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十二の試練  作者: 笹の葉
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第3話

 ロイの後を着いて行く事数十分。いや、実際は数分だったかもしれない。なにせ初めてじゃないはずの家族との初めての対面に緊張していたのだ。時間感覚くらい狂うってもんだ。 道案内してくれているロイが時々屋台やお店の事を教えてくれていた気がしたが、俺は適当な相槌を打つだけで、正直何を言っていたのかあまり覚えていなかった。


 そんな感じでテンパってる俺を止めたのは、やはりロイの声だった。


「よし、グレイ。君の家に着いたよ」


「え?! え・・・あ! 着きましたか・・・」


「はぁ、全く。どうしたんだいグレイ。 道中ずっと気も漫ろと言った感じでイッパイイッパイみたいな、何とも面白い顔をしていたが、ひょっとして緊張してるのかい?」


「え? えぇ、緊張してます。これまでに無いくらい、これでもかと緊張しています」


 至って本心を素直に打ち明けたんだが、笑われてしまった。


「私との(はつ)対面の時はそんな感じじゃなかったじゃないか」


「そりゃ、自分が誰かもわからない状況で声を掛けられても既に最悪の状況に居るんですから緊張している暇なんてないでしょう? でも今回はどういう状況にあるのかわかった上で、見知らぬ家族と対面するんですよ? 向こうは俺の事を知ってるけど、こっちは知らないし、ロイの言葉だと人物像が相当異なってるって事もあって、正直不安でしょうがないんですよ」


 軽口を叩くことも出来ずにロイに素直に不安を告げると、ロイは笑顔で答えた。


「それでも君の家族なんだ。多少の問題はあるだろうが、受け入れてくれるさ」


 そう言って肩を叩かれ、先を促される。 そして歩く先を見詰めて驚いた。

 デカい・・・ 想像していたより俺の家がデカい。 ひょっとして、俺って良いとこの坊ちゃんだったのか?


「あのー、家、デカくないですか?」


「あぁ、大きいねぇ」


「あの家、実はアパートとか?」


「アパート? アパートメントの事かな? もしそう言う意味なら違うよ。あの豪邸、君の言うところのデカい家が丸ごと君の家なのさ、因みに既に敷地内に入っているんだが、気付いていなかったのかい?」


 そう言われて絶句した。 よく見ると、確かに道の脇は青々と茂る芝生が敷き詰められ、所々にある樹木はきちんと剪定されている。豪邸、いやお屋敷と呼ぼう。お屋敷は石造りのようでとても頑丈そうだが、何と言うか、お高く留まってそうな・・・いや、品位があるというか、豪奢な雰囲気を醸し出している。


「冗談ですよね?」


「何がだい?」


「こんなお屋敷に俺が住んでるって事がですよ。記憶無くしてるからって揶揄(からか)わないで下さいよ」


「いや、本当にここが君の家なんだが・・・」


「・・・」


 無言になる俺を心配そうな表情で見詰めてくるロイ。 どうやら嘘ではない様だ・・・


 ヤバい、なんか、場違い感が半端ない。 よし、一応家は見たんだ。 一旦帰ろう。 帰ってから落ち着いて考えよう。


「それじゃ、帰りましょう」


 そう言って踵を返し、元来た道に戻ろうとする俺。


「あぁ、そうし給え。って、おいおい、君の家はそっちじゃないぞ?」


「えぇ、自分の家は見たんで、取り敢えず帰りますね」


「何を言っているんだ? だから君の家は反対じゃないか」


「えぇ、だからちょっと心の準備をする必要があるんで帰ります」


「意味が分からないよ?!」


 そんな感じテンパった俺はわけのわからないやり取りをしてその場を離れようとするが、結局ロイに押し留められる。


「どういう事か説明し給え!」


「・・・正直に言うと、少しビビってます」


「何故だい? 自分の家に帰るだけだろう?」


「あんなお屋敷だとは思ってなかったんですよ。もっとこう・・・庶民的な家を想像してたんですよ」


「? 家の大きさに呑まれたって事かい?」


「え、えぇ」


 そう答えると、大声で笑いだすロイ。

 くそぅ。だが、仕方ないだろ! 現代日本の小市民が「今日からここが君の家だ」とか言われてこんなでっかいお屋敷見せられても尻込みするだけだ。 と言うか、日本だったら幾らするんだろうな、このお屋敷・・・


「いやぁ、記憶を無くしてから、君はユーモアのセンスが飛躍的に向上したね。こんなに私を笑わせるとは・・・ふ、ふははは」


 まだ笑ってるよ。このオッサン、会ってからずっと笑いっぱなしの様な気がするんだが・・・全く。


「そう言われても仕方ないでしょう。 貴族でもない俺がこんなお屋敷に住んでますって言われて、尻込みしてもしょうがないでしょう?」


 そう答えると、更に笑いが大きくなる。 こりゃ処置なしだ。 そう思いロイの笑いが収まるまで黙り込む。

 黙っている間に俺は考えてみる。貴族でもなさそうな俺がこんなデカい家に住んでるって事は、親父か爺さん辺りが商人で大儲けしたとか、先祖代々の大店とかかな? もしくは宝飾品の一流職人の家系とかで家が潤ってるとかだったりして・・・

 そんな感じであれこれ夢想していると、ようやく落ち着いたのかロイが話しかけてくる。


「いやぁ、すまない。ようやく落ち着いたよ。記憶を無くしただけのはずなんだが、どうやら君の・・・なんて言うか、ものの見方?と言うか、考え方かな?そう言ったものが随分変わったようだね」


 そう言われて言葉に詰まるが仕方ない。今世の俺の常識がわからないんだ。 わかるのは前世の俺の常識だけ。話せば話すほど違いが明らかになるって事だ。 まぁ、それは仕方のない事だ。全くの別人格なんだから。


「以前の自分と違うと言われてもわかりませんよ。それより、貴族でもない俺がどうしてこんなお屋敷に住んでるんです?」


「いや、君は貴族だよ」


「はい? 今なんとおっしゃいました?」


「君は貴族だよ。と言ったんだが、聞こえなかったのかね?」


「・・・なん・・・だと・・?!」


「だから君は貴族だよ。爵位は子爵だ。それよりもなんで貴族じゃないと思ったのかね?」


「いや、だって、貴族ならもっとこう・・・なんというか、話し方がお堅い感じがするじゃないですか、だけど今まで接してきた人達は言葉を飾らないと言うか、フレンドリーな感じの話し方だし、てっきり自分は庶民だとばかり思ってました」


「ふむ、まぁ一般的には貴族は敬語を使う事が多いし、周りも敬語を使って接するのが普通なんだがね、中には例外もいるんだよ」


「その例外が俺ですか?」


「まぁ、確かに今の君は当て嵌まるだろうが、前の君は使い分けを上手にしていたんだよ。社交界とかなら貴族然とした振る舞いをしていたが、仲間内では今の君と大差ない言葉使いだったよ。まぁ、前の君は私に対して尊敬の念を持って話していたがね」


「いや、今までの言動でロイを尊敬するべき個所が見当たらないんですが?」


 ちくりと皮肉を言われたが、即座に反してやった。


「こりゃまた一本取られたな、ははは」


「こっちは笑えないんですが・・・」


 しかし、まさか貴族だったとは・・・人生勝ち組じゃないか、今回の人生は・・・ 何てうらやまけしからん! 前世での不幸が全て今世の幸福に繋がったのか? 納得できん。

 まぁ、貴族って言えば礼儀作法とか色々お堅いイメージもあるし、決闘と言う物騒な催しもあったはずだ。正直、小市民の俺は礼儀作法なんて知らないし、それが元で社交界とかでヘマして決闘する羽目になったり、無礼討ちでもされる可能性も・・・ それに色々と血縁とか(しがらみ)があって大変そうだ。そう考えると、意外と貴族も面倒そうだな、そうなると勝ち組とは言い切れないのか?


「さて、複雑な表情を作っているところ申し訳ないんだが、そろそろ家に入らないかね?」


 そう言われて現状を思いだす。 ロイとの馬鹿話で気分も解れたようだ。こうなったらさっさとイベント進行して終わらせよう。


「はぁ、後に引き伸ばしてもしょうがないですしね。こうなったらさっさと済ませてしまいましょう」


「そうそう、良い心掛けだ」


 そう言って一瞬厭らしい笑みを浮かべるロイ。・・・何か企んでいるのか?

 不審に思ったが、当のロイに急かされ俺は屋敷に入ることになった。


 そのまま玄関まで辿り着くと、ロイは扉に付いていたノッカーを数回鳴らし、出迎えを待つ。

 果して、その少し後に男性の声が聞こえ、扉が開かれると、そこには黒を基調とした燕尾服?というか執事服?と言うべきか迷う、とにかくそう言った服を着た老人が立っていた。


「お帰りなさいませ、旦那様」


 そう言って恭しくお辞儀をする老人。

 俺は「旦那様」とやらを探し辺りをキョロキョロと見回すが、一向に見当たらない。が、後ろからロイの笑いを堪える声が漏れ聞こえる。

 こうなると察しの悪い俺でも自分が「旦那様」って呼ばれている事に気が付く。

 そう言えば、ここに来るまで俺の年齢とか家族構成を聞いてなかったな。 失敗した。


「どうしました旦那様?」


 そんな事を考えてると、老人が怪訝そうに言葉をかけて来た。


「いや、なんでもないです。それより返事が遅れてすいません。 ただいま・・・って事でいいのかな?」


「は? はぁ、ロイ様。ようこそ御出で下さいました」


 俺の返事に曖昧な返事を返すと、老人はロイに向き直り(こうべ)を垂れる。


「あぁ、構わないよチャベス。それより話したい事があるからリビングにエリーを呼んで来てくれないか、私達は勝手とは思うが先にリビングに行かせてもらうから」


「了解いたしました」


 そう言うとチャベスと言われた老人は俺達に一礼し、奥の方に戻って行った。


「あの人、ひょっとして執事ってやつですか?」


「それ以外の何に見えたのかね?」


「帰りたくなって来たんですけど?」


「何度も言うが、ここが君の家だよ」


 ロイは嬉しそうにそう答え、老人が消えたのとはまた別の方向に歩いて行く。

 俺は大人しくロイの後を着いて行き、自分について質問する。


「そう言えばロイ、聞き忘れてたんだけど、俺って何歳なんです?」


「確か18歳だったね。それがどうしたんだい?」


「いや、18で旦那様って呼ばれるの、おかしくないですか?」


「そうかい?」


「普通、俺の父親とかが呼ばれるべきでしょう? ひょっとして、俺の父親はもう死んでるんですか?」


「・・・記憶を無くしてるのに、そう言う事には聡いねぇ。まぁ、これからの対面を考えると、先に言っておいた方が良いかもしれないね。君の両親は君が10歳の時に亡くなっている」


 少しは覚悟していたことだが、思いの外、ショックは受けなかった。 と言うより、例えるなら、興味のない芸能人の訃報が流れた時の感覚に近いだろうか。「あの人死んじゃったのか」と思いはしても、どうして? とか、何故?と言った感情は現れない。遠い世界の出来事をそのまま何の痛痒も無く受け止めるような感覚だろうか。そんな感じで、不謹慎な気もするが今世の両親の訃報を知らされても何も感じなかった。それよりも亡くなった状況が気になった。


「同時に? ・・・と言う事は、事故か何かです?」


「気になるのはそこかい?」


「申し訳ありません。記憶を無くした所為でしょうが、両親の訃報についてあまり感情的にはなれないようです。」


 そう言うと、ロイはひどく驚いたような顔をし、その後憐れむような視線を向けて来たが、俺としては憐れまれてもどう言えばいいかわからない。


「そうか・・・」


「それより、両親の死因は事故なんですか?」


 俺は中々進まない話を進めるよう促す。


「あぁ、すまない。事故と言えば事故なんだが、普通の事故とちょっと違うんだ。 君の両親は魔物に襲われたんだよ」


「どんな魔物です?」


「ドラゴンだ」


「ドラゴン?」


「あぁ、ドラゴンがこの辺りに生息しているなんて話、それまでは聞いた事も無かったんだが、アーリアの森の奥地までは誰も足を踏み入れた事が無いからね。それまではわからなかったんだよ。当時の目撃証言だと、アーリアの森の方から王都方面にドラゴンが飛び立ったのを見たと言う証言が幾つもあってね。そんな時だよ、折り悪く君のご両親はちょっとした用事で王都へ向かう途中だったんだ。そして運悪くドラゴンと鉢合わせてしまったんだ。 そして奮戦むなしく・・・ね」


 昔を思い出すように語るロイの表情は何処か悔やんでいるように見える。 両親とはどういった親交があったのかは窺い知ることはできないが、俺は他の事が気になったので質問してみる。


「それでドラゴンはどうなったんです?」


「ドラゴンかい? ドラゴンも無傷では済まなかったようでね、傷だらけのドラゴンがアーリアの森に飛んで行く姿を何人かの人が見ているんだ。そしてそれ以来、再びドラゴンは現れていない」


「俺の両親はドラゴンを撃退できるほど強かったんですか?」


「君の両親はこの国では結構有名な騎士と魔術師だったから、そこらの魔物程度には遅れは取らないよ。それ位強かったんだ。まぁ、私の方がもっと強いがね」


 しみじみと語るロイだったが、湿っぽい終わりを嫌ったのか、話の調子を変える様に最後に余計な一言を加える。 まぁ、それは措いといて、


「なるほど、でも、俺の両親がドラゴンと戦ったって、どうしてわかったんです?」


「生き残った者が居たからだよ。君のご両親は貴族だからね、幾ら強くても護衛や使用人を連れて行かない訳がないだろう? ドラゴンと遭遇した時点で戦えない者達を先に避難させたんだよ」


 なるほど、確かに言われてみればその通りだ。


「他に聞きたい事は無いかね?」


「それじゃぁ、俺の家族って誰がいるんです?」


 予想としては兄弟だろう。祖父母が居るなら俺がこんなに若くして貴族の当主に収まってはいないだろう。


「それはこれから会えばわかるさ」


 ニヤリとした笑いを浮かべてはぐらかすロイ。 何がそんなに面白いんだ?


「もったいぶらずに教えてくださいよ。何もわからない状況なんですから、藁にも縋りたい心境なんですよ」


「私を藁扱いとはひどいね?」


「言葉の綾でしょうが!」


 俺がロイに適当にあしらわれていると、扉をノックする音が聞こえた。


「チャベスです。エリザベス様をお連れ致しました」


「あぁ、ありがとう。入って来てくれ」


 ロイがそう言うと、「失礼します」と言って扉が開く音がして女性を伴った老執事が入ってきた。そして女性は俺達を見ると挨拶をした。


「あら、おかえりなさい。それと、いらっしゃいませロイ先生。お久しぶりですね」


「あぁ、久しぶりだね、エリー。今日はグレイの事でちょっと問題があってね、その事について説明しに来たんだ」


「まぁ、どういった事でしょうか?」


 そう言って話を進めて行くロイとエリザベス?エリー? で良かったかな?は中々親しそうな感じだ。

 エリーの見た目は銀髪碧眼の細面で、所謂美女と言うか、美少女と言うか、微妙に幼さの抜けきらない愛嬌のある顔立ちだ。目尻が少し垂れている所為か、おっとりした雰囲気がある。彼女が俺の兄妹って事か?いや姉弟か?

 銀髪碧眼で思い出したのは最初に目覚めた時にあった少女だが、彼女は少し目が吊り上がっていて勝気な雰囲気があり、なんとなく対照的に見えてしまう。

 と言うより、この世界って銀髪の人が多いのか? 因みにロイは薄い金髪だ。髪が薄いんじゃなく、色が薄いって事だよ? ハゲって事じゃないよ?

 なんて失礼なことを考えてると、「グレイ」とロイに呼ばれた。


「はいぃ?!」


 ドキッとした俺はつい声が上ずってしまった。


「? どうしたんだグレイ? 緊張するのもわかるが、まずは君の口から自分の状況を説明してくれないか?」


「あ、あぁ、了解。説明ね。説明。 えーと、実は俺、記憶を無くしまして、一応ここが俺の家だと説明されてロイに付いて来ました。えーと、エリザベスさん? エリーさん?どっちだっけ? まぁ、そんな感じで頭の中はぐちゃぐちゃです。君が俺の妹?・・・それともお姉さん? なのかな? 記憶を無くしてしまったけど、今後ともよろしく」


 そう言って俺は頭を下げた。最後の方は何を言っているのかわからなくなってきていたが、概ね説明できたと思う。


 そう思い、顔を上げてみると、呆然とした顔のエリザベスがこちらを見ていた。


「どういう・・・こと・・ですの?」


 さもありなん。俺も出来るならどういう事か教えてほしい。


「どういうことかと問われても、説明した様に、記憶を無くしてしまったんです」


 困った表情で俺が事実を繰り返し告げると、エリザベスはクルリと向きを変え、ロイの方に詰め寄る。


「ロイ先生? どういう事ですの?」


 詰め寄られたロイは、何かを堪えるような表情で答える。


「すまない。グレイの言った通りだ。彼は記憶を無くしてしまっているんだ」


「そ、そんな・・・ あ、あんまりですわ・・・」


 ロイの返答を聞くと、エリザベスは泣き崩れてしまう。

 うーん。兄妹が記憶を無くしたのはショックだろうけど、泣く程か? そんな風に思っていると、ロイがエリザベスから視線を外し、俺の方をニヤリと厭らしい表情で眺めつつ、更に言葉を紡ぐ。


「その通りだと私も思うよ。君と言う良き妻を先月娶ったばかりなのに、新婚ホヤホヤだったのに、あれだけ仲睦まじかったのに、『記憶を無くしました』なんて、まったくひどい男だ」


 うん? 『良き妻』・・・『新婚』・・・?!


「なにぃぃぃぃぃぃい?!」


 俺は心の底からの絶叫を上げる。


「どういう事だぁ?!」


 そう言ってロイの胸倉を掴み上げるが、ロイはどこ吹く風でニヤニヤ笑いを辞めない。


「どういう事もなにも言葉通りの意味だよ。グレイ、君は彼女エリーと、結婚したての新婚さんだったんだよ。それなのに記憶を無くしてしまったんだ」


「そうじゃない!そうじゃなくて!・・・なんで最初に言ってくれなかったんだよぅ! こんな重要な事をさぁ!」


「私だって言おうと思ったさ、でも、先に言ってしまったら、『今日は帰らない』とか言いそうだったからだよ。現に君は自分の家を見ただけで尻込みして中々家に行こうとしなかったじゃぁないか」


「・・・」


 ニヤニヤ顔で告げるロイは、この世の春とでも言うような、実に楽しそうな表情をするが、俺からすると厭らしい悪魔の笑顔にしか見えない。何か言い返したいが事実ロイの言う通りの行動をとっていたので何も言い返せない。

 視線をエリザベスに移すと、彼女はソファーに座り泣いている。声を掛けようにもどうすればいいかわからない。

 助けを求める様に老執事に視線を移すと、彼も俺が記憶を無くした事に少なくない衝撃を受けたようで、目を見開いてこちらを見るばかりだ。

 ・・・とにかく謝ろう。そう思いエリザベスの隣に座ると、彼女の頭をなでながら、謝罪の言葉を紡ぐ。


「すまない、エリザベス・・・さん?」


 そう声を掛けると、彼女は更に大泣きし始めた。

 もう、どうすりゃいいんだよ?! 収集方法を必死に考えていると、扉が開く音と声が聞こえた。


「ただいま帰りました姉さん。って、なんで泣いているの?」


 リビングに入ってきた人物は、俺にビンタをカマした銀髪少女だった。

 彼女はエリザベスに駆け寄ると、彼女を支える様にして声を掛ける。


「どうしたの姉さん?! 一体何があったの?」


「グ、グレイがぁぁ、グレイが・・・な事に・・・・・・のぉぉ」


「またグレイなの?」


 そう言って彼女は俺を睨みつけてくるので、慌てて弁解する。


「いや、違うんだ。確かに俺の事なんだが、俺の所為じゃない」


 その言葉を言った瞬間、彼女の平手が飛んできたので慌てて躱した。

 どうやら上手く説明できなかったようだ。


「だから待てって、説明するからちょっと待ってくれ!」


「じゃぁ、さっさと説明しなさいよ!」


「オーケー、わかった。端的に言う。 俺が記憶を失った。それだけだ」


「はぁ? 意味が分かんないわよ!」


 そう言って追撃をしてくる銀髪少女。やっぱりわかってくれない。


「だぁから! 俺の記憶が無くなっちまったんだって!」


「どういう事よ!」


「言葉通りの意味だってば!」


「だったらどうしてそうなったのよ!」


 俺は彼女の追撃を躱しながら確かにそうだ。と思い、ロイに助けを求めようとそちらを見ると、ロイは隠れる様に背を向けていたが、その肩が震えているのを俺は見た。 そして俺は確信する。奴は笑っている(・・・・・・・)と。

 なんて奴だ! 許せん。 こうなる事を知っていたな?!


 俺は一人楽しんでいるロイを巻き込む事を決意すると、素早く行動に移す。


「俺は記憶を無くしてるから詳しい経緯は知らないんだよ! 」


「じゃぁ誰が知ってるのよ?」


「ロイだよ! だから奴を連れて来たんだよ! 関係者に説明させる為に連れて来たんだ!」


「そう言う事は先に言いなさいよ!」


 そう言って俺を追う事をやめた銀髪少女は、今度はロイに視線をロックオン。

 彼女に見詰められ・・・というか睨みつけられたロイの表情には既に笑顔はなく、ちょっと引き攣った表情になっている。


「ロイ先生? どういう事か、納得できる説明をお願いしますね?」


「え?」


「え?って、どういう事ですか? 先生が説明してくれるんですよね?」


「あ、あぁ、もちろんだとも。勿論、説明させていただくよ」


 そう言って引き攣った顔でロイが説明を始めた。



「簡単に説明するとね、今日、警備隊で訓練をしたんだが、一応ここは魔物を主眼に置いた部隊だからね、普段は対魔物戦の訓練をしているんだが、街中の警備もあるし、対人訓練もある程度は必要なんだ。

 だから今日は久しぶりに対人訓練を行う事にしたんだよ。それで実力の近い者同士で組ませて対人訓練をしていたんだが、その時、誰かが言ったんだ。

 『どうせなら、誰が強いか決めようぜ』ってね。まぁ、そんな事を言えば、後の流れは分かり切っていると思うんだが、まぁ、急遽トーナメント戦形式の実戦訓練って事になったんだ。

 そこでグレイは勝ち進んで、決勝まで行ったんだが、決勝戦の時、どうもグレイは他の事を考えていたようでね、心ここに非ずと言った感じで、ボーっとしていたんだよ。

 それでも試合が始まれば意識を戻すだろうと思って私が始めの合図をしたんだが、合図にも気付かなかったようで、ボーっとしたまま相手に頭を打たれて気絶したんだ」


 その説明を聞き、俺は疑問点をロイにぶつける。


「すいません。俺が試合前にボーっとしていたって言ってましたが、その前に俺は頭をどこかで打ってたり、誰かに打たれたりしていましたか?」


「いや、君はこれと言って苦戦する事なく勝ち上がっていたから、そんな事は無かったよ」


 ふむ、となると何かの衝撃で俺の意識が表出したってわけでもないのか。


 頭を打たれた記憶はあるから、試合前にボーっとしている時に俺が出てきて今世の俺の記憶が飛んだんだな。

 うーん。そんな事ってあるのか? 何もしてないのに突然記憶が無くなるって・・・


 そう考えていると。銀髪少女がロイに質問をした。


「先生。その時のグレイの相手は誰です?」


「知ってどうするんだい?」


「報復します」


「君はそうやって物騒な事を考えるから、敢えて伏せておいたんだよ。いいかい? 今回の事は不幸な事故なんだ。相手に責任は無いよ。責任があるとすれば、試合前にボーっとしていたグレイだよ。訓練とはいえ真剣に向き合わなければ怪我をするといういい教訓だろう?」


「教訓にはなりましたが、それ以前に教わったことはすべて忘れてしまいましたよ。すいませんね」


 そう言うと、ロイは一瞬口ごもる。


「・・・ま、まぁ、そういう訳で、グレイの記憶はなくなったが、その内思い出すこともあるだろう。 私はこの辺で帰るとするよ。あ、グレイ、明日から暫らく私と訓練をするから、今日はよく寝ておくんだよ」


 そう言って足早にリビングから抜け出すロイ。

 家に残された俺達は、毒気を抜かれたように溜め息を吐くと、話し合いを始めるのであった。










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