2話 はぐれ魔王、ヒトに会う
ーーストンッ
【ウインドアロー】がレッドキャップゴブリンの眉間に刺さる。不意を突かれたゴブリンはその場にドサッと崩れ落ちた。
「…ふぅ。魔王城周辺は危ない…。…でも稼げる。」
一人の少女、いや、少女と呼べるか否かの年齢の容姿をした人物は呟く。だがその人物の特徴的なものはもうひとつあった。
「…なんか、くる。」
なにかを察し、ピコンっと動く長く尖った耳。それは彼女がエルフであることを如実に表していた。エルフの耳はなにかを探しピコピコ動くが、どうもその原因のもとを探すことができずにいた。その存在が余りにも希薄だったのだ。
「レアモンスター?…いや、ザコ?……でもここは魔王城周辺…。」
彼女がここで魔物を倒していることには理由がある。魔物、モンスターと呼ばれる物は、生まれつき強さが決まってくるもので、それが成長することはない。しかし、モンスターは人間よりかなり強く生まれてくる。
逆に人間はどうか。人という部類は、人間という種族のみならず、エルフやドワーフ、獣人などといった種族も含まれている。なぜ、彼らがモンスターに含まれないかというと、成長をするからだ。
彼らはモンスターを殺すことで、その魂を自分に取り込み、自分を成長させることができる。強くなった人間は、さらに強いモンスターを倒しに行く。こうして人間という弱い種は、強くなる。
こうした理由を踏まえると、モンスターが抱く、「人間嫌いの心」は仕方のないことと言えよう。しかし、いつの時代もイレギュラーと言うものは発生するもので…
「ーーーっ!?」
ーーおかしい、耳が反応しなかった、?
エルフは後ろにその存在がいることに気付き、素早く体を反転させ、臨戦態勢をとった。
「や、やぁ、人間。ぼ、僕は悪い魔王じゃないよ!ぶるぶる。」
なぜかぶるぶる震えているそいつはそう言った。しかし、どうしても信じられない。そこに現れたのは、顔が炎でできているモンスター、ウィスプ・エレメントであった。
ウィスプとは言ってはあれだが、雑魚モンスターである。厄介であることは魔法を使ってくることだが、それも炎の色を見れば予想ができるのだ。エレメント、と名前がつく通りに、その属性は、風、火、水、土の四つで、色は順に、緑、赤、青、茶と、とても分かりやすくなっている。
その上使ってくる魔法がこれまた弱い。普通の人間からしたら厄介だろうが、彼女ほど経験を積んだものは余裕で対処できるほどだ。
しかし、彼女ですら、背中に冷たいものを感じていた。
「…紫……?いや、…黒?…そんなの知らない。」
そのウィスプは黒かった。紫がかってはいるが、見るものを引き込んで離さないその色は、美しいとも感じた。
「…レア、モンスター…っ!」
彼女は自分の得意の風魔法に、力を注ぎ始めた。
《レム視点》
「なんかいいことないかなぁ…。ヒトに遭遇するとか。あ、でもいいことではないか。」
そんな風に呟いていると、前に人影が見えた。
「ちっちゃいなぁ…。こんななにもないところで迷子かな?」
俺はその子に声をかけようと近づいた。するとその子は、ばっ!とこちらを振り返り構えを取り始めた。
ーーやばい、弁解しないとやばい。
「や、やぁ人間!ぼ、僕は悪い魔王じゃないよ!ぶるぶる!」
いつもの適当さが出てしまった。やばいなこれ。やばいとか言ってられないわ。
その少女はモンスターではなかった。こちらを見て驚いたようになにか呟く少女は、なかなかにきれいな顔立ちをしていた。きれいに切り揃えられた翡翠色の髪の毛。長さはあまりなく肩に掛かるか掛からないかくらいだ。顔立ちも、多少ムッとしているがそれも愛嬌のうちのひとつなのだろう。服も派手さはなく、動きやすさ重視のものを選んでいる。見たところ武器はナイフだけだがそれは発育がいいのであろう太ももにベルトを巻いて着けてあった。
わかったことはひとつ。
ーー決して迷子じゃないよ!この子!!!
そんなレムの焦りを知ってか彼女は風魔法を繰り出す。
「テンペスト…アローッ!!」
彼女の周りに次々と無数の風の矢が作られる。【テンペストアロー】これは風魔法の中の上級魔法にあたる。無数の風属性を持つ矢が嵐のように対象に降り注ぐ、人間が使うとしても才能がなければ使うことを許されぬ、強力な魔法であった。
彼女はこの魔法を才能だけで習得した。回りが努力するなか、いち早くこれを取得した彼女はエルフの国を出た。彼女は縛られるのは嫌だった。この魔法さえあれば、どんな敵でも討ち滅ぼせる。そしてもっともっと強くなるのだと心に決めていた。しかし。
「…?なんだこれ?」
レムに襲いくる無数の矢は確かにレムの頭に吸い込まれていった。だが、レムはダメージを受けるどころか、元気になっているようだった。
「おお!これすごいな!力が満ちてくるぞ!」
レムは目の前の少女の攻撃が、回復魔法だと思ったらしい。それが、友好の証だとも。
レムは近づく。その少女に。なにもない道でであった、たった一人の友人に。
レムは手を伸ばす。彼女と握手するために。白い手袋をした手が彼女にのびる。
レムは先程彼女がしてくれたことを思い出す。レムはお返しをしようと手に魔力を込める。
魔王である、レム・ウィスプの膨大な、圧倒的支配者の魔力を。
ーー彼女は気を失った。