アンドロイドの歴史
「まず最初に、この組織について説明するね。ここ――リーフブルーについて」
「表向きは機械部品の製造会社だったよな?」
「そう。でももちろん、そんなのは上っ面。それもまったくやってないわけじゃないけど、本職はAIの研究を専門に行っている非合法の組織なんだよ。社員が何人だとか、どんなことをしてきたかを一から説明すると日が暮れちゃうから、青葉くんに関係する場所だけ話すね」
俺は頷き、続きを促す。
「リーフブルーの目的は、これまで以上のAIを生み出すこと。人間と変わらないような、高度な人工知能を。――そのAIをどうするのかまでは知らないんだ。売ってお金を稼ぐのか、大量にそのAIを搭載した戦闘用アンドロイドを作って、軍事転用するのか……」
彼女も俺と同じアンドロイドということは『職員』というよりは『研究対象』という立場なのだろう。組織の詳しい実態や目的がわからないのも無理はない。
「とにかく、この組織の目的はわかった。次は俺たちのことを教えてくれないか? 作られた経緯とか、俺やあんた以外のアンドロイドとか、わかる範囲でいいから」
「うん。――リーフブルーは様々なアプローチを試して、AIの進化を促した。新聞の事件記事を読ませて、AI同士でディスカッションさせたりもしたみたい。……でも、なかなか思うような成果が出なくて、プロフェッサーが新規のプロジェクトを立ち上げたんだ」
「プロフェッサーってオールバックのスーツ野郎だよな?」
イヴのとなりに居た、胡散くさい男の姿を思い返す。
「そうそう。当時はまだ名前があったらしいよ。――で、そのプロフェッサーの考えたプロジェクトってのが、人間に近い体のアンドロイドを作り、その中に『自分を人間だと思い込んだAI』を搭載させるってものだったの」
「ずいぶんとファンシーでファンタジーなプロジェクトだな。子供向けの絵本にできそうなストーリーだ」
専門家ではないので、なぜそのようなことをしたのかは理解できない。よっぽど切羽詰まった状況だったのか、学術的根拠があったのか……もう生み出された俺からすればどちらでもいいことだ。
「持ち上がったその計画で生み出されたのが……俺とあんたか」
「そう。人間を演じるアンドロイド。非合法のアンドロイドだから、ロボット三原則なんてものも適用されていない」
ロボット三原則が搭載されていないアンドロイド――そうした存在は過去にも例がある。何十年も前の、初めてロボットが投入された『戦争』だ。斥候などの役割を果たすために試験投入されたアンドロイド部隊があったらしい。結果は、ほとんど役に立たなかったとの話だ。この戦争で人間が学んだことは、AIに柔軟な人間的思考をさせることの難しさだったらしい。
「で、ここからはウチらの歴史を話すね。――最初に作り出されたのは一道和斗という名前を与えられたアンドロイド。ウチと青葉くんのお兄さんでもあり、プロトタイプだね。一道さんはこの組織内で自分は人間だと思い込んだまま過ごしたそうだよ。簡単な雑用を行ったり、食堂でみんなと一緒に食事したり……ごく普通に過ごしたみたい」
「ふーん……その一道ってのはどうなったんだ? まだここに居るのか?」
「ううん……一道さんは少しずつ変になって、最後は解析不能の電子ノイズを大音量で流しながら『死んだ』そうだよ」
「……ちょっとしたホラーだな」
会ったことはないが、自分の兄がそんな死に方をしていたと聞いて、あまり面白い気はしないな。
「次に作られたのが二道春香さん。彼女も同じように組織内で暮らしていたらしいね。なんとか気が狂うこともなく、自分がアンドロイドだと気づくこともないまま半年間生活したの。それから組織は彼女を機能停止させ、データを抜き出した。そのデータを元に作られたのが三人目……三道晴彦さん。彼は初めて組織の外に出たアンドロイドなの」
「俺みたいに、外の世界にほっぽったわけか?」
「さすがにそこまで酷くはなかったらしいよ。お金を渡して買い物に行かせたり、交通機関に乗るよう指示したり……その程度だったみたい。で、三道さんも最初はうまくいってたんだけど……途中でガラの悪い連中に絡まれて……ばらばらにされちゃったらしいの……」
「……そうか」
会ったこともない遠い親戚の訃報を聞いたような気分だった。自分にとって関係がないわけじゃないのに、それほど悲しくもなれない。そのことが無性に悔しかった。
「名字から考えて、次に作られたのがあんた……四道彩音か?」
「ご明察。AIに戦術プログラムを組み込み、ボディもある程度戦えるように改良したのが四番目のウチだよ。最初に目覚めたのはこの組織の……ちょうどこの部屋だったかな。で、ウチもお使いとか色々したわけよ。日雇いのアルバイトとかもしたんだよ、お姉ちゃん」
「偉そうに胸を張るなっての。――で、それからどうなったんだ?」
「ウチが起動して半年くらいしたら『お前はアンドロイドだ』なんて急に明かされたの。いやー、あのときはびっくりしたね。あとになって知ったんだけど、自分が人間じゃないと知って、どのような反応を示すかを確認するためだったみたい。最初は驚いて、今までにないくらい懊悩して、それこそ死んでやろうとも考えたんだけど、やっぱり怖くって……自分がアンドロイドだということを受け入れて、生きることにしたんだ。それからは外に出ることを禁止されて、この組織のために粉骨砕身働いたり、ちょくちょくデータ渡したりしているんだよ」
あまり悲壮感を感じさせないように話してはいるが、当時は様々な悩みや葛藤があったはずだ。それらをすべて受け入れこうしていることに、俺は素直に感心した。
「なんか……すごい人生だったんだな姉さん」
「そんなそんな……ていうか、ウチのこと『姉さん』って呼んでくれるんだ?」
「ま、色々丁寧に教えてくれるし、信用できると思ったからな……嫌ならやめるぞ」
完全に味方というわけではないだろうが、少なくとも敵ではないだろう。俺は彼女に対して、そんな評価を下した。
「嫌なんかじゃないって。嬉しいよ。――じゃ、話を戻すね。次に作られたのが五道景。ウチの初めての弟だね。景は青葉くんと同じように、遠くの街で起動させて、記憶喪失だと誤認した状況でどのように街に溶け込むかをテストしたんだ。景の目覚めた街は優しい人が多かったみたいで、お世話してもらったみたいだね」
一つ上の兄は、俺と似たような人生だったわけか。
「景は驚くほど成長が早くてね。どんどん自分の電脳を改良していったんだ……そしたら突然、組織内から追跡できなくなって、そのまま行方不明」
「は? どういうことだ? 壊れたのか?」
一番近い兄弟――しかも同じような状況だった兄がどうなったかを知りたかった俺としては、期待を裏切られるような結末だった。
「壊された可能性もあるけど、景はかなり電脳に詳しくなってたから……もしかしたら自分が誰かに監視されていることに気がついて、逃げ出したんじゃないかって言われているの」
「そうか。――で、逃げ出した兄さんの次に作られたのが六道青葉か。……あ、もしかして、組織の人間であるイヴが俺のサポートAIと偽って搭載されていたのは……」
「そう。常に誰かが監視して、逃げ出さないようにだね。高いお金をかけて作ったのに、何のデータも得られませんでした、では済まないんだよ。だから、私たち兄弟の中でサポートAIがついたのはキミが初めてなんだ。……ま、正体はAIじゃないんだけどね」
俺のサポートにイヴが抜擢されるまで、それほどの歴史があったわけか。
「そうして俺は目覚めて、イヴの監視下に置かれながら生きてきた、と……俺がメールでここに呼ばれた理由は? きっかけとかあったのか?」
「うーん……これは聞いた話じゃないから、ウチの推測になるんだけど、もう十分役目を果たしたからだと思うよ。キミ、便利屋なんて危ないことしてたんでしょ? だからスクラップになる前に回収したかったんだよ」
確かに、危ない場面は何度もあったからな……それを一番近くで見ていたイヴが、危機感を抱くのも無理はない。
「で、この状況というわけか……納得はしたが、やはり実感が湧かないな」
「それもそうだよね。よくわかるよ。世界中探しても、今の青葉くんの気持ちをわかってあげられるのはウチしか居ない自信がある――だから」
姉さんが俺の頭をあやすように撫でる。少しくすぐったいが、不快ではない。右腕を使って払いのけることもせず、ただなすがままに任せた。
「このくらいしかできないお姉ちゃんを許してね、青葉くん。ウチに与えられた役目は終わり。……これからイヴせんせーが来るから、お話しするといいよ」
「イヴが? なんのために? 今までの記録データでも取るのか?」
「いや、それはキミが気を失っている間に抽出したみたい。単純に話がしたいだけみたいだよ。なんだかんだ言っても、心血注いで作ったキミのことを息子のように溺愛していたから」
いきなり腕を撃ってきた女が……ねぇ。
まあ、どうせこの部屋から逃げることはできそうもないし、少し話すくらいならいいか。
「なあ姉さん、たいしたことじゃないが……イヴが作ったアンドロイドって、俺が初めてなのか?」
「そうだよ。一道さんから景まではプロフェッサーが作っていたの。つまりキミはイヴせんせーが作り出したアンドロイド第一号だ。胸を張りたまえ。事実、素晴らしい成果を残したからね……誇っていいことだよ」
「何言ってるんだ。自分が機械だと気づかずに過ごしたピエロ期間が長かっただけだろ。偉くもなんともないさ」
自嘲しながら、子供みたいな不機嫌さを滲み出させる。便利屋に来たばかりのレナータみたいだな。
「そう拗ねないの。――じゃあ、ウチは行くよ。たぶん青葉くんもここの研究所で働くことになると思うから、そうなれば弟であり後輩だね。期待して待っているから」
姉さんは俺のおでこに軽くキスをして、上機嫌で部屋を出て行った。
「……なんか……台風みたいな姉だったな」
呆気にとられながらも、俺は家族が居るという暖かさを初めて感じていた。




