表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイバークオリア ――人工知能はアイを得るか――  作者: 黒河純
最終章 デイジー・ベルをキミに
45/47

姉から弟へ

「うわー……さすがにプロフェッサー死んでるかな?」

 ウチはメンテナンスルームで倒れている見慣れた男を見て、顔を引きつらせていた。

「プロフェッサーがこうなっているってことは、青葉くんとイヴせんせーは自由を求めて逃げ出したのか……」

 まあ、あの二人はかごの中の鳥ってタイプじゃないし、なんとなくこうなるんじゃないかと思ったけどね。


「せっかく会えた弟が早々に家出なんて……お姉ちゃんはどうすればいいんでしょう」

 ぴくりとも動かないプロフェッサーを足先でつついて、生きているかどうかの確認をする。もし死んでたらこの組織どうなるんだろう。ウチが引き継いでもいいのかな。

「おーい、あんたが作ったアンドロイドの四道彩音だよー……死んでる? 生きてる?」


「…………四道、うるさい」


 あらびっくり、死にそうなほど()(へい)してはいるけどまだ生きてるよこの人。

「しぶといねプロフェッサー。さすがに今回はダメだと思ったよ、ウチ」

「同意見だよ。普通の電脳なら死んでいただろうね。……僕の電脳は特別製なんだ。話さなかったかい?」

「ああ……昔言ってたね、そんなこと」

 ごめんよ、興味なかったもんであまり覚えていなかった。


「衝撃・電気・電磁波・他のナノマシン、その他諸々に強い、特別なナノマシンを埋め込んだんだ」

 生まれたての子鹿のように震えてはいるが、なんとか自分の足で立った。拍手でもしてあげるべきかな?


「だが、さすがにしばらく電脳は使えないな……新しいナノマシンに換装する必要がある」

「あらあら、しばらくは不便な生活になりそうだね」

 脳死フラットラインしなかったとはいえ、さすがに脳内のナノマシンは全滅したみたいだ。


「まったくだよ。――四道、しばらく力を貸してくれ。お前に指示を出すから、言われた通りに業務を進めるんだ」

「了解だよプロフェッサー。――それより、逃げた二人どうするの?」

「……抹消する……のがいいんだろうが」

「が?」

「こんなにも痛い目に遭ったのは初めてでね……もう関わりたくはないというのが本音だ」

 いつも余裕綽々なのに、今日は珍しく弱気だ。電脳を壊されたことが、だいぶ堪えているみたい。


「まあ、まずは電脳の修理だ。何かを成すのは、そのあとでも遅くはない」

「そうだね……。それじゃあ、プロフェッサーもなんとか生きていたし、ウチは少し外の空気でも吸ってくるよ。これからリーフブルーは大騒ぎだろうし、今のうちに羽を伸ばさないとね」

 こんな陰気な施設には居られないとばかりに、ウチは逃走を図る。なぜだか、無性に広い空が見てみたくなったから。


「別に構わないが、敷地の外には――」

「――敷地の外には出るな、でしょう? 耳にたこだよ。わかってますとも」

 背後のプロフェッサーにひらひらと手を振って、ふらふらと外に向けて歩き出す。

 各所から湧き上がるイヴせんせーに対する怒声やら罵倒やらを背に感じながら、扉を開いて建物の外へ。


「うーん……いい天気」

 今は外も中も騒がしいので、あまり人の来ない裏口で体を伸ばした。

 空からは陽光が降りしきり、暖かな日差しが機械の体を温める。

 ここが工業地区なんかじゃなくて、自然豊かな公園だったらよかったのに。そうしたら、空気ももっとおいしいのだろう。鳥の鳴き声なんかも聞こえるかもしれない。サンドウィッチでも食べれば、ピクニック気分だって味わえる。


 だが、ここにあるのは無機質な工場と淀んだ空気だけだ。


「…………」

 もしウチも、青葉くんのようにここを抜け出して、自由に自分の道を歩けたら――そんな空想を抱くも、首を振って即座に打ち消した。

「らしくないなぁ」

 自分の分まで、青葉くんが自由に生きてくれれば、それでいい。それ以上を望むのはただのわがままだ。

 この青空の続くどこかに、自分の弟が生きている。その事実があるだけで、ウチは前を向いて進んでいける気がする。


「また……会えるといいな」


 アンドロイドから人間になろうとした青葉くんは、これからどんな人生を歩むのだろうか。

 楽なはずがない。数多くの苦難があるだろう。世界は絶対に味方なんてしてくれない。

 それでも彼なら、ありとあらゆる障害を乗り越えるだろうという、確信にも似た予感があった。なんたって、ウチの自慢の弟なのだから。


「色々大変だと思うけど、頑張ってね青葉くん。お姉ちゃんはここで応援してるから」

 

 人間を目指した弟に向かって、ウチは一人でエールを送った。

そろそろ終わりとなります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ