表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイバークオリア ――人工知能はアイを得るか――  作者: 黒河純
第二章 ナノマシンの境界線
9/47

情報収集

 その後、ユルドさんが店をあとにしてから、俺たちは今回の作戦会議(ブリーフィング)を開始した。三人しか居ないとはいえ、各々が好き勝手に動いていいわけもない。どんな任務でも、まずはこうして会議をすることが定例となっている。


「んで、どうするんだ?」


 ソファーに深く腰掛けながら、今回は俺が口火を切った。となりには和佳菜、対面にはアガットが座っている。

「どうしようかね……この手の話は、祈崎市じゃあ珍しくもなんともない……それだけ探しにくいってことだ。――ただ、今回のターゲットは非電脳者の子供。しかも身代金の要求などもなく、すぐに解放された点がどうにも引っかかる」

「確かにそうですね。どんなナノマシンが打たれたのかわかりませんが、犯人の明確な利益が薄いような気もします……やはり、何らかの実験……なんでしょうか……」

 苦々しい表情で、うつむきだす和佳菜。この街での生活が長いとは言え、この手の話を聞いて気分がよくなるはずもない。まして今回の被害者は、罪のない子供なのだ。

「……反吐が出るな」

「同感だ。あたしは別に、正義の味方を信条にしているわけでも、自分の仕事に矜持を持っているわけでもないが、個人的に気に入らん。見つけ出し、叩きつぶす」

 咥えていた煙草の火を指でもみ消し、苛立たしげな表情で新たな煙草を取り出す。


「具体的な作戦ですが、顔なじみの方に聞き込みでもしますか?」

「だな。あたしは行きつけのバーで詳しそうなヤツから話を聞き出す」

「行きつけのバーなんてあったのかよ……ちょこちょこ酒を飲んでいるのは見かけていたが、酔っぱらえるほど高性能な義体なのか?」

「アルコールの分解率を下げればな。――ま、そんな話はいい。和佳菜と(あお)()は別口で探りを入れてくれ。他にも似たような被害者が出ているかもしれん」

「わかりました。では青葉さん、護衛よろしくお願いいたしますね」

「了解。しっかり守らせてもらうよ」


 和佳菜はどこも義体化しておらず、完全な生身だ。俺やアガットに比べると戦闘が得意ではないので、俺が護衛として付き従うことは珍しくない。


「んじゃ、今日の昼過ぎまで各自行動だ」

 いつも通りの短いミーティングを終え、俺たちは便利屋アガットを飛び出した。




 アガットと別れ、俺は和佳菜と共に祈崎市を歩く。賑やかさと治安の悪さはいつも通りだ。

 淀んだ空気、濁った瞳、刺すような敵意、あふれ出る怒気、晴れない霧のようにまとわりつく悪意の渦。そしてそれらを加速させる人々の活力。

「相変わらず、みなさんお元気なようで」

 人間の本能がぱんぱんに膨れあがり、それを薄い秩序で覆っている――祈崎市はそんな街だ。ちょっとした衝撃で、人間性は崩れ去る。そうなると、獣のような欲求があふれ出す。常に綱渡りをしているような状態だ。


「それにしても、青葉さんが居ると助かります」

「ん? あー……役に立てたのならなにより」


 さきほど、和佳菜が男から声をかけられたのだが『わたし、女形の義体使ってますけど、中身は男なんです。で、この人が彼氏。同性愛者なんですよ』と、すさまじい嘘で追い払っていたのだ。たくましいのは結構だが、俺まで変な目で見られるからやめてほしい。


「……で、まずはどうするんだ?」

「わたしたちと友好的な人たちに聞き込みをしましょう。以前に依頼をしてきた人なんかに聞き込みをしてみます。――ええと……まずはここに入りましょう」

 和佳菜が指し示したのは、そこそこ大きな喫茶店だった。チェーン店らしく、これと同じ看板をここ以外でも見かけたことがある。


『おしゃれなお店ね。マスターには似合わないんじゃないかしら』

『ソフィア、今度余計なこと言ったら、延々と円周率の計算をさせるからそのつもりでな』

『別にいいわよ。円周率なんておよそ3、で終わりじゃない』

『ゆとりある人間的な解答だな。――とにかく黙ってろ』

 小うるさいサポートAIを黙らせ、再び喫茶店の外装を見上げる。セクシーな衣装の女性ホログラムがにこやかに手を振っている。


「……とりあえず入ってみるか」

 二人で喫茶店に入り、店員に促され二人席へ。コーヒーを二つ頼みつつ、俺は周囲を見渡す。開放的な雰囲気の店で、喫茶店というよりはナイトクラブのようだ。夜になると今以上に賑やかになるだろう。


「ここで聞き込みをするのか?」

「はい。わたしは自分の電脳を使って、過去の依頼主に話を聞いてみます。青葉さんはここのお客さんに話を聞いて回ってください。基本この店に居る人は、賑やかで話やすい人たちですから、心配いりません」

 この街に来て一ヶ月程度の俺では、そう言ったツテはないからな。地道に足で稼ぐしかないのか。まあ、人見知りする方でもないので別にいいか。


「わかった。じゃあちょっと行ってくる。何かあったらすぐに呼べよ?」

「はい。頼りにしてます」


 席から立ち上がり、適当に談笑している人々へ話しかける。和佳菜の言う通り、みんな気さくに答えてくれるが、それらしい情報とはなかなか出会えなかった。

『成果ないわねー』

 三人ほどに聞き込んだところで、ソフィアがそんなぼやきをもらす。電脳の居住者は相変わらず人間くさい。

『ま、いくら治安の悪い祈崎市とはいえ、住人すべてが裏組織と関わりがあるわけではないしな。仕方ない』

『適当なマフィアとっつかまえて、電脳にハック仕掛けた方が早くないかしら?』

『物騒すぎるだろ。そんな危険な橋渡りをして、小指を短くしたくはない。いいから少し黙ってろ。――とりあえず、あの客に話を聞いて和佳菜のところに戻ろう』

 

俺は最後の希望として、ちびちびと紅茶を飲んでいた女性に話しかける。見た目は成人したばかりの寡黙な女性――と言ったところだが、この街で外見は当てにならない。子供の姿で中身は大人だったり、女の姿で中身は男だったりすることもある。だからこそ、先ほど和佳菜が発した嘘も通用するのだ。


「すまない、少し訊きたいことがあるんだ」

 話しかけると、女は俺を一瞥してからため息を一つついた。疲れたOLみたいな人だ。たぶん独身。……それか旦那と喧嘩中。

「……どうしてもなの?」

「どうしてもなんだ」

「…………何よ?」

 冷たく素っ気ない態度ではあるが、一応は質問に答えてくれるようだ。


「この辺りで、違法のナノマシンを製造している組織に心当たりはあるか?」

「ないわね」

「……さようですか」


 ナイフのように冷たく鋭利な即答が返ってくる。無駄のような気もするが、質問を変えてみよう。

「じゃあ、非電脳者の子供にナノマシンが打ち込まれる事件に心当たりは?」

「…………」

 女は何かを熟考するようなそぶりをしてから、紅茶の入ったカップをソーサーに戻した。なにか心当たりがあるような動作にも思えるが……。

「なんでそんなこと訊くの?」

「たいしたことじゃないさ。――で、質問に対する答えは? イエス? ノー?」

「……あなたのこと嫌いだけど、特別に教えてあげる――返答はイエスよ。私が知る限りでも、ここ二ヶ月で五件」

「本当か?」

 最後の最後で、思いがけない情報が顔を出した。俺は辟易している様子の彼女に顔を近づけ、声を落とす。


「ええ。しかもその五件とも、被害者の子供は外傷もなく解放されている」

 今回の事件と同じだ。ユルドさんの件が初めてではなかったのか……。

「その子供に会うことはできるか?」

「私はできるわ。でもあなたに会わせることはできない」

「どうして?」


「立場上よ。私は一応警察だから」


 その言葉を聞いて、俺は冷たい汗が背中を伝うのを感じた。まさか警察がこんなところでお茶してるとは思わないだろ。

『どうするのマスター? この女の電脳に侵入して、脳を焼き切りましょうか?』

『しょっ引かれるぞ。まだ捕まるようなことはしていないんだし、乱暴はなしだ。大人しく数独パズルでもやってろ』


 ソフィアを黙らせてから、ミステリー小説の犯人みたいな、ぎこちない笑顔を警察に向ける。そんな俺を見て、隠す気のない大きなため息を彼女はついた。

「別にあなたをどうこうする気はないから安心していいわよ。どうせ、便利屋か個人探偵でしょう? 警察の代わりに事件を解決してくれるなら、それはそれで手間が省けて助かるわ。気兼ねなくどうぞ」

 もう話はないとばかりに、再び紅茶をちびちびと飲み出す。発言は警察官としてどうかと思うが、見逃してもらえるのならありがたい。


「……助かったよ、ありがとな」

 短い礼と同時に、チップ代わりのゴールドを彼女の電脳に送る。ちゃっかり受け取ったことを確認し、俺は和佳菜の元へと戻る。


「お帰りなさい青葉さん。何か収穫はありましたか?」

「少しはあった。そっちは?」

 和佳菜はコーヒーを飲みながら俺の帰りを待っていた。同じ席につき、机の上に置いてあったコーヒーを手に取る。……少しぬるくなっていた。

「残念ながら、めぼしい情報はなしです。それで、青葉さんの収穫というのは?」

「たいしたことじゃないが、一つわかったことがある。念のため……」

 俺はポケットからDケーブルを取り出し、和佳菜に差し出す。誰かに聞かれる可能性を考慮し、有線での通話に切り替えようということだ。実際に声を出すわけではないので周囲の客に聞かれる心配はないし、有線なので俺と和佳菜の会話が盗聴される可能性も限りなく低い。

 こちらの意志を汲み取ってくれたようで、ケーブルの片方を接続する和佳菜。俺も反対側を接続する。これで通話の準備は整った。


『で、さっそくだが――どうやら、ここ二ヶ月で似たような事件が五件も起きているらしい』

 コーヒーを飲みながら、さっき聞いた話を和佳菜に伝える。飲食をしながらでもスムーズな会話を行えることが、電脳通話の利点と言える。

『ここ二ヶ月で五件……それらしいニュースは聞いたことなかったですけど……』

『警察から聞いた話だ。一応は信用できると思うぞ』

『警察って……青葉さん、警察に話しかけちゃったんですか……』

『私服で紅茶飲んでたんだよ。気づくはずないだろう。ま、怪我の功名ってやつだ。実際にどこの誰が事件に遭ったのかまではわからなかったがな』

『いえ、それでも有力な情報が手に入ったことは確かです。青葉さん、ありがとうございます』

 通話を終了し、Dケーブルを再びしまう。ちょうど俺もコーヒーを飲み終えたところだ。


「まずは一歩だな。次に行ってみるか?」

「はい。久しぶりに大きな事件になりそうですね」

 情報を得られたことで勢いづく俺と和佳菜は、次の聞き込み先へと向かった。




「……和佳菜、ここの支払い頼んでもいいか? 金がない」

「……最後の最後で格好つかないですよね、青葉さんって」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ