3 幼少期の決意
背筋を伸ばし、足をそろえて椅子に座る。
無駄に豪華な部屋で無駄に豪華な食事を前にした私の思いはただ一つ、面倒。
ダイヤモンドを使ったシャンデリアとか、高級食材の何を使ったとか、そんなのどうでもいい。興味がない。さっさと食べてこのお上品な空間から抜け出したい。
私は、あまりこういった煌びやかなもの、豪華なものが好きではない。
どちらかというと大人しい、けれど確かな美しさのあるものの方が好き。
それに、上品な行動を求められるのも嫌。堅苦しいし疲れるから。
今の体制だって、実は腹筋を使っているので疲れる。
どうして私が、姫なんかになったんだろう。神様というのはとことん私に厳しいらしい。
シェフの解説に適当な相槌を打ちながらを聞き流す。
ようやく解説が終わると、料理をフォークで刺した。持ち上げると湯気がかすかに立ち昇る。
小さく口を開けて頬張った。咀嚼すると口に広がった、ハーブの香り。
心の中で眉をひそめた。
勿論表情筋は一ミリも動かしていないが。
美味しいけど、何か違う。
小人たちと一緒に作ったご飯は、もっと美味しかった。美味しくて、暖かいものだった。ここの食事より、ずっと楽しい食事だった。
比べても意味はないとわかっているのに、つい比べてしまう。
私に唯一優しくしてくれた小人たち。最後まで私のことを心配して、助けてくれた恩人。
彼らのことを思い出すと、食べていた料理の味がしなくなっていった。
どんどん不味く感じる料理を、無理矢理口に入れる。
いつものことだ。死に戻るたびに小人たちのことを思い出して、料理が不味くなって、無理やり詰め込んで。
いい加減学習して、小人のことを忘れられたら楽なんだろうけど。
いつまでたっても、また会いたいと思ってしまう。
……いや、もう会わない。会っちゃいけない。私は意思を持たない人形。会いたいとすら思っちゃダメ。
じゃないと、早く感情を消さないと、辛いのは私自身なんだ。
「ご馳走様」
完食した私は、自室に戻ろうと席を立った。扉をを開けてもらい、静まり返った廊下を歩く。
これから何をしようか、思案する。
本を読むのはいいが、自室にあるものは何度も読んだ。
庭を散歩するのはいいが、あそこはいつ見ても同じ風景で飽きてしまった。
……そうだ、小人たちに聞いた遊びをしてみよう。
確か正方形の紙を折って、いろいろな形を作る遊び。
そのまんまの名前……たしか、紙折りだったか?折り紙だったような気もする。
まあ、どちらでも構わない。
小人たちの話を思い出しながら、速足で自室へ向かった。
* * *
「……できた」
自分で作った白いスミレを眺める。
小人たちは十分もかからずできたのに、私は三十分以上かかってしまった。
初めてだったし、仕方のないことかもしれないが。
他にも、鶴や兎なんて動物や、紙風船と呼ばれるもの、リボンなど、沢山作った。
スミレ一つに三十分かかったのだから、当然もっと時間がかかる。それらを作っているうちにもう昼になってしまった。
できた作品はどれも不格好だけど、それを見るとつい頬が緩んでしまう。
……はっ。い、いや、別に、楽しいわけじゃないわ。嬉しくもない。
だから口角よ、上がらないでちょうだい!
私の顔が、どうしようもなくだらしなく鏡に映った。
「感情を無にするって、案外難しいものなのね」
どうにかして、二年後までにマスターしたい。二年後、私が辛くないように。
希望をもって、また絶望して、泣いて、嘆いて、喚いて、周りから腫れもの扱いされて、忌み嫌われて。そんな散々だった人生を振り返って、それらはすべて感情があったからだと再確認する。
どうして、私は死に戻るのだろう。何度も胸に浮かんだ問いがまた浮かぶ。
初めて死んだ日すら忘れてしまうぐらい、私は生きた。誰にも知られず、全ての人に知らしめながら。 もう十分なのに、これ以上何をしろというのだ。
きっと私は、これからもわからない問いの答えを、いつまでも探し続けるだろう。
感情さえなくせば、すべて丸く収まる。
目を伏せると鮮明によみがえる死期の数々。何度も不格好に抵抗したけど、何度も無理やり殺された。何回目からだったか諦めて、毒だと知っていながらリンゴを食べたし、撃たれるとわかっていながら森をゆっくり歩いた。そして死んだ。毎回恐怖を味わいながら。最近はマシになってきたが、あんな思い、もうしたくない。
感情を、表情を、なくす。
すぐには無理でも、いつかきっと—―。
鏡に映る私の顔は、もう無表情になっていた。
白雪はその後、無表情を保つために努力した。
一か月が経ち、一年が経ち、季節が過ぎ去る。それでも努力し続けた。
それが無意味な行動だとは知らず。
感情をなくすことが苦しみから解放される希望である以上、感情はなくせないのだから。
希望を抱きながら感情は消せないのだ。そして、希望がある以上、必ず絶望は潜んでいるものだ。