第4話
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、」
今、俺は追われる様にモスクの街の外壁の外を走っている。と言うか、実際に追われている。
「ほらほら、もっと速く走り給え!」
そう言って蜥蜴みたいな乗り物に乗ったロイが木剣を持って追いかけて来る。
「ちょ、もう無理! ホントにムリだからぁぁぁぁ! 限界だってゲ・ン・カ・イ!」
「まだ2時間ほどしか走っていないじゃぁないか、しかもこんなにトロトロ走ってたんじゃ、疲れもしないだろう?」
そう言って木剣を一閃、寸での所でなんとか躱す。
「ほら、まだ躱す元気があるじゃぁないか」
「躱さなきゃ当たってただろうがぁ!」
「その為に振るったんだから当然じゃぁないかね?」
何を当たり前のことを? と言った表情でこちらを見てくる。 あぁ、殺したい!
「そもそも訓練って言った癖になんで延々走らされてるんだよ!」
「訓練だからだよ。戦場じゃぁ走れなくなった者から死ぬんだよ?」
そう言ってまた木剣を振るってくる。 今度も何とか躱したが、そろそろ限界だ。
「いや、全力疾走で2時間も走れてる時点で相当体力あると思うんだケどぉぉぉ?!」
「記憶を無くす前の君なら今の倍のスピードで倍の時間でも走れていたよ?」
「嘘だぁぁぁッぐぁば!」
反論しかけた俺の頭をロイの木剣が打ち据え、俺が吹っ飛ぶ。
「おや、当たってしまったか、うーむ、今の君に対して加減するのは中々に難しいようだ」
そう嘆息すると、ロイは転がった俺に近寄り問題ない事を確認した。
どうしてこうなったのか・・・ 俺はロイとの訓練について思い出しつつ、後悔するのであった。
時は少し戻り、ロイが帰った後、お屋敷での精神が擦り切れそうなお話合いが終わって、ようやく休め・・・なかった明くる朝。
日が昇り切らない早朝、時間にして朝の6時頃。 木剣を2本持ったロイに連れられて敷地の庭まで来た。
「さて、訓練をするにあたり、まずはどこまで君が出来るかを確認したい」
「はぁ、それで何をするんです?」
そう聞くと、ロイは木剣を差出してこう言った。
「まずは軽く模擬戦をしよう」
そこからが不味かった。 最初に軽い気持ちで渡された木剣を構えると、2メートル程離れてからロイも木剣を構えた。
「準備は良いかい?」
「お手柔らかにお願いしますね?」
「さてね、それじゃぁ、始め!」
ロイが開始の合図を送ると同時に恐ろしい速度で突っ込んできた。 俺は慌てて横っ飛びで回避をすると、思った以上に飛んでしまった。 自分の動きに驚いていると、更にロイが信じられない速さで距離を詰めて来る。その速さは神速と言っても過言ではない程だ。 こんなの躱せるわけがない!
そして距離を詰められると、今度は恐ろしい速さで剣を振るってくる。 俺はその速さに、気迫に圧倒されて体が動かない。そしてロイの放った高速の連撃は綺麗にクリーンヒット。俺は強制的に空を仰ぐことになった。
「あれ? おかしいねぇ、グレイ。なんで躱さないんだい?」
「・・・」
暫らくしてロイが俺を突き、気絶している事を確認して溜め息を吐いた。
「やれやれ、どうやら一から教えなきゃならない様だね。全く困ったものだよ」
それから剣の持ち方から始まり、構えや型を習ったんだが、それらは予想外にあっさりと習得できた。
と言うより、体が覚えていたようで、体が動きに馴染んでいた。 考えるより先に体が動くような感覚だろうか。
「ふむ、記憶は無くなっている様だけど、体が覚えているって事かな? これなら後は経験を積むのが一番なんだが、君は余計な事を考え過ぎるようだしね。 ふむ・・・ 動きは体が覚えているんだから・・・ふむふむ」
何やらブツブツ言っていたが、何かを閃いた様にロイは一瞬ニヤリとした表情になると、こう言った。
「グレイ、これから街の外壁の外を走ってきたまえ。そうだな、4時間程全力疾走で走りなさい」
「無理無理ムリ! そんなに走れるわけないでしょう?! せめて30分にしてください!!」
「大丈夫だよ。記憶を無くす前の君なら全力で走ってもそれぐらいは走れたからね」
そう言われて俺は口ごもる。 確かにこの世界の人間が俺が居た地球の人間と同じポテンシャルとは限らない。さっき見たロイの動きだって地球じゃありえない速さだったし・・・ひょっとすると俺は凄い身体能力を持っているのかもしれない。
それを試すって考えれば、やってみるのも良いかもしれない。取り敢えず前向きに考えてみるか。
「分かりました。ロイの事を信じてみます」
そう言って俺は走り出したんだが、20分も走ったところで、俺は既にバテていた。
全力疾走なんてそれ程長続きするものじゃない。それでも20分も走り続けられたのが驚きだ。そう思いながらも、息は上がり、膝はカクカクと震え、今にも倒れそうになっていた。
もう十分だろう。もう、無理だ・・・ そう思って立ち止まり、地面に座り込もうとした時、蜥蜴の様な生き物に乗ってロイが現れた。
「グレイ、何を休んでるんだい? 私は4時間程全力で走れと言ったはずだがね?」
「も、もう無理ですよ。息も上がって、足もがくがくで動けないんですよ」
そう言った瞬間、ロイの木剣が風切音を立てて襲い掛かってくる。 もちろん俺は必死に躱すと、ロイがしたり顔になる。
「おや? 動けなかったんじゃぁないのかね?」
「む、無茶言わないで下さいよ! あんなの当たったら痛いじゃすまないですよ?!」
「だが、避けたじゃぁないか? と言う事はまだ動けるって事だよ。とにかく走りたまえ」
「だから無理だって言ってぇぇぇぇ!」
反論しようとしたら蜥蜴の様な生き物に乗ったままロイが突進してきた。
俺は躱そうとするが、その都度進路を変え、確実に俺を追いかけて来る。
前世で牧場にいる馬を見た事があるが、あの蜥蜴はそれよりも一回り大きく見える。あんなのに体当たりでもされたら良くて骨折、運が悪きゃ死んじゃいそうだ。
そんな危機的状況に追い込まれ、俺は本能のままに走り続ける事になり、結果冒頭の様な有り様となったのである。
「さて、そろそろ起きたまえ!」
そう言ってロイは俺の顔に水をぶっ掛けた。
「ぶばぁ?! って、な、なんだぁ?!」
咽ながら体を起こすと、呆れた様な顔でこちらを見ているロイが見える。
「まぁったく。 全然なってないねぇー、ホントにどうしたんだい?」
「・・・どうしたんだい? なんて言われてもですね、普通の人間はそんなに走れないんですよ!」
「それじゃぁ、また模擬戦でもするかね?」
そうやってロイはニヤリと笑う。
「いや、ロイの動きに反応も出来ないんですよ? そんなの無理に決まってるじゃないですか?!」
「ふむ、なんだか真剣味が足りないねぇ、グレイ、君は警備隊の副隊長なんだよ? 今は訓練だから良いものの、実戦なら既に何度も死んでることになる。君が元の強さを取り戻さなきゃぁ、君だけではなく、君の部下も、この街の住民達も、死ぬことになりかねないんだぁよ? わかっているかね?」
そんなこと言われても、今一つ実感できていない俺は、ロイにどう返答すればいいか分からず、押し黙ってしまう。そんな俺にロイが溜め息を吐くと、こちらを睨み付けてくる。
「グレイ、どうやら本当にわからない様だね。 それなら仕方ない。 これからはちと荒っぽく行かせて貰おうじゃぁないか!」
そう言って今度は木剣ではなく、剣を2本取り出すと、その内の1本を俺に投げ渡す。
「さぁ、掛かって来たまえ」
決して大きい声では無かったが、淡々と紡がれたその声は、有無を言わせない迫力があった。
ヤバい。殺される。
そう直感した瞬間。俺は脱兎の如くロイから全力で逃げ出す。
「今は走る時じゃぁないだろう?」
ロイはそう言って呼び止めようとするが、俺は構わず逃げる。
「まぁったく! なっていない! 今は戦う時だろうがぁ!!」
その怒声に怯え、振り返ると、真後ろにロイがいた。
「敵に背を向けるってぇ事は、殺してくれと言っているようなものだろうがぁ」
そう言うと、剣を使わず俺の背中を蹴り付けてくるが、俺はそれを一歩横にずれる事で躱す。
躱されたロイは、一瞬ポカンとした表情をしたが、直ぐに気を取り直し、鬼の形相で更に殺気を纏って追って来る。
「ライオットォォォ!」
ロイがそう叫ぶと、ロイが乗っていた蜥蜴が反応し、こちらに走り込んでくる。ロイはその間も足を止めず追って来るが、蜥蜴がロイに追いつくと、走りながらヒラリと乗り移り、騎乗して一言。
「絶ぇぇッ対に! 逃がさんぞぉぉぉぉ!!」
そう言って追って来るロイに俺は「ひぃッ?!」と悲鳴を上げ、本能の赴くままに全力疾走する。
俺は我武者羅に走り続けると、前方に茂みを発見・・・と言うか、森か?まぁいい、あそこに飛び込んでロイを撒こう。
瞬間的にそう思った時には既に飛び込んでいた。
後ろからロイが何やら叫んでいたが、俺には気にしている余裕はなかった。
「あ?! そこは不味い! 入るんじゃぁない!! そこはアーリアの森だぁぁぁぁ!!」
ロイの叫びは虚しく森の手前で木霊した。