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サイバークオリア ――人工知能はアイを得るか――  作者: 黒河純
最終章 デイジー・ベルをキミに
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四人の便利屋

 ソフィアと共に、リーフブルーから逃げ出して一週間。

 紆余曲折があり、俺の務める便利屋アガットは一段と賑やかさを増していた。


「ソフィアさん! また勝手に冷凍庫のアイス食べましたね! あれはわたしのですって何回言えばわかるんですか!」

「仕方ないじゃない、お腹空いてたんだから。昨日の依頼、私がずっとコンソールに入ってサポートしてあげたから、うまくいったようなものでしょ? その報酬としてもらっただけよ」

「臆面もなく屁理屈言うんですから……」

「そもそも、あんな古いコンソールじゃなくて最新式の買いましょうよ。組織で使っていた物は、一週間飲まず食わずでも生きていけたわよ。あれじゃあ精々二日でしょう?スペック的にも低いし、私の力を十全に発揮できないわ」

「そんなお金ないですよ。自分で稼いでください」


 二階の倉庫で掃除をしていた俺は、休憩がてら一階へ。そこには一悶着しているソフィアと和佳菜の二人。一触即発の空気は、もはやいつものことだ。

 巻き込まれたくなかったので、俺はこっそりと飲み物を取って退散することにしよう。どちらかの味方をしても、両方の味方をしても、両方の味方をしなくても、なんやかんや文句を言われることになるのだから。触らぬ神に祟りなしというやつだ。


 身を低くし、気配をなるべく消しながら素早く移動する。

「――あ、マスター、何こそこそしてるのよ」

「げっ」

 目ざとく俺を見つけたソフィアが、こちらに声をかける。そのうち光学迷彩でも搭載しようかと、本気で考え始めた瞬間だった。


「いや……喉渇いたんでなんか取りに」

「そう、ちょうどよかったわ。マスターも赤穂に言ってやって。あんなコンソールで仕事するのなんて無理だって」

「そんなことないです。今まであれでやっていけたんですから。ね、青葉さん」

 ソフィアと和佳菜に左右から詰め寄られ、俺は小さくなりながらその場逃れの苦笑をするしかなかった。


「――なに遊んでんだよガキ共」

「あら、ラングレーじゃない、お帰り。どこ行ってたの?」

 外出中だったアガットが帰ってきたことにより、なんとか場の空気が変わってくれた。こっそりとため息をついて、幸いとばかりに全身の力を抜く。


「レンタカー弁償してきたんだよ。ほら、あたしと和佳菜がクーロンシティに行ったとき、使ったやつだ」

「そう言えば……帰りは師匠の車でしたし、レンタカーは向こうに放置してましたね」

「かといって、取りに戻るのも危険だしな……まったく、青葉を取り戻すためとはいえ、痛い出費だぞ」

「あー……なんか色々苦労をかけたみたいですまん」

 あのときの話は、後日アガットから詳しく教えてもらった。俺を助けるため、わざわざ車をレンタルしてくれたらしい。


「別にいいさ。後悔はしてない。その代わり、精一杯働いて金を稼げ。ただでさえ食い扶持が一人分増えたんだからな」

「ちょっと、そこで迷惑そうにこっち見ないでよ。私を追い出したら青葉も連れて行くから覚悟しなさい」

「はいはい。……まったく、仲がいいな相変わらず」

 苦笑しながら和佳菜のとなりに腰掛けるアガット。せっかくなので、俺も飲み物片手にソフィアのとなりに座る。任務中のソフィアはコンソールに入りっきりなので、こうして四人同時に顔を合わせる機会はそれほど多くない。


「それにしても、あれから一週間か……早いもんだな」

 アガットが煙草を取り出しながら、しみじみと呟いた。

「まったくね……私がここであなたたちと便利屋やることになるなんて、夢にも思っていなかったわ」

「俺もだ」

 自分はアンドロイドで、サポートAIだと思っていた少女が製造主で、今では一緒に働いているのだから、本当に人生というやつはわからない。


「あたしが祈崎市に来てこの店始めたときは、和佳菜と二人だけだったのに、今じゃ四人だ。ずいぶんと大所帯になってきたじゃないか」

「そのうち二号店とかできるんじゃないか?」

「あら、それはそれで楽しそうね。私とマスターで、新しくお店開きましょうか?」

「やめとく。今はまだ、この四人で居たいからな」

「そうですよ。青葉さんには、まだまだわたしと一緒に働いてもらうんですから。ソフィアさんには渡しません」

 自分のおもちゃを取られまいとする子供みたいに、和佳菜は頬を膨らませる。


 あの事件以来、和佳菜は俺に対してよく懐くようになった。元々仲が悪いということはないが、最近はまるで本当の兄妹みたいなスキンシップが多い。ソフィア(いわ)く『マスターが私に取られた気がしてるんじゃない? 彼女、少なからずあなたのこと想っていたみたいだし』とのことだ。そう言われて悪い気はしないが、毎回小さな修羅場が訪れるのは勘弁願いたい。


「んなことより、リーフブルーが一週間も動いていないみたいだが……あたしたちが今後狙われる可能性ってどのくらいなんだよ?」

「それは俺も気になっていた」

 アガットの言う通り、あれから全身義体(サイボーグ)の刺客が送られるようなこともなく、とりあえず平和な日々を謳歌していた。祈崎市での犯罪は、もはや平和の(はん)(ちゅう)なので気にしない。

「ボスが死んだと仮定するならそれほど高くはないでしょうけど、もしゴキブリみたいな生命力で生き残っていたとすれば……またちょっかいかけてくる可能性は高いでしょうね。――まあでも、私たちが警察や政府に組織のことを話さなければ、早急に潰そうともしないんじゃない?」

「ふーん……まあでも、楽観視はできないってことだな。和佳菜、青葉、ソフィア、各自警戒は怠るな。今まで通り、和佳菜とソフィアの二人は、外に出るときあたしか青葉を護衛に付けろよ」

 あれから、ソフィアは俺の体のリミッターを外してくれた。今までは生身の人間であるように騙す必要があったため、出力はかなり抑えられていたらしい。

 今の俺なら全身義体(サイボーグ)と真っ向から力勝負しても負けない自信がある。アガットと腕相撲したら完敗したが。


「大丈夫ですよ師匠。なんたってこのメンバーですよ? 誰が相手でも青葉さんは守ります」

「ちょっと、私も守りなさいよ赤穂」

「いやいや、ソフィアさんは自分でなんとかできるだけの力があるじゃないですか」

「こんなか弱い乙女に何言ってるのよ」

「か弱い……一昨日、ギャング集団をたった一人で壊滅させたくせに何言ってるんですか」

「あれは、あいつらのセキュリティーが甘かったから、先人として色々教えてやったまでよ。サーバーにあったゴールドをいただいたのは、あくまで授業料ね」

「へーそうですかー」

「ムカつく言い方ね赤穂。電脳焼き切るわよ」

 とまあこんなふうに、優しい性格の和佳菜にしては珍しく、ソフィアとだけ小さな言い争いが多発している。ソフィアに感化されたのか、最近は俺に対する皮肉なんかも多くなっている気がするんだよな……。


『なんでこの二人は微妙に仲良くできないんだろうな。いつも仲裁に入るのは疲れるんだが』

 俺はいがみ合っている二人を眺めながら、年長者のアガットに通話をかける。

『ん? ま、反りが合わないってわけじゃないだろうし、心配いらないだろ。むしろ合いすぎているんだろうさ』

『どういうことだ?』

『趣味嗜好が一緒ということだ。同族嫌悪みたいなもんだな。そのうちわかる。頑張れよ人気者』

 アガットはにやにや笑いながら、咥えていた煙草に火を付けた。煙草を吸っている自分だけが、すべてを理解している大人なのだと言いたげな表情だった。


「――ですよね、青葉さん」

「え?」

 和佳菜からいきなり話を振られるが、アガットと通話していたので正直まるで聞いていなかった。

「あ、ごめん。全然聞いてなかった」

「もう、ぼーっとするなんて、らしくないですよ」

「マスターは疲れてるのよ。誰かさんが連日一緒に出かけようとするから」

「うっ……確かに最近、無事に戻ってきてくれたことが嬉しくて、羽目を外しすぎていた気がします」

「でしょう? 少しは自重しなさいよね」

 自分のことは棚に上げ、好機とばかりに和佳菜を攻めるソフィア。小姑かお前は。


「うう……ソフィアさんだって、メンテナンスと称して青葉さんと一緒にお風呂入ったりしたじゃないですか。傍若無人です」

「『称して』とかやめなさいよ。歴としたメンテナンスよ」

「嘘ですよ。青葉さん、お風呂入る前よりげっそりしてたじゃないですか」


 再び始める言い争いを聞きながら、俺は一人でため息をつく。アガットは我関せずとばかりに、煙草を楽しんでいた。

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