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第一話 『力を求める少女』

「もっとだ。これじゃあ足りなイ……」



──────

────

──



「はい、それじゃあ今日の授業は強化型魔女について話していきますね~。それと、時間があれば特異型も少しだけ~」


 黒板の前に立つ、白衣を着た女性がそう言った。

 随分とおっとりした話し方である。

 彼女は普段から、椅子に座って花壇を眺めながら、ぼーっとしている事が度々である。そのような彼女の性格を知っている生徒達は、特に気に止めた様子もない。


 戦場へと赴き、魔女と戦ったあの日から一週間が過ぎ。俺達は普通の日常へと戻った。

 表彰や勲章の授与だとかで、昨日まで通常通りの授業は行われなかった。


「はい、それじゃあ~……、雄護くん。強化型魔女について簡単に説明して下さいね~」


 指を立てた右手を悩むように少しばかり、その服の上からでもわかる豊満な胸の前辺りで遊ばせた後。まっすぐに俺の方を指し、先生はそう言い放った。

 俺は一瞬ではあるが、それに合わせて後ろへ振り返りそうになり、そして気付く。


 ……そういや、俺の後ろは壁だな。


 それに付け加えてこのクラスに雄護と言う、男のような名前をしているのは俺しか居ない。いや、学園内を探してもまず男は俺だけだ。


 指名された俺は立ち上がり、強化型魔女に関して簡潔に述べるため頭の中で考えをまとめる。


「……あー。全体的にスペックを上げて、黒い鎧のようなもので覆った魔女のことです」


 自分なりに強化型魔女について簡潔にまとめたものを述べ、椅子に座る。

 これ以上に簡潔に且つ、わかりやすくまとめた説明があるだろうか。


「えっと~、まあ、大体はそうですね~」


 先生は自分の想像していた物と違うが合っているために何も言えない、と言うような困った顔を浮かべる。

 そして俺の説明を補足するように、こちらに背を向けて、手に持った白いチョークで何も書かれていない黒板につらつらと、文字を並べていく。


 黒い鎧のようなもの。と、表現したそれは、正式には強化外骨格というものであった。

 それはとても硬く、これを纏った魔女には物理、魔法が共に効果が薄くなることから、緩衝材のような役割を果たしていると推測されている。

 魔女のスペックが上がる。と、表現した現象も、研究によってその強化外骨格を纏うことにより起こることだと結論付けられている。

 そしてその数は大体、普通の魔女五十体に対して一体と言ったところらしい。と、黒板に書かれたものを自分なりに解釈し、ノートに書き写す。



「はい~。それじゃあ次は少しだけですが特異型について説明しますよ~」


 黒板の三分の二ほどを埋めた所で手を止めた先生はこちらへ振り返り、そう言った。

 授業が終わる時間まで、後十分もない。中途半端な時間だ。

 次へと進むには足りず、終わりにするには少し早い。


 その中で彼女の出した結論は少しだけでも進む、という選択らしい。


「特異型はですね~……」


 黒板に書くスペースも時間もないと判断した彼女は、口頭で特異型についての説明を述べていく。


 まず、身体的な特徴として。特異型魔女は通常の魔女や強化型とは違い、より人間に近い姿をしている。

 しかし、その人に近い姿とは裏腹に。強化型とは比べものにならない俊敏性、耐久力、破壊力、魔法力を持っている。

 その数は圧倒的に少なく、この国では今まで数体しか目撃例がない。

 そして特異型と呼ばれる最大の特徴は────


 と、そこまでをノートに書き写した所で、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「……えっと~、途中ですが今日の授業はここまでですぅ~。それでは皆さん、さよ~なら~」


 そのことにより、彼女は説明を述べるのを止めて教卓の上に置いてあった教科書の類いを手に持つと、ゆっくりと教室を出ていった。


 各々の荷物を鞄に詰めると、それを片手に教室を出ていく生徒達がちらほらと見受けられた。

 この学園では放課後の前のホームルームはない。つまり、その日の最後の授業が終わればそれで解散なのだ。


「ユーゴ! 帰るわよ!」


 そう言い、俺の机に座るのは幼馴染であるアリサ。

 別に寮が同じ部屋だとか、そういう事ではない。しかし授業が終わるといつも、アリサは俺の元までやってきてこう言う。

 前に、どうして一緒に帰ることにこだわるのかと問い詰めてみた所。


「幼馴染なんだから別に良いでしょ」


 と、言われてなんとなく納得した。そのため、特に何を言うでもなく毎日一緒に帰っている。


「あの~、雄護くんと亜理彩ちゃん。対抗戦の件について、考えてくれましたか~?」


 席を立ち上がり、アリサと共に教室を出た所、先ほどの先生と鉢合わせた。

 いや、鉢合わせた。と、言うよりは待っていた、の方が正しいだろう。


 この先生は生物の教師であり、俺達のクラスの担任でもある。対抗戦に関して、三日ほど前に俺達に参加を求める旨を話しており、その返答を聞きにきたのだろう。


「結果を残せるかは別ですが、まあ頑張ります。アリサはどうする?」


 そう言い、アリサの顔を見ると、俺と同じだと示すように頷く。


 対抗戦とは毎年行われる恒例行事であり、いくつもある魔法学園がそれぞれ、代表を数人出してトーナメントを行い、どこが一番上かを競いあうものだ。

 上位になれば学園自体のランクが上がり、在校生達の将来の就職に有利になる。そして、入学希望者も増えるそうだ。


「二人とも出てくれるんですね~、ありがとうございますぅ~。それでは~、さよ~なら~。あぅっ」


 彼女は己の胸の前辺りで両手を合わせて、微笑みながらそう言う。その後踵を返し、こちらに顔を向けて手を振りながら歩いていき、そして転んだ。


 立ち上がって、また歩みを進めたものの……大丈夫だろうか?


 ちらちらと、先生の方を振り返りながらも俺達は帰るために廊下を歩く。






「そう言えば、今日はレイカが来ないな」


 校舎の玄関を出たあたりで、そう呟く。

 いつもならここに来るまでにレイカが合流し、三人になる。そして。


「先輩、自分もご一緒していいっすか?」


 そう言い、俺の背後からひょっこりと現れたのはリリカ。その頭に着いた猫のような耳はピクピクと動き、尻尾は垂直にピンと上を向いている。

 俺がその言葉に対して頷き、肯定の意を示すと、耳を横に倒して満足そうな顔を見せる。


 こうして四人になるまでが、いつもの日常なのだ。しかし、今日はレイカが姿を現さなかった。


 レイカは生徒会長だ。

 そのため、稀ではあるがこうして合流しないこともある。だから今日もそうなのだろう。と納得し、特に深くは考えずに寮へ向かって歩く。



 寮へと続く道には様々な施設がある。巨大な体育館であったり、様々な部活動の部室等の、学園に関係があるものだけでなく。映画館やカラオケ、ゲームセンターにショッピングモール等の娯楽施設もあり、まさに学園都市と言った所だろうか。



 突然大きな轟音が鳴り、俺達はその音の発信源であろうドーム状の巨大な建物を見る。

 これもまた、学園内にある施設の一つ。修練場である。

 そこの扉は常に開いており、生徒達が自由に利用出来るようになっている。修練場では魔法の鍛練をしたり、生徒同士での模擬戦闘が行えるのだ。

 そのため、修練場の壁はとても強固なものとなっているのだが、これほどの音を外に響かせるとなるとおそらくレイカが居るのだろう。


「誰と戦ってるのかしら。気にならない?」


 アリサはこちらを向いてそう言い、右手の親指で修練場の方を指す。

 その問いかけ。いや、アリサの意図を読んだ上でなら提案だな。

 アリサの提案に対し、俺とリリカは頷く。そして修練場に近寄りその扉に手をかけた。





 ドームは地面を掘ったように作られており、外から見たよりも更に広いつくりになっている。

 この学園にある修練場は、中央にある戦闘を行う舞台のような広場を囲むように観客席が広がっている。その様は古代ローマの円形闘技場のようだ。

 何故ここまで広大に造られているのか?──それは、ここが対抗戦の舞台となるからだ。


 中央の舞台ではレイカと一人の少女が激戦を繰り広げていた。

 観客席では騒ぎを聞きつけたのか、ちらほらと、他の生徒達が座って戦いを観戦している姿が見える。


「あれ、あの子って……。ほら、最近すごい勢いでランクを上ってきてる。今三位の子じゃない?」


 アリサがそう言った。

 よく見てみれば、レイカ達が戦っている舞台の脇には教師が立っている。

 確か、レイカは現在二位だったはずだ。アリサの発言とその事を顧みるに、おそらく現在はランク戦が行われており、教師はその審判を務めているのだろう。


『この勝負、御剣麗華の勝ち!』


 と言う、審判を務める教師の宣言と共に、場内に歓声が沸き起こる。


 舞台の方を見ると対戦相手の少女は倒れ伏し、レイカはその二本の足で立っている。レイカの顔には汗一つ見れず、涼しげな表情がみられた。

 そして、倒れ伏す少女を背に舞台を降りた。


「麗華お姉様ー!」


「素敵ー!」



────────

──────

────



「……で、どうだったのよ? 話題のあの子」


 アリサはその長いツインテールを揺らし、隣を歩くレイカの方を向いたかと思えば、そう問いかけた。


 あの後、舞台を降りたレイカと合流した俺達は、修練場を後にし、帰路についた。


 俺は全く知らなかったが、レイカに対戦を挑んだ現序列三位の少女はそれなりに話題に上がっているらしい。

 実際に戦ったレイカに感想を聞くのは、話題に敏感な女子中高生特有のものだろう。


「ふむ、そうだな……」


 アリサの問いを受けたレイカは、歩きつつも顎に手を当て、考え込むような様子を見せた。

 時折、首を傾げ、その拍子に艶やかな黒髪が揺れ動く。



 アリサが問いかけの言葉を口に出してから、十メートルほど歩いただろうかという所で、レイカは言葉を発した。


「……うん、普通だな」


 その言葉は、何を装飾するでもなくただ一言。とても、単純明快なものであった。


 その言葉にアリサは特に驚いた様子もなく、納得するように一人頷く。


「……ま、レイカからすれば大概はそうよね」


「……いや? それなりに良いモノは持っていると感じたぞ? ……ただ。私にしてみれば普通にしか満たない、と言うだけさ」


 アリサが呟くように口に出した言葉に、レイカはそう返した。


 レイカの述べたその言葉に対して、アリサは一瞬目を丸くし、その後に呆れたような表情を浮かべてため息を一つ。


「アンタにとって普通じゃない人間なんか、そうそう居ないわよ……」



────────

──────

────




「……もう夜か」


 寮にある自分の部屋で一人。ベッドに腰掛け、そう呟く。

 手に持つ文庫本から視線を外し、見上げた先は、窓ガラスの向こうで夜空に浮かぶ月が視界に映り込む。


 あの後、他愛ない話をしながら、特に何が起こるでもなく寮にたどり着いた俺達は別れ、それぞれの部屋へと戻った。


 特にやることがあるわけでもなく、時間潰しに読書をしていたのだ。


「……今夜は修練場にでも行ってみるか」


 そう言い、ぱたり。と、手元にある安物の文庫本を閉じた。


 やることがない、とは言ったものの。実のところ、先ほど修練場でレイカの戦いを見たことにより、少々気が高まっており。軽い運動程度に、その発散をしようかと思っていた。


 クローゼットから適当な服を取り出してそれに着替え。窓から射し込む月明かりに照らされるような形になり、その光を鋭く反射させるナイフを枕元に近い棚の上からいくつか取り、ベルトに差す。


 ──まあ、こんなものだろう。


 別に、何と戦うってわけでもないんだ。動きやすい服装に、ちょっとした装備で問題ないはずだ。


 ベッドの上に栞が挟まれた文庫本を残し、修練場へと向かった。






「……! 何の用だ、序列一位」


 修練場にたどり着いたが、そこには既に先客が居た。

 中央の舞台で身の丈を越えるほどの槍を振り回し、時には魔法を放ち。と、一見がむしゃらに見えるような鍛練を行っていた少女はこちらに気付くと、ドームの開けた天辺から射し込む月明かりを受けて金色に煌めく髪を翻し、その炎のように燃える真紅の瞳をこちらに向けた。


「……残念だが、俺は序列一位じゃない」


 少女がこちらへ向けて放った言葉に対してそう返す。


 学園の顔とも言える序列一位の座。巨大な権力や地位が手に入るその座は。本来起こり得ないことにより、現在は空席だ。


 去年の今頃、当時序列一位だった人間が「もっと相応しい者が居る」と言って一位を返上と共に学園を去って以来、誰もその座に着かない。

 当時序列一位だった人間は在学中に特異型を葬り去ったという経歴を持っており、そんな人間が返上するほどの人材が居る。とのことから、誰もその座に立とうと思わないのだろう。


「……皆。アンタが一位に相応しいと言っている。アタシもその一人だ」


 少女はまっすぐにこちらを見据えたまま、人差し指を立てた右手をこちらへ向け、そう言う。


「そう言われてもな……。俺が現状の序列一位じゃないのは事実だ」


 俺は軽く首を振り、そう返した。

 そう思っている者が居ようが、居まいが、俺が序列一位ではないのは確かだ。


 ……今更だがこの少女、見覚えがあるな。


 彼女は大きく、わざとらしいため息をはき、そして──


「……まあいい。暇してんなら付き合ってくれよ、序列一位」


 そう言い、手に持つ巨大な槍を構えて、降りてこいとばかりに戦闘態勢をとる。


 ──思い出した。


 確かこの少女は放課後、レイカとここで戦っていた現序列三位の少女だ。


「……悪いが、人とやり合う気分じゃない。暇なのは事実だがな」


 そう言い放つと、少しの沈黙が修練場内に訪れる。

 聞こえるのは修練場の外に居るであろう虫達の小さなさざめき、木々が風により揺れる音。


「……チッ。なら仕方ねぇな」


 少女の小さな舌打ちと呟きにより、その沈黙は破られた。


 彼女は興ざめしたようで、戦闘態勢を解く。そして修練場に入った時に見られたように、がむしゃらに見える自己鍛練を再開した。


 俺は彼女の邪魔をしないよう、舞台の端へと降り立つとその場に座り込み、静かに目を閉じて瞑想を始める。




 最初の内はそれなりに遠くに、彼女の槍が空を裂く音が聞こえていた。しかし、心なしか徐々に、その音が近付いてきているような気がする。

 何事かと思い、少しだけ目を開く。


 瞬間。彼女の持つ巨大な槍の鋭い切っ先が、風切り音を立てて俺の目の前を通り過ぎていった。


「……動揺すら見せねぇ、か」


 彼女は小さくそう呟くと、不機嫌そうに鼻を鳴らし、こちらに背を向けて遠ざかって行った。


 ……構って欲しいのか?


 そう思いその場を立ち上がり、その鍛練の様を観察するために彼女の方へ近付く。



「……ふっ、はっ! やぁ!」


 彼女は目の前に敵が居るかのように、槍を振り、それを追撃するように魔法を放つ。

 彼女の手から放たれた、真っ赤に燃える巨大な炎の塊は真っ直ぐ飛んでいき、やがて石で出来た壁にぶつかる。そして壁の一部であった石の欠片等を辺りにばらまき、壁を抉るように直径五メートルほどの大きなクレーターを残して消えた。深さはそれほどでもない。


「……魔力のコントロールが甘いんじゃないか?」


 休憩タイムに入ったのか、その場に座り込んで一息ついている彼女にそう声をかける。


「……何だ? アタシの魔法にケチでもつけるってーのか?」


 その言葉を受けた彼女は、少しイラついた様子でそう返した。


 ……言い方がまずかったか。


「いや、別に否定しているわけじゃない。……ただ。魔力の込めかたをすこし変えれば、更にあんたは強くなれる。そう、助言だ」


 首を振って、彼女のやり方を否定する気がないことを示し、そう述べる。


 しかし彼女はあまり納得がいっていないようで、その場に立ち上がると、壁を指差してこう言った。


「──なら、見せてくれよ。見本をさ」


 まあ、言い出した者の責任としてそれくらいのことをするのは当然か。


 俺は目の前に長さ十センチほどの、針のような形をした炎を造り出すと、彼女が指差した壁に向かって真っ直ぐ飛ばした。

 壁に突き当たり、爆発音のようなものを響かせたが、壁に残ったのは直径十センチほどの小さな穴だけである。


 当然のごとく、彼女は「わけがわからない」と言ったような困惑の表情を浮かべてこちらを見つめる。

 俺は彼女に対して何も言わず、足元に転がっている石ころを手に取り、先ほど魔法をぶつけた壁に向けてそれを投げる。


 壁に石ころが当たった瞬間、がらがらと轟音を立てて、壁を構成していた石がその場に崩れ落ちる。


「……は?」


 崩れ落ちた壁があった場所には高さ五メートル、奥行き八メートルほどの空洞が出来ていた。


 彼女はそれを見たことにより、先ほどのような間の抜けた声をあげたのだ。


「……一応、込められた威力はあんたと同じになるよう調整した。あんたが放つ魔法は力が分散しているから、威力の八割は空気中に逃げるんだ」


「……んー、こうか?」


 彼女はわかったような、わかっていないような、何とも言えない微妙な表情を浮かべながら、己の目の前に巨大な炎の塊を生み出し、そう口に出した。


「いや、もっとこう……中心に魔力を固める感じでだな……」



────────

──────

────



「これで……どうだっ!」


 彼女がそう叫ぶと、その目の前に浮かぶ小さな、と言っても元々の半分くらいの大きさなのだが。炎の塊が、彼女に対して十メートルほど離れた壁に向かって飛んでいく。それは爆発音と共に砂埃を上げて、高さ五メートル、深さは三メートルほどの浅い空洞状に壁を削りとり、そして消えた。


「……良くなったんじゃないか?」


 胸を張り、自信満々な顔でこちらを見つめる彼女に対し、上達を認めるような言葉を投げかける。


 そんな俺の言葉を受けた彼女は更に得意気な表情になり、己の腰に手を当ててこう言う。


「へっ……当然だろ? アタシを誰だと思ってんだ」


 正直な所、完成と言うにはまだ程遠い。しかし、このまま鍛練を続けていればすぐにモノにすることが出来るだろう。

 そう思えるほど、彼女の上達速度、才能には目を見張るものがあった。


 ふと、修練場内にある大きな時計を見るとその針は丁度、十二時を指し示していた。


「……そろそろ帰るとするかな」


 明日も朝から授業がある。ここに何時までも居るわけにはいかない。

 そう思い、そんな言葉を口に出す。


「……そうか。じゃあな、序列一位」




 ──そして、次の日も。



「はっ! てやぁっ!」


「違う、もっとリーチを活かす動きをしてみろ」



 ──そしてまた次の日も。



「……こうか?」


「もっと薄く均等に、纏うように武器を魔力で覆え。そうすれば切れ味も、武器の強度も上がる」



 ──学園内ですれ違っても、話すことはない。


「…………」


「……どうしたの? 序列三位の子じゃない。もしかして知り合い?」


「……いや、なんでもない」



 ──そんな奇妙な関係が二週間ほど続いたある日。


「今日はここまでにしようか」


 時計の針が夜中の一時過ぎを指し示す頃。ドームの開いた天辺から射し込む月明かりの下で、金色に煌めく髪を振り乱しながら、前とは違う、洗練された動きで手に持つ巨大な槍を振る彼女に、そう提案する。


 俺の提案を聞いた彼女は槍を振る手を止めて、その真紅の瞳をこちらへ向ける。


「……ああ、そうだな」


 そして少しの笑みを浮かべてそう返すと、近くの地面に置かれていたタオルを手に取り、顔に浮かび上がった汗を拭き取った。


「……腹が減ったな……。どうだ? ちょっと遅い夕飯にでも行かないか?」


 ふとそう思い、提案の言葉を口に出した。


 と、言っても。この辺りでこんな時間に開いている店と言えば、ラーメン屋くらいだろうか。

 そのことは当然、彼女も知っている。つまり、俺は彼女をラーメン屋に誘っているのだ。

 ラーメン屋に女性を誘うというのもおかしな話かもしれない。しかし、彼女とはそれくらいの信頼関係を築けている。と、そう思いたい。


「……ああ。ご一緒させてもらうぜ、序列一位」


 彼女は少し考える素振りをみせた後、そう言った。


 この二週間、毎晩ここで鍛練を共にし。ラーメン屋にも行けるような関係ではあるが、お互いに相手のことを名前で呼ぶことはない。

 いや。呼ばないと言うよりは、知らないと言った方が正しいだろうか。


 そんな俺達二人の関係が、とても奇妙なものだということは理解している。しかし今更になって『名前を教えてくれ』などと言えるはずもない。

 だから、こんな考えは胸の内だけにしまっておくのが正解だろう。


 俺はそう結論付けたために、彼女に名前を訊ねることも、己の名前をわざわざ名乗ることもしない。


 俺達は後片付けもせずに、持ってきた荷物だけを持つと修練場の外へ。

 この修練場には特殊な魔法がかけられているらしく。中に人が居なくなると、砕けた壁や床、散らばった瓦礫などは全て元の形に戻る。

 つまり後片付けを行う必要がなく、気兼ねなく鍛練を積むことが出来るようになっている。



 俺達は月明かりが照らすアスファルトの上を、他愛ない話をしながら近くのラーメン屋へ向かって歩いた。




「……なあ、序列一位。アタシは強くなってるか?」


 隣に座り、先ほどまでラーメンを啜っていた彼女は突然その手を止め、そんな事を聞いてきた。


「ああ、確実に強くなっているさ。もし仮に、二週間前のお前と今のお前が戦えば、かなりの余裕を持って勝てるほどにな」


 彼女の成長を端から見ていた身としての率直な感想を、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめながら述べる。


 彼女は、そうか、と小さく呟き、止まっていた手を動かし始めた。


「……まあ、そうすぐにわかるような変化は起こらない。魔女は共食いをして、強化型に進化するケースもあるらしいがな。俺達は人間だ。当然、そんなことは出来ない」



────────

──────

────



 先を照らすのは夜空に輝く月の光、そして整備されたアスファルトの道の脇に等間隔で並ぶ街灯。聞こえるのは木々の葉が風に揺れて擦れる音、鈴のような小さな虫の鳴き声。

 そんな静かな、薄暗い帰り道を、俺達は寮へ向かって並んで歩いていた。何を話すでもなく、ただ静かに歩いていた。


 不思議なことに、静けさの中にいると僅かな虫の鳴き声でさえも、とても喧しく聴こえる。


「……アタシは、さ。魔女に親も居場所も奪われたんだ」


 彼女がそう独り言を呟くように、話し始めたことによって、そんな静寂は失われた。


「正直、魔女共は全て殲滅してやりたいくらいに憎んでいるよ。けどさ……そんなアタシも時々、こう考える時があるんだ」


 今までは俯くように地面を見て目を合わせずに、本当に独り言を呟いているような話し方だったが。彼女はそう言うと足を止め、こちらへ顔を向けて真っ直ぐに見つめてきた。

 俺もそれにつられるようにその場で足を止め、立ち止まる。

 瞬間。先ほどまで喧しいほどに聴こえていた木々のさざめきや、虫の鳴き声が、全ての音がシャットアウトされたように無音になった。


「魔女と、魔法使いであるアタシ達。一体、何が違うんだろうな」


 彼女のその言葉が響いた少しの後、無音がまるで嘘のように周囲の音が耳に入ってきた。


 ──今の無音に感じた瞬間は何だったのだろう。


 いや、そんなことよりも彼女の言った言葉についてだ。


 違う。と、一言。そう言わんと口を少し開いたところで、止まってしまう。


 俺達魔法使いと、魔女。違うというのは分かっている。しかし彼女に対してどう伝えれば、どう応えれば良いのだろうか。

 そう考えれば考えるほどに。違う、と。そう言える自信が失われていく。


 俺は返答に困り、遂には開きかけた口を閉ざした。


「……悪ぃ。変なこと言っちまったな。忘れてくれ。……それじゃあな」


 彼女はそう言い、なんでもないような、明るい表情を見せると走って行ってしまった。





 ──俺は、一体何と答えれば良かったのだろうか……。




 翌日の夜以降、彼女を修練場で見かけることは無かった。

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