14 感情海より深し
「白雪、さっきからだんまりだけど、どうしたの?」
期待と、それを上回る臆病な感情が支配する脳内をどうにか整理していると、俯いたままの視界に上目遣いのフィリアルが映った。
こんな時でも相変わらずの可愛さだ。思考が塗りつぶされかけた。
「もしかしてカシオの発言にイラっと来たの?なら私もなの。一緒にボコす?」
……最後に聞こえた言葉は恐らく聞き間違いだろう。そういうことにしておこう。
別に、カシオの発言にイラついたわけじゃないのだ。戸惑いが大きかったけど、嬉しさもあった。
……彼の言葉が噓じゃなければ。
でも多分、もしかしなくても、噓じゃない気がする。
そう言い切れるだけの根拠なんてないけど、常にまっすぐで、自分に正直で、強制こんてぃにゅーの世界で何度も私が聞かされてきた愚痴の張本人。そこまで他人に気を使えるような人間じゃなさそうだ。
と言ったらカシオに失礼だろうから言わないが。
しかし、何か言わなければならない。
しかし、何を言えばいいのだろうか。
この気持ちを言い表すのにふさわしい言葉を、私は知らない。
嬉しいとは異なる、暖かい感情。複雑で、言い表そうとすると絡まった糸のようにこんがらがる。感情とはこんなに深く、難しいものだったろうか。
「あ……まさか俺、ホントに地雷か何か踏んだか?」
黙り込んでしまった私に、フィリアルが言った衝撃発言を思い出したであろうカシオが焦った。
それを見た私も焦った。
どうやら勘違いをさせてしまったようだ。早く誤解を解かなければ!
「ち、違うの!」
しまった!声の音量を間違えてしまった。
予想以上に大きくなってしまった声に驚いた二人は、先程の私のように動きを止めた。
けれど、今なら私の心情が落ち着いて話せるだろう。
二人の意識は私に集中している。
なんて言おうか、なんて悩んでる暇もなかった。
別に、難しい言葉を使う必要なんてない。伝えたいことが伝われば、それでいい。
語彙力のない私にはそれさえも難しく感じて、きっと私の思いをくみ取る方も難しいと感じるだろう。
でも、それでも、言いたい。言わなければならない。
ゆっくり息を吸って、言葉とともに吐き出した。
「私、今までそういう風に割り切ってくれる人がいなくて、王女だと知られたら邪険にしてくる人がほとんどで、だからちょっと戸惑って、なんて言えばいいかわからなかったというか、何というか。別に、貴方達に憤りを感じたわけじゃないの」
まずは誤解を解く。
次に感謝。
「だから、そう言ってくれて凄く嬉しい。ありがとう」
最後にちょっと期待も混ぜ――
「上下関係が当たり前の世で生きてきたから、友達とか、そういう人もいなくて、もし二人の迷惑じゃなければ、その、仲良くしてほしいなーなんて……やっぱり何でもないです」
――るのは恥ずかしくて中断した。
でも、言いたいことは伝わったはず。
だってほら、前を向けば二人はこんなに笑顔で……笑顔?
いや、確かに笑顔ではあるが、どちらかというと、ニコニコよりニヤニヤという擬音付きそうな笑顔だ。
ちょっと気持ち悪い……。
「やっぱ王道設定は萌えるな!」
「もうちょっと恥じらいをもってツンが強まれば完璧なツンデレ!」
「いや、白雪はツンデレよりこのおとなしめ癒しキャラのままが一番だろ」
「はぁ?世界一萌えるのはツンデレでしょ。素質があるのにもったいない!」
「や、お前は癒しがどれほど大切な存在か分ってない」
私にはあなたたちの会話の意味がよく分かりません。
あとフィリアルの口調については触れないでおこう。