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はぐれ魔王とはぐれ人  作者: Char0ne
はぐれ魔王
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第一章 はぐれ魔王

1話 はぐれまおう


「はぁ……。」


 なにもない、地平線まで続く道の真ん中で一人ため息をつく。

ボロボロの杖、暗く魂まで吸いとられそうな燃える顔立ち。このようなところに出歩く魔物の男が、魔王だと言って、誰が信じるのだろうか。


「なにも追い出さなくてもいいじゃんかよ…」


 その男の言葉は風にのってなにもない野原へと消えて行く。それが自分が何もかもを失ったことを、否応なしに感じさせる。

 その男は歩みを進める、勿論行く宛などないが、それでも進んでいく。男の心のなかには、昨日までの生活への未練などのこっていなかった。


「とは言え、これからどうしようかなぁ…。住むところもなければ、この場所で生きていけるか自信もないしなぁ…。」


 こと男が、魔王を退位させられるだけではなく、こうして追い出されるに至るには理由があった。

 それはつい先日、魔王城の出来事ーー





ーー坊っちゃん、坊っちゃん!玉座の間で御父様がお呼びですぞ!


 決して魔王にしてはいけない態度で声をかけてきたのは、ほつれも汚れも一切ない燕尾服を身に纏ったゴーストであった。

 ゴーストは、肉体を失った魂がこの世に未練を残し、生まれてくる魔物である。基本的にはどのような生き物からも魂が生まれてくると言うが、未練を残しやすい人間から生まれることが多いと言う。しかし肉体を持っていた頃の記憶はなく、記憶を求め様々なところをさ迷うので人間には恐れられている。


「朝からなんだよ…、もう少し寝かしてくれよ、じい。」

「なりませぬ!一大事でございます!ワタクシもどうにか御恩情をと思ったのですが…。」

「まて…、じい、何があった。」


 きまりが悪そうに立ってはいるが、その立ち姿でさえ何処と無く気品を感じさせる佇まいのこのゴーストは、魔王、その父前魔王との交流が深く、魔王に即位する前からの付き合いだった。

 しかし、いつでも泰然自若を表しているようなそのゴーストですら、どこか焦ったような、落ち着かない雰囲気をかもし出していた。


「話は後でございます!…いや、後でも無理かもしれませんな…。ですが坊っちゃん、どうかお心を強くお持ちになってくだされ。」

「お、おい、それってどういう…。」


 男が再び質問をしようとするが、彼の言葉は届かず、ゴーストは行ってしまった。


「…はぁ。とりあえず行ってみるか。親父のいつもの小言だろう。」


 そう、このように元魔王にあたる父親に呼ばれることはしばしばあった。その度に彼もいろいろ言われていた。魔王としての自覚が足りなすぎる、と。

 それには彼自信も思うところはあったため、言い返すことはなく、ただ聞き流しているだけだった。なぜか。


ーー彼は怠け者だった。


 怠惰の魔王、彼は周りからそう呼ばれていた。聞こえだけはいいが、その言葉の通りであった。

 彼はなにもしなかった訳ではないが、ただ、していたことと言えば自分の寝室でごろごろしたり、庭のマンドラゴラたちに水をあげたり、ペットのケルベロスと散歩に出掛けた位であったので、そう呼ばれるのも仕方のないことと言える。


「さて、じゃあいきますかね。」


 魔王に即位したときに、彼がじいと呼ぶゴーストからもらった杖を持ち、玉座の間に向かった。



 そこで彼は目を疑うことになる。


「我が子よ、魔王、レム・ウィスプよ。なぜ、呼ばれたかわかっているな?」


 そこには彼の、レム・ウィスプの父親がいた。玉座に座り、圧倒的支配者が誇るプレッシャーで。ぞわりと、背中に冷たいものが走る。

 レムでも、直視するのが困難なほどに、また、震えるからだを止めることができないほどに、前魔王からの支配者たる貫禄が彼を多い尽くしていた。


ーーこれが、魔界を統一したもの。魔王の貫禄。


 ごくり、とレムは唾を飲み込み、先程感じた違和感を思い出す。


「親…、父上…。なぜ、貴方が玉座に…?」


 先程感じた違和感はそこだった。レムの父親が、魔王ではないものが、魔王にのみ許された玉座に座っていること。それが違和感の正体である。


「…お前は今日、魔王を退位してもらう。お前は働かなすぎた。それと、なぜ…ヒトの都市を攻めにいかぬ。」


 レムはなぜか魔王を退位することを受け入れることができた。元々自分には無理だったのだ。魔王と言う肩書きが彼を押し潰してしまいそうになることもしばしばあった。しかし、彼にも人間の町を攻めにいかない理由はわからなかった。


 モンスターの誰しもが持っている「ヒトを嫌う心」それがレムにはなかった。生まれ持ったものかもしれないし、魔王の息子として、人間とモンスターの争いを肌で感じることなく、ぬくぬく育ったからかもしれない。だが、その心がないのは確かだった。

 別段、レム自身に人間に恨みはないし、レムが魔王であった二年の間、魔界が人間に攻められることもなかった。それゆえ、これっぽっちとして攻めようなんて気分ではなかった。だから攻めなかったというそれだけでの理由あった。


「わかりました。魔王様。私は今後私の自室に籠っていることにします。迷惑をかけて申し訳ありませんでした。」


 潔く魔王の座を譲ることを決め、早くこの場所から去ろうと話を終えようとしたレムだったが


「ならぬ、お前をここに残しておいては、ヒトに情を抱くものがお前以外にも出てしまうかもしれぬ。故にお前を魔王城からの追放処分とする。処刑でなかっただけありがたく思え。」

「…えっ」







 こうしてレム・ウィスプは魔王城を追放されることとなった。


「はぁ…、まずは泊まるところとか探さないとなぁ。」


 男は歩みを進める。勿論行く宛などないが。しかし、彼は自由になったことを心の隅では喜んでいた。


「はぁ…」


 今日何度目になるか分からないため息は、なにもない、地平線まで続く道で、風とともに掻き消される。

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