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サイバークオリア ――人工知能はアイを得るか――  作者: 黒河純
最終章 デイジー・ベルをキミに
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親と子

 姉さんが出て行って数分後、今度は入れ替わりで無表情のイヴが入ってきた。俺が言うのも変な話だが、まるでロボットのようなポーカーフェイスだった。


「彩音から聞いたわ。右腕のロックを自力で外したらしいわね。私が居なくてもある程度ハックできるようになって嬉しいわ。やるじゃないマスター」

「うるさい。その声とその姿で俺をマスターと呼ぶな。調子が狂う」

「……悪かったわ。――彩音からある程度のことは聞いたわね? 自分がアンドロイドだということは受け入れた?」


 怪我の具合でも訊くように、イヴは真っ正面から現実を押しつける。俺の電脳に居た頃と変わらず、彼女は無遠慮だ。

「……ああ……もう諦めたよ」

 主治医と患者が話すような、近くも遠くもない距離感での会話。

 これまでAIだと思っていたが実は人間で、なおかつ生みの親だった――そんな人とどんな距離感で会話すればいいのか……わかる人が居るなら是非とも教えてほしい。


「よかった。じゃあ、体のロックを外すわね」

「は? いいのか? 勝手に外して。急に俺が襲いかかるかもしれないぞ?」

「あなたのデータはもう抽出しているもの。もしあなたが私を殺して逃げ出しても、それほど損害にはならないわ。……ほら、外した。もう自由に動けるはずよ」

 その言葉を確かめるために、凝り固まった全身に力を入れて上体を起こす。脚も……動くな。本当にすべてのロックを解除してくれたようだ。


「助かった。ええと……イヴって呼んだ方がいいか?」

「ソフィアでいいわよ。私も、本名より青葉の付けてくれた名前の方が気に入っているから」

「そうか……」

 ベッドからおり、素足を床につける。冷たい感触が足裏から全身に走る。この感覚(クオリア)も『冷たい』というプログラムが発生させた偽物なのだろう。


「本当に、お前が今まで俺のサポートAIだった……ソフィアなんだよな?」

「ええ。リーフブルー(ここ)からあなたの視界を通して、ずっとサポートしていたわ」

「……なんか、変な気分だな。――しかし、俺もよく気づかなかったもんだ。ずっと人間くさいとは思っていたが、まさか本当に人間だったとは」

「驚いた?」

「当たり前だ。不思議と、自分がアンドロイドだったことより、ソフィアが人間だったことの方が驚きだ」

 ホント、ここに来てから十年分の驚愕は体験した自信がある。


「こんな遠いところから、ずっと俺にアクセスしていたのか……」

「AIのフリをしながらね。なかなか名演技だったでしょ?」

 いや、大根役者もいいとこだっての。


「ずっと遠隔からハックやらなんやらの手伝いをしてくれていたんだな。――なあソフィア、アンドロイドが引ったくりを起こした事件を覚えているか?」

「ええ。数ヶ月前の事件ね。それが?」

「あの事件の最後……俺がスタントラップに引っかかって、犯人がジャマーを張っていたとき、お前と通話できなかったのって……」

「ああ、あのときね。青葉の考えている通りよ。強力なジャマーのせいで、さすがの私も手が出せなかったの」

 電脳にバグもないのにソフィアと通話できなかったのは、彼女が俺の電脳内ではなく、遠隔からアクセスしていたためか。あのときもう少し疑問に思って、詳細に調べていればまた結果は変わっていただろう。


「お前の言動といい、ジャマーによって通話できなかった点といい、よく考えれば妙な点は数多くあったな」

「あまり深いことは考えない設定にしておいてよかったわ」

 知りたくなかったよそんな情報。


「にしても、俺の身体って機械なんだろ? 今までよく誰も気がつかなかったよな。一応記憶喪失の原因を探るために、祈崎市内の病院とかも行ったが、身体が機械だなんて結果は出なかったぞ?」

 あまりにも成果が出ないので、最近はめっきり病院なんて行かなくなったが。

「あなたの身体は特別製。できる限り人体に近づけているもの。アンドロイドとバイオロイドの中間といったところね。食事もするし、睡眠もする。性行為だって可能。病院って言ったって、古い設備で、医師免許のない闇医者が適当に診ただけでしょう。それじゃあわからないわよ。それに、昨今の機械(マシン)は大体ネットに接続されているものよ。IoT――Internetモノ of Thingsインターネット)って、利用者も便利になるし、ハッカーも便利になるわね」

「もしかして……」

「ええ。何度かリアルタイムで私がハックして、診察結果を改竄(かいざん)したこともあるわ」

 そんなことまでしていたのかこいつは。旧型とはいえ、医療機器は人の命を扱う物だ。当然防壁は強固なものが採用されている。それを難なくハックするとは……。


「義体少女――レナータが来たときに、赤穂和佳菜が居なかった理由覚えてる?」

「ああ。確か別の都市にできた病院に行っていたんだよな? なんでも、病院独自のネットワークが形成されていて、外部からはアクセスできない……んだったか?」

「ええ。私もネット経由で少し調べてみたけど、その通りらしいわね。しかも医療機器も最新式……もしあのとき、病院に行っていたのが赤穂じゃなくてあなただったら、恐らく正体は発覚していたわね」

「マジかよ……」

 あのとき、俺を行かせてくれなかったアガットを恨んでおこう。


「まあ、そんなこともあって、そろそろ潮時だと上が判断したのよ」

 それで俺がメールで呼ばれたわけか。ようやく全部が繋がったな。

「なんか、俺の知らないところで色々なことが起きてたんだな」

 動くようになった身体を思う存分に駆使するために、大きく伸びをする。筋肉がほぐれる心地よさが全身を走り抜ける。


「……なあ、ソフィア……俺はこれから具体的にどうなるんだ?」

「基本的には彩音と同じね。簡単な雑用をやってもらって、週末にデータを提出してもらう」

「データっていうと、俺がどんなことをしたか、とか?」

「ええ。どんなことをして、どんなことを感じたのか。どのような思考回路でその結論に達したのか――なんてことよ」

「要するにモルモット生活ってわけだ」

 悪態をつき、俺は再びベッドに寝っ転がる。体が自由になった今なら、ここから逃げ出すことも不可能ではないだろうが、そんな気も起きなかった。


「……悪い言い方をすればそうね。衣食住は確保されるけど、ここから外に出ることはできず、ほぼ毎日監視されるようになるわ。もし仮に、ラングレーや赤穂から通話やメールが来ても、決して反応してはいけない」

「俺に拒否権は?」

「残念ながら。あまりにも非協力的な態度だと、いつかスクラップにされる可能性もあるわね」

「肝が冷えるな……。わかったよ。リーフブルー(ここ)と無駄な(あつ)(れき)を生む意思はないし、まだ死にたくもない。大人しくしてる」

 仮に俺がこっそりここを抜け出した場合、監督不行き届きとかでソフィアに罰則がないとも限らない。姉さんと同じくらい周囲の状況を把握できる能力が手に入るまでは、荒事は避けよう。


「ありがとう青葉……それとごめんなさい。これまで騙してきて」

「別にいいさ。お前が居なかったら俺はとっくに死んでいただろうからな……助けられたことは事実だ。その点は感謝してる」

 もしソフィアが居なければ、祈崎市という治安の悪い街では三日と経たずに死んでいただろう。そう考えると、彼女を一方的に責めるのも気が咎めた。


「それに、俺はお前が作ったんだろ? だったら俺からすれば母親みたいなもんだしな。親の言うことは聞くよ」

「失礼ね。私はまだ十七歳よ。子供が居るような年齢じゃないわ」

「俺より年下かよ……」

 どうやら、見た目通りの若さらしい。ということは生身だろう。


「ずいぶん若いな。その歳で、非合法組織の研究者やってるのか?」

「ええ。昔から好奇心旺盛な子供だったから……気がついたらこんなところまできてしまったわ。もう戻ることもできない。……木に登って下りられなくなった猫みたいね」

 お悔やみでも述べるような表情で、彼女はこれまでの人生を振り返った。


「色々あったんだな……後悔はしていないのか?」

「さあ……もうそれすらわからないわ」


 人生を悟りきったのか、もしくはすべてを諦めたのか、彼女は投げやりに苦笑した。

「ねえ青葉……」

 ソフィアは見えるはずもない空を仰ぎ見るようにしながら――


「もし仮に……自由に生きてもいいとしたら……あなたはどうする?」


 ――牢獄で寂しさを紛らわせるおとぎ話のように、彼女は意味のないイフ(もしも)の話を始める。虚しいだけだとは思いつつも、俺はそのおとぎ話に乗っかることにした。


「そりゃあ、祈崎市に帰って便利屋を続けるよ」

「そうよね……楽しかった?」

 学校での活躍を聞く親みたいに、誇らしさと嬉しさが半々といった表情で問いかける。 初めて、彼女の人間らしい感情に触れた気がした。

「うーん……まあ、大変ではあったけど、やりがいはあったし楽しかったよ。できるならまだ続けていたかった。でも、どれだけ懇願しても無理なんだろ?」

「……ええ。組織の方針で」

「それじゃあ仕方ない。聞き分けるよ。俺もガキじゃないしな」

 未練がないわけじゃない。それでも、この寂しそうな少女を独りぼっちにしたくはなかった。


 俺が過去にすがりついていれば、ソフィアはいつまでも孤独なままの気がしてしまったから。


「何言ってるんだか。生後一年も経ってない赤ん坊のくせに」

「む……」

 考えようによってはそうなるのか……妙な感覚だな。


「青葉、私もあなたのサポートAIとして働いた時間は楽しかったわ。信じてもらえないと思うけど、今までで一番充実していた。こんな私でも、人並みに幸福を感じられた。……だから、ありがとう。本当に……ありがとう」

 家族の情を示すかのように、ソフィアは俺をゆっくりと抱きしめる。……抵抗することはできなかった。


 彼女をまったく恨んでいないといえば嘘になる。ただそれでも、強く押しのけることができなかった。境遇に同情しているのか、数少ない仲間を失いたくなかったのか、それともまったく別の感情か……。よくはわからないが、俺は何もすることができなかった。


「……なあソフィア、少し寝てもいいか? 疲れたんだ」

 ソフィアの体温を感じて気がゆるんだからか、急速に睡魔が近づいてきた。

「ええ。ゆっくり休みなさい。大丈夫、あなたは私が守るから」

 母親に抱かれた子供はこんなにも安心するのだろうか――そんなことをぼんやりと考えながら、俺は深い眠りについた。


 自分がアンドロイドだと自覚したあとでも、夢を見ることができればいいんだが。

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