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4 気づかないふりをした歪み

 一年が経った。

 あと一年だと、気を引き締めて感情を殺すことに努めた。


 二年が経った。

 そのころには表情が消え、もうすぐ死ぬのだと覚悟していた。


 三年が経った。

 きっと誤差があるだけで、きっともうすぐ殺されると思った。


 四年が経った。

 さすがに遅すぎる気もしてきたが、気にしないようにした。


 五年が経った。

 いったいいつ刺客が来るのか、イライラとしてきた。


 六年が経った。

 なんだか異様にお義母様が優しくて、なくしたはずの恐怖を僅かに感じた。


 七年が経った。

 どうして殺されないのか分からず、知識を求めて本を読み漁ったりした。


 八年が経った。

 ここまで長生きできたのは初めてで、驚きを感じてた。


 九年が経った。

 きっとこうやって油断させておいて殺す計画なのだと気づき、長年の疑問が解決できてスカッとした。


 十年が経った。

 あまりに平和すぎて感情を抑えるのが面倒……じゃなくて大変になってきた。


 十一年が経った。

 嵐の前の静けさにしては長い気がするが、まあ気にしない。



 そして、こんな風に訝しんだりしながらも生き続け、白雪は今年十七歳となる。

 ちなみにいまだに殺されかけたことはない。事故を装った命の危険にさらさせるような事態もなし。


 平和すぎてだらけてしまいそうな毎日だ。


「……なんで殺されないのかしら?」


 遊びに来いと言われて来たのに現在部屋主不在のお義母様の部屋に、私の声が響いた。

 窓の向こうでバラの花が揺れる。


 もうそろそろサクッと逝ってもいい頃合いなのに。いくらなんでも遅すぎる気がしてきた。

 今までの死に戻りした人生ではこんなことはなかったのに。


 まさか死なないなんてオチじゃないだろう。

 どんなに頑張っても理不尽に殺され続けたっていうのに、漸く覚悟を決めたっていうのに、それはあんまりだ。


「ねえ、なんでだと思う?鏡さん」


 自分の頭で考えるのには限界があると思った私は、壁にかかっている魔法の鏡に問いかけた。

 この鏡はお義母様愛用の鏡で、世界一美しい人を教えてくれるのだそう。私はどうでもいいが。


「私が知るわけないでしょう」


 ……冷たい。

 もうちょっと優しい言葉を選ぶか、一緒に悩むぐらいしてくれてもいいだろうに。


 確かに、死なない理由なんて聞かれても普通は困るかもしれないけど、鏡さんは唯一の理解者だ。

 いや、理解してるかどうかはわからないけど、何年も前から私が死なないことについて悩んでいるのは知っている。死に戻りのことは話してないが。


 それなのに、この対応。


 ムッとして突っ伏していた机から身を起こす。

 とはいっても、ムッとしてるのは心であって、表情には一切の変化が見られないが。


 ……あ、いや、私に感情なんてないのだから、ムッとしてるとかではない。

 そう、だって私は、十年以上の訓練の末、感情を封印することに成功したのだから。


 だから、今の私はムッじゃなくてはぁ?って感じなのだ!……いや、それも違うか。

 しっくりくる表現が見つからない。こういう時語彙力がない人間は辛い。


 それにしても、


「鏡さんってこんな毒舌つんでれじゃなかったはずなんだけど……突然変異?」


「言ってることの半分以上分かりませんが、多分違います」


「真面目に答えなくてもいいのに」


 鏡さんはよく言えば真面目、悪く言えばノリが悪い。

 ここで『よく気がついたな小娘よ』ぐらい言ってもらえたら、文句なしの満点なんだけど。


 ちなみにどうして私がつんでれとかいう言葉を知っているかというと、何回目の死に戻りの時だったか忘れてしまったが、とある商人に教えてもらったのだ。


 食材を買いに小人を連れて街へ出た時、たまたま会った商人だった。野菜も安くて新鮮だし、珍しい話もたくさん聞けたし、いい人だった。……心配してるとかじゃないけど、今は何をしているのだろうか。



 商人の生まれた国は、小さくて海に囲まれているらしい。


 昔はその国ならではのわふうの物がたくさんあったのに、最近は若い子たちがぐれてうぇいしてるからどんどん減って、困ってるんだそう。今どきのじぇーけーは、ってぼやいていた。


 分からない言葉も時々出てきたけど、そういった言葉は一つ一つ丁寧に説明してくれた。


 じぇーけーというのは、じょしこうせいのことで、うぇいはうぇーいということらしい。

 結局どういうことなのだろか。


 でも、なんだか不思議な感じのする人だった。


 あの人は私のことなんて覚えてないし、そもそも知りもしないだろうけど、会えたらまた会いた……じゃない。会いたいとか全く思ってない。前言撤回。


 ……もう、なんで封印したはずの感情が蘇るの?もう何年も平常心のままだったのに。

 最近の私は可笑しい。過去を思い出しては身悶えたり、思いを馳せたりしてばかりだ。


 感情なんていらない。早く消してしまいたい。じゃないと、苦しむのは私なんだから。これ以上辛酸をなめるなんて、耐えられない。早く消さないと。殺さないと。


 鬼魔駆逐!悪霊退散!


「はぁ、はぁ」


「姫様が謎の息切れをしだしたが放っておこう」


 本当に冷たい鏡だ。もう少し優しくしてくれてもいいのに。


 いつもこんな風にあしらわれてしまうものだから、どうやったら鏡さんが動揺するか、私のことを心配してくれるのか、ちょっと考えてしまう。別に、心配してほしいわけじゃないけど。かまちょじゃないし。


 ……でも、私が死んだら、鏡さんは悲しんでくれるかしら?

 なんて、馬鹿みたいなことを思ってしまう。


 やっぱり最近の私は可笑しい。


 それを隠すように嫌味を放った。


「もうちょっと紳士的な対応しないと嫌われてモテないわよ」


「もうちょっと表情柔らかくしないと怖がられてモテませんよ」


「……」


 この鏡やだ。


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