表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/11

第三話 『海に響くは金属の咆哮』─前編─

「集合、整列! これより我が第二十二分隊は友軍の協力の元、周辺の警戒態勢に入る!」


 俺達以外誰もいない静かな砂浜。耳に聴こえる寄せては返す、小波の音。軍靴が砂を踏み鳴らす。

 アヤ姉さんの声が響く中、俺は少し考え事をしていた。


「各人、気を抜くな。散開!」


『はっ!』


 アヤ姉さんが声を張り上げる。

 それに呼応するいくつもの声が聞こえ、皆散り散りに砂の上を駆けていった。


 俺は全員が持ち場に着いたのを確認するように、辺りを見回している彼女に声をかける。

 俺の声に気付いた彼女は軍帽に手をかけ、かぶり直すような仕草を見せるとこちらを向き、どうかしたのかと首を軽く傾げた。


「いや、今までに海上から魔女が来たというのは聞いたことが無い。そこが気になっただけなんだ」


 俺のその疑問に対し、彼女は肯定するように軽く頷き、口を開いた。


「……ああ、確かに君の言う通りさ。海上に生息する魔女というのは前例がない。そして──」


 アヤ姉さんはつらつらと言葉を並べていく。

 彼女から得られた情報によると、軍の研究では魔女らが海上で生きることは不可能である上、仮に生きることが可能だとしてもそこに居るメリットはない。という結論が出されたらしい。


「その情報が正確だと仮定すると、つまりは……」


 こくり、と彼女は静かに頷いて同意の意を示す。


 俺達の推測が正しいならば、ここに訪れるモノは──



 魔女ではない、また別の脅威。

 そんなモノが存在するという可能性を指し示す。


 この地球上に存在し、尚且つ人類の存続を脅かすようなモノ。それも、現状、魔女よりも優先して対処すべき必要があるシロモノ。

 いや、もしかするとこの地球上に存在するモノではないのかもしれない。


 ──いや、或いは……?


 頭の中に浮かんだ一抹の可能性を確かめるように、地面へと落としていた視線を上げ、アヤ姉さんの顔を見る。


 おそらく、俺の意図を読み取ったであろう彼女は首を左右に振り、こう言う。


「……いや、その可能性は極めて薄いよ。詳しくは言えないけど、これは確かな情報だ。出来ることなら、嘘であって欲しいけどね」


 一体、俺達はどのようなモノと向き合っているのだろうか。全く検討もつかない。

 考えれば考えるほどに深みにはまり、到底その真理に近付けている気はしない。


 いや、難しく考えるということ自体、特に意味は無い行為なのかもしれない。

 つまるところ、何が来ようとも立ち向かうしかないのだ。


 俺は歴史の教科書に載っているような何処ぞの聖人などではなく、ただの一人の人間だ。世界を救う、などと言う高尚な理由なんかを背負えるはずもない。

 だからただ、手が届く範囲にいる親しい人間を救いたい。戦うにはそれだけの理由で充分だ。


 俺はそう結論を出し、覚悟を決める。それと同時にとりとめもない思考を放棄した。


「すまん。手間を取らせた」


「構わないさ、この程度ならいつでも言ってくれ。いや、むしろボクにはこれくらいの事しか出来ないだろう」


 彼女はまるで表情を隠すように少し俯き、軍帽を深くかぶり直した。

 そんな彼女の姿は哀愁が漂って見えた。


「いや、アヤ姉さんとの会話である程度の覚悟は決まった。軽いように聞こえるかもしれないが結構重要なんだ、覚悟ってのはな。だから、ありがとう」


「……ああ、君がそう言うならその言葉の通りに受け取っておくとするよ。…………ありがとう」


 アヤ姉さんは顔を上げてそう言った後、再び俯いてとても小さな声で何かを呟いた。

 普段ならば声のボリュームが小さかろうと聞き逃すことはないのだが、靄でもかかっているかのように聞き取ることが出来なかった。人には聞かれたくない言葉だったのだろうか。


「それじゃあ、俺はあっちの方に行く。気を付けてな、アヤ姉さん」


 まあ、おそらく魔法で遮ったのだろう。で、あるのならば俺は気にしないことが最善だろう。


 アヤ姉さんに背を向けて、アリサ達の方へ向かった。


「…………君も無理はしないでくれよ」





「アヤ姉さんと共に情報をまとめた結果、敵は魔女ではないという結論が出た。いや、むしろ魔女の方がいくらかマシと言えるかもな」


 アリサ達の元に戻るなり、俺は先ほどの結論を伝えた。


「やけに遅いと思ったら……」


 やれやれと言わんばかりに首を左右に軽く振り、アリサはため息を吐いた。

 その表情を見るかぎり、俺やアヤ姉さんと同じくある程度は推測していたらしく、驚いたような様子はない。


 レイカもいつも通りの表情で冷静にいるあたり、同じだろう。


「え、ちょ。魔女より強いとか聞いてないんすけど?! 自分に勝てるわけないじゃないですかやだー!!」


 リリカは自分の尻尾を体の前辺りで手で掴みながらそう言う。


 まあ、ある意味こいつもいつも通りか。


「安心しろ。お前はいつも通り戦闘に参加する必要はない。が、ある意味一番負担がかかるのはお前かもな、リリカ」


 ──そう。


 彼女の能力は、とてもじゃないが戦闘に向いているシロモノではない。

 そのため、俺達四人が魔女等と交戦する際。リリカを除いた三人で前衛に立ち、敵と向かい合う。それが、いつもの戦闘だ。


 しかし、後衛で俺達に守られるだけではなく、彼女にもしっかりとした役目がある。


 能力を駆使して周辺に必要以上の損害を与えない。

 交戦地帯で安全な範囲を確立する。


 ──以上の二つだ。


 戦闘を行わない分、いくらか楽かと思われるかもしれない。しかし、彼女の能力によるそう言ったバックアップがあるからこそ、俺達は心置き無く戦える。

 ある意味、とても重要な役割であるために、彼女へとかかる負担は大きなものだろう。


「うぇぇえ……働きたくないっす……」


 彼女はそう、軽く聞こえるような言葉で愚痴をこぼした。

 まるで何でもないかのようにいつも通りの態度を振る舞うが、やはり隠しきれるようなものではない。


 敵が強大であればあるほど、その交戦地帯に安全圏を確立するというのは難しい。

 やはり、今回の敵はより強大であると推測されているために、彼女はその小さな肩に多大なプレッシャーを感じているのだろう。


「まあそう言うな、今回のこれが終わったら今度夕飯でも奢ろう。それでどうだ?」


 本人がいつも通りに振る舞っている以上、俺達に出来るのは同じようにいつも通り接することだけだ。


「え、ほ、ほんとっすか! …………こほん。ま、まあそこまで言うんならやってやりますよ」


 ほんの一瞬、彼女は目を見開いて叫んだ後、わざとらしい咳払いをして表面上を取り繕うように静かにそう言った。

 尻尾の様子は先ほどと違い、スカートの裾を押し退けてピンと真上を向いている。


「ユーゴ。一体どういうことだ?」


「どういうことかしら? ユーゴ、説明して頂戴」


 少し嬉しそうな顔をしているリリカとは別に、アリサとレイカがとてつもない威圧感をこちらへと向ける。


 いや、むしろ俺がお前らに説明して欲しいんだが……。


 仲間の士気が下がっている状態での戦闘は、はっきり言って不利な状況に陥りやすい。だからこそリリカの士気を上げさせるために放った先ほどの言葉。

 結果として、その目的は達成された。しかし、何故かレイカとアリサから圧をかけられるというオプションも付随してきた。


 一体何が問題だったのだろうか。


「…………お前達も行きたいのか?」


 少し考えた結果、そう言う結論が俺の脳内で導き出された。


「そ、そういうわけじゃ……」


「いや、その、何と言うかだな……」


 俺の発した言葉を受けたアリサとレイカは、二人揃って同じようにもじもじと照れくさそうな様子を見せた。


 どうやら俺の推測は当たっていたみたいだな。

 俺とリリカが二人で行くとなると、仲間外れにされたような気になった二人が怒るというのも納得がいく。


「なら、その時は四人で行こう。それなら問題はないだろう?」


 と、全員に不満が出ないような結論を述べる。


 しかし俺の思惑は外れた。二人は不満があるわけではないが満足ではない、と言うような微妙な表情を浮かべながら項垂れ、そして大きくため息を吐いた。

 更には、先ほどまで笑顔だったリリカもどういうことか二人と同じように項垂れており、その尻尾はだらんと垂れ下がっている。


 ──どうすればこの三人は納得いってくれるのだろうか。


 三人のテンションは下がっているが、士気的には問題が無いように見えるため、これ以上どうするというわけでもない。しかし、そんな疑問だけは残った。






「そういえば、さっきの少女は何処に行ったんだ?」


 あれから、俺達四人は談笑していた。アヤ姉さんから特に配置等に関する指示は出されていないため、おそらく敵が出現するまでは待機なのだろうと、そう判断したからだ。


 他愛ない会話をしている最中に、ふと少女のことを思い出す。少し、その所存について気になった。


 確か、俺はアヤ姉さんの所に話を聞きに行く前、アリサに預けたはずだ。しかし、辺りを見回してもその姿を確認することは出来なかった。


「ああ、さっきの子なら隊の人に頼んで……ほら、あそこよ」


 アリサはキョロキョロと辺りを見回すような仕草を見せた後、指を差してそう言った。


 アリサが差した方向には小さなテント、その入り口辺りに軍服を着た女性が二人立っている。


 ……目が合った。

 二人はこちらに軽くお辞儀をし、微笑んでいる。


 それに応えるように俺も軽い会釈をした。


 テントの入り口に降りた布の隙間から、誰かがこちらを見ている。

 アリサの言う通りならば、あれが先ほどの少女なのだろう。


「なんか、すごいこっちの方を見てるっすね……」


 俺と同じくテントの方へと視線を向けていたリリカが、小さく呟くようにそう言った。


「ふむ……、そう言えば……」


 レイカが思い出したように言った。

 どうやら俺がアヤ姉さんと会話をしている時もずっと、静かに俺を見つめていたそうだ。


 何を考えているのかはわからなかった。と、レイカは感想めいた言葉を口からこぼす。


 何か俺に用でもあった、或いは現在形であるのだろうか?




 ──まだ時間に余裕はあるだろう。


 そう思い、テントの方向へと歩みよろうとした瞬間。普通であれば気付かないような微かな変化ではあるが、波の音がほんの少しだけ大きくなったのを耳に捉えた。


 他の三人も変化に気付いたらしく、海へと体を向けて臨戦態勢に入る。



 アヤ姉さんの隊の人達が砂浜の上をあちらこちらと走り回り、厳戒態勢をとる中、俺達は静かに立ち止まって波の音を聞いていた。


 ──そう、微かな変化すらも聞き逃さないためだ。





「…………敵、来るっす!!」


 身動きひとつせずに静かに立ち尽くしていたリリカが、尻尾の毛を逆立たせて、叫ぶようにそう言った。


 それと同時に砂浜から数百メートル辺りの海面下から何かが、水面を押し上げて天へと伸びる。

 その動作により、辺りには水が海面へ叩きつけられる音が大きく鳴り響く。

 海面へ叩きつけられた水、下から伸びる何かに押し上げられた水、それらの全ては大きな波となり海岸へと流れる。



「蛇、か……?」


 海面から姿を現したソレを前に、小さく声がこぼれる。

 機械で出来ているであろうソレは、光を鈍く照り返して銀色に輝き、天高く伸びている。細長く、手のないその姿はまるで蛇のようで、頭の辺りには王冠のような形をした機械がついている。

 そして何よりも特筆すべきことは、その巨大さだ。

 海面から出ているだけでも十数キロメートルはある。おそらく全長数十キロは下らないだろう。


「……いや、過去の文献。まあ所謂、神話等の類いから抜き出したものだけど、こいつにお似合いのモノがある」



 ──リヴァイアサン。


 隊の人達は何時の間にか俺達の周囲に集まっており、隣に立っていたアヤ姉さんが俺の発言に答えるよう静かにそう言った。



 海面から現れたソレ。リヴァイアサンは辺りを見回すようにその巨大な首を右へ左へとゆっくり振った後、目を赤く光らせて機械仕掛けの巨大な鋭い牙が見え隠れする大きな口をゆっくりと開く。


 ──────────ッッ!!!


 そして、耳をつんざくような鋭く高い音。深く、重く、沈むような低い音。金属を擦り合わせたようなとても不快な音。それら多数の音が重なりあったような巨大な機械音を発した。


 リヴァイアサンが放った咆哮こえは大気を震わせ、服の上からでもわかるぐらいに肌をびりびりと刺す。

 その衝撃は大地を揺らし、まるで大嵐でも起こったかのように海は大きく荒れ、海岸へ波を激しく打ち付ける。


「仮名リヴァイアサン掃討戦開始! 総員──、撃てぇっっ!!!」


 アヤ姉さんが右手を上げてそう叫んだ瞬間、その声をかき消すかのように、触れたもの全てを凍らせるような冷気を放つ氷のつぶてが。大気を焦がす炎の塊が。空を切り裂く真空の刃が。その他無数の魔法がリヴァイアサンへ向かって飛ぶ。


 それら全ては轟音と共にリヴァイアサンの至るところに命中し、その姿を爆煙で覆う。しかし、魔法は途切れることなく撃ち続けられている。



「撃ち方、止め!!」


 隊の人達が撃ち続けて数分が経っただろうか。

 アヤ姉さんがリヴァイアサンへ対する攻撃を止めさせた。


「……た、倒した……?」


 隊員の一人が、呟くようにそう言った。


 現在、リヴァイアサンの周りは爆煙で覆われており、その姿を視認することは出来ない。


 沈黙の時間が続く。



 ──────────ッッ!!!


 その沈黙を破ったのはリヴァイアサンの咆哮。先ほどまでその体を覆っていた煙は一瞬でかき消された。


「……まあ、そう簡単にはいかないか」


 そう呟いたアヤ姉さんは、再び号令を出すために右手を上げようとした。しかし、リヴァイアサンの体に異変が起きたためにその行為は取り止められた。


 リヴァイアサンの、その機械で出来たような体から鱗のような小さなモノが剥がれ落ちたのだ。

 小さいと言ってもリヴァイアサンと比べると、と言うだけであり、数十メートルはあるだろう。


 ──ダメージを与えた。


 おそらく、ここにいる皆がそう思ったことだろう。

 しかしその思いとは裏腹に、落ちていったかに見えた鱗のようなモノは空高くへと浮かび上がり、リヴァイアサンの顔の横辺りで滞空している。


「……何? あれ」


 皆が固唾を飲んでソレの動向を見つめる中、アリサが小さく呟いた。


 鱗のようなソレは、以前として滞空したままだ。



 ────まずい。


 そう、予感めいたものを察知した俺は、鎧のように体を魔力で覆う。そしてソレと皆が居る位置の直線上、空中へと飛び上がり右の手のひらをソレへ向ける。


 瞬間。ソレから放たれたであろう音を置き去りにするような速さの光の筋が俺の右手に当たり、炸裂する。

 とてつもない轟音と共に訪れた衝撃は、見るだけでわかるような空気の膜と化し、辺りへ広がる。砂は巻き上げられて砂煙を起こし、周囲の木々に生っている葉は千切れそうなくらいに揺れ、がさがさと激しく音を立てる。



 背後を見ると砂浜は、空中に居るはずの俺を中心に広く浅いクレーターを生み出していた。


 幸い、俺が飛び上がった時点でリリカは察してくれたようで、能力による結界を展開させていた。そのため、皆にこれといった被害は見られない。


「……い、一体何が起こったと言うんだい? アレが一瞬光ったと思ったら次の瞬間には……」


 今の攻撃を理解していない様子の皆を代表するように、アヤ姉さんがそう言った。


 ──あれは……。


 そう言葉を紡ごうとした。しかしレイカが口を開き、話始めようとしたのが見えたため俺は口を閉ざし、言葉を待つことにした。


「あれは……所謂、レーザービームと言うものが、表現としては一番近いだろう」


 皆が視線を集中させる中、レイカは腕を胸の前辺りで組んだ姿勢のまま、そう言った。そして、同意を求めるように俺の方を見上げたため、静かに頷き肯定の意志を返した。


「…………っ! 皆、あれを見て!」


 アリサは叫ぶような声でそう言い、海の方向を指差した。それに従うようにリヴァイアサンが居る方へと振り返った。


 海上ではその機械の体を離れ、鱗のようなものが次々と宙へと浮かび上がる様が目に映りこんだ。


 それを見た隊員達の顔は恐怖により少しずつひきつっていく。


「リリカ! この結界を砂浜全域まで広げてくれ!」


 俺の言葉を受けたリリカは小さく頷くと、その場に座りこみ目を閉じる。そして外敵から身を守るように足を折り畳み、手でそれを抱える、所謂体育座りの体勢になった。


 これが彼女の能力が戦闘に向いたシロモノではないとされる所以だ。

 彼女の能力は、許可したモノ以外全てを拒絶する絶対不可侵の領域を作り出す。端的に言えばバリア、結界等を張ることの出来る能力だ。

 これだけであれば、戦闘に向かない。と、言うほどのものでもない。


 しかし、能力発動中は本体が戦えない無防備な状態になるというデメリットが付いている。

 だから、その隙を埋めるために俺達が居る。


「……とりあえずは、アレを片付ける必要があるみたいだね。総員、目標変更! 我々は小型飛行物体の殲滅を優先する!」


 隊員達の士気が下がり始めたのを察知したのか、アヤ姉さんが声を張り上げてそう言った。そして、更に言葉を続ける。


「恐怖におののく暇があるならば。今日という日を終え、明日をまた生きたいと願うのならば、戦え。総員──、撃て!!!」


 皆を鼓舞するような言葉の後に出された号令。それに続く魔法の数々は先の号令時よりも勢いを増しているように感じられる。


「……ふむ。では、私が少し本体にアプローチをかけてこよう。ユーゴとアリサはアレを頼んだ」


 レイカが出したその提案に対し、俺達は頷き、同意する旨を示した。

 それを確認したレイカは地面を蹴って空高く飛び上がり、空中を蹴るような仕草と共にリヴァイアサンへ向けて飛んだ。


「まあ、とりあえずレイカに任せましょ。……っと、これでも喰らいなさいっ!」


 アリサはそう言い、遥か空中へ浮かぶ鱗のようなものへ右手を向けた。

 すると、鱗の位置が突然変わる。そして、ソレ同士が向かい合ってレーザービームを放つ事になる。当然、向かい合った二つはほぼ同時に轟音と共に爆発し、がらがらと音を立ててその残骸は海へと沈んでいった。


「……っ、はぁっ! や、やっぱり。……はぁっ。空中に浮いてるものの座標計算は、疲れるわね」


 アリサはそう愚痴をこぼすように言いつつも、先ほどと同じ動作を繰り返す。

 位置を変えられ、乱された。無数とも言えるほどに宙に点在するソレは、次々と同士討ちをして海の底へと沈んでいく。


「……アリサばかり働かせるわけにもいかないな」


 俺はそう、誰に言うでもなく小さな呟きを口からもらし、空高く飛び上がる。


 先ほどよりも、より強固に体を魔力で覆い、鱗のようなものへと接近する。

 近くによってみたことで分かったが、こいつらは鱗と言うよりは空中浮遊が可能な砲台と言った方が良いのかもしれないな。


 空中砲台達は俺が接近したことには目も向けず、以前としてその砲口はリリカが結界を張った砂浜へ向けられている。


「まあ、都合が良いっちゃ良いんだが……。余所見してると危ないぜ、っと!!」


 俺は一番近い位置に浮遊している空中砲台へ向けて加速し、接触する瞬間、己の背後の空間で爆発を起こす。爆風により体に訪れるのは多大なる負荷、そして瞬間的な急加速。俺はその勢いのまま砲台を殴った。


 砲台は訪れた衝撃により、一ミリと動く暇もなくその場で多大な音を立てて爆発した。

 既にただの金属の塊と化したそれは、煙を揚げながら海へと墜ちていく。


 この出来事により、俺が優先対象として認識されたのか、辺りを見回すと無数の砲口がこちらを向いている。


 だから──。


「余所見は危ないって、そう言っただろ?」


 そう呟いた瞬間。レーザービームを放とうとした砲台の前に別の砲台が突如現れ、放たれた閃光により周囲の他の砲台を巻き添えに爆発する。


 さて、レイカの方は……。



 機械の巨大な体を前に、海面からそう遠くない位置で目を閉じて静かに佇むレイカ。左手で刀を腰に添え、柄に右手をかけるその様は、まるで何かを待っているようだ。


 数センチほどその巨大な体が波に揺れ、レイカの目の前の部分がほんの少し曲がった瞬間。

 彼女は閉じていた目を開き、その一瞬の綻びを目掛けて一閃。



 ──パキン。


 と、何かが割れるような音が辺りに響いた。

 彼女の周囲には、少量の花弁が舞っており。その手に握られた刀には、柄からすらりと伸びているはずの刃がない。

 先ほどの音は、それが失われたということを示していたのだ。


 慌てて彼女の元へと駆け寄り、声をかける。


「……なに、刀に関しては問題ない。……ただ。おそろしく硬いぞ、こいつは。それに知能も高いようだ」


 彼女はそう語った。


 彼女の能力は、発動中であれば刀で触れたモノ全てを花弁へと変化させる。

 本来であれば、その能力の前には対象の堅固さ等、意味を為さない。


 しかしリヴァイアサンはここに確かに存在しており、辺りに舞うのは少量の花弁のみ。

 そして、知能も高いという彼女による発言。


 その事実から顧みるに、おそらく。リヴァイアサンは斬られた瞬間にそれを理解し、その部分をほんの微粒子レベルで本体から切り離したのだろう。

 己自身が花弁と化す前に。


「なら選手交代だ、こいつは俺に任せろ。レイカはアレを頼んだ」


 俺は遥か上空に点在する空中砲台を指し、そう言った。


 彼女は少しの間を置いてこくり、と頷き、手元の折れた刀を鞘に収める。鍔が鞘に当たる音と共に彼女の手に握られていた刀は消えた。

 そして彼女は何も持っていない右手を、虚空へむけて振り下ろす。その所作はとても美しく、まるで刀を持っているかのように錯覚される。

 上から下へと、振り下ろし終えた地点では既に先ほどと同じ刀を持っており、彼女はそれを鞘から抜き放った。


 しっかりと刃が付いていることを確認させるかのように、俺の目の前へとそれを突き付けた彼女は、静かに微笑みこう言った。


「……任せた」


 ──ああ、任せろ。


 俺は返答として、彼女と同じように軽く微笑みを浮かべる。


 微笑みを浮かべたままお互いに見つめ合う、という奇妙な空間が訪れる──。


「ちょっとアンタ達! なに戦場のド真ん中でイチャついてんのよ!!」


 ──かに思えたが、それは突如現れたアリサによって中断された。


「いちゃ、つ……っ?! い、いや、そう言うつもりではなくてだな……。その……」


 ちらちらとこちらを見つつ、照れくさそうに頬を指で軽くかくレイカはそう言う。


 俺はレイカの言っていることに同意するように、うんうんと頷く。


「って、ああ、そうじゃなくて……! そう! 例のあの子が居なくなったのよ!!」


 慌ただしい様子のアリサは、海岸の方を指で差してそう言った。


 アリサが言うには、安全確認のために隊員の一人がテントの中の様子を見に行ったところ、そこは既にもぬけの殻だったらしい。

 テントから出ていったような足跡は残っていないが、そう遠くへは行っていないはずだとの事。


「……ん? 何だ? あれは……」


 アリサから話を聞いている最中、レイカが空を指差してそう言った。


 一旦話を中断し、レイカが指差す方向を見る。そこあるのは既に傾きかかった太陽。

 そして、それを半分ほど覆い隠すような何か。

 どうやらそれはこちらへと接近しているようで、その陰は徐々に大きくなっていき、遂には煌々と燃えていた太陽を覆い隠した。


 機械で出来た翼を大きく広げ、この空を悠々と羽ばたくその姿はまるで空想上の生物を、頭に過らせる──。


「ド、ドラゴン……?! そんな……! お伽噺の世界じゃないのよここは!」


 アリサが、そう悲鳴のような声をあげる。


 そう、空想を現実にしたような姿を持った、機械で出来たドラゴンはこちらを見つめている。

 光を受けて、鋭く照り返す白銀の大きな翼。曇りひとつ無い、白く強靭な、機械で出来た鋼の体躯。そして青い光を発する目に、これもまた機械的な黒い角。


 ────ん?


 ──機械的な黒い角?


 確か、ごく最近に、同じモノをみた覚えがある。


「……くっ、また厄介なモノが増えたな」


 レイカはそう言い、刀を握る手に力を込めた。


「……いや、待て。あれはおそらく敵ではない」


 俺はレイカを抑えるように、ドラゴンと彼女の間に入る。

 そして、ドラゴンを静かに見つめる。


 しばらくした後、ドラゴンはこちらに背を向けて再び遥か上空へと戻っていった。


「……何だと言うんだ? あれは」


 そう言ったレイカは、柄から手を離しては居るが、警戒を解いていない様子でドラゴンの背を見つめている。


「あれは……おそらく、例の少女だろう。少なくとも、今は敵ではなさそうだ」


 これといった根拠は特にない。

 しかし、例の少女がアンドロイドであると仮定した上で考えるならば、あの機械的なドラゴンになれる可能性はある。


 その旨をアリサとレイカに話す。

 二人はあまり納得いっていないような顔をしていたが、信用はしてくれたようだ。


「レイカはさっき言った通り、上は任せた。アリサは皆に伝えてくれ。後はまあ、言わなくても分かるか」


 そして、三人で顔を見合わせた後、それぞれの役目を果たすべく散った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ