第5話 「習慣というものは得てして強制とも言える」
「征先輩征先輩」
「なんやねん」
昼下がり、秋葉は後輩である入江と二人で、部室にいた。
「征先輩って結構物知りそうで案外常識知らずだったりしますよねえ」
「そんなことないやろ。常識とされるものの基準が高いんちゃうか」
「またよく分からないこと言いますねえ」
入江は昼食であるグラタンを口にした。秋葉は入江の食事を見ながら、なんともなしに言った。
「グラタンのこと、どう思っとる?」
「なんスか、面倒くさい彼女みたいなこと言って」
「俺はグラタンなんか」
「グラタンは好きスよ。美味しいですし、電子レンジで温めるだけでこの味が再現できるのは正直感動的ですね」
「そうやなあ。お前いっつも昼グラタン食っとるもんな」
「よく知ってますね、征先輩。まあ習慣スね」
「習慣か」
秋葉は手元の本に目を移した。
「そういえば」
そして、また口を開いた。
「習慣というものは得てして強制とも言える。そんなこと思ったことないか?」
「ええ、なんスかそれ」
入江は軽く吹いた。
「習慣っていうのは毎日自発的にやっとるようで、実はやらされとるみたいな節があると思うな、俺は」
「じゃあ私が毎日グラタン食べてるのも」
「何かにやらされとるんかもしれんな」
「えぇ~、マジスか」
入江は二つ目のグラタンを温め始めた。
「お前どんだけグラタン食うねん」
「グラタン大好き系女子なんで。今流行りの」
「いつ流行んねん、グラタン大好き系女子」
「で、習慣がなんたらって話はどうなったんスか」
「ああ。それはな――」
秋葉が口を開こうとした時、新たにドアを開ける音がした。
「っすーーー!」
「ああ、大野パイセン」
「何やお前、またグラタン食っとんか。グラタン大好き系女子か」
「征先輩」
「……」
入江は秋葉をじっと見た。
「そういえば二人とも、聞いてくれ。俺な、家帰っとる時は全然トイレ行きたくなかったのにな、家帰ってドア開けた瞬間尿意が強烈に襲ってくることあんねん。それに、食器とか洗っとる時とかも、いっつもトイレ行きたなんねん。食器洗うまで全くトイレなんか行きたくなかったのにやで?」
「なんで私がグラタン食べてる時にそんな話するんスか」
「なんやねん! 今思ったことは今言わな忘れてまうやろ! お前は今を生きる俺の言葉よりグラタンの方が好きなんか!」
「ちょっと大野パイセンまで面倒くさい彼女みたいなこと言わんでくださいよ。それに、勿論グラタンの方が好きでしょ」
「かーーーっ! あかんわお前。なあ、秋葉」
「まあええんとちゃうか」
秋葉は適当に返答した。
「これが、習慣というものは得てして強制とも言える、や」
「なるほど……」
入江はうんうんと頷いた。
「家に帰るとトイレに行きたくなる、食器を洗うとトイレに行きたくなる、何かを思いつくと言いたくなる。これが、習慣。いや、強制ってことスね」
「そういうことや」
「何やねんお前ら! 何の話しとんねん!」
大野は一人、話についていけずにいた。