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十二の試練  作者: 笹の葉
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第2話

 死んじまったのか? 俺・・・


 ベットの上で呆然とする俺。だが、死んだならなんで俺がいるんだ? 死後の世界があったってことか?

 でもここは天国にも地獄にも見えない。


 それにあの銀髪の女性は俺のことを『グレイ』と呼んだ。


 と言う事は、自分の名前でもあるんだが、輪廻転生したって事か? だが、なんで俺として、『天堂 輪廻』としての記憶があって、『グレイ』としての記憶が無いんだ?


 何かのショックで前世の記憶が蘇って、今世の記憶が飛んだのか?


 そう考えて記憶を引き出そうと集中すると、また思い出した記憶があった。








 あの小学生を助けた後だ。


 そう、俺は意識を失った筈だが、何故か暗闇の中にあって、誰とも知れない呼び声を聴いた。


 何度も呼びかける声に対し、俺は何とか返事をしようと口を動かした瞬間。 目を焼かれそうな程の閃光が走り、あまりの輝きに顔を覆った。


 そして次の瞬間、目の前に厳つい顔の男が立っていた。


 真剣な表情でこちらを見ていた。と言うより睨んでいるようだった。


 そして木剣を構えていて、よく見ると俺も両手で木剣を持っていた。


 なんでこんなもん持ってるんだ?


 そう思った瞬間、「始め!」と言う鋭い掛け声が聞こえ、「え?」とそちらを向いた瞬間。意識が途絶えた。







 短いが、確かに思い出した事で、覚えている事だ。


 恐らく木剣を持った厳つい男に殴られて気絶したんだろう。


 ただ、なんでそんな状況になっていたのかが分からない。


 普通目が覚めるなら病院のベットの上か路上だろう。


 間違ってもこんな病院とも思えない建物の中じゃない。


 本当に困ったな。 仮にこれが輪廻転生した世界だとしても、前世の記憶があって今世の記憶が無い。


 これじゃ誰が家族で誰が友人かなんてわかりゃしない。


 うーん。いっそ記憶喪失ってことにするか、在り来りだが、それが無難だろう。


 前世の常識が通用する世界とも限らないし、日本ほど安全じゃぁないだろう。


 そんな事を考えていると、今度は部屋の扉がノックされた。


「すまない。私だが、入ってもいいかね?」


 落ち着いた響きのある男性の声だ。誰だろう? まぁ、入って貰うしかないか。こっちは状況が分からないんだし。


「どうぞ」


 そう声を掛けると、ガチャリと音がして扉が開くと、50代位の温和な雰囲気を纏った紳士然とした男性が部屋に入ってきた。


「どうやら大丈夫だったみたいだね」


「え?えぇ、体の方は大丈夫みたいですよ?」


 男性の言葉に体を動かし、確かめながら返事をする。


「体の方は?」


「えぇ、体の方は大丈夫です」


「それだと、それ以外に問題がありそうな物言いだね」


 中々鋭いな。そう思いつつ会話を続ける。


「少々頭の方に問題がありまして・・・」


 そう答えると、男性は一瞬キョトンとした表情になったかと思うと、大笑いし始めた。


 俺は憮然とした表情で男性を睨め付けると、一言苦言を呈する。


「何がそんなにおかしいんです?」


 俺は至って真面目な表情で問い返すが、男は更にもう一笑いし、謝罪する。


「いやぁ、すまない。まさか君にこんなユーモアのセンスがあったとは驚きだよ」


「いや、笑いを取りに行ったんじゃないんですけどね?」


「と言うと、本当に頭に問題があるのかい?」


「えぇ、正確に言うと、頭にはタンコブがある程度ですが、問題は中身でして・・・」


「中身?」


「実は記憶が無いんです」


「記憶がないだって?!」


 そう言って驚くのかと思ったら、また笑い出した。 このオッサン。いい加減ムカつくんだが・・・


 一頻り笑い終わると男性改めオッサンは涙の滲んだ顔で言葉を紡ぐ。


「いやぁ、本当、今日の君は面白い事を言うね、こんなに笑ったのは何年振りだろう」


「あの、本当に記憶が無いんですよ。 こうやって話していますが、あなたが誰なのかもわからないし、それどころか自分が誰なのかもわからないんですよ」


「いやぁ、ここまで来るともう笑えないよグレイ」


 そう言いながらもまだ笑ってるよ。ったく。


「さっきの銀髪の娘も言ってましたが、『グレイ』と言うのが私の名前なんですか?」


 そう答えた俺の言葉に表情が凍るオッサン。 漸く記憶がない事を信じたか?


「本気で言っているのかね?」


「えぇ、冗談を言っているように見えます?」


「・・・確かに冗談には聞こえなくなってきた」


 そう言って真剣な顔で黙り込むオッサン。


「あのぉ、因みにあなたの名前は何ていうんですか?」


「本当に覚えていないのか?」


「えぇ」


「私はお前の父親だぞ?!」


 まじか・・・こんな笑い上戸のオッサンが今世の親父なのかよ・・・なんか凹む。

 ショックを受けている俺を観察するようにオッサン・・・もとい親父が見詰めてくる。


「・・・どうやら本当に記憶を無くしている様だな」


「だから先程からそう言ってるでしょう。父さん」


「私はお前の父親じゃない!」


「なんだってぇ?!」


「さっきのは冗談だよ」


「どっちが?」


「お前の父親と言った方がだよ」


「ややこしい事言わないでください」


「いや、念のためだよ、グレイに騙されてるかもと思ったからね」


「記憶を失う前の私はどんな性格だったんですか?!」


「少し面白味に欠けるが、至って真面目な好青年って感じだ」


 ホントかよ?! なんか信じられんな。このオッサン、さっきもサラッと親父だって嘘吐いたし・・・

 俺が疑いの眼差しを向けると、慌てた様に弁明するオッサン。


「いや、本当に真面目な好青年って言葉には嘘は無いよ。ただ、剣術に関しては天才的な才能を持っていたがね」


 ふむ、なるほど。少し面白味に欠ける剣術が得意で真面目な好青年って事か。 その前提があって、なんで俺が冗談を言っていると思ったんだか・・・はぁ、まぁいいか。


「えーと、それでは同じ質問になりますが、あなたのお名前はなんですか? それと私との本当の関係も教えて頂けると嬉しいのですが?」


「あぁ、すまない。失礼したね。 私の名前はロイ。ロイ・アーマライト。自分で言うのも何だが、一応そこそこ有名な剣士でね、君の師匠をしている者だ」


 笑い上戸の剣術の師匠・・・なんか胡散臭い臭いがプンプンするな。


「あ、胡散臭そうだって思ってるね?」


「なんでわかった?!」


「やっぱり、私、そう言う気配に敏感なんだよね」


「なら俺の状態異常にも気付いて良いんじゃないですかね?」


「なんとなくおかしいとは思ったんだが、面白い冗談ばっかり言うから気付けなかったよ」


「冗談じゃなく事実を述べただけですよ?!」


「それが笑えたんだよ」


 そう言って笑顔で答えるオッサン改めアーマライトさん。

 この際だから色々聞いておくか。


「それでアーマライトさん」


「ロイでいい」


「わかりました。ロイさん」


「敬称も要らない」


「・・・わかりました。ロイ」


 年長者にそう言われても、呼び捨てって中々にハードル高いな。


「それでは幾つか質問があるんですけど、良いですか?」


「ああ、いいとも。私に応えられる範囲でならなんでも答えよう」


「ここはどこで、どういう世界なんですか?」


「うーむ、こりゃ曖昧で難しい質問だな」


「そうですか?」


「あぁ、難しい。簡単に答えるなら、ここは『アストレア王国』の『モスクの街』と言う。かつては『アーリア砦』と呼ばれた古い砦の中に作られた街だ」


「砦の中に街を作ったんですか?」


「あぁ、この地域は肥沃な大地と川や池が豊富にあり、気候も穏やかで農業には最適なんだが、すぐ近くにとても危険な魔獣が数多く生息する『アーリアの森』があるんだ。その所為でここら一帯は世界でも有数の危険地帯なんだが、200年くらい前の王様がこの辺りの土地を開発しようと躍起になったことがあってね。アーリアの森の近くに砦を築いたんだ。砦を築いた当時はとても激しい戦闘が続いたんだが、これらの戦いは王国が優位に戦っていたんだ。そして魔獣も馬鹿じゃない。10年、20年と経つと、次第に魔獣達も砦に近寄るのは危険な事だと判断したようでね、アーリア砦に近付かなくなったんだ。そうしてアストレア王国は魔獣に打ち勝ち、肥沃な穀倉地帯を手に入れた。そしてその頃には魔獣もアーリアの森を荒らさない限り、アーリア砦には近付かなくなっていてね、軍を駐屯させる必要が無くなっていたんだよ」


「でも軍が引き払っちゃったら砦を襲われるんじゃないですか?」


「そう、時の王国でもそう考える人が多くてね、そこで一計を案じたのが、このモスクの街さ、魔獣は生き物の気配を感じ取ることが出来るんだが、精度はそれほど高くない。精々数が分かる程度で相手の強弱までは分からないらしい。だから砦に村ないし街を作って人が住めば警戒して近寄らないのでは?と考えたんだ」


「それって今度は住む人が危険なんじゃないですか?」


「その通りだが、住むのは砦の中だ。高い塀に囲まれ、攻撃されても援軍が到着するまでなら幾らでも持ち堪えられる。それに他の街よりも自警団や警備兵の数は多いし、税も格安にされたんだ。危険はあるが、それに対する備えもあり、なにより税が安い。そうなると人はどう考える?」


「危険だけど自警団や警備兵が多いから治安は良いし、税金も安ければ、それなりに人は集まるかもしれない?」


「その通りだ。人は危険と利益を天秤にかけて考える生き物だ。危険があってもそれに対する備えや利点があればそこに集まる人はいる。そうしてできたのが砦の中のモスクの街だ。そして幸いな事にこの街はこれまで150年の間、魔獣との小競り合いはあるものの、大きな襲撃は一度も無かった。 つまり昔の人の思惑通り事が運んだって事だね」


「なるほど、よくわかりました。ありがとうございます」


「いやいや、それ程でもないよ」


「ここはどこかと言う事は分かりました。それじゃぁ、ここはどういう世界ですか?」


「その質問が難しいんだよ」


「どういう事です?」


「ふむ、名称を答えるならこの世界は『ダライア』と言う」


「ダライアですか、なるほど。良い名前ですね」


「だろう?」


「・・・」


「・・・」


「それで続きは?」


「続きと言われてもねぇ。シンプルに答えると、この世界にはいろんな生き物が生きてるよ。って説明でいいのかい?」


 そう問われて返答をしようとしたが、返す言葉が思いつかなかった。

 そりゃそうだ。自分でも地球について『どういう世界ですか?』なんて聞かれたらどう答えて良いのか困ってしまう。どういう答えを求めてるのか相手の意図が分からない。これは質問の仕方を間違えたな。


「ごめんなさい。質問内容が曖昧でした」


「いやいや、謝る必要は無いよ。記憶を無くしてるんだ。尋常ではいられないだろう。それで、他に聞きたい事は無いかね?」


「ありがとうございます。それなら、今度はもっと身近な事を聞かせてください」


「いいとも」


「俺は何をして生活してますか?」


「なるほど、記憶を無くしても生活しないといけないからね。前向きな考えが出来るのは良い事だ。そして答えだが、君はこの街の警備兵をしている。それも警備隊の副隊長をしている」


「?!」


 まじでか・・・ 剣術に天才的才能があるって言われたからさっき話に出た魔獣退治でもしてるのかと思ったけど、警備隊の副隊長って、俺、かなり出世してるみたいだな、部下って何人位いるんだろう? ちょっとワクワクしてきたぞ。

 俺は考える素振(そぶ)りをしながらさらに質問する。


「因みに警備隊って、この街に何人くらいいるんです?」


「確か、300人だったと思うよ。隊長が1人に副隊長が2人で、部隊を3つに分けていてね、それぞれ100人ずつで、隊長・副隊長がそれぞれを纏めてるんだよ」


 それって、俺の部下が100人もいるって事か?! すげぇ! 何か興奮する。

 100人の上に自分が居ると思うと、何とも言えない高揚感が全身を駆け巡り、小躍りしたい気分になる。


「おいおい、どうしたんだい? そんな嬉しそうな顔して?」


 ロイが驚いた顔をする。 俺が嬉しそうにするとそんなに変なのかな? 今までの『グレイ』はあんまり感情を表に出したりしなかったのかな?


「すいません。ちょっと自分がそんな偉いポジションに居るとは思わなくて、それに部下が100人もいると思ったら、つい嬉しくなっちゃって」


 俺が素直に答えると、ロイは得心したような顔になり、笑顔になる。


「なるほど、君は記憶を無くした所為か、以前より素直に感情を表に出せるようになったんだね。良い事だ」


「?? 良くわかりませんが、ありがとうございます。 それで、もっと突っ込んだ話なんですが、副隊長の仕事って、今の俺にも勤まりますか?」


 そう聞くとロイは難しい顔をして答えてくれた。


「うーむ・・・ 多分、今の君じゃ無理だと思うね」


「どうしてです?」


「だってグレイ。君は今、自分の家がどこにあるのか、どうやって生活しているのか、家族は誰で、友人は誰なのか? それすら覚えていないのに、仕事なんてできると思うのかい?」


 ぐうの音も出ない。 確かにこのオッサ・・・じゃなくて、ロイと、知り合いらしい銀髪の娘以外、家族や友人・知人の存在を覚えていない。いや、ロイも銀髪の娘も記憶を無くした後で会ったからこそ知っているだけで、本当は誰も、何も覚えていない。 生活基盤が分からない状況で前世の記憶だけあっても意味がない。

 こんな状態じゃどうしたら良いんだろう? こんなんじゃ仕事どころか生きて行けるのか?

 急速にグレイとしての人生が閉ざされて行くような気がして、全身の血の気が一気に引くのを感じながらどう生きて行けばいいのか途方に暮れそうになるが、ロイが気楽な口調で声を掛けてくれた。


「まぁ、あんまり深刻にならなくてもいいんじゃないかな? 取り敢えず警備隊の方には暫らく療養が必要だと伝えておくから、その間に自分の状況を把握して前に進めばいいさ」


 俺は何をすればいいかも思いつかなかったのでロイの提案を受け入れ、その後も色々とロイに相談しつつ、一先ず自宅に帰る事にした。


 どうやらここは自宅ではなかったようだ。


 帰宅に際してはロイが付いて来てくれる事になった。と言うより、俺には自宅の場所がわからないのでロイに道案内をお願いしたのだ。


 それにしても、これからグレイの家族、友人・知人。それらとの初めてではない初めての対面を何度もしなければならないと思うと胃が痛くなる。向こうは俺を知ってるが、向こうが知っている俺ではない。この先どうなるかを考えると逃げ出したくなるが、そもそも逃げ出す先もわからない。途方に暮れるとはこういう事かと思い知らされる。


 己の前途に立ちはだかる困難に気持ちが沈んでいく中、ロイが声を掛けてきた。


「そんなに深刻に考えなくても大丈夫だよ。何とかなるさ、君は君なんだし。私もいる。それに家族だっているんだし、何とかなるさ」


「気楽に言ってくれますね。他人事だと思って・・・ って、家族いるんですか? 両親? は居て当然か、それなら兄弟とかもいるんですか?」


 両親の(くだり)でロイの表情が強張るが、それもほんの瞬きの間だ。すぐにニヤリとした表情に変わる。 俺の親父だって騙したくせにどういう事だ? ひょっとして両親はもういないのか?

 またも思考の海に船出しそうになるが、ロイが引き戻す。


「まぁ、着いてからのお楽しみだ。ここで話していても埒が明かないからね。と言うより、このまま対面した方が私は楽しめそうだしね」


「おい! 最後本音が駄々洩れだぞ!」


「おっと、失敬」


 そうやって軽やかに笑いながら逃げる様に部屋から出て行くロイ。 おちゃらけたロイの物言いに俺は力が抜けた思いで後を追い掛けた。

 気付くと胃の痛みはいつの間にか無くなっていた。これがロイの狙いだったとしたら、大した師匠だよ。 そう思い、心の中で少しだけロイに感謝した。

































 あの後、ロイの後に付いて部屋を出て外に出る直前に女性に呼び止められた。


「ちょっとグレイ。どこ行くのよ。頭を打たれて倒れたんだから起きたら私の所に来るべきでしょ? ロイ先生もいるのに私を無視するとはどういう事なの?」


 見た目は20代半ば位かな? スラッとしたスリム体型で、栗色の髪をシンプルに後ろで纏めている。 顔立ちは少し吊目気味だが整っており、少しきつめの美人と言った感じだろう。だが、現在こちらを睨み両手を組んで仁王立ちしている所為か、少し怖い。


「?」


 どうしたら良いのかわからないので取り敢えずロイの方を見ると、忘れていたことを思い出したように弁解を始める。


「あぁ、申し訳ない。ちょっと面し・・・、いやぁ、忘れてたわけじゃないんですけどね、グレイが早く帰りたいって言うものですから仕方なく・・・」


 そう言って俺の方を見るロイ。すると釣られたように彼女の視線がこっちに突き刺さる。


「いや、俺は・・・」


「俺は? 俺はなんなの?!」


「いや、そのぉ・・・」


「レティシアもあなたに揶揄(からか)われたって言って怒ってたわよ!」


 しどろもどろになってる俺を見てロイがニヤニヤと笑う。 このやろうぅ・・・ いい度胸だ。その喧嘩、全力で買ってやろうじゃないか!

 そう憤慨すると、俺はロイに対して意趣返しし始める。


「申し訳ありません。この度は大変ご迷惑をおかけしました。 ただ、あなたの目を盗んで帰ろうと言い出したのは、師匠の提案でして・・・」


「なに?!」


 俺の発言で表情を一変させるロイ。 だが、まだだ、まだ終わらんよ。


「どういう事?」


 そう言ってロイの発言を手で制止しつつ、俺に話の続きを促す女性。


「すいません。師匠! でも、本当の事を話すべきだと判断しました」


 そう言うと、女性は先を促してきた。


「いいから早く理由を言ってちょうだい」


「実は、先程師匠から相談されまして・・・そのぉ、どうも師匠は・・・あなたの事が気になるようでして、あなたに見詰められると、体が熱くなり、あなたの笑顔を見ると心が躍るような昂揚感に包まれるそうです。 私はあなたに恋しているのでは? と伝えたのですが、本人が否定してしまいまして、どうにも場が落ち着かないモノになってしまったんです。そんな話をした後なので、そのぉ、あなたに会うのがどうも照れ臭くなってしまったようでして・・・」


 俺は女性の表情を窺うようにチラッと見ると、口元は尖らせていたが、目元はまんざらでもなさそうな表情になっていた。 お? これって脈ありって事か?

 次にロイの表情を盗み見ると、驚きに固まっている。 ふははは、どうだ? 気不味いだろう。


「ロイ先生? どういう事ですか?」


 そんな事を思っていると、先程とは言葉に乗っている感情が全く異なる口調でロイを問い詰める女性。 あれ? ひょっとしてこの女性、ロイの事が好きだったのか? なんか肉食系女子って感じに豹変してて、当事者じゃない俺でもゾクッと来たぞ。


「い、いや、そのぉ」


 しどろもどろになるロイ。さっきの俺と立場逆転だぜ! なんて事言ってる場合じゃない。ロイと女性の濡れ場になるのか? ちょっとした意趣返しのつもりがとんでもない方向に転がって行く。


「ロイ? どういう事かはっきりおっしゃって頂けないかしら?」


 女性の視線は熱を帯びたものに変わり、その指先はねっとりとロイを絡め取る様に蠢く。獲物に絡みつく蛇さながらの厭らしさを伴う女性の動作に扇情的な雰囲気が否応なく醸し出される。 そんな女性の態度とは対照的に絡め取られる側のロイは血の気が引いた様に青い顔をしているが、まぁ、役得? じゃないかな、後の事を考えなければ・・・


「いや、だからだね、ハイジ君・・・わたしは、そのぉ」


「そのぉ?」


「・・・」


 うーん。女性のスイッチが入ってしまったようだ。どうしよう? 意趣返しのつもりが、なんか違う方向に行っちゃったよ。


「ひぅ?!」


 俺が考えている間にも彼らの行為はエスカレートして行くようで、女性からのスキンシップに変な声を出すロイ。


 うーん・・・ ここは当事者同士でお話合い(・・・・)して貰うのがいいよね? 邪魔者は消えるとしよう。


「それじゃ後は若いものに任せて、年寄りは帰らせて頂きますね」


「ちょ?! 待ち給えグレイ! 若いものって、君の方が私達より若いだろう?!」


「まぁ、私達ですって♪」


 ロイの言葉尻を捕まえ嬉しそうな声を上げる女性。 うんうん、存分にはっちゃけてください。


「ち、違う! それは言葉の綾で・・・」


「とにかく、帰りますね?」


「えぇ、もう帰っていいわよ、グレイ」


 女性の許可も下りた事だし、退散させて頂こう。


「ちょ?! ま!」


「お疲れ様でした~」


 慌てて呼び止めようとするロイを見捨てて俺は建物から出て身体を伸ばす。


 さぁてと、どこに行きますかねぇ?












































 何処に行こうかと考えた末、結局俺は出てきた建物の前でロイを待つことにした。

 と言うより、家に帰るにしてもどこに家があるのかもわからない現状、ロイと言う蜘蛛の糸を頼るほか無かったので、待つ以外の選択肢が無かっただけだ。


 それから暫らくボーっと空を眺めていると、扉の開く音が聞こえたので振り返り、出てきたロイに声を掛ける。


「楽しめましたか?」


「・・・」


 憮然とした表情でロイがこちらを睨んでくる。


「あれ? 怒ってる?」


「当たり前じゃぁないか。よくもまぁあんな嘘を吐いてくれたもんだよ」


「あの女性も満更どころか、望んでるように見えましたけど?」


「・・・あのね、こんな事は言いたくないんだけど、ハイジ女史は婚期を逃してるんだよ? だから必死なのさ、その手の話があれば余程ひどい条件でもない限り飛びつくに決まってる」


 あれ?あの女性、見た目は20代半ばなのにひょっとして30超えてるのか?


「あの、失礼だとは思いますが、あの女性、20台半ば位じゃないんですか?」


「そうだよ? 確か26歳だったかな?って、何を言ってるんだい。 結婚せずに20歳を超えればどんな女性も行き遅れだよ」


 え? そうなの? 元の世界じゃそんなこと言ったら袋叩きにされるんだけどな・・・


 驚きの表情をする俺を見てロイは呆れたような表情になる。


「グレイ、記憶を無くしているのはわかるんだが、なにか常識的なものがズレてる気がするね」


 まぁ、前世の記憶しか残ってないんだし、常識がズレてると言われても仕方ない。そう納得するが、一応話を合わせる為に言葉を紡ぐ。


「そうですか? あまり自覚が無いんでわからないんですが・・・そんなに違いますか?」


「ふむ、まぁ、記憶を無くしてるんだし、違いがあって当然かもしれないが、それを差し引いても記憶を無くす前の君と今の君を比べたら、明らかに違うよ。

 前の君は温和で落ち着いた雰囲気をしていてね。私が言うのも何だが、頼りがいのある男で、とても家族を大事にしていたよ。

 それに先程君がした悪戯なんてのは思いつきもしないだろう好青年さ。

 それに比べて今の君は、なんと言うか、気安い感じで付き合い易い雰囲気ではあるんだが、少々危なっかしい感じがするね。

 どちらも同一人物のはずなんだが、性格が全く違う。

 そうだな。例えるなら記憶を無くす前の君は『頼りになるお兄さん』って感じで、今の君は『好奇心旺盛で危なっかしい弟』って感じかな?」


 ロイはそう答えると、また少し考え込むが、


「うーむ、自分で言った言葉だが、しっくり来るな。うむ。結論を言うと、今の君はグレイらしくはないよ。と言うより、寧ろグレイの弟と言われた方がしっくりくるよ」


 ロイはそう言って自分で納得してしまったが、そう言われた俺は何と答えればいいのやら。


「まぁ、とにかく今日は帰ろう。道案内は任せ給え」


 そう言って先を歩き出すロイに、俺は言葉を返す事も出来ず後に続く。















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