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十二の試練  作者: 笹の葉
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第17話 警備隊詰所

 翌朝、輪廻がロイに連れられて警備隊詰所に向かうと色々な人から声を掛けられた。


 どの声も温かみがあり、グレイが慕われているのが輪廻にもよくわかる。


 だが、輪廻からすると見知らぬ人達に突然声を掛けられるのだから堪らない。


 それも記憶の件を一々説明するのも大変だ。


 結果、曖昧な笑顔で適当に言葉を濁し、四苦八苦しながらやり過ごす羽目になった。


 そんな輪廻の横でその遣り取りをニヤニヤとした笑い顔で眺めている男に苦情を呈する。


「ちょっと、ロイ!助けてくれても良いじゃないか!」


 そう言うと笑顔のまま言葉を返される。


「いやぁ、楽しそうに話していたから気を利かせたつもりだったんだが、悪い事をしたな。

 次からは気をつけるよ」


 言葉は反省の色が伺えそうな内容だったが、その声色や表情からは「次も気付かない振りをします」と言った内心が透けて見える様であった。


 輪廻は自分の周りを漂うチャックにも目を向けるが「私にはどうにもできない」とお手上げをされて縋る神を失った。


 輪廻は溜息を1つ吐くと、諦めて色々な人物との初めてなのに初めてじゃない対面を続ける。




 そんな事を幾度となく続けているとようやく目的の執務室に辿り着いた。


「ここが警備隊の執務室だ。隊長のリヒト君は中にいる。さぁ、挨拶をしよう」


 そう言ってロイは気軽に扉をノックすると。


 野太い声で入室を許可する返答が返ってきた。


「失礼するよ」


 軽い口調でロイが挨拶をすると扉を開け、スルリと中へと入って行く。

 輪廻はそれに続くように警備隊の執務室に入って行くと、書類から目を上げてこちらを確認する30代位の男性が居た。


「グレイ様!」


 その表情は喜びと安堵が入り混じっていた。


「あー、リヒト君。その件なんだが、少々困った事になっていてね。説明するよ」


 そう言うとロイはリヒトに事の顛末を掻い摘んで説明した。


(にわか)には信じられんが、本当に記憶を失っておられるのか?」


 リヒト隊長がグレイに視線を向けると、輪廻は申し訳なさそうに頭を下げる。


「申し訳なく思ってはいるんですが今ロイが説明した通りで、記憶がないんです。リヒト隊長」


 その回答を受け、リヒトは恐縮した様に言葉を返す。


「グレイ様。それでは暫らく警備隊の仕事は休まれてはいかがですか?」


「いえ、警備隊に復職します。ロイとも相談したんですが、元の生活をなぞる事で記憶が戻るかもしれないので仕事に復帰する事にしました」


 輪廻は事前に考えていた言葉を話すとリヒトも納得した様だったが、少し心配そうな顔をする。


「事情はわかりましたが、そうなると実務も一から覚えなおすと言う事ですね」


「まぁ、そうなりますね」


 そう答えるとリヒトは少し考えてから答えを出す。


「ふむ、それでしたら元々率いていた第2中隊に復帰して頂いて仕事については副官のシェリーからお聞き頂くと言う事でどうでしょう?」


「仕事についても何も覚えていないのでそれでお願いします」


 輪廻は無難な返事を返し、ついでにロイも同行する事をお願いするとリヒトはそれを歓迎した。


「今のグレイ様の状況を一番詳しく知っておられるロイ先生が傍に付いて下さるのであれば私としても安心です」


 そう言うと輪廻達を連れて部屋を出た。

 向かった先は第2中隊の詰所。

 詰所内では書類仕事をする数人が机に齧り付き忙しなく働いていた。


「シェリーはいるか?」


「はい?なんでしょうかリヒト隊長」


 返事をしたのは薄茶色の髪を後ろで束ねた真面目そうな女性だった。


「今日からグレイ様が隊に復帰される」


「本当ですか!それは良かった」


 そう言って喜色を浮かべるシェリーにリヒトが告げる。


「ただ、少々問題があってな、グレイ様は今記憶が無いのだ」


「はい?!」


 頓狂な返事をしたシェリーに対してリヒトが説明すると、彼女も納得した様子で輪廻を窺うように見てきた。

 輪廻は苦笑で帰すと「よろしくお願いします」と一言告げると、彼女は恐縮した様に畏まり「は、はい!」と敬礼を返してきた。


 そうして輪廻はシェリーから仕事を教わる事となった。




 警備隊の任務は主に3つ。


 1つ目は街の中での任務で街中の犯罪を取り締まる役割だ。

 現代日本で言う所の警察のような役割である。


 2つ目は街の外の巡回任務だ。

 こちらは砦の防壁の老朽化の確認や街道沿いを主に警邏するのだが、魔物に襲われる事もあり少々危険が伴う。


 そして3つ目は討伐任務だ。

 モスクの街の周辺はアーリアの森が近い事もあり、魔物の出現頻度が高い。

 なので定期的に魔物狩りを行っている。

 もちろんアーリアの森を刺激しないように森のごく浅い地域のみに限定している。


 まぁ、偶に馬鹿な冒険者が森深くまで踏み込んで大物を連れて来ることもあるが何とか警備隊が討伐ないし撃退出来ていた。



 この中でグレイが担当していたのは2つ目の巡回任務。

 輪廻はシェリーから巡回任務中の経路や行動方針等、基本的な事を教わった。


 そうして教わりながら防壁を見て回ると幾つも老朽化が進み罅が入っている個所や少し崩れて穴が空いている個所が見つかった。

 それをシェリーに話すと「あれくらいなら大丈夫ですよ」と言って補修届を出さなかった。


 その様子を見て輪廻とチャックは「これは不味い」と感じた。

 そして数日が経ち、輪廻も慣れて来た頃、輪廻はリヒトに防壁の補修をするよう交渉していた。


「リヒト隊長。私が復帰してから見ただけでも15か所はひびが入っており、6か所で小さいですが穴が開いていました。これは補修する必要があると思います」


「いや、グレイ様。それ位のものでしたらまだ補修する必要はないですよ。今までも問題ありませんでしたし、大丈夫ですよ」


「しかし、あの穴が空いた箇所に魔物が突進をすれば防壁が崩れる可能性があります。それに崩れなくても穴が広がり魔物が入り込む可能性もあります。そうなってからでは遅い」


「グレイ様の意見は御尤もですが、我々に与えられた予算では・・・」


 そう言ってリヒトは頭を悩ませる。


「予算?防衛費が足りないのですか?」


「えぇ、ここ何年かは魔物の襲撃も減っておりまして、その分防衛費が削られているんです」


「8年前にドラゴンに私の両親が襲われたのでしょう?!」


「そうなんですが、それ以降は大規模な魔物の襲撃が無いもので・・・」


 そう言い淀むリヒト隊長は困った顔をする。


 輪廻もどうしたものかとチャックの方を向くと、チャックが口を開く。


「リンネ。防衛費の年間収支の台帳を10年分くらい見せて貰えないか?」


「どういう事?」


 小声で輪廻が聞き返す。


「防衛費が削られているなら台帳を見れば一発でわかる。横領なんかもあればすぐにわかる。昔から予算の遣り繰りはお手の物だったからね」


 そう言うと頼もしく見える笑みをチャックは浮かべた。


「すいません。防衛費の年間収支がわかる台帳を過去10年分ほど見せて頂けないですか?」


 そう言うとリヒトは目を丸くして答える。


「え?えぇ、別にかまいませんが・・・あ!横領とかを疑っているのですか?

 天地神明にかけて私はそのような事は致して居りませんよ!」


「隊長を疑っている訳ではありませんよ。防衛費が削られている事を確認したいんです」


「そう言う事でしたらわかりました。今すぐ持って来させます」


 そう言うとリヒト隊長は事務官の1人を走らせる。

 そうして暫らく待つと書類の束を持って帰ってきた。


「これが10年分の防衛費の収支報告書です」


 そう言って輪廻に手渡すと事務官は元の仕事に戻った。


「リンネ、私は触る事も出来ないから君が捲ってくれよ」


「わかったよチャック」


 そう言うと輪廻は自分に割り当てられた部屋へと戻り、チャックと一緒に10年分の収支報告書を調べる事にした。







 そうして3日ほど書類と睨めっこをした結果、輪廻とチャックは所々細かい書き間違いを見付けた程度で大きな不正の痕跡は見付けられなかったが、防衛費が削られている実態は掴めた。


 具体的に言うと8年前に比べ防衛費はほぼ半分になっていたのだ。


「チャック。これっておかしくないか?」


「あぁ、これは有態(ありてい)に言っても不自然だ。こんな最前線の街の防衛費がたった8年で半分に削られるなんてありえない。私が領主なら絶対にしないだろう」


「と言う事はもっと上の方で不正があるってこと?」


 素直な疑問をチャックに向けると、チャックは痛ましそうな顔で頷く。


「その可能性が非常に高いな・・・」


 2人の意見が一致した。

 こうなるとグレイの警備隊副隊長としてではなく領主としての権力を用いて不正を暴く必要が出てきた。


 極力グレイの生活を壊したくない2人は溜め息を吐くと、次の手を打つべく作戦会議をすることにした。




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