第5話
俺は森の中に入っても木々を縫うように走り抜け、無我夢中で走り続けた。それはもう、走り過ぎて息が出来なくなるくらいに。
そうして荒い息を整え、我に返ってからも後ろから追ってくる足音がない事を確認し、見付からないように木の上に登り、下から見つからないことを確認。そこでようやく安堵し、一息つくことができた。
身体を休め、息を整えること暫し、ようやく落ち着いて来ると、周りに目を向ける余裕が少し生まれ、状況を確認するが・・・
「ここ・・・どこだ?」
一応、森の中というのはわかったが、見渡す限り、木、木、木・・・で果てがないように見える。
自分がどの方向から来たのかも覚えていない・・・この年になって、まさかの迷子ってやつか?
とりあえず、天辺まで登って確認しよう。流石に帰れなくなりましたは、洒落にならん。
そう思い更に木を登り、天辺から周りを見てみると、右手側のかなり遠くの方で森が切れているのが見て取れた。
あそこまで歩いて帰るのか・・・ものっそい遠いんだけど?!
自分が走って来たであろう方向を見ると、果てしなく遠く思える。
本当にあんな所からここまで一息に走って来たのかと疑いたくなるが、それ以上にあそこにまた戻らなきゃならないと思うと気が重くなるのを感じた。
「まぁ、仕方ない。歩く方向が決まっただけ良しとして、歩いて帰るか・・・」
そう決断すると、行動に移すのは早かった。木から降りると進行方向に向かって歩き始める。
森の中は鬱蒼と茂った木々のせいで日差しは殆どなく昼間でも薄暗い。
時折獣の嘶く声が聞こえたり、風が通るたびに揺れる葉擦れの音が俺を神経質にさせ、警戒心を高める。
そうして心細くなり、警戒心むき出しで足取り静かに歩いていると、近くの茂みが揺れる。
俺はそちらを振り向き、近くの木の裏に隠れると、走っている時にも手放さなかった剣を握り、固唾を飲んでそちらを窺う。そして暫くすると、ひょっこりと緑色の人型の生物が現れた。
大きさは子供くらいの背丈だろうか? 耳が大きく尖り、鼻がデカい。というか鷲鼻?とでもいうんだろうか。なんとなく意地悪な爺さんみたいな顔だ。
「ぐぎゃぎゃ、あぎゃ?」と言ってるように聞こえるが、意味は分からない。
むき出しになった歯はギザギザで牙のようにも見え、その上、黄ばんで不潔そうだ。
そしてやっぱりというか、お約束というか、奴の服装は申し訳程度に残された腰布一枚に、ナイフか鉈か判然としない半分以上が錆付いた鉄製の刃物のようなものだった。
「ゴブ・・リン・・・?」
つい、口から洩れてしまったんだが、それが不味かった。
ゴブリンは俺の声を聞きつけると、俺の方に振り返り、目が合った。
不味い!!
そう思い剣を構えるのと、奴が飛び出してくるのは同時だった。
俺は必死になって剣でゴブリンの斬撃を受け止め、弾くと、ゴブリンがその勢いのまま後ろの木まで吹っ飛んだ。
「え?!」
俺は自分の行動の結果に驚いた。 相手は確かに子供サイズの体躯だった。地球での俺が助走をつけて全力で体当たりしても精々数メートル位を転がすのがやっとだろう。 なのに、今世の俺は助走どころか咄嗟に込めた力だけでゴブリンが吹っ飛んで行ったのだ。
動かないゴブリンを警戒しつつ、近付いて確認すると、どうも気絶しているようだ。
どうやら助かったようだ。ホッと一息つくと、腰が抜けたように脱力する。
はは、情けない。情けないけど、やった。 やれたんだ・・・俺ってすごい。
そう思った瞬間、「ガサガサッ」と音がして慌ててその場を飛び退き、音のした方を振り返ると、新たにゴブリンが2体現れた。
またか?!
そう思いつつ剣を抜くと、意を決して必死にゴブリンに斬りかかる。
出てきたゴブリンがこちらに気付いた時には既に1体目に剣を叩き込んでおり、2体目が慌てて剣を抜こうとした所を蹴りを放つと2体目のゴブリンは吹き飛び、後ろの木にぶつかって沈黙した。
・・・
切り殺したゴブリンは見るまでも無かったが、新たに吹っ飛んだゴブリンも死んでいるのを確認して思う。
やっぱり、俺、強いのか・・・
ひょっとして、自分の力を自覚していない所為で、本来の実力を発揮できていなかったのかな?
そう思った瞬間、三度「ガサガサッ」と音がした。
またゴブリンか? まぁ、本来の実力か火事場の馬鹿力的な何かのどちらかを確認するには丁度良いだろう。
そう思って音のした方に剣を向けて構えると、そちらの木が揺れた瞬間に先手必勝とばかりにそちらに剣を叩き付ける。
『ギィン!!』と言う音と共に、手に痺れるような衝撃が走り、手にしていた剣が半ばで圧し折れた。
・・・どゆこと?
そう思い、じっくり敵を見てみると、敵はゴブリンじゃなかった。
堅そうな甲羅を背負い、頭や手足を縮めていたが、追撃がない事を悟ったのか、ひょっこりと頭や手足・尻尾が甲羅から伸びてきた。
見た目は甲羅を背負ったドラゴン? もしくは、ドラゴンの頭を持つ亀? と言うよりこいつ・・・が、ガメ〇ンロード?!
そんな感じで吃驚していると、『グギャァァァァ!!』と威嚇の咆哮を浴びせて来たと思ったら、突進してきた。
俺は慌てて躱すと、ガメ〇ンロードは俺の後ろにあった木に激突したが、そのまま木をへし折り、ガメ〇ンロードは何食わぬ顔で俺の方に向き直る。
苛立たしそうに「グルグル」と数回低く唸ると、突然火の玉を吐き出して来た。
「うお?! やべぇ」
咄嗟に声を出しながらその場を飛び退き事無きを得るが、俺の着地点に向かってガメ〇ンロードが走り込んでくる。
ま、不味い!? とにかく逃げるしかない!
俺は思うが早いか、サッサと逃げ出すが、後ろからは火を吐きながら追い縋ってくるガメ〇ンロード。
甲羅を背負ってる癖に結構速い。しかもこっちは飛んでくる火の玉を躱しながらなので中々全力で走れない。
そんな逃走劇を30分程続けていると、ようやく諦めてくれたのか、火の玉の燃料でも切れたのか、ガメ〇ンロードは悔しそうに足を止めた。
ガメ〇ンロードは足を止めたが、俺はそれからも暫らく走り続け、木の上に隠れる様に移動すると、周りに何もいないことを確認し、荒い息を吐いた。
「な、なんとか撒いた様だな。はぁ、しかし、あんなモンスターが居るとは驚いた。それに剣が折れるとは思わなかったぜ・・・」
息を整えつつ、折れた剣の先を眺めて溜め息を吐く。
よくよく考えると、今の俺ってかぁなぁりぃのピンチだよな?! 唯一の武器を無くして戦うとしたら素手・・・は論外だから逃げるとしても、ガメ〇ンロード一匹撒くのにこれだけ苦労したし、正直、咄嗟の事で何処に向かって走ったのかも覚えていない。
また木の上に登って方向を確認しないといけないのか・・・ 面倒くさい。
あぁ・・疲れた。 取り敢えずの安全を確保した所為か、どっと疲れが押し寄せて来ると動く事が億劫になってくる。
少しでいい、休もう。 朝から走りっぱなしだったし、もう限界だよ。 少し体を休めてからまた戻れるよう歩こう。
そう考えながら木の幹に背を預け、腰を落ち着けると、どっと睡魔に襲われ、俺はそのまま意識を手放した。