8話 はぐれ魔王、紅茶を楽しむ
僕はアルス・フレイだ。勇者なんて肩書をもらってはいるけど、僕にそんな自覚はない。
勇者としての責任なんて背負いたくもない。しかし、勇者として力を振るうことができるのはこの世界で五人いるかいないかだ。否応なしに僕が動くことを強要される。
そんな立場で魔王を討ちに行くという名目のもと、この城塞都市アルベールに赴いたのだけれど、そこで僕は彼に出会った。
彼は魔王だ。そんな魔王がどうしてこんなところにいるかは知らないけれど、彼は僕に道を示してくれた。
僕は勇者で、戦争に行けと言われたら戦地へ向かい、自国を守るために他国の兵士を切る人だ。
人を斬るというのに、何が勇者か。その国の兵士にも家族はいたことだろう。その悲しみがまた争いを生むというのに。
なぜ僕がこんな事をしなくてはならないのか。なぜ力を持ってしまったのか。それに悩まない日は無かった。
誰かに一言言って欲しかった。上辺だけの言葉じゃない、心のそこからの言葉。休んでいい。無理はしなくていい。もっと自分を大切にしていいんだと。
その言葉をかけてくれる人はいた。しかし総じて皆がかける言葉は軽く羽のようなものでしかない。僕の目が、勇者の目が、彼らの嘘を見通してしまうから。
そしてそのうち僕の周りからは人は消えていった。誰しも心の内を見られたくないだろう?
そんななか、やっとその言葉を、心の底から思って、僕にくれた存在が現れた。
よりにもよって魔王だ。人類の敵からだよ。笑えてくる。
でも、魔王だろうと何だろうと、僕が求めていた以上の言葉をくれたのは彼だ。そのときの僕の気持ちは、言葉じゃ表せないね。
彼は僕を手伝ってくれるとまで言ってくれた。仲間になってくれると。僕が求めてやまなかったもの。
だから僕は決めたんだ─────
〜〜〜〜〜〜〜
「ここが僕の部屋だよ。ようこそっ!そこのソファーに座ってて?今お茶を持ってくるから。」
ものすごい上機嫌でリビングをあとにするアルス。ウォーウルフだったら尻尾が千切れそうなくらいブンブンしてるんだろうな。
「あー、お構い無く。」
「駄目だよ!大切なお客様なんだから!」
しばらくしてアルスがカチャカチャとティーセットを手に現れた。
「ふふふん、魔紅茶を入れるのは得意なんだよ!なんせ光属性だからね!」
魔紅茶とは注ぐときに魔力を込めることで、属性にあった色合い風味となる。紅茶なんて言われているが、水属性なら青色の澄んだ紅茶…?になるし風属性なら、緑色の爽やかな風味のお茶になる。火属性は紅く渋い。土属性は…黄色で薬のような味になるので好まれてはいない。
「じゃあレム、いくよ…?」
「うい、楽しみにしてる」
アルスがティーセットに魔力を込める。おお、白く光ってるな。きれいだ。
魔力を込めること数秒。アルスが手を離した。
「ん…ふぅ…。できたよ」
「おお、ありがとさん」
トポトポとティーカップに魔紅茶を注ぐと、魔紅茶は白くなっていた。驚きの白さだ。真っ白だ。本当に紅茶なのかこれ。
しばらく眺めてから、口に入れる。口当たりは滑らかで、甘く優しい味に変わっていた。
「うまいな!すごいぞ!魔紅茶ってこんなに甘いのか!知らなかったぞ!」
「えっへへー、でしょでしょー。…ていうか今気付いたけど平気なの?」
「何がだ?」
「だって一応光属性入ってるし…魔王の弱点でしょう…?」
「あー、でもなんか平気みたいだ。しっかし、光属性、羨ましい。こんなに甘くなるなんて…。」
俺が作るとこうはいかない。闇の魔力を注ぐと大変なことになるのだ。
「闇属性の魔力も注いでみてよ。ちょっと気になるんだ」
「止めといたほうがいいと思うぞ。」
「えっ…そんなに?でも、でもお願い!」
そこまで言われたら仕方ない、やってやるか。
まず右手をティーポットにかざし、魔力を込める。手から漆黒の魔力が流れ出し、ティーポットが激しく揺れている。もう駄目な気がする。
「なんかやばくない…?」
「安心しろ。いつものことだ。」
魔力を流すのをやめ、勇者のカップに魔紅茶を注いでやる。ポットの先から真っ黒の液体が流れ出した。
「さあ飲め?頼んだのはアルスだからな?しっかり飲み干せよ?」
「う、うん。いただきます…!」
意を決したようにカップの中身を口へ流し込むアルス。そして机に突っ伏した。
「レムの…苦い…。苦いよ…っ。」
「だからやめとけと。」
なぜ忠告を聞かない。完全な自業自得じゃないか。
「でもほら…っ。ちゃんと飲んだよ!」
顔が赤いし気持ち悪い。やっぱりなじられて喜ぶ類の生き物なのか。
「レムのは魔紅茶っていうか魔王茶だね。全く美味しくない。ていうかダメージ受けてるからこれ。」
どうやら生命力が削られたらしい。生命力が尽きればヒトも魔物も死ぬ。魔王茶やべーな。
「でも、なんでレムは光属性でダメージを受けなかったんだろ。」
「どうだろうな。意外と俺が勇者に選ばれてるからかもしれないぜ?」
「それはないよー。勇者ってのは人だけのものだし、光属性も使えないでしょう?」
そりゃそうだ。俺に光属性は使えない、ていうか知らない。光属性は魔族全体にとって弱点であるから俺にメリットらしいメリットもないしな。
「回復魔法も光属性専門だからねー。回復魔法が他の属性でも使えればいいのに。【ヒール】。」
「何だそれは、回復魔法?始めてみた。」
「僕は聖女じゃないから使えてヒールくらいなんだ。だからさっきの魔王茶のダメージも癒やしきれないしね。【ヒール】、まだだめかぁ。魔王茶僕じゃなかったらやばかったんじゃ…。」
なんか体がもぞもぞする。アルスのヒールにあてられたか…?これが光属性なのか?
「その【ヒール】ってのは…っ!?」
「レム…!?」
急に俺の体から光が放たれアルスの体を包む。黒く光る闇のような光だったが、大丈夫だろうか。
「治ってる…嘘…。すごいよレム!なんで光属性を使えるの!?」
「これが…?よくわからないが…俺も光属性を使えるのか?」
俺も光属性を使えてしまった。理由はわからないが使えてしまったのだから仕方ない。
「僕の魔紅茶を飲んだからかな…?でもそういう人はたくさんいるんだよね…。わからないや。」
「他には治癒魔法はないのか?」
「あ、聖女が使うものとしてはエリアヒールってのがあってね。指定した場所にいる対象の生命力を回復するものがあるよ。聖女しか使えないんだけどね。」
アルスに聞いたら、聖女というものは世界各地に生まれる勇者の一人で、治癒魔法に最も秀でてるものが聖女と呼ばれるらしい。
ちなみにアルスは勇者のうちの「勇者」というものらしい。他の勇者の技をオールマイティに使えるらしい。治癒魔法などは大幅に制限されてしまうが戦うぶんには勇者中最強と呼ばれるという。
「指定した場所の治癒魔法の設置…【エリアヒール】」
「わ、と、んん!」
アルスの足元周辺が暗い光を放っている。成功…なのか?
「レムすごいや…色は違うけど、エリアヒールだよ。」
成功したらしい。だが、何故?勇者の中でも聖女しか使えないという治癒魔法を?わからないことだらけだ。
「じゃ、じゃあこれは!【付呪:ホーリソード】!」
勇者が自分の剣を抜き魔力を込める。すると剣の刃に薄くベールのようなものが浮き出てきた。これは光属性の付呪魔法で、剣に光属性をプラスするものだとか。
「付呪、ホーリーソード。……出ないな。【付呪:ダークソード】、こっちは出るのか。」
闇の付呪は上手くいったようだが、光属性はそうではないらしい。
「あつっ、その剣なんかヒリヒリする!消して消して!」
「ああ、すまんな。勇者にも闇魔法は弱点だったか。【ヒール】」
ヒールは便利だ。相手に怪我を負わせてしまっても治すことが………っ!?
「が…ぐ…ぁ…あ…ああ…っ」
「どうしたの!?レム!レムったら!ねぇ!」
急に頭が割れるような痛みが俺を襲う。だめだ…意識が…
アルスくんまじやべーな