第2話 「使わん言葉やねん」
「おいおいおいおいおいおい」
「なんやねん、出し抜けに」
部室に入って来るや否やおいおいと連呼する大野に、秋葉は訝しげな顔をした。
「お前、さっき出し抜けとか言うたな?」
「言ったけど」
「噴飯物やわ~」
「なんやねん、腹立つな」
片手で頭を抱える大野に、秋葉は軽く青筋を立てる。
「なんか日常会話で使わん言葉ってあるやん?」
「お前がさっき言った奴か」
「そうそう。噴飯物やで、噴飯物。使う? 普通そんな言葉」
「日常会話で使う機会はなさそうやな」
「やろ? なんか日本語って日常会話で使わんような言葉めっちゃあんねん。いらん言葉多すぎんねん。どう思うよ?」
大野の問いかけに、秋葉は顔も上げない。
「まあそんなもんちゃう、言葉っていうのは。どこでも使わん言葉いっぱいあるんとちゃうか」
「外国映画は500の単語だけで出来ている!」
「なんかそんな感じの本よう見るわ」
「使わん単語多すぎんねん! 小説とかでしか使わんような言葉があるから辞書もあんな鈍器みたいな大きさなっとんちゃうんかい!」
「まあ、同じ意味の言葉が一個しかなかったらやっぱりバラエティに富んでないとか、その時の気持ちとかつぶさに表せんのちゃうか」
「そんなもんなんかなあ」
「それこそ、例えば噴飯物やって、お笑い草とか滑稽とか嘲笑とかユーモラスとか面白いとか、微妙に意味合いが違ってきとるんとちゃうか」
「ユーモラスって英語やんけ! 英語入ってもうとるやんけ! どんだけ言葉増やすねん! 俺もう覚えきれんねん! なんとかしてくれや!」
「結局覚えられへん話なんかい」
秋葉は手元の雑誌に視線を落とした。
「おいおい、ちゃんちゃん、とちゃうぞ」
「会話の終わりを擬音で表すってどういう神経しとんねん。お前言葉のバラエティ少ないのに無理矢理やりくりしすぎやろ」
「そうやないねん。お前、俺が来た時出し抜けとか言うたやろ」
「言うたな」
秋葉はふと思い出す。
「使わんねん!」
「え?」
「使わんねん! お前日常会話で普段使わんような言葉結構使ってくんねん! 話通じんねん!」
「それこそ文脈とかで判断せえや」
「なんやねん出し抜けって! 知らんねん! ハイソサエティかお前は!」
「なんやねんハイソサエティて」
「それは知らんのかい! もうええわ!」
大野はぷい、と顔をそむけた。
「面倒くさいやつやな、お前は」
「ええやろ別に! いささか溜飲が下がった心持ちやわ」
「お前結構用意して来たんやな」
溜め息で、その場を締めくくた。