第18話 考察
エリー達との家族の団欒を終えて書斎へと籠った輪廻だったが、書斎へ入って早々にチャックへと質問する。
「なぁ、チャック。
警備隊の予算が削られている事は分かったんだけど、これからどうしようか?」
夕食の際も横領問題が気になって頭から離れなかった輪廻の問いに暫くの間を空けてチャックが聞き返す。
「どうする?と言うのは、これからの調査についてかね?」
「そうだよ、夕食中も考えていたんだけど、まずグレイの補佐をしている・・・ミッシェルだっけ?
そいつの所から始めるか、財務担当から調べてみるか・・・どっちかだと思うんだけど、どうかな?」
そう言って得意げにチャックの顔を見る輪廻だったが、チャックは軽く首を捻ると返事を返す。
「ふむ、中々良い着眼点だが、まずはチャベスにミッシェルや財務担当の責任者が何処の誰かと言う事。
それ等がどれくらい前からその地位に就いているのか。
それ等をその地位に就けるのに誰の後押しがあったのかを確認する事から始めるべきだろうね」
「うん?どういう事?」
「む? 何がわからないのかね?」
「ミシェルの為人じゃなくて誰が不正を働いているかを突き止めて捕まえれば良いんじゃないの?」
「いや、それほど簡単な問題ではないのだよ。
そもそも貴族の政務を肩代わりできる知識層の人材と言うのはそれなりに貴重な存在であるし、かなりの教育を受けているモノなのだよ。
そんな賢いものが、ただ私欲を満たす為だけにサイクス領の防衛費を半減させるなんて無茶な事をすると思うかい?
そんな無茶な事をすれば誰かに密告された時点で処刑待ったなしの状況になると言うのに?」
そう聞かれて輪廻も明らかな不正に疑問を浮かべる。
「昼間の記録だと防衛費の削減は8年前から続けて行われていたが、その削減の殆どは直近の3年間が大半だった。
つまり、防衛費削減について密告されない環境を3年前に整え終えていたと考えるべきだろう」
チャックの言葉に暫し考える輪廻。
「え? それって、もしかして予算に関わる人員が全て不正を働いた者の手下になっているってこと?」
輪廻の出した答えにチャックは満足そうに頷く。
「リンネの考えは恐らく間違っていないだろう。
つまり、3年より前からこのサイクス領の人事に口を出せる人間が裏にいると考えた方がいい。
2年前までは君に統治権は無かったのだから、さぞかしやりたい放題出来ただろうな」
「それって滅茶苦茶ヤバくない?
政務の人間ほぼ全員が敵の可能性があるってことでしょ?」
「その可能性は否定できないな・・・」
そう言うとチャックは視線を遠くに向ける。
「ちょっ?! 洒落になってないよ!
人魔戦争前にグレイの人生詰んでるんじゃんかー!
何やってたんだよグレーイィィィ!」
思わず叫ぶ輪廻にチャックは苦笑いを浮かべる。
「落ち着き給え輪廻。
それをなんとかして人魔戦争の初戦を勝利に導くのが我々の使命だ。
その為にもこの問題を早急に解決しなければならない。
その為にもチャベスから色々と話を聞かねばなるまい」
「そうだね。
何をするにも情報は必要だし、こんな阿呆なことを仕掛けた黒幕にはキッチリと制裁を加えてやらないと気が済まない!
早速チャベスさ、チャベスを呼ぼう。
それとチャック、俺だと大した質問は出来ないと思うから、知りたい事や聞きたい事があったら直ぐに教えてくれない?」
輪廻がそう言うとチャックは苦笑いしつつ肯定する。
「任せ給え」
「よろしく。
じゃぁ、チャベスを呼ぶよ」
チャベスの話を聞いた輪廻は書斎の机に突っ伏していた。
その姿をチャックも沈痛な面持ちで見ている。
「・・・グレイの状況さぁ、酷すぎない?」
絞り出すように出した輪廻の声は震えていた。
「あぁ、流石にこれは・・・」
チャックが言い淀むのも無理はなかった。
チャベスから聞いた内容が中々にキツイ内容だったからだ。
まず、ミッシェルだが、本名は「ミッシェル・テスターレ」と言い、グレイの妻であるエリザベスの従姉妹にあたる。
そしてミッシェルの推薦人だが、こちらもエリザベスの父親であるローグ・テスター男爵だったのだ。
そしてモスクの街で政務に携わる人間がここ8年の間でかなり入れ替わっており、その人事を主導しているのもミッシェルであることがチャベスから確認が取れた。
つまり、この時点で実行犯はミッシェルでほぼ確定。
政務に携わる人間もその殆どがミッシェルの子飼いに変えられているだろうことも判明している。
それ以外にもサイクス子爵家を取り巻く派閥に関する問題や状況についても大まかに教えられた。
サイクス子爵家はストライド公爵家が纏めている王族派閥に属しており、3代遡るとストライド家との婚姻関係もあり、ストライド家とは遠戚関係でもあったので王族派閥ではそれなりの立ち位置にいた。
そしてグレイの妻であるエリザベスの実家、テスター家は貴族派閥である。
本来は異なる派閥に属する貴族家同士であれば仲が良くなる事は無いのだが、何故かグレイとエリザベスの父親は馬が合ったのか、かなり仲が良かった。
だが、その所為でサイクス子爵家は王族派で徐々に孤立する事になり、王族派での立場を徐々に失い始めていた。
そんな状況でグレイの両親が急死した。
既にグレイの祖父母も他界しており、グレイの後見を立てるのであれば本来はサイクス家の近縁の親族が後見となるのが慣例ではあるのだが、サイクス家の近縁の親族は皆王族派に属している貴族だった為、貴族派閥と距離の近いサイクス子爵家に関わる事に難色を示した。
つまり派閥の裏切者的扱いをされているサイクス子爵家に手を貸すことで自身にもそのレッテルが張られる事を恐れたのだ。
そんな状況に陥ってしまった為、派閥の纏め役であるストライド公爵家がグレイを直接後見する事で波風を立てない様にしようとしていたのだが、そこで問題が起きた。
ストライド公爵家が後見する事に待ったを掛けたのが、ガトー・アルダン侯爵だったのだ。
ガトー・アルダン侯爵は貴族派閥の長で王族派閥の纏め役をしていたオズワルド・ストライド公爵とは政敵関係にある。
ガトー・アルダン侯爵にとってはサイクス子爵家は政敵派閥の貴族であり繋がりもない為、本来であれば口出しする事も憚られる立場だったのだが、ここでエリザベスの存在が事を面倒にした。
幸か不幸かグレイの両親が生きている間にグレイとエリザベスの婚約が成立していたからだ。
その為、グレイの後見役にテスター家が手を上げたのだ。
派閥は違えどあと数年で近縁になるテスター家であれば後見人として問題はない。
寧ろ慣例で言えば遠戚であるストライド公爵家よりも相応しい。
そんな正論を言われてはオズワルド・ストライド公爵も言い返せなかった。
ここで慌てたのがサイクス子爵家の近縁であった貴族家だ。
派閥内で孤立はしていてもサイクス家は貴族家としての力はかなり大きいのだ。
それに領地も肥沃な穀倉地帯で王国を下支えしている代表的な貴族である。
そんな貴族が貴族派閥に鞍替えなんてことになったら王族派閥としては看過できない程に大きな損害となる。
火中の栗を拾いたくない一心でサイクス子爵家を拒絶したことで逆に窮地に立たされることとなり、王族派閥内でも肩身の狭い思いをする羽目になる。
そんな思いに駆られ慌てるが時既に遅し。
サイクス子爵家が伸ばした手を払ったのは自分達だ。
もうどうすることも出来ない。
結果、サイクス家の嫡男 グレイ=サイクスの後見人はローグ・テスター男爵に決まった。
これが8年前の出来事である。
「これってさぁ、明らかに狙われてるじゃん」
「あぁ、これ程わかり易いとは思わなかったよ」
二人揃って黄昏れる。
「8年前ならグレイは10歳かぁ」
「あぁ、しかも両親を亡くした直後だね」
「本人の与り知らぬところでドロドロの権謀術数に巻き込まれるとは・・・」
チャックは憐憫の表情で輪廻を見る。
「いや、それ以上にね、俺、チャックの魔法でグレイの記憶を部分的に見たでしょ?」
「ふむ、戦いに関する部分だけだったと思うが?」
「その中にね、少しだけだけどエリザベスとの思い出もまぎれてたんだよ。
グレイさぁ、両親失う前からエリザベスの事が好きだったみたいでねぇ。
それがさぁ、裏事情を知っちゃうと、どうにもエリザベスが、いや、この場合はテスター家か?
が仕掛けたんだなぁ~って、わかっちゃうよねぇ~。
はぁ、なんでグレイの両親はわかんねぇんだよぉ~」
その言葉にチャックの表情も可哀そうなものを見るような視線を輪廻に、いや、グレイに向ける。
「この話の流れだと、完全にグレイって道化にされてるよねぇ~。
サイクス子爵家の乗っ取りならまだしも、ミッシェルの行動からすると子爵家の取り潰しを目的にしてる可能性の方が高いんじゃないかな?
その上で領民を虐げる方法を取るなんて・・・」
輪廻の感情が憐憫から義憤へと昇華される。
「リンネ、それ以上は言わなくていい」
輪廻は顔を伏せたままだ。
少年の純情は弄ばれ、婚約させられた。
挙句の果てに両親が死ぬとサイクス家を陥れるような策略が張り巡らされ、幼い復讐心さえ利用される。
「あんまりじゃないか?」
その言葉にチャックは断腸の思いで言葉を紡ぐ。
「輪廻。
私達は人魔戦争に勝利し、人類の未来を切り開くためにここに来ている。
一旦、グレイ個人の幸・不幸ついては考えないようにしないか?」
「だけど、ミッシェル含むテスター家を糾弾すればエリザベスもその糾弾対象になって新婚早々離婚待ったなし!
かと言って手を拱いていればサイクス子爵家は未曽有の危機に陥り、魔王軍の侵攻にも負け確定で凄惨な末路に一直線。
精神的に終わるか物理的に終わるかの二択って・・・グレイの人生、完全に詰んでない?
なんでこんなにひどいの?」
どこか投げ遣りになったように輪廻が愚痴を溢すが、チャックは冷静に分析する。
「このまま魔王軍の侵攻で歴史通りに負けてしまえばグレイの人生もまた歴史通り凄惨なものになってしまう。
それよりもこの初戦で取り敢えず勝てば彼の家は守られ、王国も救われる。
そうなれば彼の人生だって非業の死を遂げる可能性は限りなく低くなるはずだ。
そうなればその後の彼が幸せになる可能性だって生まれるはずだ。
なればこそテスター家を排除して少しでも勝率を上げる方がいいのではないかね?」
しばし沈黙が流れるが、溜息と共に重い口調で輪廻が答える。
「確かにチャックの言う通りだよね。
このままじゃグレイの実家どころか人類全体がおわっちゃうんだ。
そんな事になるくらいならテスター家を排除してエリザベスとの破局を迎えたとしても、未来の可能性に賭けた方がグレイにとってもいい・・・はずだよね?」
「あぁ、その通りだとも、幸いグレイにもまだ頼れる大人は居るからね」
「頼れる大人?」
「剣聖 ロイ・アーマライトとチャベスさ」
その言葉に輪廻も「あぁ」と納得し、「警備隊のみんなは?」と他の可能性も確認する。
「確かに、動かせる味方としては警備隊も含めていいだろう。
復讐に燃えていたグレイは警備隊員達との距離も近かったからミッシェルとやらもおいそれと手は出せなかっただろうからね。
ただ、この8年以内に警備隊に入ってきた人物には警戒する必要があるだろうがね」
「うん? スパイってこと?」
「その通り。
警備隊の予算が削られ続けてギリギリの運営をしているのに人員補充できるなんておかしいだろう?」
「確かに怪しいな。
と言うかなんで気付かないんだよ。
グレイって無能なのか?」
「いや、無能だったら人魔戦争で活躍なんてできないよ。
それだけ周りの人間を信じていたんだろう。
もしかしたらこの裏切りがあったからこそあそこまで非情な作戦を取り続けることが出来たのかもしれない」
「ふむ、つまりエリザベスを含むテスター家の悪辣な罠に引っ掛かった事で人間不信に陥って誰にも心を開かない復讐鬼になったってこと?」
「いや、テスター家の陰謀が成就する前に魔王軍の侵攻で全てを失ったのかもしれないね。
その所為でグレイはテスター家の裏切りを知らずに全ての憎しみが魔王軍に向いて非情な復讐鬼になったのかも・・・」
その発言に二人は溜息を吐く。
「どちらであってもグレイにとっては堪らないねぇ・・・」
益々グレイの不幸度が跳ね上がる。
それでもなんとか今後の行動方針を煮詰め、明日に備えて輪廻は眠るのであった。




