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サイバークオリア ――人工知能はアイを得るか――  作者: 黒河純
最終章 デイジー・ベルをキミに
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AIの進化

 一通り事情を話し終え、私は大きく息を吐き出す。話すのはあまり得意ではないのに、今日は話しすぎた。喉が痛い。


「そんな……青葉さんがアンドロイドなんて……信じられません」

「……」

 赤穂は顔を青くし、ラングレーは鋭い目つきで私をにらんでいる。二人の顔色には困惑と敵意が浮かび上がっていた。あえてそれを無視して話を続ける。

「すべて事実よ。青葉は私が組織の方針で作り出したアンドロイド。これからはこの組織内で過ごすことになるわ。だからもう、祈崎市に戻ることはないの。――悪いんだけど、それがわかったらお引き取り願うわ。それと、このことは口外しないで頂戴」

 本当に、なんて都合のいいことを言っているのかと、自分でも呆れる。


「ずいぶん勝手だなイヴ・フレイン」

「私も、逆の立場なら一発ぶん殴っているでしょうね。……謝礼金は出すわ」

「金の問題じゃないんだよ。――そもそも、AIの進化が目的という話だったが、最終的なお前らの目的はなんだ?」

「詳しいことは私も聞かされてないわ。この組織の最高責任者は、自分の王国でも作る気なんじゃないかしら? 問いただせば教えてくれるのかもしれないけど、さほど興味ないもの。私はあくまでも一介の研究者」


 あの胡散くさい男のことなど毛ほども関心はないが、高い設備を使わせてもらえるのはありがたい。逆に言えば、あいつの存在価値など私からすればその程度だ。

 プロフェッサーの思惑など関係ない、私は自分のやりたいことをやらせてくれるからここに居るだけ。利害が一致しているだけの関係だ。


「それでは、あなたはなぜこの組織で働いているのですか? お金のため……ですか?」

「まさか。ここは政府の援助がない研究組織よ? どこからお金が発生するって言うのよ。資金はほとんどプロフェッサーの個人資産。ここで働くより、クーロンシティの喫茶店でアルバイトでもした方がまだ稼げるわよ。一応表向きの事業――部品(パーツ)製造もあるけど、そっちは微々たる収益だけだもの」

 ここに居る従業員や警備員は、研究狂いか、わけありの人間ばかりだ。まともな人間なんて一人もいない。もちろん自分も含めて。


「私がここに居る理由は、AIの進化が見たいからよ。ただの知的好奇心ね。進化したAIで一山当てようなんて考えはないわ」

 この世で誰も認識したことのない未知を、私だけが既知へと変えるあの感覚(クオリア)。あの優越感を最初に感じたのはいつのことだっただろう。いつの間にか人生のほとんどを投げうって、そういった未知の解明に没頭してきた。ただただ探求心の赴くままに行動し、愚直なまでに研究した。

 その道程で培った知識を、このリーフブルーではAIという形で発揮したに過ぎない。


「人の進化と欲望には際限がない。それはAIも同じよ。常に進化し、AIなりの欲望を抱く」

 この世のAIは日進月歩してる。――そのうち人間を超えるだろう。


 技術的特異点(シンギュラリティ)は間違いなく起こるのだ。


 だが当然、そんなAIに危機感を抱く人間も居る。むしろ大半がそうだろう。AIが人間の上に立ったとき、人間を不要と判断する可能性があるんじゃないのか……そうなったとき人間はAIに勝てるのか……などと、SF映画に影響されたとしか思えない思想の持ち主が多数存在している。人間という種族が、(とう)()されないか心配で仕方ないのだろう。

 だから私はここに居る。何かに縛られることのない人工知能が、どこまで成長するのかを見届けるために。


 ――AIは人間になれるのかを確かめるために。


「……なるほど、話はよくわかった。お前の話に嘘はないんだろうな」

 ラングレーがこちらに向かって左腕を突き出す。無骨な駆動音を室内で響かせながら、腕を銃器に変形させる。かなり口径が大きい。私の頭など簡単に吹き飛ばすだけの威力はあるだろう。

 赤穂は何も言わず、ラングレーの行動をじっと見つめていた。


「……」

 私は慌てることも逃げることもなく、ぼんやりと銃口を覗いていた。死ぬことへの恐怖はない、僅かな悔いが残るだけだ。彼女たちになら、殺されてもいいか――なんて想いまで浮かんでくる。青葉の一件が片づいて、センチメンタルにでもなっているのかもしれない。


 ……だが、ラングレーの左腕から銃弾が飛び出すことはなかった。

「どうしたの? 撃たないの?」

「……可愛げのない女だ。眉一つ動かさないとは……。青葉がアンドロイドだという話だが、お前の方がよっぽどアンドロイドらしいな」

「ええ……自分でもそう思うわ」

 誰がどう見ても、私は人間味という物が欠如している。


 ラングレーはため息と同時に腕を元に戻し、末期癌の患者を前にした医者のように首を横に振った。

「――イヴさん、一つ確認です。この部屋はジャミングと防音が完備なんですよね?」

「? ええ。そうよ」

 意を決したかのように、これまでほとんど話さなかった赤穂が唐突にそんなことを訊いてきた。

「ということは、あなたが今すぐここに応援を呼ぶことはできないんですよね?」

「……そうなるわね」

 ああ、そうか……。


 なぜだかはわからないが、今の私は、恐らく笑っているだろう。


「わかりました。それでは命令します。――イヴ・フレインさん、青葉さんを助け出すことに協力してください。さもなければ今すぐにあなたを殺します」

 今までにないくらい冷徹に、私を脅し始める赤穂。そのとき私は、恐怖を感じるよりも純粋に感嘆していた。自分よりも年下の少女は、仲間のためにここまでのことをするのだ。虫一匹を殺すことにためらうような、あの少女が、だ。

「へぇ……大胆な手に出るのね赤穂。こういうのはラングレーの役目だと思っていたけど」

「バカにしないでください。これでもわたし怒っているんです」

 強がっている様子はなく、瞳には強い怒りと意志が見て取れる。私を殺すというのもハッタリではないだろう。私が首を横に振れば、間違いなく殺される。


「青葉さんは絶対に助け出します。アンドロイドだろうが関係ありません。あの人は、わたしたちの仲間です」

 いつだったか、青葉のプレゼントした青い十字架のネックレスに手を添えて、赤穂和佳菜はそう宣言した。

「そう……」

 正直な話、青葉が祈崎市でどのように生活するのかなんて未知数だった。誰かと共に暮らすのか、一人で孤独に生きるのか――どうなるかなんてわからなかった。

 初日のボロ宿で青葉が自分の情報を調べていたときに、事前準備していた祈崎市のレポートをこっそりパソコンに忍ばせておいたり……小さなサポートはした。

 けれども、この二人に出会って、便利屋で働くようになったのは(まぎ)れもなく偶然で、運命のような奇跡なのだろう。


「わたしは、青葉さんが好きですから。人間じゃないから何だって言うんですか。その程度で、わたしの気持ちが揺らぐことなんてありえません――だから絶対に助け出します」

「同意見だ。ここまで来て手ぶらで帰れるかよ。青葉は返してもらう。あたしだって、あいつのことは嫌いじゃないしな」

 ああ、この二人は本当に――青葉のすべてを受け入れられる人間なのだ。


 それならば、


「……改めて感謝をするわ。青葉を拾ってくれて、あそこまで成長させてくれてありがとう」

 この二人は私のことなんて大嫌いだろうけど、私はこの二人が嫌いになれそうもない。


 だからこそ、


「――いいわ。脅されたんじゃ仕方ない。青葉を助けるのに協力してあげる」




 これからもこの二人と共に歩む青葉の姿を、誰よりも近くで見てみたいなんて――らしくないことを心の底から願ってしまった。

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