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サイバークオリア ――人工知能はアイを得るか――  作者: 黒河純
最終章 デイジー・ベルをキミに
36/47

バグ

目が覚めて最初に目に入ったのは、見慣れない真っ白な天井だった。体を起こそうとして、まだ動かないことに気がついた。


「はぁ……」

 扇風機のように首を横に振り、できる範囲で周囲を確認する。さっきのロビーではない。いたるところが真っ白な、手術室みたいな部屋だった。事実、俺は固いベッドに寝かされており、周囲には医療用らしき機械が並んでいる。

 椅子の背もたれに真新しい白衣がかけられているところを見ると、使われていない部屋ということはないらしい。埃が積もっていることもない。


「さて……」

 腹部越しにつま先を見てみると、靴さえも奪われていた。当然武器もすべて没収されている。通話を試してみるが、ジャミングされているようで、どこにも繋がりはしなかった。

「武器は奪われ、体は動かず、助けを呼ぶこともできない……最高だな」

 こんな部屋に一人で取り残されると、雪山で遭難した気分になるな。正直、そっちの方がどれだけマシか。


「…………」

 撃たれた左腕を恐る恐る確認する。出血は止まっていたが、内部から覗く金属骨格は意識を失う前と変わらずそこにある。そのことが、ただひたすらに恨めしい。

 息を潜めるかのように、ゆっくりと深呼吸。徐々に頭を働かせ、現状を認識する。

 先ほどの話をじっくりと思い出し、かみ砕き――咀嚼(そしゃく)する。


「俺がアンドロイド、か……」


 あのイヴという女の話をまるっと信じるならそういうことになるが……未だに実感は湧かない。ばかばかしい冗談だと一笑したいところだ。

 確かに俺の腕は生身ではなかった。もしかしたら全身が機械なのかもしれない。……本当にアンドロイドなのかもしれない。


「例えそれでも――」

 ――俺の内部に生じた感情や思考すべてが、プログラムによって生み出されたものだとは信じられない。自分のこれまでを、誰にも否定されたくはない。


 俺は――

「――人間でありたい」




 例え仮に……俺がアンドロイドだとしても……人間ではないのだとしても、いつまでもまな板の上の(こい)をやるつもりは毛頭なかった。

 意識を集中させ、全身を改めてスキャンする。体は動かず、ジャミングのせいで外部にもネットにもアクセスできない。要するにスタンドアローンの状態だが、電脳が使えなくなったわけじゃない。まずは与えられた手札でやれることをやろう。


「さて……」

 電脳化していれば、簡単な体のスキャンを行うことができる。生身であれば怪我の具合や不足している栄養素なんかを、全身義体(サイボーグ)であれば義体の調子や稼働率なんかを確かめることができる。簡単な健康診断みたいなものだ。とりあえずそれを実行してみよう。


「…………おいおい」

 数分のチェックを終え、出てきたのは俺の全身が機械であることの電子的な証明と、体の内部で生じているバグだった。

「なんでだよ……前にスキャンしたときは生身の結果だっただろうが。血糖値が少し高いだけで他は正常なんだろ?」

 どんなに嘆いていてもスキャン結果変化せず、目の前のホログラムウィンドウが人間でないことを表していた。これまではイヴが結果を改変していたということだろうか。


 狐につままれたような気分だが、眉に唾をつけることすらできない状況だ。まずは自分にできることから始めよう。

「……バグをどうにかするか」

 体に発生しているバグの詳細を確認する。

 単純に身体機能を制限するバグのようで、右腕・左腕・右脚・左脚・胴体・胸部の六ヶ所に発生している。これが原因で体が動かなくなったのだろう。

「イヴが意図的に発生させたのか……バグというよりもバインドプログラムだな」


 外部に助けを求めることはできないので、自分でこの(きゅう)()を抜け出すしかない。方法は……あるにはある。

「これまでソフィアに任せっきりだったから、できるかどうか……」

 俺は電脳内にあるハックツールを起動させ、自らの体にハックを仕掛け始める。うまくいけばバグを取り除くことができるだろう。

 だが、ハックしているのは自分の体だ。失敗すれば過負荷で焼け焦げるかもしれない。もしそこから火事にでも発展すれば、動けない俺は確実に死ぬだろう。


「他にやれそうなことないし……やるしかないよなぁ」


 俺は現実から逃れるように、ただただ無心でハックを続けた。

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