第15話
目を覚ますと、目の前には一人の子供がいた。
5歳か6歳位かな? 身体のサイズには不似合いな大きさの木剣を持っている。
持っている木剣は振られる事なく正眼に構えられている。
その子供はどことなくグレイに似ていた。 と言うより、グレイの子供の頃の姿なのだろう。
それにしても、剣の稽古にしては全く動かないな? と輪廻が思うのが速いか、輪廻の意識はその子供に吸い込まれて行った。
「おぉ? 何だこれ? お、重い・・・」
輪廻は突然子供になっており、重い木剣を構えていた。
既に腕は木剣を支えるので手一杯の状態だったので意識が輪廻に変わった途端に重さに耐えられず落としてしまう。
「グレイ、今日は惜しかったね。 後ちょっとで素振りに入れたのにね」
そう言って優しそうな女性の声が聞こえたが、姿は見えない。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!」
輪廻の・・いや、グレイの口から悔しそうな叫びが上がる。
「ふふふ、グレイ。貴族としてそんな声は人前で出してはだめよ」
同じく女性の声で窘められる。
「ごめんなさい。お母様・・・でも、悔しいです」
そう言って謝りつつも悔しそうな顔をするグレイに女性は優しく語りかける。
「わかってくれれば良いのよ。それに剣を保持する時間は少しづつ延びているんだから成長しているわ。さぁ、訓練はまた明日にしましょう」
そう言った女性の言葉が切っ掛けになったのか、輪廻は次の場面へと飛ばされる。
今度は木剣を持ち上げるところからだった。
グレイが木剣を構えると、また女性の声が聞こえる。
「グレイ、剣先は相手の喉元、相手の中心に向けるのよ。足は前後に開いて、そう、そのままよ。そのまま1時間よ。それでは始め!」
そう女性が言い、グレイはそのままの姿勢を保持する。
子供のグレイにとって、その木剣は大きく重い。同じことを輪廻も体感しているのだが、かなり重い。
姿勢を保持して20分も経つ頃にはグレイの両腕は限界に近付く。
それでもグレイは必死に木剣を持ち続ける。
輪廻も同じ苦痛を感じて必死になるがこれはグレイの記憶なので体は動かない。
そうして輪廻はグレイの幼い頃からの戦いに連なる記憶を追体験して行く。
それは輪廻にとって非常な苦しみの始まりだった。
グレイが休憩に入った瞬間、休憩が終わった次の訓練へと切り替わる。
一日の訓練が終わった瞬間、次の日の訓練に切り替わる。
そうして輪廻は休む暇なく次々とグレイが何年もかけて培った戦いの記憶を体験していく。
もう、勘弁してくれ! 俺も休みたい・・・ それが輪廻の本音だった。
そんな中、2年程追体験した頃、一人の少女がグレイの訓練風景を眺めていた。
誰だろう? そう輪廻が考えていると、少女が話しかけてきた。
「ねぇ、グレイはなんでそんなに剣の稽古をしているの?」
少女の素朴な疑問にグレイは答える。
「強くなるためだ」
その答えに少女は不思議そうに疑問を連ねる。
「なんで強くなりたいの?」
「大切なものを護るためだ」
答えながらも剣を振り続ける。
「大切なもの?」
「そうさ 父さんや母さん、チャベスとかこの街の人達を守れるように強くなりたいんだよ」
グレイはそう言いながらも真剣に木剣を振る。
「でもグレイのお父様やお母様の方がグレイより強いじゃない」
「だから父様達を超える為に稽古をしてるんじゃないか」
「ふぅ~ん・・・ ねぇ、それなら私も守ってくれないかな?」
良い事を思いついた! と言った表情で少女はグレイにお願いするが、グレイは素気無い答えを返す。
「え? なんで?」
少女のお願いにグレイは困惑気味の顔を少女の方に向ける。
「もう! 紳士なら淑女たる私を守ってくれてもいいじゃない!」
「う、うん。いいよ。君の事も守るよエリザベス」
顔を真っ赤にして怒る少女にグレイは気圧され、了承する。
「ありがとうグレイ! 約束よ」
そう言うと、先程までは怒っていたのに満面の笑顔を向けてくる少女にグレイはドキリとしながら再度誓う。
「あぁ、父と母と我が剣に誓うよ。エリザベス 君の事を守ると・・・」
そう言うとグレイは木剣を地面に突き差し、剣を握る左手を右手で包むように合わせ、片膝立ちになるとエリザベスと呼んだ少女に向けて一礼する。
それに対し、嬉しそうにエリザベスも一礼を返した。
子供ながらに誓いの儀式をした2人の頬は朱を差したように赤くなっていた。 微笑ましい光景に疲れ切っていた輪廻もニマニマとした笑顔になるが、次の瞬間にはまた別の記憶へと引きずり込まれる。
そんな経験が4・5年続いただろうか、ある日を境に怒りと悲しみ、恨みの感情がグレイの心を激しく支配していく。
そしてグレイの振る木剣は乱暴に、乱雑に振り回され、輪廻にもわかるほど剣筋が乱れていた。
そして時を同じくして指導者が女性からロイに変わっていた。
「グレイ、心を鎮めるんだ。そんな荒れた心のまま力任せに剣を振っていては成長するものも成長しない!」
「無理です! 僕は・・いや、俺は! 俺は・・・ ドラゴンが憎い! 父を! 母を殺したドラゴンが憎い! ドラゴンを殺す! その事しか考えられない・・・」
そう言って憎しみを隠そうともせず、その怒りや憎しみをぶつける様に木剣を振るグレイにロイは諭すように語りかける。
「怒りや憎しみを捨てろとは言わない。 怒りや憎しみの様な負の感情が力になることもあるのは事実だ。
ただ、感情ををそのまま叩き付けるだけでは剣が曇るだけなのだ。 剣が曇れば動きが硬くなる。 そうなれば十全の力など発揮する事はできない。
戦いの場では常に冷静でなくてはならない。強い感情は意思の力で心の奥底に仕舞い込むのだ」
「どうやって?! 俺は今すぐにでもあのドラゴンを殺してやりたいのに!」
「ふむ、今の君では無駄死にするだけだ。実力を知る為にも実戦形式の稽古をするかね?」
「お願いします!」
そう言ってロイに挑むのだが、グレイはボロ雑巾のように打ちのめされる。
同じ経験をさせられる輪廻も体中の痛みに打ちのめされていた。
「ふむ、私に手加減されているのにこの為体じゃ、ドラゴン退治など夢のまた夢ではないかね?」
「・・・」
「まぁ、ドラゴン退治をするなら最低でも私を超えてからでないと犬死にしかならない。
まずは私を超える事だ」
その言葉を最後に輪廻はまたも別の記憶へと引きずり込まれる。
そんな事を繰り返し、輪廻は戦いの記憶と経験を重ねて行った。




