姉から弟へ
「うわー……さすがにプロフェッサー死んでるかな?」
ウチはメンテナンスルームで倒れている見慣れた男を見て、顔を引きつらせていた。
「プロフェッサーがこうなっているってことは、青葉くんとイヴせんせーは自由を求めて逃げ出したのか……」
まあ、あの二人はかごの中の鳥ってタイプじゃないし、なんとなくこうなるんじゃないかと思ったけどね。
「せっかく会えた弟が早々に家出なんて……お姉ちゃんはどうすればいいんでしょう」
ぴくりとも動かないプロフェッサーを足先でつついて、生きているかどうかの確認をする。もし死んでたらこの組織どうなるんだろう。ウチが引き継いでもいいのかな。
「おーい、あんたが作ったアンドロイドの四道彩音だよー……死んでる? 生きてる?」
「…………四道、うるさい」
あらびっくり、死にそうなほど疲弊してはいるけどまだ生きてるよこの人。
「しぶといねプロフェッサー。さすがに今回はダメだと思ったよ、ウチ」
「同意見だよ。普通の電脳なら死んでいただろうね。……僕の電脳は特別製なんだ。話さなかったかい?」
「ああ……昔言ってたね、そんなこと」
ごめんよ、興味なかったもんであまり覚えていなかった。
「衝撃・電気・電磁波・他のナノマシン、その他諸々に強い、特別なナノマシンを埋め込んだんだ」
生まれたての子鹿のように震えてはいるが、なんとか自分の足で立った。拍手でもしてあげるべきかな?
「だが、さすがにしばらく電脳は使えないな……新しいナノマシンに換装する必要がある」
「あらあら、しばらくは不便な生活になりそうだね」
脳死しなかったとはいえ、さすがに脳内のナノマシンは全滅したみたいだ。
「まったくだよ。――四道、しばらく力を貸してくれ。お前に指示を出すから、言われた通りに業務を進めるんだ」
「了解だよプロフェッサー。――それより、逃げた二人どうするの?」
「……抹消する……のがいいんだろうが」
「が?」
「こんなにも痛い目に遭ったのは初めてでね……もう関わりたくはないというのが本音だ」
いつも余裕綽々なのに、今日は珍しく弱気だ。電脳を壊されたことが、だいぶ堪えているみたい。
「まあ、まずは電脳の修理だ。何かを成すのは、そのあとでも遅くはない」
「そうだね……。それじゃあ、プロフェッサーもなんとか生きていたし、ウチは少し外の空気でも吸ってくるよ。これからリーフブルーは大騒ぎだろうし、今のうちに羽を伸ばさないとね」
こんな陰気な施設には居られないとばかりに、ウチは逃走を図る。なぜだか、無性に広い空が見てみたくなったから。
「別に構わないが、敷地の外には――」
「――敷地の外には出るな、でしょう? 耳にたこだよ。わかってますとも」
背後のプロフェッサーにひらひらと手を振って、ふらふらと外に向けて歩き出す。
各所から湧き上がるイヴせんせーに対する怒声やら罵倒やらを背に感じながら、扉を開いて建物の外へ。
「うーん……いい天気」
今は外も中も騒がしいので、あまり人の来ない裏口で体を伸ばした。
空からは陽光が降りしきり、暖かな日差しが機械の体を温める。
ここが工業地区なんかじゃなくて、自然豊かな公園だったらよかったのに。そうしたら、空気ももっとおいしいのだろう。鳥の鳴き声なんかも聞こえるかもしれない。サンドウィッチでも食べれば、ピクニック気分だって味わえる。
だが、ここにあるのは無機質な工場と淀んだ空気だけだ。
「…………」
もしウチも、青葉くんのようにここを抜け出して、自由に自分の道を歩けたら――そんな空想を抱くも、首を振って即座に打ち消した。
「らしくないなぁ」
自分の分まで、青葉くんが自由に生きてくれれば、それでいい。それ以上を望むのはただのわがままだ。
この青空の続くどこかに、自分の弟が生きている。その事実があるだけで、ウチは前を向いて進んでいける気がする。
「また……会えるといいな」
アンドロイドから人間になろうとした青葉くんは、これからどんな人生を歩むのだろうか。
楽なはずがない。数多くの苦難があるだろう。世界は絶対に味方なんてしてくれない。
それでも彼なら、ありとあらゆる障害を乗り越えるだろうという、確信にも似た予感があった。なんたって、ウチの自慢の弟なのだから。
「色々大変だと思うけど、頑張ってね青葉くん。お姉ちゃんはここで応援してるから」
人間を目指した弟に向かって、ウチは一人でエールを送った。
そろそろ終わりとなります。




