プロローグ
風に吹かれて、木々がどよめいた。
葉が擦れる音が、耳に心地よく入ってくる。
…こんな何でもない音が綺麗に聞こえるのは、私がもうすぐ死ぬからだろうか。
それとも、私が鈍感なだけでずっと綺麗な音を奏ででいたのかもしれない。
そんなことを考えたってもう意味などないけれど。
無意味なことだと知っていながら考えてしてしまうこの癖を、いつまでたっても直せない。
ずいぶん経った今でも。
今日は風が強い。
冷たくなった風に煽られ、魔女のフードが微かに揺れた。
見覚えのある顔にドキッとする。
きっと気のせい。
そう自分に言い聞かせて何百年目だろう。
そっと目を伏せる。
最後ぐらい楽しく終わりたいのに、思考はどんどん暗くなっていく。
目の前のことだけに集中しなくては。
魔女が持っている籠の中へ手を伸ばした。
手にしたリンゴは、それはそれは赤くて、まるで作り物のよう。
「美味しいよ、そのままお食べ」
彼女の言葉に頷いて、リンゴを口に運んだ。
一口齧ると広がった、みずみずしい甘さの中にある毒の味。
どんなに咀嚼してもなんだか噛んだ気がしないそれを、無理に飲み込む。
吐き出したい。
このリンゴも、この思いも。
でも、諦めるしかないのだ。
どうせ、もう終わる。
頭がずきずきと痛み出した。
顔を顰める。
それを見ると、魔女は心配そうに声をかけた。
「大丈夫かい?」
その声に白々しさが含まれているように感じるのは、きっと気のせいじゃない。
だってほら、頭がやけに重く感じる。
視界がどんどん暗くなっていく。
伸ばした手は空を切って、体が重力に従った。
重い衝撃が全体に伝わる。
何度体験しても、この感覚には慣れない。
指先から冷たくなっていく。
寒い、寒い、寒くて眠ってしまいそう。
ほとんど見えなくなった目を魔女の方に向けた。
フードの陰から見えた唇は、綺麗な弧を描いていた。
これを見ると裏切られた気がする。
何度も見ているはずなのに。
もう、この展開には飽きるほど。
何度も繰り返したはずなのに。
完璧に真っ暗となった暗闇の中、呟いた。
九百九十九回目、終了。