15 遠い遠い昔の記憶
もう霞がかかったようにぼんやりとした、でもはっきりと覚えてる記憶。
昔――恐らく死に戻りなんて知らなかった初めの人生の時のこと。
……あの頃は、気楽に物事を考えていた。年相応というか、安直な考えで生きていた。
今がそうじゃないというわけではないが、散々殺されて死んだ経験のある私に無知なままでいろと言う方が無理な話だ。
死に戻るたびに記憶がなくなっていれば今の私はあの頃のままバカだったかもしれない。その方が幸せだったように思えるのは、隣の芝という奴だろうか……。
話を戻すが、その時私は、こっそり城を抜け出して町へ行ったことがあった。
小さな少女から見れば町はとても壮大に見え、練り歩くうちなんだか冒険しているような気になって、好奇心が疼くままにあちこちを回った。
幼い子供が一人で街にいるのだから、心配したり可愛がって、多くの大人が私に寄ってきた。なかには下心を持った男性もいたのだろうけど、当時の私はそれに気づくほど敏感ではなかったし、相手も公衆の面前で子供をさらう真似はできなかったようだ。
そこでいろいろな人に甘やかされた。
例えば、本屋のおばさんは私の頭を優しく撫でてくれた。
例えば、そこで仲良くなった小さな男の子とその両親には親切にしてもらった。
例えば、飲食店を営む老夫婦からは試食という名のお菓子を貰った。
例えば、学院に通う友人同士で来ていた青年は、路上劇団の芸を見ようと必死に背伸びをする私を肩車してくれた。
多少の大小はあるが、私は可愛がられていたのだ。
楽しかった。恐らく、人生で一番。
何も考えず、たっぷりと可愛がられて、慈しみの目を向けられて。私の心は満ち足りていた。
でも、ある人が聞いた。
「君はどこから来たんだい?」
私は城を指さした。皆始めは笑っていたが、六年ほど前に王女に子供が生まれたことを思い出すと、そして私がちょうど六歳前後だと気づくと、態度がころりと変わったのだった。
恐れるような、憎むような、そんな眼差しを向けた。
周りに護衛がついていれば、そんなことはなかっただろう。しかし、私は一人だった。しかも子供だった。
いきなり変わった彼らの目線に私は戸惑った。訳が分からなかったのだ。
町を追い出され、一人城への一本道を歩きながら、なんだかとても悲しくなってきて、声を上げて泣いた。そんな苦い記憶がある。
後日談として、なぜあんな目をされたのか調べた話もしよう。
使用人に聞いても、みんな青白い顔をして口ごもるだけだった。だから、自分で調べることにしたのだ。
そして知った。貴族という存在が、王族という存在が、国民にとってどれほど疎ましい存在なのかを。
この認識を改めさせようと思った私は、まずお義母様と話をしようと思った。家族の中で一番横暴なのはお義母様だったからだ。その三日ほど前にも、メイドを一人辞めさせていたし、一週間前は料理の味付けに文句を言っていた。
そのことについて、少しでも考えを変えてくれないか頼みに行ったのだった。
結果は無駄骨に終わった。
それどころか、話しているうちに言い合いになって、「お父様はお前なんか愛していない」とお義母様の逆鱗に触れて、首を絞められて、死んだ。それからは二度とあの言葉は口にしていない。
そう、ああやって表面上からかって、なんだかんだ言って仲の良さそうな親子に見える人もいるかもしれないが、私があの女に対して感じる感情は、憤りと恐怖と、ほんの少しの同情だけだ。
そんなこと、誰にも言えないけど。
今回はちょこっと過去の話を。
単純計算でいくと、エイルは二千年分の記憶があります。
死に戻って二年経たないうちに死んだこともあるので多少誤差はありますが。
そんなに記憶できるのか、という質問に関しては、物語が進展していけば分かるようになる予定です。
って書いてならなかったらごめんなさい。
ブックマークありがとうございます。