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サイバークオリア ――人工知能はアイを得るか――  作者: 黒河純
最終章 デイジー・ベルをキミに
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全身凶器の全身義体

「しんどかった……和佳菜、なんでもいいから酒。ただし(あつ)(かん)はやめろよ」

「わかってます」


 草むしりという苦行を乗り越えたあたしと和佳菜は、そこそこの報酬を受け取り、アジトまで戻ってきた。今までの仕事内容は多岐にわたるが、これほど地味な仕事は初めてだ。

 溜まった鬱憤をぶつけてやろうと、ここでのんびりしているであろう男を捜す。


「……青葉居ないな。どこ行ったんだ?」

「お店の扉にもクローズのホログラムが表示してありましたし、どこかに出かけているようですね」

 冷えたビールをあたしに手渡し、和佳菜は自分の分のアイスコーヒーを準備し出した。

「仕方ない、通話してみるか。――ったく、どこほっつき歩いているんだあのガキ。しばらく便所掃除は青葉にやらせよう」

 ビールを流し込みながら、怒りにまかせて乱暴に青葉をコールする。


「…………電波が届いていないな。何してるんだあいつ?」

 しばらく待ってみても、青葉の声がこちらに届くことはなかった。閑古鳥の鳴き声のように、コール音だけが脳内で響く。

「え? 青葉さん反応ないんですか?」

「ああ……少し嫌な予感がするな」

「ですね。わたしたちになんの連絡もなく、電波の届かない場所に行くとは思えません」

 和佳菜の言う通りだ。あいつはバカだが愚かではない。

 少し出かけているところを何らかの目的で誘拐でもされ、今はジャミングの張られた部屋に居る……なんて可能性もゼロではないな。


「和佳菜、二階に行ってコンソールで青葉の情報を集めろ。手段は問わない」

「はい!」

 素早くアイスコーヒーを飲み終え、和佳菜は二階に向かって駆け出す。同時に、あたしも今飲んだアルコールをすべて分解させる。いつでも即座に休肝日。義体ならではの技だ。

『ルーベン、この近くに住んでいて、あたしの依頼を受けたことのある人間をリストアップしてくれ。できれば青葉のことを知っているやつらを』

 あたしは近所の連中に通話して、目撃情報がないかを確かめよう。昼間っから外で煙草吸っているような連中がわんさか居るし、一人くらいは青葉がどこに向かったかを見ているはずだ。


「よし、じゃあまずは――」

 AIの作成したリストをホログラムウィンドウで表示し、早速上から通話をかけようとしたところで、


「動くなアガット・ラングレー! 及び赤穂和佳菜!」


 見るからに全身義体(サイボーグ)だとわかる巨体の男が三人乱入もしてきた。SPみたいな黒いスーツに、サングラスを着用している。明らかに(かた)()ではない。

「はぁ……」

 乱暴に扉を蹴破った点といい、発言といい、面倒なことになりそうだ。あたしに恨みのある連中が送り込んだ掃除屋だろうか。たまにあることなので驚きはしない。


「最悪のタイミングで来たなこの野郎」

 場の空気が緊迫し、アジトは戦場の様相を呈し始める。

「おい、どうでもいいが、扉を壊すな。修理しろよ」

 男たちの手にはそれぞれ同じ型の自動拳銃が握られている。身長が二メートルを超えている男が手にすると、本物の銃器もおもちゃに見えるものだな。

 しかし、和佳菜が二階に居るのは僥倖だ。ある程度好きに暴れられる。


「大人しくしていろ。殺しはしない」

 一人は扉の前でガードマンのように立ちふさがり、残りの二人がじりじりと距離を詰める。

 逃げ道を潰したか……まあ、当然こいつらから逃げる気なんて最初からないので、別に構いはしない。むしろ一人があそこで釘付けになるため、助かるくらいだ。


「どれ、お姉さんが遊んでやろう」

 指定席のソファーから立ち上がり、徒手空拳で構える。実は一階のそこかしこに武器が隠してるのだが、相手は全身義体(サイボーグ)が三人――使うまでもないだろう。

「大人しくしていれば記憶を消すだけで済ませるつもりだったのだがな……仕方ない」

 重さなんてまるで感じさせない動作で、敵は銃を水平に構える。それに対し、あたしは何も握られていない左腕を前に突き出す。それだけで充分だった。

「最後の忠告だ。今すぐ出て行き、二度とあたしたちに関わらないと誓うなら見逃してやる」

「ふん。断ると言えばどうなる?」

「キサマらは身をもって全身義体(サイボーグ)の恐ろしさを実感するだろうな」


 あたしは電脳から指示(コマンド)を送り、左腕を『変形』させる。一秒未満の短い時間で人工皮膚は内部に潜り込み――内蔵されていたショットガンが姿を現す。

 男が驚きを顔に出すよりも先に、胸部へと銃弾を叩き込む。

 近距離で銃撃を受けた男は後方に向き飛び、壁に背中を打ち付けて気を失った。


 通常、銃弾を撃ち出すにはいくつかの手順が必要となる。まず脳が指へ指示を出し、指が引き金(トリガー)を引く。 引き金(トリガー)が引かれたことにより、薬莢内の装薬に着火。そしてようやく銃弾が顔を出す。僅か一秒にも満たないコンマ数秒の時間だが、戦場ではそれが命運をわける。

 左腕のショットガンは電脳からの指令で発砲するため、指の動作を必要としない。相手が指を動かそうとしている時には、すでに弾は放たれている。


「このっ!」

 もう一人の全身義体(サイボーグ)があたしの頭部に目がけて発砲。あたしはバネのように体を低くしてそれを回避する。

 同時に両脚も素早く変形させる。服の下なので外部からはわからないが、すねの部分に強化型高周波ブレードを出現させる。

「あらよ!」

 左足で床を強く蹴り、銃を持っている男の右腕に蹴りを喰らわせる。超合金さえ切り裂く蹴りだ。当然、男の腕はバターのようにあっけなく両断され、銃を握ったまま明後日の方向へ吹き飛んだ。断面からは火花が発生し、見慣れたオイルが流れ出ている。やはり全身義体(サイボーグ)だったか。


「あーあ……また新しい軍服買わないと」

 これはあたしの服も一緒に切れるからあんまりやりたくなかったのだが、たまには起動してやらないと錆び付きそうだからな。

「くっ!?」

 腕と武器を一瞬で同時に失い、呆然としている男の顔面を右手でつかみ、

「電磁掌」

 手から強力な電磁波を発生させ、男の電脳を焼き切る。ある程度加減はしたので死んではいないだろうが、もう二度と電脳を使うことはできないだろう。

 さあ、あとは扉をふさいでいた一人だけだ。


「あん?」


 そちら見ると、男はすでに倒れ込み、陸に打ち上げられた魚のように、びくびくと痙攣していた。

「あ、師匠、大丈夫でしたか?」

 二階の方からライフルを手に持った和佳菜が下りてきた。手にしているのは全身義体(サイボーグ)用に特化したスタンライフル。倉庫にあった物を持ってきたのだろう。

「こっちに気を取られている(すき)に、二階の和佳菜に狙撃されたか……義体は立派だが、中身は素人同然の烏合の衆だな」

 まだ背中の全方位ライフルを起動させていなかったことが、少しだけ悔やまれた。




 あたしは最初にショットガンで吹き飛ばした男に歩み寄り、右手をDケーブルに変形させ有線接続をする。

 ハックツールを起動させ、ハックを開始。防壁は……六枚か。少し多いが問題ない。

「和佳菜、警察……いや、事後処理屋呼んでこいつらを引き取ってもらえ」

「わかりました。ついでに家の修理業者も呼んでおきますね」

「頼む」

 事後処理は和佳菜に任せ、あたしはハックに専念する。有線なのでそこまで時間はかからない。


「――よし、成功。身元は……リーフブルー? 聞いたことないな」

 ネットで詳細を調べると、ここからかなり遠くに構えている製造会社だ。なんでそんなやつらの私兵がここまで……知らず知らずの間に恨みでも買っていたのだろうか。

「青葉の件もあるし気になるな。――和佳菜、連絡は済んだな。すぐに出発する」

「わ、わかりました」

 嫌な予感がひしひしと湧き上がる。あたしは外に出て、駆け足で車に向かう。


「……ん?」

 どこか違和感を感じ、足を止める。

「んー?」

 ――ああ、違和感の正体がわかった。簡単なことだ、いつもの場所に車がないんだ。

「……」

 ドーナツの穴のようにぽっかりと空いたそこは、あたしの疲労を倍増させるだけの破壊力があった。車を追跡(トレース)しようとするも、なぜか無慈悲なエラーがあたしの視界を覆い尽くす。

「どうしたんですか師匠?」

 少し遅れてやってきた和佳菜が、硬直しているあたしに声をかける。

「青葉め……この借りは高く付くぞ」

 ここには居ない相手に毒づきながら、一番近いカーレンタルの位置をGPSで調べ始めた。




「疲れた……自分で運転したのなんて何年ぶりだ?」

「バンバン飛ばしてましたね師匠」

 金にそこまで余裕がなかったため、レンタルしたのは手動運転のみの古い車だった。ちなみに、今日の草刈りで得た報酬はこれですべて消えた。……リーフブルーとやらは絶対に潰すことをあたしは誓おう。


「何はともあれ着いたな。この先の工業地区は車で移動できないから徒歩だ。行くぞ」

 車を降り、目的地まで駆け足で進む。すでに視覚と聴覚は最大まで強化し、一キロ離れた物音でも聞き逃すことはない。

「……ん? おい和佳菜、あれ見てみろ。あの駐車場」

 強化された視覚が偶然捉えたのは、あたしのオートマチック車だった。ナンバーも一致しているし、間違いないだろう。


「師匠の車……ここにあるってことは、やっぱり青葉さんも来てたんですね」

「そのようだ。急ぐぞ」

 和佳菜と頷き合って、さらに進むスピードを上げる。


「しかし、どこもかしこも人が居ないな……こっちとしてはありがたい限りだが」

「ですね。無人のロボットはちらちら見かけますけど」

 かなり高いレベルで、人間の手を必要としない自動化が進んでいる街なのだろう。今時オートメーションは珍しくない。なにせ、ロボットのスイッチを入れるためのロボットも存在するくらいだ。


「――ここだな」

 誰かに声をかけられることもなく、あたしたちは無事にリーフブルーまで到着した。外観に怪しいところは見当たらないが、後ろ暗いことがあるのは確かだろう。

「鬼が出るか蛇が出るか……行くぞ和佳菜」

「はい、師匠」


 さっさと青葉を連れ出して帰ろう。そのあとは、精々文句でも言ってやろうじゃないか。

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