プロローグ 『開始地点』
目の前に居る純白のウェディングドレスに身を包んだ美人が、こちらを見つめている。
……一体、この人は誰だろうか?
状況を確認するため、辺りを見回す。
俺が踏んでいる地面から赤いカーペットが入口と思われる所まで広げられている。
俺からして左をみると聖職者のような格好をした女性が、これまた聖職者が持つような分厚い本を片手に、俺とその向かいにいる女性を交互に見ている。
どうやらここは教会のようだ。
周囲をキョロキョロと見回す俺を不信に思ったのか、女性は首を傾げて覗きこむようにその吸い込まれるような紫の瞳でこちらを見つめる。
その拍子に、彼女の長い紫色の髪が軽く揺れる。
ふいに右をみると、木製の長椅子が大量に並べられており、大勢の人がこちらを見ている。
しかし、後ろの方では立って見ている人が居るのにも関わらず、俺に一番近い一番前の席は四人分ほど空いている。
いや、よくよく見てみればそれぞれの席に何かが置いてある。
左から順に、銀の十字架のネックレス。銀のブレスレット。白い花の髪飾り。そして、エメラルドが嵌め込まれた指輪。
──何故だろう。
それらを見た瞬間から涙が止まらない。
唐突に左肩に手が置かれる感覚がした。
そちらを見ると、先ほどと同じく純白に身を包んだ女性がこちらを見つめているだけだ。
違う所をあげるとすれば、その女性が俺の左肩に手を置いているという点だろうか。
「……大丈夫。……だけは…………」
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……何か、夢を見ていたような……。
……まあ、いいか。
微睡みの中でそう結論付け、再び深い眠りへ入ろうとする。
「……て……なさ…」
……?
誰かの声が聞こえる。
「……さい……いっ……でしょ」
……女の声だ。
心なしか俺のことを呼んでいるようにも聞こえる。
「早く起きなさい! あんたのせいで私まで遅れるじゃない!」
耳元で叫ばれたその言葉により目を開き、それと同時に意識が覚醒する。
まず、視界に映りこんだのは揺れるダークブラウンの長いツインテール。
このツインテールは……。
「……何だ、アリサか。どうした?」
俺は体を起こし、俺に対して右にいるツインテールの主であり幼馴染でもあるアリサにそう言う。
その緑の瞳はこちらを真っ直ぐに見据えており、少し怒っているように見える。
「どうしたもこうしたもないわよ! これから臨時集会だってのに、あんたが寝てたからこうしてわざわざ私が起こしてあげてるんでしょ! もう他の生徒は集まってるわよ!」
アリサは少し苛立っているのか、語尾を強めてそう言う。
前を見てみると誰も立っていない教卓に、何も書かれていない黒板。辺りを見回すと鞄や勉強道具が置かれたままの机に、誰も座っていない椅子。おまけに、この教室の外にも人の気配がしない。
どうやら、結構な時間を待たせてしまったらしい。
「……ありがとな」
俺のその言葉に、アリサは一瞬驚いたような顔を見せる。
「……そ、そうよ! 感謝しなさい! この私に!」
しかし、アリサはすぐに得意げな表情を浮かべ、腰に手を当て胸を張る。
……相変わらず貧相な体だな。
ない胸を張り上げてそう言う姿に、自然と笑みが溢れる。
「何を笑っているのかしら……? っと、そんなことより急ぎましょ!」
俺はその言葉に頷き、席を立ち上がる。
「……あんた、どうしたの? 何で泣いてるのよ」
アリサにそう言われ、自分の目元に手を持っていく。
目元から頬を伝うような形で、少し濡れている。
「っ……わからん。っと、そんなことより急ごうぜ」
何故涙が出たのかはわからないが、そんなことの追及をしている場合ではない。急がなくては。
手で頬を伝う涙を拭い、教室を飛び出すように廊下に出る。
「ちょっと! おいてかないでよ!」
「あー、あー、マイクテスト……よし。全員集まったようだな」
講堂内はそれぞれの教室から集まった生徒達、壁際で並んでいる教師陣等、大勢の人でひしめきあっていた。
それら全てを見渡せるようになっている壇上には白を基調として赤のラインが入ったデザインの制服を身に纏い、右腕の上腕には生徒会長、と書かれた腕章を着けた黒髪の少女が、マイクを片手にその長い髪を一切揺らす事もなく静かに立っている。
講堂に到着した俺とアリサはお互いの顔を見合せ小さく頷くと、講堂内のざわめきに紛れてそっと自分たちのクラスの列に混ざる。
「……静粛に、だ。これより学園長による緊急報告を行う、騒ぐな」
壇上に立った少女のその一言で、先ほどまでの騒々しさがまるで嘘のように辺りは静寂に包まれた。
辺りが静かになると同時に、スーツを着た縁の赤い眼鏡をかけた女性が壇上へと上がる。おそらく学園長だろう。
そして、少女は役目を果たしたのか上がってきた学園長にマイクを渡すと一礼をして壇上を下り、そっとクラスの列に入り込んだ。
クラスの列、具体的には俺の真後ろだ。
「どうした、二人揃って遅れてきたみたいだが……?」
先ほどまで壇上に立っていた少女、もとい俺とアリサの幼馴染であるレイカはそう問い詰めてきた。その深紅の瞳は真っ直ぐにこちらを見据えている。
「悪い、寝てた。アリサは俺を起こすために遅れただけだ。アリサに責任はない」
弁明の言葉を述べようとしていたアリサとレイカの間に割り込むように立ち、そう伝える。
誤魔化しを入れたりはしない。レイカ相手に嘘は通用するものではない。
「……そうか。いや、なにも怒っているわけではないぞ? だがまあ、次は気をつけるんだぞ。私と言えど、毎回不自然な引き延ばしは出来ないからな」
レイカは首を竦めて、おどけたようにそう言う。
「ありがとな。次は気をつける」
感謝の意を伝えるとレイカは微笑み、軽く頷いた。
そして、学園長が立つ壇上を指差す。まるで、そろそろ本題が始まるから聴いておけとでも言うように。
「───と、まあ。前回にも同じようなことがありましたが……再び、軍から緊急の応援要請が届きました。既に一個小隊が壊滅したそうです」
学園長がそう言い放った瞬間。講堂内ではどよめきがおこり、様々な声が飛び交う。
学園長が言った前回、と言うのは今から約一年ほど前のことだ。
一年前、俺達がこの学園の一年生になったばかりの頃。初めてこの学園に緊急要請という形で応援を求める報せが届いた。
一年生になったばかりの俺達はそれに参戦することは出来なかったが、大体五十人ほどだろうか。内申を目当てに上級生が戦地へと赴いた。
───結果としては、魔女達をなんとか退けることは出来た。
しかし、戦地へと赴いた者のうち、この学園に帰ってくることが出来たのはほんの数人だけであった。
そして、応援要請と共に軍より届いた被害状況の報告は───
一個分隊の壊滅だ。
つまり。今回の一個小隊の壊滅という報せは、前回よりも苛烈な戦いが強いられているという事実に他ならない。
そのことを踏まえると、現在。講堂内に起こっているざわめきのほとんどは、前回を知っている現上級生達によるものだというのも納得出来る。
現在、この国の方針として、行う戦は領域内に発生した魔女を排除するための防衛戦のみである。領域を広げるための、もとい奪われた領地を取り返すための奪還戦は基本的に行わない。
女性が魔法を使えるようになって、魔法使いの数は増えてきているのは確かだ。しかし、全ての女性が魔法を使えるわけではない。
それに、先の戦により大勢の男達を、人口の大半を失った現在。領地を無理に広げるメリットがあまり無いのだ。
つまり、だ。
今現在助けを必要としている場所は、魔女が発生した領域内であり。軍だけでは対処しきれず、そこに住む人々に危害が及ぶ可能性が高い。
当然この学園に、魔女を殲滅するための魔法を使えない者は居ない。
誰か、この状況を打破出来る者が行かなければならない。
俺がアリサとレイカの顔を見ると、二人は察した様子で小さく頷く。
それを確認した俺は人混みを掻き分け、学園長が立つ壇上に近付く。
「学園長、座標を教えて下さい」
学園長はまさか、この状況に自分から志願する者がいるとは思っていなかった。とでも言うような驚愕の表情を浮かべる。周りの生徒達も驚いたようで、俺と学園長のやり取りを静観している。
「え、ええ、構いませんが……貴方は男ですし、そんな無理をしなくてもよろしいのですよ?」
驚愕を隠せない学園長は了承の意を示すが、現在の世界での男の希少性から引き留めの言葉を口に出す。
そして、周りの生徒達は学園長のその言葉に同意するかのように頷いている。
「では、代わりに誰かが行くのですか?」
俺は振り返って周囲を見渡し、また前へと向き直すと学園長にそう問いかける。
「い、いえ……ですが……」
俺の問いかけに学園長は言葉を詰まらせる。
……もう一押し、と言ったところか。
「誰かが行かなければならないでしょう。それに、貴女なら俺達の成績も知っているはずです」
俺のその言葉に、学園長は手を顎に当てて考える素振りを見せる。
そして、少しの後。学園長は己を納得させるかのように何度か頷くと、ポケットから一枚の折り畳まれた紙を取り出してこちらに差し出してきた。
「これは軍からの応援要請の紙、それの写しです。これを貴方達に託しましょう」
学園長に礼をし、その紙を受け取る。
俺は先ほどアリサやレイカと並んでいた方ではなく、一年生の列に入り込んでいく。
「……え、ちょっ! なんすか先輩方! 戦いとかめんどいんであり得な……じ、自分まだ一年生っすよ!」
そして、俺達の後輩にあたるリリカの元へ行くと既にアリサとレイカはそこに居た。
三人で顔を見合せ、頷き、リリカの手や足を掴む。
「や、やめ……鬼! 悪魔! 人でなしぃー!」
俺達に抱えあげられたリリカは、じたばたと手や足を動かして必死の抵抗をする。
「鬼? 悪魔? そんな生易しいものと一緒にしてもらっては困るな」
そう言いアリサとレイカの顔を見ると、二人は少し苦笑しながら頷く。
「にゃあぁーっ! 人さらいーっ!」
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「い、いや……死にたくない……!」
「そんな……こんな所で死ぬなんて嫌ぁ!」
……まずい。
他の隊は既に壊滅し、残ったのはボクが指揮を勤めるたかだか十人程度の分隊。
そして魔女は三十体ほど残っており、一体だけではあるが強化型も見える。魔女には基本的に三人で一体に当たるのがセオリーなんだけど。
さらにはそんな絶望的状況に戦意を喪失した者が五名、負傷者が二名。と、戦闘を行えない者が計七名。
「落ち着け! 隊列を乱すな! 現在戦えない者は後方へ! 残りで応戦する!」
さっき、物質転移の魔法が使える者に現在の被害状況と応援要請の旨を書いた紙を送らせたけど、応援なんか望めないだろう。
わざわざ自分からこんな死地に向かってくる者なんて普通は居ない。
まだ戦える者達だけで魔女へと魔法を放ち、戦えない者は後ろへ退かせる。
退かせる。とは言ったものの、こんな絶望的状況に安全地帯は無い。先ほどまでのボクは、負傷者達を一体何処へ逃がすつもりだったのだろうか。
どうやら、疲労のせいでまともに頭が働かなくなってきたみたいだ。
いや、指揮官であるボクがここで諦める訳にはいかない。
指揮官が使えなくなった部隊は例に漏れず、全て壊滅する。
ふと、魔女に対する攻撃魔法の数が少なくなっているように思えた。
「どうした! 弾幕が薄くなってるぞ! もっと踏ん張れ!」
そう叫び、己も含めて戦える者達を鼓舞する。
しかし、魔女を足止めするための魔法による弾幕はどんどんと薄くなっていき、ボク以外の者が魔法を放てなくなった。
「隊長! もう……精神を保つ事が出来ません!」
部下の一人がそう言い、泣き崩れる。
そして、それにつられるように他の部下達もその場に膝をつき、泣く。
やはり、こんな絶望的状況で精神を冷静に保てと言うのは無理な話だったみたいだ。
そう考えた瞬間、遂に魔女へ対する攻撃の一切が止まる。
「……ああ、ボクも駄目みたいだ。すまない」
精神が不安定になったことにより、魔法を放てなくなった己の手を見る。
自覚していなかったが、恐怖や絶望によるものからか手はぷるぷると震えていた。
……表面上は冷静に保てていたと思っていたが。なるほど、体は正直なものだな。
震えている己の左手を、これまた震えを止めることが出来ていない右手で抑えつつ乾いた笑みを浮かべる。
飛んでくる魔法という障害が無くなったことにより、魔女達は少しずつこちらとの距離を縮めてくる。
ボク達は自然と、体を寄せ会うように一ヶ所に集まっていた。
「すまない。隊長であるこのボクが不甲斐ないばかりに……」
「いえ、そんなことはありません。貴女は常に隊のことを一番に考えてくれました。その証拠に……」
部下の一人である彼女は続きを述べなかったが、数を数えるように一人一人を指差していく。
そうか、ボクが預かっていた分隊のメンバーは今の今まで全員生存していたのか……。頭があまり働かないせいか、こうして言われるまで正確な人数の把握は出来ていなかった。
「……皆、ありがとう!」
そう言い、隊の皆へ精一杯の笑みを見せる。おそらく口元はひきつり、涙で顔はぐちゃぐちゃになっており、とても酷いものとなっているだろう。
隊の皆もボクと同じように精一杯の笑顔を返してくれた。
そして目の前の地面に、ボクの真後ろ辺りから伸びる巨大な影が映る。
振り返るとそこには、人間の女性のような姿ではあるが、右腕があるはずの部分はとても固そうな金属の巨大な鎌のようなもの。そして顔があるはずの部分や、身体のあちこちが異形と化している。
一目で、人ではないとわかるような恐ろしい姿をした魔女が。その巨大な鎌のようなものを今にもこちらへ振り下ろそうとしている。
──ああ、ここまでか。
そう思い、目を閉じる。
しかし、いつまで経っても想像していたような衝撃は訪れない。
不審に思い目を開く。するとボクの目の前で巨大な鎌のようなものを刀で受け止めている少女と、その鎌の主である魔女の核を片手で抜き取り、破壊している青年が目に映りこんだ。
ああ、そうか。そう言えば、今の学園には彼らが居たんだっけ。
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「アリサ、頼んだ」
そう言い、先ほど学園長から受け取った紙をアリサに渡す。
アリサは頷き、紙を手に取る。少しの間それを眺めた後、静かに目を閉じる。
「……見えた。人の数は十人くらい、半分以上は戦闘不能ね。魔女は大体人間側の三倍。強化型も一体居るわ」
アリサはそう、俺達に対して座標の先の戦況を事細かに伝える。
アリサの特殊能力は、指定した座標の位置からの視界を得られること。指定した座標まで自身や物体を飛ばせること。以上の二つだ。
「……じゃあ、そこから付かず離れずの場所で問題ないわね?」
アリサの確認に対し、俺達は頷き、肯定の意を示す。
戦場の中心に出てしまえば、事故が起こる可能性が高くなる。
事故、と言うのは指定した座標に飛んだ瞬間、人や物と重なることを指す。
まあ、事故が起こらないようにこうして座標の視界を手にいれてから、飛ぶようにしているらしい。
「──転移」
アリサの言葉と同時に、目の前が光に包まれる。二秒と経たずにその光がおさまると、辺りの景色はその姿を変えていた。
草や花が生い茂っていたであろう大地は無惨にも抉られ、幾つもの死体が転がっている。
「酷いな……。っ! 急ぐぞ!」
ここからそう離れていない所で軍服を着た女性が集まり、力なく座り込んでおり。そのすぐそばには右腕が巨大な鎌に変性した、近接型魔女が迫っている。
そんな状況が目に入り、慌ててその場を駆け出す。
「レイカは鎌を抑えてくれ、俺が核を潰す」
そんな俺の行動に咄嗟に着いてこれたレイカにそう言うと、目を凝らして魔女をよく観察する。
──そこだな。
紫髪の女性を切り裂こうと、その巨大な鎌が振り下ろされる。が、魔女と女性の間に割り込んだレイカが手に持つ刀でそれを受け止める。
それと同時に俺は魔女の懐へと潜り込み、右手を胸の辺りに突き刺す。肉を潰すような、とても、気持ちいいとは言えない触感を右手に感じると共に血のようなものが流れ出してきた。
だがそんな事はお構い無しとばかりに、さらに深くへ突き進む。
肘辺りまで差し込んだ辺りで少し硬い、石のようなものに触れた。
その石のようなものを魔女の身体から抜き出し、砕く。
すると魔女は静止し、その体表から水蒸気を噴き出すと、まるで原型を留められなくなったかのように融けて消滅した。
「もう大丈夫、ここから盛り返しましょう。まずは戦況の報告をお願いします」
魔女の消滅を確認し、後ろへ振り返りそう告げる。
「……ああ、やはり君達だったか。ありがとう、助かったよ」
目の前の紫髪の女性は、まるで俺達の事を知っているかのような口調で話をする。
俺の隣に立つレイカや、少し遅れて走ってきたアリサは女性に対して馴れ馴れしく話しかけている。
「……おや? もしかしてボクは忘れられてしまったのかい? 悲しいね、それは」
女性はそう言うと、額の辺りに右手を当て、やれやれと言わんばかりに首を振る。
この仕草は……。
「アヤ姉さんか?」
「そう。ボクはヴァイオレット軍曹こと、赤羽 綾。以降お見知りおきを。とまあ、思い出してもらえた所で、戦況報告といこうか」
アヤ姉さんは立ち上がると、服に付いた土などを払って身嗜みを整えると、かぶっていた軍帽を右手で胸の辺りに持ち、左手を広げて芝居がかったような礼をする。
そして、戦況報告を始めた──
当初。魔女五十体に対して、人間側は四十人ほどの編成の小隊が二つ、計八十人。普通にいけば殆どの被害を受けずに勝てるはずの戦力差だった。
しかし魔女五十体の中には、今残っているものも含め二体の強化型が居た。それがこのような惨状をもたらした想定外の出来事だった。
そして、やっとのことで強化型一体を含めて二十体を地に還した。
しかしこちら側が受けた被害は大きく、今現在残っているのは自分たちの分隊だけ。そして、魔女側は半分も減っていないという絶望的状況になってしまった。
──以上が、アヤ姉さんから受けた戦況報告の全てだ。
「強化型にごり押し出来る人間なんか、限られた人数しか居ないのにな……」
「……ボクも部下達を無駄死にさせたくはないからね。指揮官に言ってはみたよ……」
しかし、その結果がこれだ。
強化型を相手にする場合。殆どはこちら側は被害を受けず、相手には少しずつダメージが蓄積していく。という戦略をとるのが通常だ。
おそらく、小隊の指揮官達は数の優位から押し勝てるとでも思っていたのだろう。
強化型や特異型をまともに相手に出来る人間は片手で数えるほどしか居ない。だから、頭を使って戦うのだ。
数で押すとなると、強化型でさえ五十人、六十人ほどの被害は受ける。
「アヤ姉さんは頑張った。その結果が部下達全員の生存だろう。後は俺達に任せてくれ」
アヤ姉さんの頭を手で軽くポンポンと叩く。そしてレイカ、アリサ、リリカの順に顔を見る。
「……まあ、めんどいっすけど。ここまで来たらやってやりますよ……」
アリサとレイカの二人は素直に頷いてくれたが、リリカは頭に生えている猫のような耳を動かし、頬を人差し指でぽりぽりと掻きながら、若干諦めたようにそう言った。
「強化型は俺がやる。レイカ、アリサ、雑魚は頼んだ。リリカはアヤ姉さん達を守ってやってくれ」
俺はそう言うと、返事も聞かずに強化型魔女のもとへ走り出す。
実際、魔女達がいつ襲ってくるかわからない以上、あまりもたついている余裕はない。
強化型魔女のもとへ向かう途中、無数の魔法と数体の魔女が立ち塞がった。
俺は飛んできた火の球を手で払い飛ばし、電撃をナイフで反らし、魔法を放っている張本人である強化型魔女に向かって躊躇なく一直線に跳ぶ。
立ち塞がった魔女達が巨大な鎌や刀を振り、俺を止めようとする。
しかし、それら全ては俺に届く前に切り刻まれ、突如現れる巨大な岩石等に押し潰され。あるいは魔法によって、魔女達は無惨にも消滅していく。
「ありがとよ。アリサ、レイカ」
魔女達が消滅した原因である二人へ対する礼の言葉を呟くように口に出し、跳んだ勢いのまま右手に持つナイフで強化型魔女の首を切り裂く。
瞬間、血のような赤色の液体が勢いよく噴き出す。
強化型魔女は異形と化した左腕をこちらに向ける。すると、俺の顔を掠めるように電撃が走った。それと同時に足元の地表はめくれ上がり、俺は体勢を崩しそうになる。
その一瞬の綻びをチャンスと見たのか、強化型魔女は己の背後に雷で形成された槍のような物を空中に出現させると、俺に向かって放った。
俺は光のような速さで迫ってきたそれを掴むと、目の前にいるこれを放った張本人ごと、そのままの勢いで地面に突き刺した。
強化型魔女はそこから逃れようと、腹の辺りに突き刺さる槍を引き抜こうとしている。
身体の一部が武器となるようなものに変質していないこと、様々な魔法を多用することから、こいつは魔術師型魔女の強化型だろう。
──それなら。
俺は地面に張り付けられた魔女の側でしゃがみ、腹の穴から手を入れて中を探る。
そう言えば、魔女達にも痛みというものはあるのだろうか……?
そんな事を考えつつも手を動かすと、硬い物が二つほど手に当たったので取り出す。
ひとつは水晶のような形をしており、とても黒い。これが魔女達の心臓にあたるものだ。核、と呼ばれている。
もうひとつは拳大の大きさの丸い水晶玉のようなもので、その中心では紫の電流が煌めいている。こちらは強化型や特異型にのみ存在するもので魔導核と呼ばれている。
魔法を使うことで加工が可能であり、加工せず持っているだけでも魔法を増強させるものや、身体能力が上がるものもある。
この形状、そして中の光からすると、おそらくこれは魔法の増強効果が望めるだろう。それと追加効果としてどんな魔法にも雷が纏われる特殊効果と言ったところか。
「それじゃあ、さよならだ」
魔導核をポケットに仕舞い、魔女の核を手に取り砕く。
魔女は呻き声のようなものをあげると、その体表から紫の煙を噴き出し、融けるように消滅した。
「さて、あいつらの援護にでも……。いや、必要なかったみたいだな」
アリサやレイカが戦っているであろう場所に顔を向け、状況を確認する。
こちらに背を向けたレイカは丁度終わったようで、刀を鞘に収めようとする姿が見えた。その足元には切り刻まれた魔女の残骸のようなものから水蒸気が噴き出している様が見受けられ、辺り一面には血の一滴も残っていない。
レイカはこちらに気付くと、刀を鞘に収めて駆け寄ってきた。刀は鞘に収められた瞬間、その姿を消す。
アリサは、と言うと。
一体の魔女と対峙していたが、危なげなく魔女の一撃を避け、背後に回り込み魔力を纏ったナイフによる一撃を入れる。圧倒的なまでに魔女を蹂躙していた。
魔女は痺れを切らしたのか、巨大な鈍器のようなものと化した右腕を大きく振り上げ、力任せにアリサへ向かって振り下ろした。
訪れたとてつもない衝撃により、地面は割れ、岩や土が飛び散る。
しかしそこにアリサの姿はなく、その一撃は地表を破壊しただけにすぎない。
標的を見失った魔女はキョロキョロと辺りを見回し、アリサの姿を探す。
距離がある俺達には見えるが、魔女からは死角となって見えない真上にアリサは転移で飛んでおり。彼女は落下の勢いを利用して、両手で構えたナイフで魔女の頭のてっぺんから、その身体を一直線に真下へと切り裂いた。
そして、その一撃で核を破壊されたであろう魔女は糸を切られた人形のように地に伏せ、消滅した。
「アリサ、ちょっと遅かったんじゃないか?」
「し、仕方ないじゃないっ! 私のはアンタ達と違って戦闘に向いてないんだから!」
アリサは目をつり上げ、そう言った。
ちょっとした冗談にもこうやって真剣に応えるから、少し意地悪したくなるんだよな。
そんな事を思いながらレイカと顔を見合わせ、互いに笑いあった。
「ちょ、ちょっとアンタ達! 何笑ってんのよ!」
「ありがとう。本当に助かったよ」
一度は命を諦めたね。とアヤ姉さんは乾いた笑みを浮かべてそう続けた。
「いや、大したことはしていないよ。……そうだ。これを」
強化型から入手した魔導核をポケットから取り出し、アヤ姉さんに差し出す。
魔導核は先ほど述べた通り魔法の増強効果が望めるものだ。つまり俺が持つよりも、戦場に出向くことの多いアヤ姉さん達に持っていてもらう方が有益だ。
「……いいのかい? これ、見たところかなり上質なものみたいだ。売ればそれなりの値段になるよ?」
魔導核を一度手に取ったアヤ姉さんはそう言い、再びこちらへとそれを乗せた左手を差し出してくる。
売るにしても、持っておくにしても俺よりアヤ姉さん達の方がより活かしてくれるだろう。
俺は何も言わずにその左手を握らせ、首を左右に軽く振る。
「……そうかい。それじゃあ、ありがたく貰っておくよ」
アヤ姉さんは俺の意思を読み取ってくれたようで、礼を延べてそれを己の胸ポケットに仕舞う。
「あのぅ……ありがとうございますぅ! そ、その……これ! 私のPSDのIDですぅ!」
と、唐突にアヤ姉さんの背後から現れた、同じく軍服を着た女性が紙を差し出してきた。
そして、その女性を皮切りに他の隊の女性達も我先にとこちらへ寄ってきて、人の波に押し潰される。
IDと言うのは少し前の時代的に言う電話番号みたいなものだ。
一昔前までは電話番号やメールアドレス、というように別れていたらしい。が、今はIDひとつで電話、メール、チャット等が行えるように改変されたのだとか。
「は、はは……まあ、大目に見てやってくれ。男性が極端に少ないこの世界で、命の恩人が男性となればアピールをしたくなるものなんだよ」
アヤ姉さんが苦笑しながらそう言う。
いや、正直助けて欲しいです。
「しかしまあ、これじゃあ話が進まないのも確かだ。……集合! 整列!」
少しの間、人波に揉まれたがアヤ姉さんのその言葉により女性達はすぐさま離れ、アヤ姉さんを中心に真横へと並び、綺麗な列を作り上げる。
「それじゃあ改めて。此度の援軍、我が分隊を代表してこのヴァイオレット軍曹こと、赤羽 綾より礼を述べよう。ありがとう。一堂、我らが友軍に敬礼!」
アヤ姉さんはそう述べると、五本の指を閉じ、右手の甲をこちらに見せ、綺麗な敬礼を見せた。それと同時に他の女性達もアヤ姉さんと同じく敬礼を見せる。それらは全て綺麗に揃っており、とても美しく見えた。
Personal System Device、通称PSDと呼ばれる薄っぺらい機械を取り出し、そこに表示された自分のIDをメモ用紙に書き写すとアヤ姉さんへ差し出す。
「一堂、休め! これは?」
「俺のID、何時でもこれで俺達を呼んでくれ。ここに居る人達はもう俺達の知り合いだ。知り合いを死なせたくはない」
アヤ姉さんは静かに頷くと、差し出された紙を先ほど魔導核をしまったものとは別のポケットに仕舞った。
俺とアヤ姉さんは見つめあい、頷くとお互いの拳を軽く当て後ろへ振り返る。
「一堂、直ちに帰還するぞ」
「それじゃあ、学園に帰ろう」
俺達はそれぞれの仲間にそう告げ、互いに帰るべき場所へ。
──また会おう。