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十二の試練  作者: 笹の葉
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第1話

 目を開けると、薄暗い天井が見えた。


「知らない天井だ」


 思わず口をついて出た言葉だが、まさか自分がこのセリフを使う事になるとは思いもしなかった。

 そう思いながら身体を起こして部屋の中を確認すると、自分はベットの上で、すぐ近くには簡素なテーブルと椅子が2脚あり、テーブルの上には木製の洗面器だろうか、水が張ってありタオルが浸されていた。

 そして少し離れた壁には開けられた窓があり、淡い日差しが室内をうっすらと照らしている。 

 足元の方には見たこともないタンスがあり、それに寄り掛かるように木剣が数本立て掛けられている。


 どれも覚えのない物ばかりで分からない。

 そもそもここはどこだろう?俺は何をしていたんだっけ?


 そう思い、自分の直近の記憶を辿ろうと集中し始めた時、ノックもなく突然扉が開いた。


「あら? ようやく目が覚めたのね」


 そう言って部屋に入って来たのは銀髪の少女だった。

 彼女はこちらの事を知っているのか気安く声を掛けて来たのだが、生憎と見覚えがない。

 と言うより、外国人の知り合いなんて居ないんだがな・・・


 どう対処するべきかわからないまま無言でいると、彼女が心配そうに言葉を重ねる。


「ちょっとグレイ! 返事くらいしたらどうなの?」


 俺の方を向いて俺の知らない名前を告げる彼女に、思わず俺は後ろを振り返り誰もいない事を確認する。


「ちょっと! バカにしてるの?! 悪ふざけが過ぎるわよ!」


 俺の仕草を見て馬鹿にされたと勘違いしたのだろう。彼女が怒り出して近付いて来るが、俺は『グレイ』なんて名前じゃないし、自分のハンドルネームでもない。誰かと勘違いしてるんじゃないか?


「いい加減なにか言いなさいよ!」


 そう怒鳴られて俺は返事をする。


「すいませんが、人違いじゃないですか?」


 そう言った瞬間。彼女の表情が抜け落ちたかと思ったら、いきなり憤怒の形相になり、俺に強烈なビンタをカマして一言。


「最低!」


 それを最後に部屋を出て行った。


 後に残ったのは壁に張り付いた俺だけだった・・・すんごい痛い。



 因みに俺の名前は『グレイ』なんかじゃない。

 俺の名前は『天堂(てんどう) 輪廻(りんね)』日本人の高校生だ。













 銀髪の彼女に吹っ飛ばされた後、自分の身体に怪我がないことを確認してベットに戻り、今日の自分の記憶を思い返してみた。


 確か、今日は9月1日で夏休みが終わった登校初日で、始業式の校長の挨拶を欠伸混じりに聞き、教室に戻ってからは夏休みの宿題を提出。初日のあれこれがあって、宿題の出来ていない連れが居残りさせられ、何故か俺に恨み言を連連と並べ立てるが「忠告を無視したお前の自業自得だ」の一言で撃沈。

 追い縋る連れを引き剥がして帰路についた帰り道で・・・ ・・・・ ・・・・ 思い出した。







 そう、学校の帰り道。その途中にある公園で遊んでいる小学生を見かけた。

 一人でトイレの壁にサッカーボールを蹴り、跳ね返ったボールをまた蹴り出す。そんな遊びをしているのを見て、俺も昔やってたな。なんて感傷に浸っていると、小学生が蹴り損なったボールが俺の方に転がって来た。


「すいませーん。ボール拾ってー」


 ボールを拾いにきた小学生がそう言ってきたので、俺は「任せろ」と言ってボールを蹴り返す。

 が、狙いが小学生から2メートル程外れると、小学生は慌ててボールに向かって走り込み両手でキャッチして俺を笑う。


「ヘッタクソ~」


「な?!なんだとぉ~! 上等だ。勝負してやる!」


「あ~!怒ったぁ~♪」


 小学生に笑われた俺は柄にもなくムキになり、小学生と本気でサッカーの勝負をした。

 最初の内、ボールのキープ率は俺の方が長かったが、15分もすると俺は息が上がり、30分もする頃には動けなくなった。その結果、不本意ながら・・・・負けた。


「兄ちゃん。小学生に負けるなんて、だらしないぞぉ♪」


「う、うるせぇ。技術じゃ勝ってんだよ。 単に子供の無尽蔵の体力に負けただけだ!」


「負けた上に言い訳なんて見苦しいぞ兄ちゃん!」


「・・・はぁ、わかった。わかった。俺の負けだ」


「やったー!俺の勝ちぃ~♪ イエーイ♪」


 そう言って俺の周りを嬉しそうに小躍りする小学生を見て、昔の自分を思い出す。

 俺もサッカーに嵌っていた時期があったなぁと。そんな感慨に耽っていると、小学生から声を掛けられた。


「なぁなぁ、兄ちゃん」


「なんだ?」


「勝負には負けたけど、兄ちゃんってボールの扱い上手いよな?」


「なんだわかってんじゃねーか」


「俺にも教えてくれない?」


「いやだ」


「ケチ!」


「ケチで結構!」


「うぅ~、なぁ、教えてくれよぉ~。頼むよぉ~」


 そう言って纏わりついて来る小学生を振り解こうとするが、中々にしつこい。今時の小学生にしちゃ物怖じしないな、こいつ。


「悪いが俺はもう帰るんだよ」


「い~や~だ~」


「は~な~せ~」


 そう言いながら小学生を引き摺るが、一向に手を離そうとしない小学生。

 こりゃ参った。何か適当に教えた方がさっさと帰れそうだな。


「わかった。わかったから離せ!」


「離した瞬間。逃げるんだろ!」


「逃げねぇよ。教えてやるから離せ!」


「本当か?」


「本当だ」


「本当の本当か?」


 しつこい奴だ。


「本当の本当だ」


「・・・わかった!」


 小学生は手を離すと期待に満ちた目を向けてきた。

 ・・・やり辛い。


「えーと、お前はリフティングはできるか?」


「一応できるぞ!」


「連続して何回くらいできるんだ?」


「今までの最高記録は23回だ!」


 そう言って胸を張る小学生。 ふ、その程度か。勝ったな。俺の最高記録は321回だ。

 俺は小学生に勝った優越感に浸りつつ、話を続ける。


「最高でそれだけか?」


「それだけ続けられれば十分だろ?」


「・・・まぁいいか。それじゃぁヘディングも使ってできるか?」


「ムリ!」


「じゃぁそれを覚えろ。以上だ!」


 そう言って帰ろうとする俺の服の裾を小学生が掴んで引き止める。


「だからムリだって!」


「ムリじゃない」


「兄ちゃんだって出来ないだろ!」


 その一言を待っていた! 俺はニンマリと(わら)い。小学生のボールを取り上げると、地面に転がし、足の甲に乗せ、宙に蹴り上げリフティングを始める。小学生の最高記録の23回を超えた所でヘディングや肩を使ってのリフティングを披露する。


 俺はボールを額の上で止めると、ドヤ顔を晒して「どうだ?」と言いつつ小学生を見返すが、そこには悔しそうな顔をする小学生が・・・居なかった。代わりにいたのは・・・


「兄ちゃんスゲェー!」


 純粋に賞賛の声を上げる小学生だった。


 ・・・何時から俺は、こんなに薄汚れてしまったのだろう。これが大人になるってことだろうか。

 純粋な眼差しで見上げてくる小学生のキラキラした瞳を前に打ちのめされる思いで一杯だった。


「なぁ、俺も出来るようになるかな?」


 期待に満ちた瞳が、表情が、俺には眩しかった。


「あ、あぁ、いっぱい練習すれば、出来るようになる・・・よ」


「ホントか?」


「・・・本当だ」


「コツとかあんの?」


「コツは、ヘディングする時、目を閉じないことだ。怖いと思ってもしっかりボールの位置を確認するんだ。あと、身体の軸って言えばいいのかな?それが極力ブレないようにボールの落下地点に移動するのがコツかな。あと、練習する時は周りに気をつけろよ。狭い所や車が来るような所だと危ないからな」


「ありがと兄ちゃん!」


 そう言って早速練習を始める小学生。 あの体力は本当に無尽蔵に思える。羨ましい限りだ。さて、俺は疲れたし帰るか。

 別れのあいさつでもと思い小学生を見ると、ヘディングをミスしてボールが車道へ転がって行く所だった。

 それを慌てて追いかける小学生を見た時、俺は反射的に「戻れ!」と大声を出しながら走り出した。


 何故なら、ボールの先には車が来ており、小学生は気付かず飛び出していたからだ。


 追い付いたのは車のど真ん前、そして俺は小学生を強く突き飛ばし、そこで記憶が途切れていた。



 ・・・つまり、俺って死んだのか?

 



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