第五話 『復讐に燃え』
「絶対にアンタだけは……いや、テメェだけは必ずこの手でブッ殺す!!」
月明かりが射し込むドームの中、少女は向かい合う誰かにそう叫んだ。
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「……一週間前にボロボロになったばかりだというのが信じられないな」
時計の針が夜の十二時を示す真夜中。
修練場の中心に座り、開かれたドームの天井から射し込む月明かりの下。
俺は自身の右手を見つめてそう呟く。
時の流れは早いもので、あの死闘から一週間。俺が目覚めてからは四日の時が経過した。
軍の治癒魔法使いの働きにより、その時に負った傷は、今では綺麗さっぱり治っている。
魔法の進歩とは便利なものだ。
俺は目覚めてから、右手の状態を確認した時にそう思った。
あの時の状況をアリサやレイカ達に聞いてみた所。
俺がリヴァイアサンの中に入ってから暫くして、沈黙していたリヴァイアサンは突然咆哮を上げて砲台と共に消滅したらしい。
そしてリヴァイアサンが佇んでいた海上で、この指輪が左手の薬指に嵌められた状態の俺が、波に揺られて眠っていたらしい。
どういうことか、この指輪は他人が外すことは出来ないらしい。試してみたと言うレイカやアリサ、アヤ姉さんから得た情報だ。
それと俺自身にも外すことが出来ず、この指輪はここ一週間ずっと俺の左薬指に位置取っている。
外せない。と言うのも心因的なもので、外そうとすると言い様のない喪失感が。大事な物を失うかのように心にぽっかりと穴が開いたような感覚が。身体中を駆け巡り、涙が出そうになるのだ。
俺は右手で、左手の薬指に着いた指輪を軽く撫でつつため息を吐いた。
指輪は時を刻むような感覚を、俺の指を通して感じさせている。
「お腹すいた……。僕、ご飯食べたい」
隣で、俺と同じように月の下で目を閉じて座っていた少女はそう言う。
それと同時に、月明かりに照らされて白く輝く髪を揺らし、青く発光するサファイアのような瞳をこちらへと向けた。
その頭に生えた、黒く機械的な角は月光を色とりどりに反射させ、神秘的なものを思わせる。
「……はぁ。何か食べてから帰ろうか」
──そう。
リヴァイアサンとの、凌ぎを削る死闘が行われた日。海岸で遭遇した記憶喪失の少女は、遂にその記憶を取り戻すことはなかった。
そしてどういうことか俺になついてしまい、着いてきたのだ。
まあ『魔法学園に通っている男』であることから様々な手当を受けているため、生活が苦しくなるということはない。
しかしこの少女。
まるで、発信器でも着けているのではと疑うほどに、何処に行こうと着いてくるのだ。
「早く行こうよ、ユーゴ」
急かすように服の裾をくいくいと引っ張る少女。
瞳をきらきらと輝かせてこちらを見上げる少女の頭を軽く撫でて、俺は立ち上がる。
「よし、じゃあ行くぞ」
──持ってきた軽い荷物を回収し、俺達は修練場を後にした。
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「──と。そのような原因も重なったことにより、現在この国には男性が千人ほどしか居ません。大体、一万人に一人くらいの────」
目映いくらいに世界を照らす日光が、窓の外から射し込む昼下がり。
教室中を微睡みが包みこむ中。教師のよく通る声と、黒板に文字を刻む音のみが響いていた。
俺の隣では、例の少女がつまらなそうに口を開いて欠伸をしていた。そしてそのひとつ向こうに、アリサが黒板の文字をノートに書き込んでいる姿が見えた。
教室内では、俺の隣の席はアリサが座っている。
つまり、この少女は机と机の間にいるのだ。
しかし、教室にいる誰一人として少女を気にかける者は居ない。
馴染んだ、とかそういう問題ではなく。どういうわけか、そもそも存在の認識さえしていないのだ。
「ユーゴ、暇」
少女は俺を見つめ、そう言った。
俺は己のノートに『授業が終わったら遊びに行こう』と書き、少女にそれを見るよう静かに指を差した。
勿論、視線は黒板へと向けたままだ。ここで少女に対して普通に接すれば、俺は虚空間に向かって話す変人扱いだ。それだけは避けたい。
文字を見た少女はこくりと頷き、俺の膝へと座った。
この少女、どうも文字は読めるらしい。
俺は隣から飛んできた小さな紙くずを空中でキャッチした。
アリサの方を見ると、何かを差すように指をこちらへ向けている。どうやらこの紙を読めとの事だ。
小さく丸められた紙を広げる。そこには『居るの?』という文字だけが書かれていた。
俺はアリサの方を向くことなく、小さく頷いて見せた。
「……っ」
俺の行動により、少女を認識したらしいアリサは、小さく驚愕の声のようなものをあげた。
そう、この少女はどういう形であれ、そこに居ると認識した者には姿や声を捉える事が出来るようになる。
「進導寺さん。教科書の六十二頁、上から二行だけ読んでください」
「は、はい。先の大戦、遺伝子の変化等により、男性の数は極めて低下した。しかし、科学の進歩により、女性のみで子を成す事が可能になった」
教卓から、突然の指名を受けたアリサは慌てて立ち上がり、そう教科書を読み上げた。
「はい、ありがとうございます。どうぞ座って下さい。えー、今しがた読んでいただいたように────」
「あの、アリサさん? ちょっと長すぎやしませんかね」
そんな俺の言葉など聞く耳持たずといった状態のアリサは大量の服を抱えて、試着室を出たり入ったりしている。表情を見る限りは、それを楽しんでいるようだ。
試着室で、アリサに何度も着替えさせられている少女は現状をあまり理解していないのか、成すがままといった感じである。
学校が終わった後、俺達三人は都市部へと繰り出した。
そこまでは良かった。
高層ビルが立ち並ぶショッピングモール街を、他愛ない話をしながら歩いていると、アリサが突然。
「えっ?! この子の服、これひとつしか無いの!? そうとなったら……。こっちよ、行きましょ」
俺が何気なく洩らした言葉に反応し、俺と少女の手を掴むと、ずるずると引っ張るように服屋通りへ歩き出したのだ。
「で、この店が何件目だったか……」
試着室の前で二人を待つ俺は、両手にぶら下げた大量の紙バッグを見て言葉をこぼした。
確か、学校が終わって都市部に来たのが午後の四時だったはずだ。
しかし、外を見ると既に日は沈んでおり。服屋の壁にかけられた掛け時計を見ると、その短針は七という数字を差している。
「ユーゴ……」
試着室から押し出されるように出てきた少女は、助けを求めるような目でこちらを見つめている。
「どう? この子、似合ってるでしょ?」
そして、少女の後を追うように試着室から出てきたアリサが俺に対してそう言う。
アリサのこの質問も、これで今日何度目だろうか。
現在少女は黒をベースとした服に、過剰なまでにつけられた白いフリルが特徴の、所謂ゴスロリと言われるような服を着ている。
それは、少女の雪のように白い肌にベストマッチしており。つまりは。
「似合っていると思うぞ」
俺はアリサの放った言葉に対して、頷きと共に肯定の言葉を返した。
「でしょ? でももうちょっと何か欲しいのよね……」
アリサはそう言うと少女の肩を掴み、再び試着室へと戻っていく。
これは今日何度もこの流れを見たから言える事だが。アリサの何か欲しいと言う発言は、この服装に何かを付け足すのではなく、全く別の服を着させる時の言葉だ。
まあ、少女も嫌がるような素振りを見せたりするが結構満更でも無さそうで、この状況を楽しんでいるのではないかと思われる。
「……ま、たまにはこんな一日も良いか」
そう呟いた瞬間。店の外から悲鳴が聞こえ、轟音が鳴り響いた。
「アリサ、荷物と少女を頼んだ。すぐに戻る」
俺はそう言い試着室の隙間から荷物をアリサへ手渡すと、店の外へと駆けた。
店を出て右の方向に、人だかりが出来ているのが見えた。
よく待ち合わせ等に使われる大きな噴水がある広場の辺りだろうか。
俺はそこへ駆け寄り、人を掻き分けてその中央へと出る。
警備員のような服を着た女性数人が、三体の魔女を相手に魔法で応戦しているようだ。
やはりと言うべきか、劣勢である。
硬い鈍器のように、大きく肥大化した両腕を魔女の一人が地面へ向かって振り下ろす。
その一撃は、叩かれた位置を中心としてアスファルトの地面に大きな亀裂を生み出し、辺りを大きく揺らす。
地面が揺れたことにより態勢を崩した警備の女性達へと、左肩から巨大な剣のような何かを生やした魔女が近付き、それを振り上げた。
俺は割り込むようにその間へ入り、風を裂いて振り下ろされた巨大な剣を右手で受け止め、左手を魔女の腹部へ押し付ける。
魔女の腹部は背中から破裂し、アスファルトへ血のようなものを撒き散らす。その時に核も一緒に破壊されたのか、魔女は体表から水蒸気のようなものを吹き出して、溶けるように消滅した。
「さあ、今のうちに離れて下さい」
残った魔女二体が、その標的を俺へと向けた様子であるため、背後の女性達にそう言う。
その言葉にはっとした様子の彼女らは、慌てて立ち上がり魔女から離れる。
それを確認した俺は二体の魔女を体の正面に捉え、向かい合う。
瞬間。目にも止まらぬ速さで背後から近付いた黒い影により、魔女の体は左右真っ二つに切り裂かれ、アスファルトを赤く染めた。
そしてそれを確認もせず、黒い人影は遥か高くそびえ立つ高層ビルの上まで跳び上がる。
おそらく周囲の人間には、俺がこの二体を倒したように見えるだろう。それほどに、速かったのだ。
「一体誰が……。……? あれは……」
俺は人影の正体を確かめるべく、人々が称賛の声を贈る中。未だ高層ビルの上に確認できる人影へ向かって跳んだ。
「…………」
頭の後ろ辺りでひとつくくりにした、所謂ポニーテールと言われるようなその長い髪。それを、吹き抜ける風にばさばさと靡かせてこちらに背を向け佇む少女。
その後ろ姿は、少し見覚えがあった。
いや、忘れるはずがない。
「何だ、アンタか……。助かった、さんきゅ」
俺の言葉に、月明かりを受けて黄金に輝く髪を翻し、こちらへとその血のように真っ赤な真紅の瞳を向けた少女。
彼女はそう、ほんの僅かではあるが共に時間を過ごし、そして互いに名前を知らぬまま別れた友──。
──序列三位だ。
前の彼女には、その瞳に燃えて揺らめく炎のような輝きが感じられた。
しかし、対峙している今。前のような輝きは見られない。代わりにこちらに向けられている瞳は、どろどろに濁った、血のような赤を見せている。
その変わりように、俺の中にひとつの疑問が渦巻く。
──ここに居る少女は果たして、俺の知る彼女なのだろうか。
「…………」
少しの間見つめあった後、彼女は何も言わずに去っていった。
俺はその虚無感を感じる背中に声をかけられず、去っていく彼女の姿を見つめることしか出来なかった。
────これが、俺が答えられなかった結果なのか。
──俺の、せいなのだろうか。
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「あいつ、一体何があったんだ……」
学生に一日に一度訪れる、長く短い休息。昼休み。
俺は他の皆に一人になりたいと断りを入れ、学園都市の全てが見渡せるような屋上から、その景色をぼんやりと眺めていた。
昨日見た、変わってしまった序列三位の姿が頭に思い浮かぶ。
俺は頭をがしがしとかき、気分転換を兼ねて、何かを探すように都市部を見回す。
「…………」
しかし、ここからかなり離れた裏路地のような所に、彼女と思わしき姿を見付けてしまった。
──あんな所で何をしているのだろうか。
そんな疑問が浮かび上がり、彼女の方へと視線を集中させる。
普通であれば、双眼鏡か何かを通して見なければわからないほどに遠い。おそらく向こうはこちらに気付かないだろう。
よく観察してみると、彼女は倒れ伏す何かの上に立っていた。
「魔女、か……?」
彼女の下に倒れ伏すのは、まだかろうじて息があるような、瀕死の様子の魔女数体であった。
この際授業がどうとかは置いておく。
ここまでであれば、街に赴いて魔女に遭遇し、そして倒した。
と、普通であればそう思うだろう。俺もそう思った。
しかし、彼女は倒れ伏す魔女にとどめをささず。その一部を剥ぎ取ると、それを──。
「……っ、……おい、嘘だろ」
彼女は何の躊躇いもなく、口に入れた。
それを見た俺は思わず屋上の端を囲う柵から飛び退き、その事実を否定したいかのような言葉が口から洩れた。
俺はもう一度柵へと近付き、確認するように先ほどの場所を見る。すると、彼女と目が合った。
そして彼女は魔女にとどめをさし、その場から離れて姿を眩ました。
普通ならかなり離れた位置にいる俺を、彼女が目で認識することは出来ないはずだ。
それこそ、不自然とも言えるような強化等が施されない限りは。
────ああ、また彼女を助けられなかった。
そう結果を導き出し、柵から少し離れた位置にあるベンチに座った俺は、そんな言葉を呟いた。
「……? また、彼女を助けられなかった……?」
俺は自分が発した言葉を再確認するかのように、復唱した。
──何故、またなんだ。
一体どうして俺はそう思ったんだ。
その言い方だと、まるで今までにも同じ事があったように聞こえる。
当然と言うべきか、俺にそんな覚えは無い。彼女のあんな姿を見たのは──。
────初めてだ。
それは確かな事実、のはずだ。
しかし、自信を持ってそう言いきる事が出来ない。いや、思い込むことが出来ない、と言った方が正しいか。
何か、得体の知れない感覚が全身を駆け巡り、それを否定するのだ。
思考を張り巡らせたところで、休息の終わりを告げる鐘が、学園内に広く響き渡る。
まるでそれは、また別の何かを告げるようで──。
自身の内に感じるこの違和感と、彼女が変わってしまったこと。様々な疑問を抱きつつも、俺は屋上を後にした。
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「かえろー、かえろー……。おうちに、かえろー」
俺の隣で、満足気に頭を揺らして即興の歌を口ずさみながら歩く少女。
その頭の上で月明かりを照り返している特徴的な機械の角を装飾するような白い薔薇の髪飾りが、少女の動きに合わせて揺れている。
俺はそんな少女の白くさらさらな髪を撫でながら、街灯に照らされたアスファルトの道を寮へと向かって歩いていた。
「……今夜は満月か」
視線を空へ向けると、目に映るのはいくつもの星がきらきらと光る満天の星空。その中で一際大きく輝いて、その存在を誇張する月を見つめてそう呟いた。
瞬間。何処かから飛び出した大きな黒い影がほんの少しの間月を覆い隠し、夜の闇にその行方を消した。
その影が飛んできた方角にあるのは修練場。
──修練場に行けば何かが分かる。
俺はそう確信めいたものを抱きながら、少女と共に大きなドーム状の建物へと向かった。
中に入ってすぐ目についたのは、客席に囲まれるように修練場の中央に位置する舞台。その中心に立ち、空を見上げる魔女。いや──。
────友の後ろ姿。
その後頭部からは、月明かりに照らされて黄金に輝く、身の丈ほどもある蠍の尻尾のようなモノが伸びている。
左腕があるべきはずの位置からは、大きな鋭い刃を持つ巨大な槍状のものが生えている。
「……ここで待っていてくれ」
俺は少女に対して、観客席で待っているよう伝えると、中央の舞台へと降り立つ。
──俺が、決着を着ける必要がある。
その思いを胸に、舞台中央に立つ彼女へと歩み寄る。
黄金に輝く蠍の尻尾のようなものを揺らし、振り返った彼女。鎧のようにその身体を包み込むのは硬い外骨格。
その顔には鼻や目などのパーツは無く。左目の位置には青紫色の炎が、右目の位置には血のように真っ赤な炎が、それぞれ揺らめいていた。
肩から先が無い右腕からは血のようなモノを吹き出して、舞台を紅く染め上げていた。
──すまない。
彼女は一瞬のうちに俺との距離を詰めると、その巨大な槍の鋭い刃先を突き出した。
その一撃は音速の壁を打ち破るような速さで俺の目前へと迫る。
俺は首を横に倒すことでそれを回避し、そしてステップを踏んで少しの距離をとる。
──ああ、そういえば前に言ってたな。
「……最後だ。お前の望み通り、手合わせをしよう」
槍を構えてこちらを向いている特異型魔女。いや、彼女に対して俺は静かにそう言った。
その言葉を言い切ったと同時に対面している彼女は地面を蹴り、こちらへ急速接近し、その勢いのまま足を振り上げて俺の脳天へと振り下ろす。
俺はその攻撃を素早く横っ飛びに回避する。
しかし圧縮された炎の魔法を纏い、真っ赤に燃え上がっていたそれが地面へと接触した瞬間に、その地点を中心に轟音をあげて爆発を巻き起こした。
舞台には直径二メートルほどの底が見えない穴が、真下へ向かって広がっていた。
どうやら彼女は俺が教えた魔法の練り方を、自分に合った形で習得したようだ。
うんうん、と感心する暇を当然与えてくれるはずが無く。二の太刀、三の太刀と、槍や蹴りによる攻撃が次々と襲いくる。
一撃一撃が重く、地面や空中に跳び上がった瓦礫に触れる度に、爆発や消えない炎を発生させる。
俺はそれら全てをギリギリで避け、或いは魔力で鎧のように覆った腕で受け流す。
そんな攻防を繰り返す中、彼女の頭上から蠍の尻尾のようなものがこちらへ突きだされるのを見たと同時、距離をとるために後方へと跳び上がった。
それが攻撃に使われたのは今が初めてであり、どのように仕掛けてくるかがわからないからだ。
そして地面に着地をするまでの、空中にいる不安定な瞬間。足が何かに引っかかったように態勢を崩し、俺の身体は地面へと叩き付けられた。
何事かと思い己の足を見てみると、魔力で練り上げられた紐のようなものがくくりつけられており。それは蠍の尻尾のようなものへと繋がっていた。
「……なるほど。そっちが本命か」
そう言い、顔を上げると。魔力を纏い、真っ赤に染まった槍をこちらに向ける彼女の姿が目に入り込んだ。
それと同時に、とてつもない力でそちらへと引き寄せられる感覚。
どういうことかこの魔力でできた糸は中々切れる様子が見られず、俺は糸に引かれるまま、彼女へと急接近させられる。
そして彼女の構えた槍と、俺の身体が目と鼻の先にまで接近し────。
俺は強固な外骨格に覆われた彼女の身体を、ガラスのようなモノを割り肉を引き裂くような感触と共に素手で貫いた。真っ赤な血に似た液体がその隙間から勢いよく飛び出す。
彼女と接触する瞬間に魔力の糸を切り裂き、引き寄せられた勢いを利用して、その硬い身体を貫いたのだ。
右頬すれすれを通って俺とすれ違った槍が、ちりちりと大気を焦がしているのが真横に感じられる。
俺はその身体から核を抜き取り、砕いた。
彼女はその場に膝をついて、俺にもたれかかるよう前のめりに倒れ込む。
すると、彼女を覆っていた堅固な外骨格等の魔女であった部分が砕け、蒸気を放って消滅した。
そして、俺の胸元に残ったのは右腕を失った、魔女ではない彼女。左手に槍を持って目は閉じている。
「……序列、一位。あたし、は……。アンタみたい、に、強く……」
──もういい。無理に喋るな。
俺はこの胸に抱き止めている彼女に対して、そう静かに言った。
しかし、彼女は力無く首を左右に小さく振り、否定の意思を示した。
「あたしは、さ。アイツに復讐したかったんだよ……! ……いや」
彼女は力を振り絞ってそう言った後、思い直すかのように首を軽く振り、目を閉じたまま優しく微笑みを浮かべると。
「変に意地を張らずに、さ。助けてくれ、って言ってたとしたなら……。アンタは、助けてくれたんだろうな」
俺は彼女の左手を無言で強く握りしめ、その言葉を肯定するように何度となく頷く。彼女には見えていないだろうが、そんな事は関係ない。
「……ああ。何も見えないし、何も感じない。けど、わかるよ。…………ありがとな」
彼女はそう言い、俺の手をとても弱い力で握り返す。
そして糸が切れた操り人形のようにだらんと力無く項垂れると、魔女のように蒸気を発して俺の腕の中から消滅した。
「すまない。次こそは……」
口から、そんな言葉が洩れた。
明らかにおかしな言葉ではあるが、今の俺はそれについて考えられるほどの余裕が無い。
俺はふらふらとした足取りで少女の元に戻り、帰路に着いた。
「ねえ、ユーゴ。さっきの人は誰?」
そんな、彼女に対しての情報を全く知らない少女により、投げかけられた疑問。
「ああ、アイツは……」
俺は一瞬、何と答えるかと言葉に詰まった。が、それもほんの一瞬だけで、その次の瞬間には自信を持ってこう答えた。
────名前も知らない、俺の親友さ。
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「……っ、はあ、はあ。……っが、はっ……!」
──何故。
──何故。
──何故だ!!
何故、私がこんな目に合わなければいけないんだ。
私はただ、この世界のために。
私は建物の壁にもたれかかりながら、ずるずると足を引きずって、街灯がほとんどない真っ暗な路地裏を進む。
おそらく、背後の地面は血で真っ赤に染め上げられているだろう。最早振り向く気力も無いために確認は出来ないが。
「どうに、か……。はあ、っは……かはっ。あの場所、ま、で……!」
と、声をあげるものの。力が抜け、私はその場に倒れ伏す。
この時間帯であれば、アレを使うことも出来るか?
そう考えた私は右手だけを上げて、指を鳴らした。
すると、何処からともなく一体の魔女が現れて私に近寄ってくる。
「っ、はは……っ、よし。私を、運べ」
私がそう命令を下した魔女は、その腕のようなもので私を担ぎ上げようとする。
しかし突如現れた何者かの斬撃によって、その魔女は消滅する。
「ふーん。お姉さん、魔女に愛されてるんだねー。いいなー……。ねえ、お姉さん」
魔女を消滅させた黒い影。もとい、巨大な鋏を両手で持っている謎の少女は、私の目の前にそれを突きつけてこう言った。
────その顔、頂戴?