5話 はぐれ魔王、人の街に喜ぶ
急な1人称視点もご愛嬌
「おお!すごいな!…なんていうかすごいな!」
「レム…うるさいよ。」
互いの種族についてティアと話しながら、魔物領と人領に挟まれた大森林を抜けたところで、それは見えてきた。
人領最前線、城塞都市アルベール。その都市を囲う城壁は横幅が見えないくらいまである。高さもここから見ても10m以上はあるんじゃないだろうか。
魔王城にも城壁はあるんだけれど、魔王城は来るもの拒まずの精神からただの飾りにしかなってないんだよな。これだけ大きくて無骨で飾り気のない実用性重視のものは、少し興奮する。
だからティアさん、怒らなくてもいいと思うんだ。
「あれにはいれるのか?」
「ん…なんとかしてみるね」
大森林の中で長い時間会話の時間を取れたからかティアの口調は少し柔らかくなっていた。元ニートの俺でもコミュニケーションがとれてるようで何よりだ。
「具体的には?」
頭が燃え盛っているような生き物は通さないと思うんだが…何か策があるらしい。
すると、ティアが腰のポーチからコートを一着と仮面を一つ取り出した。腰のポーチは魔導具になっていて内容量は百万リットルを超えるとか。ぶっちゃけよく分からないけどたくさん入るっていう認識でいいようだ。
「これ…つけて?」
「これなら一応頭を隠せるけど…大丈夫なのか?」
「ん、へーき」
ティアが取り出したコートは黒を基調として紫の装飾が施されている。仮面も黒が主な色で、両目の部分からは赤い雫のマークが3つついている。魔物の俺が思うのもおかしいかもしれないけれど、これだと怪しまれる気がするんだよなぁ…。
「…魔導師はこんなんばっか…だよ?」
ティアさんは驚きのセリフを仰りやがりました。魔導師がこんなのばっかなんて世も末なんじゃないか。
「…魔導都市マギシャにも行ったことある、こんなんばっかだった。むしろそこの人から貰った」
ティアが説明するには、魔導都市マギシャという都市には魔導師と呼ばれる魔術の使い手が集まっているそうだ。そこでは日々魔導技術の研究や、若い魔道士の育成が行われてると言う。
ティアも風の魔導師であり、魔導師ならそんな地味な格好は駄目だと、マギシャの魔導師に押し付けられたようだ。もちろん、サイズは合っていなかったが。
「今は…転移魔術の研究に躍起になってた…はず?」
転移魔術の研究の最中に、研究員の魔導師が弟子を使って実験を行っているらしい。残念なことに、行き先がまだ指定できるレベルではないらしく、見当違いのところに飛んでしまうことがしばしばあるとか。やっぱりおかしいんじゃないかな。
「レムも、その飛ばされた可哀想な魔導師の弟子…っていう設定?」
「あ、そういうことな」
悲しいことに変人の仲間入りらしい。
「ヒトって仲間を実験に使ったりするんだな…。それで死人も出てるだろ…?」
見当違いの場所に転移させられれば、危険なところに転移してしまうこともあるだろう。
「ん…。でも仲間で争ったりもするし…仕方ないんじゃないの?」
「え…そんなことないけど。魔物は仲間内じゃ喧嘩はしても絶対に殺したり実験に使ったりなんてしない。そんなのヒトだけだ。まあ、俺みたいに悪さをすれば罰せられるけどね。」
「そうなんだ。…話がそれた。気を取り直して門に向かうね…?」
「ん、わかったよ。行こうか。」
門の前まで聞くとその前に立っていた兵士のヒトに声をかけられた。
「止まれ。あー、お前さんはついこの間でてったな?探索者の帰還を歓迎しよう。して、その隣の魔導師…か?こいつは初めて見たが、アレか?」
「ん…アレ。野垂れ死にそうなとこを拾った。」
あれとはさっきも話題に挙がったマギシャの人たちのことだろう。
「そうか…。そこの兄ちゃん、あんただあんた。後ろを向くんじゃない、そう、お前さんだ。その身長と格好で女だったら申し訳ねえが、生きて帰ってこれてよかったな。」
どうやら嬉しいことに向こうから勘違いをしてくれたらしい。しかも同情のおまけ付き。
「この街でしっかり休め、もし腕利きの魔導師で、マギシャなんてもう帰るかっ!とか思ってんだったらこの街で探索者になってくれ。なんたって最前線だからな、戦力は多いに越したことはない。」
探索者…?さっきからチラチラと耳に入るな。ティアに聞けば教えてくれるかね。
「ああ、ありがとう当分マギシャはいいから考えてみるよ、観光もしたいし、探索者ってのも気になる。」
「はっはっは!!探索者に興味があるのか?マギシャ魔導師なのにらしくないセリフだな?気に入った!俺はロイズ・マクスウェルだ。ロイって呼んでくれよな?ここに滞在するなら宿は「英雄の宿」がおすすめだ!絶対にいけよ!それじゃいってこい!」
矢継ぎ早に言葉を紡ぎ、俺らを城壁内に入れてくれた。どうやら気にいられたみたいだ。やっぱり魔物もヒトと仲良くなれるんじゃないかな
〜〜〜〜〜〜〜
それからロイと別れてティアと彼に教えてもらった宿に向かうことにした。
「レム…機嫌がいいの…?」
「ああ!ティアもそうだけど、やっぱりヒトにもいいやつはいるんだよな!こうやって話せるなんて思わなかったしな?」
「ん…そか。」
「にしても、この街は中もすごいな!家か?あとは店か!ギッチギチに詰まってるじゃないか!」
中はヒトであふれかえっていた。大きな幅の通りを一本通して街の置くまで通っているそうだ。その大通りの脇には雑貨店や武器屋、宿屋、何から何まで揃っているように見える。
「ロイが教えてくれた宿は…と。この大通りを通って門から6つ目の曲がり角を左…」
大通りからは左右に道が伸びている。そこには商業施設より住宅地となっているようで、木製の二階建ての家が並んでいた。
「そしたら3つめの角を右……」
大通りから伸びる道から更に別れる細い道に入ると、裏路地と言える様子になってきた。…本当に合ってるのか…?
「この道はほとんど家の裏口とか壁しかない中で…ひとつだけ看板がついてる建物…ここだ。」
「……本当に…?」
木製の1階建ての店…と呼べるか怪しい、古くてぼろ…趣のある建物だが。一応看板はついている。しかしその看板は色あせてしまっていて解読ができない。
「とりあえず、入るか?」
「ん」
カランっと音を立てて扉を開く。おお。中は外から見た感じでは想像もつかない、落ち着きがあり、カウンターも艶があって高級感に満ちていた。
カウンターの向こう側に見えるボトルもきれいに並べられていて、そこには老年の白髪のヒトが一人。まるでバーの様だ。と言うかバーだ。宿屋じゃない。
「いらっしゃい。」
ワイングラスを磨きながらこちらに見向きもしない姿は清々しさすら感じる。
「ここに泊まりたい。平気?」
そのヒトはグラスを磨く手を止めこちらを一瞥し、口を開いた。
「お前はここが宿屋にでも見えるのか?」
まあ、そうですよね。
仕方がないので宿屋の場所に覚えはないか聞くことにしよう。
「じゃあ「英雄の宿」…しらない?」
そう聞いた途端、そのヒトはこちらに向ける目を細め、こちらを値踏みするように少しの間俺達を見る。
「どこでそれを知った。」
「ロイっていう人が教えてくれた。」
「…なるほど。気にいられたのはどっちだ。いや…あいつは変わってるやつが好きだからお前だな。お前は普通じゃない。」
俺を睨んでから言う。この口ぶりからして何か知っているらしい。
「ここが「英雄の宿」だ。」
そのヒトはグラスをおいて立ち上がってそう言った。