和佳菜との出会い
「おいおい、いい加減にしてくれよお嬢ちゃん」
「そうそう。俺たちは別に乱暴しようってんじゃない。ただ、アガット・ラングレーに会わせてほしいだけなんだって……何度も言ってるだろ?」
「で、できません。師匠の何が目的かは知りませんけど、あなたたちを会わせることは無理です」
「はぁ……強情なお嬢さんだ。手下のこいつからアガットの居場所を聞き出そうと思ったが……面倒だ、ここで殺しちまうか」
「だな。――悪いな嬢ちゃん、ここは俺らのために死んでくれや」
「……っ」
「はいストップ」
薄暗い路地裏を進み、最初に目に入ったのは男二人にはさまれていた少女だった。男たちはイライラしており、少女は足が竦んで動けないようだ。
どんな理由があるのかはわからないが、さすがに素知らぬ顔で引き返すのはためらわれる。
「よう、こんな陰気な場所でデートのお誘いか? ママに恋愛指南をしてもらわなかったようだな」
男の服はどちらもボロボロで、まともな職に就いているようには見えない。ごろつきかヤクザの下っ端か、その辺りだろう。
掃き溜めに鶴とでも形容すればいいのか、対照的に少女は綺麗な身なりをしていた。短いスカートに男物の黒いジャケットという少し妙な格好ではあったが、汚れているわけではない。
「あぁ!? なんだキサマは!」
「通りすがりの一般人だ。要請されたわけじゃないが、物騒な声が聞こえたのでやって来た」
俺を視認し、男たちはすぐに構えを取る。その奥で、少女はポカンとしていた。まさかこんな治安の悪い街で、見知らぬ誰かが助けてくれるとは思ってもみなかったのだろう。
「ちっ、こいつもアガットの仲間か?」
「データにはないが、そうかもしれん」
ワケのわからないことを呟きながら、じりじりと距離を詰める男たち。俺も負けじと、とりあえずファイティングポーズ。足裏でアスファルトの感触を確かめながら、下半身に力を込める。瞬時に動けるようにするためだ。
『ちょっとマスター、飛び出したはいいけど戦闘に自信はあるの?』
『わかるわけないだろ。記憶ないんだから』
最低限の筋肉は付いているようだが、それだけで喧嘩の強さなんて判断できない。記憶を失う前の俺がヤンチャな野郎だったことを祈ろう。
『そうだったわね。……まあいいわ、絶対に勝ちなさい。無理矢理電脳から離されて、この男のサポートAIとして生きるのは御免よ』
『任せろ。こんなところで身元不明死体は嫌だからな』
ソフィアとの通話を打ち切り、突撃を仕掛けてくる相手へ意識を向ける。急降下する鷹の如く、直線的で鋭い動きだった。明らかに喧嘩慣れしている。
「死ねや!」
男が強烈なストレートを繰り出す。自分がどれだけ動けるのかを確かめるためにも、まずは様子を見る。ただでさえ人数的にこっちが不利なのだ。焦ったら負ける。
「よっ」
拳をかわし、後ろへ下がる。目は……何とかついていける。
「甘いんだよ!」
その動きを見越していたのか、もう一人が追撃のアッパーカットを俺に放つ。二人での戦闘に慣れているのか、なかなか息が合っている。リアルタイムで通話しながら、意思の疎通を図っているのだろう。
「ちぃ」
長い腕から放たれる、地面を抉るような大振りのアッパー。バックステップで間合いから逃げることは難しいだろう。左右に逃げても、後ろに控えている男が狙い撃つはずだ。そもそもせまい路地裏では、左右に逃げ場はそれほどない。仮に右へ避けたとしても、軌道修正されれば直撃するだろう。
――仕方ない。一発もらうか。
かわすことは不可能と瞬時に判断し、両腕で顔をカードする。――そのとき、男が小さく笑った気がした。
「――っ!?」
ダンプカーに衝突されたのではないかという破壊力が、容赦なく腕に突き刺さる。
筆舌に尽くしがたい痛みと共に、俺は後方へ吹き飛ばされる。たたらを踏みながらもなんとか体勢を整え、シェイクされた脳を落ち着かせる。
「どうよ坊主。防いだとはいえ響くだろ?」
「さっさと帰って、ママのおっぱいでハッスルして寝ろ。クソ野郎」
男たちはへらへらと笑いながら、中指で天を指す。
「下品なやつらだ……しかし、すさまじい威力してやがるな畜生。バネでも仕込んでるのかよ」
腕がビリビリと痺れるような感覚。それが恐怖心と戦慄を生み出す。
だが、いたいけな少女を見捨てて逃げるのは気分が悪い。それに、バカにされて引き下がるのは癪だ。
『……マスター、あの二人だけど、義体化している可能性が高いわ。もしかしたら戦闘に特化した義体かも』
『道理で高火力なわけだ』
『気をつけて。あの二人、動きが全体的に人間離れしている。全身義体かもしれないことを頭に入れて戦いなさい』
『了解』
痺れた腕に力を込め、まだ動くことを確かめる。骨が折れてはいないようだ。
「すぅ……ふぅ……」
呼吸を整え、身を低くして走り出す。
「直撃したってのに……しぶとい小僧だ」
相手が迎撃をしようと、鉄槌を振るうように拳で攻撃を仕掛ける。
俺はそれを――
「なっ!」
――手の甲を使って受け流す。ボクシングで言うところのパーリングだ。
徹甲弾のような拳を受け止めることは不可能。横にかわせばもう一人の追撃。となればこの手しかない。少しでもタイミングを外せば直撃していたが、ぴったりのタイミングで成功した。
体勢を崩した男の鳩尾に向かって、俺は全力のストレートを突き刺す。通常よりも固い感触。鍛えられた筋肉などではない。ソフィアの予測通り、義体だろう。
苦しげなうめき声を上げながらも、男が崩れることはなかった。さすがに頑丈だな。
『マスター、追撃!』
『わかってる!』
間髪を容れずに全身を小さく回転させ、男の側頭部に回し蹴りを叩き込む。体が頑丈でも、電脳にダメージが行けばある程度動きを制限させられるはずだ。
「あ……が……」
俺の目論見通り、頭部にダメージを受けた男は白目をむき倒れ込んだ。電脳にエラーが起きても体を動かせる全身義体なんてまず居ない。
「ふぅ……まずは一人」
「このっ!」
仲間がやられたことに激情したのか、鬼のような形相で攻撃を繰り出すもう一人の男。縦横無尽に猛威をふるう暴力の嵐を、すべて紙一重で避け続ける。
『やるじゃないマスター』
『目が慣れただけだ。案外、俺の体も動くもんだな』
「がぁああ! ちょこまかと!」
執拗に攻撃していた男が苛立ち、大振りになったところで、
「終わりだ!」
相手の肩から下に抜け、カウンターとなる拳を顔面にめり込ませる。心地よい衝撃を腕と肩に感じながら、男は後方へと倒れた。
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義体――義肢(義手、義足など)の総称。機械で作られた偽物の身体。手足だけではなく、内臓器官を義体化することも可能。
義体をスムーズに動かすためにはコンピュータによる制御を必要とする場合が多く、一部でも義体化している人間は高い確率で電脳化している。
ほとんどの場合、人工筋肉を用いて、本物の肉体と見分けが付かないような工夫がなされている。そのため、その肉体が義体なのか、生まれ持っての物なのかを見分けるのは困難とされている。
最新の義体であれば、本物の肉体と遜色のない感覚で動かすことが可能。
全身義体――腕や足だけではなく、全身(脳と中枢神経を除く)を義体化した人間のこと。全身義体と呼ばれることが多い。
複雑な制御が必要とされることから、電脳化していることに加え、専用の制御ソフトをインストールしている必要がある。
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