで白々しさが増したが、もともと声に感情が入ることはないのでいつもとそこまで変わらない。なんたって感情を封印して以下省略。


『あらあらまあまあ、なんともお可哀そうに。お義母様の耳がそんなに老化していただなんて気が付きませんでしたわ。ごめんあそばせ。さっき私は、


お義母様、そんな鼻のひん曲がりそうな香水を茶会でお使いになられるのですか?もう少しましなものを使用したほうがよろしいかと。

あ、お客人を嗅覚てろに巻き込みたいおつもりだったのでしたら申し訳ございません


と申しました』


『……なん、ですって?』


『えっと、もう構いませんから真面目に病院へ行ったほうがよろしいかと』


 お義母様の耳は壊滅的に悪いらしい。

 鼻も耳も悪いだなんて、気の毒でならなかった。もう一度言ってというのはどうやら本気で聞こえなかったらしい。それに気づかなかったなんて、娘失格だわ。


 と思ったが、どうやら聞こえていたらしく激昂しだした。

 ようやくお義母様らしい反応が見れた。


 耳に異常はなかったと安心する半面、そこまで怒鳴られても何を言ってるのか聞き取れなくて困った。

 この世界の言葉で話してもらいたい。しかし、こう言うとさらに怒られてしまい、火に油を注いでしまったのだと気づいた。


 よくわからないがここまで怒らせてしまったのだから、今度の私の死因はきっと不敬罪による打ち首だろうと思った。

 お義母様はこの国を治める王の妻。そんなお方を怒らせてしまったのだ。仕方ない。いくら娘とはいえ血はつながっていないし、殺されても可笑しくない。

 寿命の最長記録を叩き出せたのだから、それで満足だった。


 けれど、私は死刑どころか、罰さえ受けなかった。

 その後も私は事あるごとにお義母様の年齢について嘆き、金銭感覚について馬鹿なのか問い、性格について諭した。それでも、私は今日まで生きてこられた。


 それどころか、日に日にお義母様が優しくなっていってるのが怖い。

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