第3話 「勘違いの先手を取ると、もうどうしようも出来ない」
「勘違いの先手を取られたらもうどうしようも出来ん、みたいな風潮あるな?」
大野が鹿爪らしい顔で、秋葉に言った。
「なんやねん、みたいな風潮あるな? って。知らんがな」
「いや、さ、自分から率先して勘違いを引き起こすようなことしてもうたら、勘違いさせられた方はもう何をしてもそう見えてまう節があると思うねん」
「分からんな。やって見せてくれ」
「しゃあないなあ。じゃあお前初めてのボーナスが入ってちょっと浮足立つも、友達にボーナスの額聞いたら自分のボーナスがあんまり多くなかったことに気付いてしまった、少しはかなげな印象を抱く二十代前半のOLな」
「細かいし情報量が多い」
大野はおもむろに立ち上がった。
「おはざ~っす、おはざ~っす」
大野が秋葉から離れた場所で、四方八方に向かって頭を下げた。
「あ……」
「?」
秋葉を見るやいなや、少し動きが固くなる。
「あ、おはよう、サク……神山さん」
「え……お、おはよう」
「……」
「……」
大野は無言で秋葉の横を通り過ぎた。
「……っていう」
「なるほどな」
得心のいった顔で、秋葉は頷いた。
「こう、わざと、俺と神山さんは付き合っているけれど社内恋愛は禁止だからそのことを言い出せないみたいな雰囲気を醸し出したわけよ」
「ああ」
「もうああなったら何言っても挽回できんやん? え、い、いや、何、大野君!? とか、ちょ、ちょっとなんで下の名前で呼ぼうとしたの!? とか言ってももう社内恋愛が禁止だから必死に隠し通そうとしているカップルにしか見えんやん?」
「確かに」
「そういうところあるよな」
「これはどうしようもないな。回避不能やわ。不可抗力やわ」
「やろ? これ応用したら色んな所で役に立ちそうな気がすんねん」
「上手いこといけば結構自分の役に立ってくれそうやな、確かに」
がちゃ、とドアの開く音がした。
二人が入り口に視線をやると、後輩である入江真紀がそこにいた。
「お、まきちゃ……入江、おはよう」
「え、何スか先輩きも!」
「……」
「……」
「これが正解か……」
「場所と雰囲気と人柄も大事ってことやな」
二人は暫く、うつむいたままだった。