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第七話 『麗しき華も不変にあらず』

「……チッ、学会の連中(あのバカ)共が! 余計な事をしやがって!」


 男はそう声をあげると、近くの椅子にかけられていた白衣を乱暴に手に取り、それに腕を通して羽織った。年齢は二十代後半と言ったところだろうか。


 部屋には用途がよくわからない機械の数々が所狭しと並んでおり、何かの資料と思われる紙の束や本が机の上や床等の至るところに散らばっている。

 おそらく、ここは何処かの研究室だろう。


「俺の理論を半分も理解していないくせに、実戦投入だと?! あの強欲ジジイ共が! そんな事だから魔女みたいな失敗作が生まれるんだよ!!」


 そう悪態を辺りに撒き散らしながら男は椅子に座り、手に持っていた紙の束を怒りと共に机へと叩きつけた。


 その紙束の一番上、表紙となっている紙にはこう書かれている。


 ────人類進化論。


 彼はその紙の束を再び手に取ると、つまらなそうに自身の背後に投げ捨てた。

 投げられたそれは目に見えない何かに運ばれるように空中を漂い、これもまた自ら開いたかのようにその扉が開かれた棚の中へと収まっていった。


 そして、男はもう一度小さく舌打ちをする。


「城崎博士! 大変です!」


 豪快な音を立てて扉を開き、飛び込むように部屋へと入ってきた白衣を着た女性。

 彼女は何やら慌てた様子で、未だ怒り心頭といった様子の男へと声をかけた。


「さっさと用件を言え、そしてこの部屋から出ていけ。俺は今とてつもなく機嫌が悪い。お前に八つ当たりをするかもしれん」


 男はそちらを向くこともなく、そう言った。

 そして右手の人差し指でとんとん、と机を叩き始めた。それはまるで、彼女を急かしているかのように感じ取れる。


「今でも十分八つ当たりされてる気が……。えっと、報告します。U-1が真核形成段階で崩壊しました。おそらく失敗したものと思われます」


「……そうか。現時点でU-1は破棄、随時次のプロジェクトへ移行しろ。以上」


 男は女性の報告を受けてそんな指示を下すと、すぐに部屋の扉を指差した。

 この行動は暗に、出ていけと言っているのだろう。

 彼女はその事を理解しているのか、扉の前で男に向かってお辞儀をすると、以降は言葉を発することもなくこの部屋を出た。


 そして研究室内に、時計の針が時を刻む音のみが静かに鳴り響く、少しの静寂が訪れた。


「……情けねぇな。みっともない」


 さきほどの女性が部屋を出ていってから少し経った頃に男は深くため息をつき、そんな言葉を小さく洩らした。


 そして再びため息をつくと、頭の後ろを掻き、その場で立ち上がる。


「やる事は山積みになってんだ、こんな所で立ち止まるわけにゃいかねぇ」


 彼は机の上に乱雑に並べられた紙束の中からひとつを探して手に取ると、足早に研究室を後にした。




────────

──────

────





「撃て! 撃てぇっ!!」


 敵のものとも、味方のものとも判別が出来ないほどに無数の魔法が飛び交う中、アヤ姉さんが声を張り上げる。


 ────おかしい。


 旧東京都の西側。既に文明は失われ、荒廃した都市部に巣食う魔女達との交戦が始まってから、一体どれほどの時間が経ったかはわからない。

 しかし、俺達がこの灰色の土地に降り立った頃には真上に位置していた太陽は既に傾いており、空を紅く染め上げている。

 その事から、少なくとも数時間は経過していると推測される。


 それほどの時間を休息も無しに魔女と交戦している以上、当然と言うべきか大隊の女性達には疲労の色が見られる。


 ──────何かが、おかしい。


 彼女等を先導するように魔女の群れの中で、強化型や魔導師型、近接型の魔女を次々と葬っていく俺とレイカ。

 こちらの様子を窺うのみであった特異型は後回しにして、とりあえず魔女の数を減らしにかかったのだ。


 おそらく俺も、彼女も、沈めた魔女の数は千は下らないだろう。

 だと言うにも関わらず、辺りを取り囲む魔女の数は一向に少なくなる様子が見えない。


 まるで────。


「……っ、くっ。こいつらは一体どれだけいるんだ。まるで無限に湧いて出てきているみたいだ」


 そう言ったレイカはボロボロになった刀身を一度鞘に収めてから再び引き抜き、襲いかかってきた強化型を一刀の元に斬り伏せた。

 その光を照り返して輝く刀身は、先程までの刃こぼれを起こして見る影も無かった状態が嘘のようだ。


 そう。彼女の言った通り、一向に減らない魔女達はまるで無限に存在するのではないかと思えるほどだ。


 ──いや、そうじゃない。



 ────何か。



「……妙だな」


 飛んできた魔法を手の甲で逸らし、背後の魔女にそれを当てて消滅させた際、そんな言葉が口からこぼれた。


 俺達が最初にここに降り立つ前に上空から確認出来た魔女は、確かに無数とも言えるほどに存在したが、無限に思えるような数ではなかった。


 そしてこれは感覚的な話だが、魔女が『増えた』様子はない。魔女の数は『減っていない』のである。

 まあ、あくまでも体感的な話なのだが。


 ──違和感は、ある。


 俺は、既に魔女が減らない事の『答え』を知っているはずだ。

 いや、見ているはず。

 それは間違いない。



 ──きっと、何かを見落としている。



 ──────一体、何を。



 よく思い出せ、交戦が始まった時の事を。交戦している最中の、目の前に対峙した魔女以外の事を。


 今までなら、普通なら、あれはおかしい。



 ────アイツは何処に行った?


 俺は顔を上げ、辺りを見回す。


「どうした? 何かあったのか?」


 そんな俺の様子を気にかけるように、レイカが魔女の攻撃を防ぎながらもそう言葉を投げかけてきた。

 しかし俺は一切の意識をそちらに向けずに辺りを、いや、犇めく魔女達の背後に意識を集中して『アイツ』を探す。



 ──────そこだな。



「レイカ! ここは任せた」


 俺はこちらを心配するように見ていた彼女へ対してそう言った。

 すると彼女は一瞬驚いたような顔を見せたが、俺の目を見て悟ったのか、微笑みを浮かべてこう言った。


「……ふっ、いいだろう。そっちは頼んだぞ、ユーゴ」


「ああ、この戦いに決着をつけてくる」


 俺は先ほど見つけた『アイツ』の元へと一直線に跳ぶ。

 当然の如く俺の行く手を阻むように無数の魔法が弾幕となり視界を埋め尽くし、巨大な鋭い刃をこちらへ向けた魔女達が待ち構えている。


 俺はまず最初に視界を埋める数々の魔法に手で触れ、己の支配下に置いたそれで次々に相殺していき、或いは身をかわして魔法の弾幕をすり抜ける。

 そして魔法で生み出したナイフと剣を両手に握りしめ、立ち塞がる魔女を接触と同時に消滅させていき『アイツ』との距離を縮めていく。



 無数に存在する魔女の壁を越えた先、戦火が飛ばないような、魔女にとっての安全地帯。そこにソレは居た。


 ソレが放つ重圧感は、先ほどまで交戦していた強化型を含んだ魔女達とは比べ物にならないほどであり。

 その姿はどの魔女よりも人間に近く、それでいて人間でない事がはっきりと認識できる。


 そう、おそらくソレが。ソレこそが、魔女が一向に減らない原因。


 ────特異型魔女。


 強化型を遥かに凌駕するような戦闘能力を持ち、更には俺達のように魔法とはまた別の能力を持つ。そんな魔女を指す言葉が、特異型魔女だ。

 で、ある以上。こいつもまた、何かの能力を持っているだろう。

 いや、おそらくは。


 ここへ向かってくる際に立ち塞がった魔女達は、まるで何かを守っているかのように見受けられた。

 そして、現在起こっている問題である『減らない』魔女達。

 以上を鑑みるに、こいつは能力で魔女を使役し、復活もしくは生成が可能だと読み取れる。


 ────まあ、つまりは。


「こいつを倒せばここでの戦いは終わる。と言った所か」


 俺はそう結論を出し、魔法の剣とナイフを握りしめて構えると、ソレへと向き直る。


 おそらく戦闘には特に関係ないのだろうが、ひとつ気になる事がある。

 俺はこいつを含めて数体しか特異型と戦っていないのだが、こいつだけ、何故か顔が無い。

 普通の魔女のように顔らしい顔が無い、という意味ではない。

 言葉通り、顔があるはずの部分にぽっかりと穴が開いているのだ。穴の向こうには何とも言えない、ぐにゃぐにゃとした真っ暗な空間が広がっているように見える。


 ──まあ、だから何だと言う話だが。


 俺は無駄な雑念を掻き消すように頭を左右に振ると、地面を蹴り、真っ直ぐに見据えていた特異型へと向かって駆け出す。

 すると何処からか現れた数体の魔女が彼女と俺の間に入り込み、その巨大な凶器を振るう。


 魔女が剣となり盾となり、その身を挺して彼女を守る様子はまさに──。


 ────彼女こそは、魔女の王(クイーン)だ。


 そう思わせるのに十分な材料であった。


 周りの雑魚の一体一体を消滅させてもキリが無いのは理解しているため、俺はそれらの攻撃を逸らし、かわして魔女共をすり抜けて彼女へと接近する。


 間には何も居ない、そして後数歩踏み込めば接触する。という所で、間に一体の強化型魔女が立ち塞がり、彼女の姿が一瞬見えなくなった。

 そして間髪を入れずに、その魔女の腹部を突き破って俺の目の前に迫る、先端が注射の針を思わせるほどに鋭く尖った触手のようなモノ。


 ──当たってはいけない。


 そう、本能的に察知した俺は寸でのところでそれを回避する。

 顔の横を通り抜けていったそれは背後に居た魔女へと突き刺さった。

 魔女は腐り落ちるようにぼろぼろと身体が崩れていき、悲鳴のような奇声を何処かからあげて、消滅した。


「……っ」


 その様子を見届けた俺は、一度でも直撃すればああなるという事実に背筋が凍り、身が引き締まる。

 それと同時に、今対峙しているのは紛れもなく魔女達の最上位互換に位置する特異型なのだ。と、そう実感させられた。


 俺は左手に握りしめられたナイフを手放して無に帰させると、右手にある魔法の剣を握り直し、気持ちを切り替えるように彼女へと向き直る。

 瞬間。その隙を狙うかのように俺へと迫る、彼女の後頭部辺りから髪の毛のように無数に生えた触手の内のひとつ。

 しかし、それは隙と言えるほどのものでは無く。俺は危なげなくそれを避けると同時に魔法の剣で斬り裂いて彼女へ接近すると、左手の拳を突き出した。


 彼女はそんな俺の動向を予想だにしていなかった様子で、慌てて後ろへ飛びのき、俺との距離をとった。

 そのため、決定的なダメージを与えられず、結果としては彼女の腹部に大きな風穴を開けるのみであった。


「お互い、一撃でも当たれば終わるんだ。さっさとケリをつけようか!」


 自己再生が行われ、既に先ほどの傷が塞がれた様子の彼女へ対して右手にある魔法の剣の切っ先を向けてそう言い、地面を蹴った。





────────

──────

────





 ある所に、一人の天才が居た。


 彼女はその飛び抜けた頭脳故、理解する者は一人として居らず。


 彼女は柔かな微笑みの裏に己を隠し、世界に溶け込んだ。



 そして、己の理解者となるべき者と出会う。


 その者は彼女さえをも越える知能を持ち。


 彼は何処までも研究者であった。


 彼女はすぐに博士号を取得し、彼の助手となり、彼を神と慕った。



 彼は人類の行く道を指し示した。


 しかし周りの者はその一切を理解できず、頭ごなしにそれを否定した。


 天才である彼女でさえも、およそ半分ほどしか理解することは出来なかったが、彼女にとってはそれだけでも十分に神の偉大さが胸に染みた。



 そしてある日。


 神は世界から姿を消し、彼女の前からも姿を消した。



 ──何故。



 彼女の頭にはそう、ひとつの疑問が浮かんだ。


 しかし。


 すぐにそれは解消され、彼女は全てを理解した。




 ──これは、神に与えられた試練なのだ。




 ──道は既に示されている。



 ──己がすべき事は何か。



 彼女も神と同じく、表の世界から姿を消した。








 それから数年の時が経ち、この国は戦火の炎に巻き込まれようとしていた。


 この小さな国には、大国と戦えるような武器は無い。


 戦争が始まってしまえば、敗北以外の道は──無い。


 それを危惧した国の上層部は、一人の科学者が残した未だ誰一人として理解出来ていない代物。


 ──人類進化論(パンドラの箱)に手を出した。



 国の科学者達が集まり、様々な考察が行われた上で、とあるモノが生み出された。


 既に紛争に巻き込まれているこの国は、後先を考える間も無く、ソレを敵国へと投下した。


 投下されたソレは、とあるモノを投与された数人の女性の死体。




 空を駆けては、雷鳴を起こし。


 地に降り立てば、大地を凍らせ。


 鉄をも容易に溶かす、大気を焦がす灼熱の炎を操る。


 重火器等は掠りもせず。


 空を駆ける金属の鳥からは、次々と黒煙が立ち上る。


 人間の女性のような姿、そして確実に人でない事が理解できるソレは。


 その全てを蹂躙するような、圧倒的な力を見せたソレらは『魔女』と呼ばれた。





 ──結果として。


 投下されたソレらは、ほんの数分程度の短い時間しかその身を留める事が出来なかった。


 しかし、敵国には多大な軍事的損害を与えることに成功した。


 国の上層部がこの結果に満足することはなく、更なる改良と生産を科学者達に命じた。





 ──あれは失敗作だ。


 ──神が望んだモノではない。


 そんな一連の光景を彼女は嘲笑う。



 ──私は既に選ばれた。



 ──次は。



 ──不在の神に代わり、私が選定せねば。



 笑顔を作り、己を偽り、彼女は再び社会へと溶け込んでいく。



 彼女は今も何処かで、彼女が神に選ばれたと裏付ける未知の能力の元に、選ばれし者の選定を行っているのだろう。





 ────全てはそう、神の御心のままに。





────────

──────

────






「司令部より通達! 旧東京都西部を占領している特異型魔女、一体。強化型魔女、百余体。通常魔女、四千余り。そのほとんどの反応消失を確認したとの事です!」


 空はすっかり紅色に染まり、地平線の向こうへと真っ赤な太陽が沈もうとしている頃。

 何やら大きな機械を背負った軍服の女性がアヤ姉さんの前に立ち、声を張り上げて報告を伸べている様子が見られる。


 どうやら、俺が特異型を倒した段階でほとんどの魔女は消滅していたようで。

 俺達は大隊へと合流し、荒廃した都市を大隊全員で巡回しつつ発見した残りの魔女を倒す、という作業を先ほどまで行っていたのだ。


「そうか、報告ご苦労。いいか諸君ら、よく聞け! 司令部からの通達が入った。作戦完遂の報せだ。これより、我々第零三特設大隊は本部へ向けて帰還する!」


 夕暮れの空にアヤ姉さんの声が広く鳴り渡る。

 そしてこちらへと振り返ると、声を小さくしてこう言った。


「まあ、そういうわけだけど……。君達はどうするんだい? まあボクとしては、その……」


 彼女は自分達と共に帰るのかどうかを聞きたいようだ。

 何かを期待するような眼差しでこちらを見つめている気がする。


 少しやる事があるから俺達はここに残るという旨を伝えると、彼女はおもむろに肩を落とし、がっかりした様子を見せた。


「う、そう、か……。ま、まあくれぐれも気をつけて」


 彼女はそう言うと背後へと振り返り、大隊の人達へと向き直した。


「それでは諸君、帰還するぞ! ……と、言いたい所だが。今回力を借りた彼等に、我々は敬意を示す必要がある。おそらく、彼等の助力が無ければ多数の犠牲……いや、最悪の場合には全滅も有り得ただろう」


 アヤ姉さんの『全滅』という言葉に、およそ千人から構成される大隊の女性からざわめきがあがる。


「しかし! 今回は犠牲者を出すこと無く目標を達成するという、大成功とも言える結果を掴んだ! これも、彼等の助力によるモノだろう」


 そんなざわめきを掻き消すように、彼女は大きく声を張り上げた。

 それにより、辺りには先ほどまでのような静けさが取り戻される。


 アヤ姉さんは辺りが静かになったのを確認すると、再び俺達へと振り返り、口を開いた。


「総員──。我等が友軍に、敬礼!!」




──────────

───────

────




「……ん、これは関係ないわね」


 アリサは棚から紙の束を出して、それの中身を確認しては乱雑に背後へと投げ捨てる。

 そのせいか、段々と部屋の中が散らかっていく。


「…………? ……ふむ」


 視界の端に映り込む少女は山のように積まれているガラクタの中からひとつを拾い上げ、光を受けて銀色に輝くそれを、興味深そうに見つめている。


「ああ、それはな……」


 俺は少女の元へ歩み寄り、そう言いながらそれを受け取ると、纏うように魔力を流して彼女へと返した。

 これは俺が昔に作った物で、一目見ただけでは何の変哲も無い普通のナイフにしか見えない。

 しかし、魔力を纏うと白い光りを放つと言う少し変わった機能を持っている。勿論。普通のナイフとしての運用も可能である。


「……! …………?! ……??」


 発光を始めるまでに少しの時間差があるため、少女の手に渡ってから少しの間を置いて、それは光り始めた。

 彼女は驚いたような様子を見せたがそれはほんの一瞬の事で、再び不思議そうに見つめ始めた。


 なんとも微笑ましい光景だ。

 彼女が手にしている物がナイフでなければ、尚良かったのだろう。


「この部屋には無いみたい。さっ、次に行きましょ」


 先ほどまで色々と漁っていたアリサは粗方を探し終えたのか、そう言いながらこちらへ近付いてくる。

 そして俺の腕を掴むと、引っ張るように閉ざされた扉へと歩みを進める。


「ところでユーゴ、二手に別れたのは正しい判断なのかしらね……」


 彼女は振り返り、俺の顔を真っ直ぐに見つめながらそう言った。その表情からは不安そうな様子が読み取れる。



 あれからアヤ姉さんが率いる大隊と別れ、数年前まで父さん達と共に住んでいた施設に訪れた俺達は、父さんの研究室がある第一区画を探索していた。



 それなりの広さがあるために俺達は、この三人と、そしてレイカとリリカ二人の二手に別れる策をとった。


「……レイカなら大丈夫だろう。俺はそう信じている」


 勿論、二手に別れるというのは危険性がある。

 しかし、レイカになら任せられるという信頼があっての行動であり。

 それに加えてアヤ姉さんが受けていた報告に、このエリアに点在するほとんどの魔女が消滅したと言う情報があったのを、俺は聞いている。


 以上の事を踏まえた上で、俺はこの判断を下したのだ。


「……ま、レイカが負ける所なんて想像できないのは確かよね」


 アリサは顎に手を当てて、少しの間何かを考えるようなそぶりを見せたが、自分を納得させるかのように何度か頷いた後にそう言う。

 そして前をよく確認もせずに目の前の扉を開き、俺を掴んだままその奥へと進んだ。


「……え、ちょっと。何よ、これ……!」


 入口辺りで立ち止まり、そんな声をあげる彼女。

 そんな彼女の向こう、部屋の床には無数のコードが駆け巡っている。

 そして水のようなものが入った人が一人ほど入れそうな大きさの円柱型の水槽、いや、カプセルか。それが広い部屋の奥まで幾つも並んでおり、列を作り上げているのが見えた。

 扉から一番近い位置にあるカプセルの中にはアリサによく似た。いや、瓜二つとも言えるような姿をした人間が入っていた。


 部屋の中へと進み、辺りを見回してみる。


 よく見ると俺やレイカ、アヤ姉さんも居るみたいだ。それもひとつだけではなく、幾つも存在するようだ。

 当然と言うべきか、カプセルの中で水に浮いている俺達は服を着ていない。

 これは一体何なのだろうか。


「ちょ、ちょっと! 見ないでよこの変態! あんたは自分のだけ見てなさい!!」


 何故か顔を赤くして焦った様子のアリサによって、俺に似たカプセルの付近へと追いやられた。


 ──どういうことだろうか。


「……。……? …………??」


 少女は俺によく似たモノが入ったカプセルの近くへ歩み寄ると、それの顔と俺の顔を交互に見つめ、不思議そうな表情を浮かべる。


「……鏡を見ている気分だ」


 俺はカプセルへと近付き、そんな言葉を口に出した。まあ厳密には、反転していない点において、鏡と言うのは不適切ではあるが。


 カプセルの中の自分から、少し視線を下げると金属製の板が取り付けられており。そこにはU-2、と書いてあった。


「……こっちは、ユーゴ」


 少女は俺の服の裾を指で掴んでそう言い、そして離す。


「これは……、ユーゴ…………? …………??」


 次は俺に似たモノと水を包み込むガラスの壁へと手を触れ、そう呟き、やはり不思議そうな顔を見せた。


 俺はそんな少女の頭を軽く撫でてやると、その場でしゃがみこんで彼女と目線の高さを合わせる。


「俺はここに居る。そしてこれは……何だろうな」


 ──クローンか何かだろうか。


 目の前のU-2と書かれたカプセルの左隣には、水しか入っていないU-1と書かれたもの。右隣にはU-3と書かれている俺によく似たモノが水に浮かんでいる、U-2と全く同じものがある。

 そして更にU-3の右隣にはU-4、その右隣にはU-5。というように並んでおり、何かの規則性があるように思える。

 U-5にはU-1と同じく、中には水だけが入っている。その隣には何も無いため、この並びはそこで終わりなのだろう。


 中身が無いのは一体何故だろうか。

 それも、並びの最初と最後だけ。

 いや、そもそもこの並びを関連性の有るモノとして考える事。それ自体が間違っているのかもしれない。


 判断材料があまりにも少ない現状。あれこれと頭の中で考えた所でそれら全ては不確定な物である以上、思考を張り巡らせることに意味は無いだろう。

 そんな、とりあえずの結論を出した俺は周辺の探索を始めることにした。


 探索、とは言ったものの。

 辺りには、棚等の何かを収納出来そうな物は見当たらず。隣の部屋とを分断する扉も、先ほど入ってきたモノのひとつしかない。

 かと言ってガラスの檻を叩き割り、中に入っている俺を外に出してそれを調べる、と言うのは間違いだと思われる。


 何か手がかりになるような物を探すように部屋を見回す。

 視界の端には、先ほどのナイフを片手に、ふらふらと辺りを歩き回っている少女が映り込んだ。

 どうやら俺に似たモノには既に飽きたようで、他に何かないかと探しているみたいだ。


「…………! ……痛い」


 視線が上方向にいってばかりで、足元をよく見ていなかった彼女は何かに躓いたようで、前のめりに倒れ込みその際に顔をぶつける。

 少し赤くなった鼻を手で擦りつつ、彼女は小さくそう呟いた。


 ────?


 一体、何に躓いたと言うのだろうか。

 確かにこの部屋の床には電気を通す為のコードのようなものが張り巡らされているが、少女が歩いていた位置には特に何も無かった。

 躓くような要素は無いはずだ。




 ──いや、待てよ。


 ────どうして、そこの床だけは何も無かったんだ?


 部屋中の床を埋め尽くすようにコードのようなものは地を走っている。

 少女が転んだ位置の床には何も無いのはおかしい。

 明らかな違和感だ。


「アリサ! こっちに来てくれ!」


 俺はそう声をあげると、しゃがみこんだ少女の元へと歩み寄り、その足下あたりの床パネルを調べる。

 手で触れてみた所、とても小さな段差があり、このパネルは外す事が出来そうだ。


「どうしたの? 何かあったわけ?」


 俺の手元を覗くように、背後から顔を出した彼女はそう言う。

 俺はそんな彼女へ対する返答の代わりとして、床パネルを外して見せた。


 パネルを外すとその先は暗くなっていて、下がどのようになっているのかは良く見えないが、下りられるような鉄製の梯子が掛かっていた。


「いかにも何かある。って感じね……」


 この先に、知りたい事はある。そう、確信めいたものを俺は感じていた。


 とりあえず下りる先が見えなくては、何かがそこにあった場合に危険に巻き込まれることも考えられる。

 俺は少女から発光ナイフを受け取り、魔力を纏わせると、梯子の真下の地面に突き刺すようにそれを投げた。

 真っ直ぐに下へと飛んでいったそれは地面に刺さったような音をあげ、その直後に梯子を下りてすぐ辺りのほんの少しの範囲ではあるが、周囲を明るく照らし始めた。


「……問題は無いみたいだな。俺が先に下りよう。二人は後から着いてきてくれ」


 俺はそう言い、ナイフが照らし出した地面へ飛び下りる。

 地面へと降り立った瞬間。先ほどまで暗闇に包まれていた空間が俺が居る位置から奥に向かって順に明かりが灯り、部屋の中が照らされていく。


 左右の壁際には本棚がずらりと並んでおり、そこには何かのファイルや資料がぎっしりと詰まっている。

 そして部屋の奥には一冊の手記が置かれたデスクがあり、まるでそれを読めと言わんばかりにスタンドライトが光を向けている。


 ──それはまるで、俺達がここに来るのを想定していたかのよう。


「……っと。……あんたのお父さん、本当に何でもお見通しね」


 かん、かん、かん。と、金属を叩くような音を立てて梯子を下りてきたアリサは、スタンドライトに照らされたデスクを見てそう言った。


 俺は彼女のそんな言葉に同意するように微笑みを浮かべつつ、地面に刺さったままの発光ナイフを拾い上げ、続いて下りてきた少女へとそれを手渡す。

 少女は俺からナイフを受け取ると、大事そうに懐へとしまった。


 ──大丈夫なのだろうか。


 少女が抜き身のナイフを懐へしまった瞬間を見た俺はそんなことを思いつつも、近い内に鞘を作ろうと決意した。


「さて、と……。とりあえずは今回の目標を達成しようか」


 俺は隣に立つアリサと共にデスクへと近付き、スタンドライトに照らされた黒い表紙の手記を開く。


 ────我が子達よ。ここにお前達が知りたがっているだろう事のほとんどは書いておいた。


 開いてすぐ目に飛び込んできたのは、こんな言葉。

 明らかに俺達が読む前提で書かれたような文章だった。


 ページを捲って次へと読み進めていくと、様々な情報が頭の中へと入り込んでくる。


 父さんが生み出した人類進化論。それは人類には隠された力が存在し、魔法使いになることが出来るというもの。

 そして魔女は上層部の暴走により産み出された失敗作であり、俺達のような魔法使いへとなりそこなった元人間である事。


 近い将来、世界の存続を脅かすような敵が現れる事。

 俺やアリサ、レイカにアヤ姉さんはそれを解決するために父さん達が一から作り出した人口的生命体である事。

 そして人類進化論も同じで、脅威への対策として生み出されたものだった。しかしそれにより現在、人類が存続の危機に陥った事へ対する後悔。


 大まかにまとめると、以上の事柄がこの手記には書き綴られていた。


 そして、最後のページ。



 ────俺達が解決しなければいけない負の遺産を、愛するお前達に押し付ける形になってしまってすまない。


 もし、使命を背負う事が嫌になったのなら、ここで平穏に暮らすと良い。ここの更に地下には緊急用のシェルターがあり、少数ならば自給自足で暮らせる空間を用意している。


 どの選択肢を選ぶかはお前達の自由だ。好きに生きろ。

 だが、ユーゴよ。父が最後に残したあの言い付けだけは守ってくれよ?


 最後にひとつ。


 俺達は確かにお前達を愛していた。

 それだけは忘れないでくれ。



 親愛なる我が子達へ────。




「…………自由に生きろ、か」


 俺はそう小さく呟き、既に読み終えた手記を閉じた。


「……まあ、あの人らしいわね。で、これを見た上であんたはどうするわけ?」


 胸の前で腕を組み、横から覗き込むように手記を読んでいたアリサは小さく呟く。そして腕を下ろし、片手を腰に当てると、俺の意見を伺ってきた。

 その際に、彼女の長いツインテールが小さく揺れる。


 ──どうする、か。


 俺は別にこの世界を救いたいわけじゃない。

 ただ、仲の良い人間や、知り合いを助けたいだけだ。


 この手記によると平穏に暮らせる空間はあるが、数人程度を想定して造られているようだ。

 それではつい先ほど共に戦いに身を投じた女性達や、学園で知り合った人間達を救うことは出来ない。


 ──答えは決まっている。


 俺は特に何を言うでもなく小さく頷くと、アリサを真っ直ぐに見据える。

 これだけでも十分に伝わるだろう。

 これはそう考えた上での行動だ。


「……そ。まあ、あんたならそうなるわよね。……私? 私はあんたに着いて行くつもり……。って、いちいち恥ずかしいこと言わせないで! この馬鹿!」


 アリサはどこか顔をほんのりと赤く染めてそう言うと、そっぽを向いてしまった。


 ──いや、自分から言ったんだろう。


 俺は彼女のそんな様子に苦笑を浮かべつつ、デスクに置かれたままの閉じられた手記を持って行こうと手に取る。

 するとその拍子に、デスクと手記の間に挟まれていたであろう封筒と一枚のメモ用紙がひらりと宙を舞い、床へと落ちた。


 メモ用紙にはこう書いてあった。


 ────もし、彼女に会うことがあれば渡してくれ。頼んだぞ。

 彼女の名前は──────。






────────

──────

────





 私達は先輩に頼まれて、先輩達とは別の方向を探索していた。

 私は戦闘はからっきしで、頼みの綱は御剣先輩だけ。

 そんな時に、アイツは現れた。


「お姉さん達って、夢に出てきたあの人にとっても愛されてるんだねー。いいなー……。ねえ、お姉さん達?」


 ソレは純真無垢な幼い少女のような姿や声をしており。

 妖艶な大人びた女性のような姿をしており。

 真っ向に肉弾戦を行えば為す術もなく負けてしまいそうな、とても体格の良い男性のような姿をしており。

 歴戦の戦士を思わせる風格をした、軍服を着た鋭い眼光を持った女性の姿をしており。

 張り付けたような笑みを浮かべた、感情のない瞳を向けた少女の姿。


 確かにソレは一人しか居ないのにも関わらず、複数の姿として認識してしまうような。

 そもそも人として数えて良いのかもわからない。

 明らかに私にはどうすることも出来ないと分かるようなモノ。


 ソイツは身の丈よりも巨大なハサミを両手にひとつずつ持ち、口角を上げて不気味な笑顔を浮かべるとこう言った。


 ────その顔、ちょうだい?


 突如、ハサミの切っ先が私の目と鼻の先まで迫りくる。

 ぎらり、と光を受けて怪しく銀色に光る鋭い刃。


 私は急速に迫ってきた脅威に対して何もできず、その場で目を瞑り顔を背けることしかできなかった。


「っ! 下がれリリカ! 部屋の隅で能力を使って自分を守り、ユーゴを待て!! 奴は私が抑える!」


 迫りくる刃と私の間に刀を携えた御剣先輩が割り込み、私を後方へと突き飛ばした。

 そして刀とハサミが衝突し、辺りには赤い花弁が舞い、火花が散る。

 壁際へと押し出された私はその場に膝を抱えて座り込み。所謂体育座りの体勢になり、能力で壁を生み出して己を守る。


 御剣先輩が範囲に入っていない。等を気にするほどの余裕は今の私には無かった。

 恐怖に、身体が震えているのが感じられる。



 ──怖い。



 ──怖い。



 ──助けて、私の王子様。




 ────先輩。




 辺りに五月蝿いほどに鳴り響いていた、金属同士がぶつかるような音が止み、静寂が部屋を包み込む。

 しかし、私は暫くの間その場で座り込んでいた。


「リリカ、大丈夫か? 助けに来た」


 こんこん、と壁を叩くような音。

 そして私が待ち望んでいた声。


 私は安堵からくるものか、または恐怖によるものなのかは分からないが、泣きそうになったのを堪えて膝を抱えたまま顔を上げる。

 しかし先輩の顔を見ると、抑えていたものが溢れ、頬を涙で濡らした。


 アレとの遭遇から一体どれ程の時間が経っただろうか。生憎、私には時計を見ることが出来ないため、正確な時間は分からない。

 しかし、恐怖で身がすくんでいた私には無限にも感じるほどの時間だった。


「どうしたんだ? いや、まずは何があったのかを聞きたい。ここを開けてくれ」


 待ち続けた甲斐はあったんだ。

 困ったような笑顔を浮かべてそう言う彼の姿を見て、私はそう思うと同時に、能力を解除した。


 ──いや、何かおかしいだろう。私。


 私の能力は『私が許可したモノ以外を範囲にいれない』であり、その範疇は私の認識により決まる。

 私の認識では、先輩達がこの壁に引っ掛かる事自体が有り得ないはずだ。


 ──つまり。


 ──目の前にいる先輩に似たモノは。




 ────本物ではない、偽も──。




────────

──────

────




「っ……。ひどい惨状ね……」


 何かが崩れるような轟音を聞いた俺達三人は、急いでレイカ達の元へと駆けつけた。


 部屋の扉を開けて中に飛び込むと、所々の壁に穴が開き、何かで切りつけたような傷が幾つも残っている。

 そんな惨状が目に入り込んできた。


「リリカ? ……無事みたいだな。悪いが何が起こったのか、説明を頼んでも良いか?」


 俺は部屋の片隅に座り込んだリリカへと声をかける。

 しかし、彼女は顔を上げようとしない。


「……? どうしたんだ? ……レイカは何処に行ったんだ?」


 そう問いかけると、彼女はやっと顔を上げた。その顔にはとても恐ろしいモノを見たような表情が浮かんでいる。






 ──そして暫くの間を置いて彼女はゆっくりと口を開き、事の顛末を述べ始めた。



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