6話 はぐれ魔王と英雄
「ここが英雄の宿だ。まあ、こんな恥ずかしい名前をつけたのはロイなんだが。奴からの紹介なら仕方ない。こっちだ。」
バーのマスターは立ち上がると俺らについてくるように指示をしてきた。バーカウンターの中にだ。
「この下に宿に続く通路がある。入りたいときと出たいときは教えろ。」
マスターは床下収納の蓋を開けた。その下には階段が続いており、隠し通路となっているようだ。少しワクワクする。
「あの、料金はどれくらいかかるんだ?残念なことに俺は無一文でさ、ティア…この子に払ってもらうしかないんだ。」
人間の通貨なんて持ってない。だからティアに払ってもらうのだけれど、あまり高いと少し肩身が狭いからな。ただでさえ特殊な宿だ、少し割高なんじゃないかと思うと不安になる。
「ここの料金はロイから全部もらってるから気にするな。あいつが気に入ったのを送ってくるだけだしな。」
「ロイって何者なんだ…。まあ、ここはお言葉に甘えさせてもらうよ。」
ただだというのならティアの負担も少なくて良さそうだ。逆に怪しい気もしないでもないが、ロイの人柄から俺はこの宿はそういった類のものではないと信じたい。
「これは部屋の鍵だ、荷物をまとめてこい。」
そう言ってマスターはティアラの装飾が施された銀色の鍵を手渡してきた。この装飾と同じ装飾がされている扉が、俺達が使える部屋らしい。
「ん…。部屋…ひとつ?」
ティアがいつもより顔を不機嫌そうにしかめた気がするが…どうしてだろう?
隠し階段を降りた先は暖炉がある暖かい談話室になっていた。今の季節は冬なので、暖炉の魔法の火が暖かく光を放っている。その前にはソファーがテーブルを挟んでおいてあり、ヒトが歓談できるようになっているのだろう。
その部屋から一つ扉を隔てた先が廊下になっており、その廊下にクラウンや宝石、両手剣などの装飾がされた扉がかなりの感覚を開けて並んでいた。
「あったあった、ここだ。」
さっきマスターにもらった鍵のティアラマークがついた扉に、鍵を通して開けた。鍵は差し込むと光を放ち、カチャという音が解錠を示していた。
「レム、広いよ…?」
「そうだなー。俺の部屋より広いかもしれないなぁ。」
魔王城の俺の部屋は、俺の好みから少し狭い部屋になっていたが、ここの部屋はその倍はあった。
派手すぎず、かつ無骨すぎず。艶のあるアンティーク調の家具は、部屋に落ち着きを醸し出していた。しかもこの部屋はリビングだった。ということは別に寝室があるのだろう。
「レム、こっちに寝室あったよ…?」
「お、どれどれ。」
寝室は広すぎず、落ち着いて寝ることができそうだった。クロークも完備で、ベッドもキングサイズのベッドだ。うん、魔王にふさわしいじゃないか。
「ベッド…一つ…」
「一緒に寝るか?」
「んんん…レムは、なにも思わない…の?」
「ん?これだけあれば二人でも十分スペースはあるだろ?」
「そっか…。ならいい。」
ティアが安心したような、譜に落ちなさそうな顔をした。そんな顔初めてみたぞ。
「じゃあ荷物、方付ける。外出てて…ね?」
「え…なんで出る必要があ「でてて…ね?」すみませんすぐ出ます。」
何か見せられないものでもあるのだろうか、頑なに外に出そうとして譲らないし、談話室で時間を潰すことにしよう。
〜〜〜〜〜〜〜
談話室に向かうとソファーに誰かが座っていた。
「前、座ってもいいか?」
「ああ、大丈夫だよ。」
そのソファーに座るヒトが振り向く。ん…こいつ。
そのヒトもこちらを見て気づいたようだ。赤い瞳の目を大きく広げ固まっている。
「勇者…か」
「魔王……なのかい?」
彼とは初対面だ。しかし、それでも、魔王と勇者というものは腐れ縁と言ってもいいほど、密接な関係にあるからな。勇者と魔王は会えばわかる。親父にもそう言われたことがあったけど…本当だったとは。
勇者であろう彼は白い髪の毛に赤色の瞳をした小柄なヒトだった。固まったまま動いていないが…敵意はまだなさそうだな。
この状況つい最近あった気がするんだが…あのときの俺とはもう違うということを見せてやろう。
「勇者、まず一つ言おう。俺に敵意なんてない。これっぽっちもだ。俺は戦いなんてしたくないし、むしろ寝てたい!ヒトなんて興味も…すこしは…いやめっちゃあるな。でもそれは純粋な興味だ!そもそもな!ヒトも魔物も変わんないんだよ!みんなそれぞれの生活を持って、家族がいて、生きてるんだよ!だから話をしようぜ?戦いなんて…争いだなんて…なんだか無駄じゃないか…?俺自身、何かをしようなんて思ってないから!」
ふぅ、これで完璧じゃないか?めちゃくちゃ早口で捲し立てた気がするが、勇者の顔を見る限り反応は悪くなさそうだ。てか笑うなよ。
「ふ…ふふ。面白いね、君。それに珍しい。モンスターは人嫌いの心があるんじゃなかったっけ。でも、こうやって話ができるなんて思ってもなかったよ。」
おお…これでいきなり魔法をぶつけられたりとかもしないですむな。成長したな、俺。
あのティアのテンペストアローってやつが攻撃だって知ったとき少し悲しかったしな…。
「僕はアルスだ。アルス・フレイだよ。みんなには勇者とか呼ばれちゃってるね。困ったものだよ。本当に…。」
勇者アルスはそう言って手を差し伸べてくる。これが人の挨拶…なんだよな?
「俺は魔王レム・ウィスプだ。まあ、この肩書も元がつくけどな。今は魔王より放浪者ってところだ。この世界を見て回ろうと思ってる。」
「レム、うん、覚えたよ。こんなところで魔王に会うなんてね…。面白いこともあるもんだ。実は僕は魔王を討つためにこの街にいるんだよ?今は準備期間だったんだ。」
「まてアルス!早まるな!落ち着こう、な?」
なんてことを言い出すんだ!俺がさっき懇切丁寧に無害をアピールしたところじゃないか!
「落ち着くのはレムの方じゃないかなぁ…?でも、少し誤解をしてるよ?僕はそういうふうに命令を受けて来たってだけ。僕の気持ちはそこには入ってないんだ。」
「ん…。つまりどういうことだ…?」
アルスの言ってる意味が少しわからない。
「つまり僕は魔王を討つためにいるけど、そんなつもりは毛頭ないってこと。流石にモンスターが攻めてきたらこの街を守るくらいはさせてもらうけど、そんなことは最近はなかったしね。」
「どうして…魔王を殺すつもりがない?勇者と魔王の確執は昔からあるものだろう?」
「僕はね…その関係に飽き飽きしてるんだ。勇者だから魔王を討つ?魔王を倒したとしよう、その後に人が恐れるものって何?僕達勇者なんだよ?勇者を迫害し、あまつさえ殺してしまう。先代勇者は、表沙汰では病死になってるけど、僕は…知ってしまったんだよ。人の闇を…。その臆病さをね。」
魔王一族も、勇者によって滅ぼされたことは何度もある。逆に勇者を滅ぼすこともある。
魔王一族とは、魔物の中のある種族が突然変異を起こして生まれるものだ。今の魔王一族はウィスプによるものとなっているが、その前はデュラハンという種族が魔王領を統治していた。
しかしデュラハンによる魔王一族は勇者によって滅ぼされ、ウィスプから魔王が出ることになったのだ。
新しい魔王が出るまで100年のスパンが開くが、その間にヒトの中ではひと悶着あったようだ。
「俺ら魔物は仲間には敬意を持ってる。力を持って生まれたやつには敬いの心を、逆に強いやつは力が弱いものを守る。そうやって魔物は生きているんだ。その俺らからすると、ヒトの気持ちはわからないよ。」
ヒトはそうではないみたいだ。魔物はすべての種族がある程度の力を持つ。しかし彼らヒトは、強い者と弱い者の差が歴然としているらしい。結果、弱者は飛び抜けた強者を恐れてしまう。
「僕は、もう疲れたんだよ。上部の自分のことしか考えてない国王貴族の重圧も。命令で殺すことになったモンスターのことも。…人同士の争いに、この力を使わなきゃいけないことも。笑ってくれ。勇者と呼ばれながらも、こんな無様を晒す僕を。人もモンスターも傷つける僕を。」
「……。」
「…ごめんね。知り合ったばっかなのに、こんな事…。もしかしたら、モンスター側の君に聞いてほしかったのかもしれない。それで少し許された気になっているのかもしれない。」
「…笑わねぇよ。それでもお前さんは力を持ってる。力を持つっていうことはそういうことなんだよ。誰かを守るってことなんだよ。お前さんはヒトを魔物を傷つけただけか?本当に…?アルス、お前にだって誇れるものはある。そうだろ?」
魔王として職務を全うしたなんて絶対に思ってはいないが、魔王を務める親父を、それに従う配下を、笑いあって暮らす民を見てるだけだった俺だからこそ気づくものもある。親父は確かに力を持っていた。それでも幾度となく悩むことがあった。自分の命令で散りゆく配下の命。守りきれずに亡くなった民。だが、それでも親父は皆を守ろうとした。
「お前は気負い過ぎなんだよ。辛かったら投げ出していいんだ。お前だけが背負う重荷じゃないんだよ。お前の周りには仲間はいないのか?いなかったら俺が仲間になってやる。だから、悩むな。そんな悲しい顔をするな。」
俺は逃げた。民を守ることも、魔王という責任からもな。だがアルスは違う。彼なりにだが、周りを守ろうとしてきた。そんな彼は俺には少し眩しく見えた。だからこそ、今まで怠惰の限りを尽くした俺が、やり直せるチャンスなんじゃないか。
「自分の最善を尽くせ、アルス。お前が思う、最高でみんなが幸せな世界を求めるなら。俺も手伝う。お前は、どうしたい。」
「………ぐす…っ…。ずるいよ、レム。そんなこと言われたら…逃げられないよ。」
「魔王からは逃げられないんだよ」
「…僕は。みんなを幸せにしたいまでは言わない。ただ…争いをなくしたいんだ。悲しみを生むだけの争いを。その我儘に、レム…、君は手伝ってくれるかな…?」
ひどい顔だ。涙でグシャグシャじゃないか。だが…その心は伝わった。彼はヒトも魔物も関係ない。争いをなくしたいって、その優しい心だけだ。
「魔王が仲間になってやるんだ…これ以上の贅沢はないだろう?」
「ぐす…っ…ふふ…ふっ…。元のくせに…ふふっ…。」
「おまっ…、それはみんな思うのか?なぁ?!」
「ふふ…っ。でもありがとう…。君がいてくれるなら…僕は頑張れるよ。僕も…君にできることならなんでもしてあげる。」
少し頬を赤らめて、アルスはそういったのだった。
アルスは男の子。男の娘でも女の子でもない。