2 自惚れ王妃の魔法の鏡 ※
きらびやかな赤を基調とした部屋で、王妃は鏡に向かって問いかける。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだぁれ?」
「……それは、貴方様です」
鏡は、うんざりしながら王妃の問いに答えた。
この王妃は毎日同じことを聞いてくる。自分は美しいと言わたせたがる。
そんな自惚れた王妃に、鏡の愛想も付きかけていたのだった。
しかし――
「なに?その心のこもっていない返し方は。もっと感情をこめて言いなさい」
その愛想を尽かさせないのが王妃である。
はっきり言って、王妃はうざい。世界で三本の指に入るのではないかというぐらいうざい。
それなのに未だ彼女の元を離れないのは何故だろう。
取り憑いているこの鏡からも離れようと思ったら離れられるのに。
鏡自身もよくわからないが、離れようと思ったことも、不思議とないのだ。
「貴方様です」
「もっと大きな声で!」
「……一日に何回同じこと言わせるんですか、今日だけで十回目ですよ」
「しょうがないでしょ、不安なんだもの」
最早開き直ってる。
鏡は何を言っても無駄だと思い、聞こえないように小さく息をついた。
「顔だけは世界一美しいのに、いったい何が不安なのですか?」
「顔だけですって?この鏡叩き割るわよ!」
「構いませんが、それだと貴方がお困りになられるのでは?」
貴方様、から貴方に変わっているのは、王妃も本人も気づかなかった。
「……白雪のことよ」
話を逸らした事に気づくが、その話に乗ってあげる鏡は案外優しいのかもしれない。
少々遠慮に欠けるが。
「白雪……が、どうかしましたか?」
「あの子、私の旦那と前の女の子供でしょう?そのことについてはまぁ妥協するとして、あの子の容姿が優れすぎているのよ。真っ黒でつややかな髪も、血糊のように赤い唇も、羨ましいぐらいに美しいのよ」
「五歳の子供に嫉妬ですか」
これには鏡も呆れる。
王妃はいつになく弱々しい様子でそれを否定した。
「嫉妬……ではないわ。多分。だって、私の方が美しいんでしょう?」
「まぁ、そうですね」
顔だけは、と心の中で付け加える。
しかし、初めて鏡が王妃を見たときは本当に美しいと思ったのだ。息をのむほどに。
今は、性格を知ってしまったからそんな風には思えなくなってしまったが。
「でも、いつか白雪の方が、美しく育ってしまうかもしれないわ。それを思うと、夜も寝れなくて……」
自分より美しい人がいるからなんだというのか。
鏡には王妃の思考が全く理解できなかった。
とりあえず、何か言わなくてはと思い口を開く。
鏡に口があるのかとかいう疑問は受け付けない。
「……たとえ白雪が、どんなに美しく成長したとしても、貴方の老化がすすんで醜くなっても――」
「黙らっしゃい!私がそれに悩んでるの知ってて言うかしら!?」
「――白雪は白雪ですし、貴方は貴方ですよ」
宥めるための言葉として使っただけなのだが、王妃には何か心に来るものがあったらしい。
ハッとした表情となった王妃。
さっきまで弱々しかったのに、いきなり目が血走りだした、と思ったら今度はこの表情。
王妃の表情がこんなにも変わるものだと、今更ながら鏡は気づいた。
「で、でも……」
鏡は、なおも食い下がる様子の王妃を煩く思い、安心させるために大奮発する。
白雪の将来の姿を少し探ったのだ。
少しの沈黙ののち、鏡は報告する。
「……白雪は、確かに美しくなります。ですが、今のまま成長すると、世界で一番美しいのは貴方のままでしょう」
王妃にはその声が、残念そうに、落胆したように聞こえた。
「私が美しいままなら、それほど嬉しい事はないでしょう?何が不満なのよ」
当たり前のようにそういうものだから、王妃も少し哀れなのかもしれない。
湧き上がる同情を声色に出さないよう気をつけながら答える。
「もったいないです。あの顔に生気さえあれば、さぞかし綺麗になるだろうに」
「ふーん?」
よくわからないが、白雪が私より綺麗になることはない。
世界で一番美しいのはこの私。あの子は私より綺麗じゃない。
それさえわかれば、どうでもいい。
しかし、そう思うとあの子もちょっと可哀そうに思えてきた。
あの美しい容貌も、私の前では敵わなかったのだから。今度、慰めてあげようかしら。
その夜、王妃は白雪が五歳だということも忘れそんなことを思い、一人ほくそ笑んだ。
ちなみに、その夜王妃は久しぶりに安眠できたとか。