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サイバークオリア ――人工知能はアイを得るか――  作者: 黒河純
最終章 デイジー・ベルをキミに
33/47

クーロンシティ

 俺はいつもの装備(拳銃・ナイフ・スタンキャンディ)を揃え、便利屋アガットをあとにした。扉にはロックをかけ、クローズのホログラムを扉の中央に起動させておく。一応上の看板も『便利屋アガット』から変えておこう。


「行くぞソフィア。メールに添付されていた住所をGPSに打ち込んでくれ」

『了解……。ホントにいいのね? 後悔しても知らないわよ?』

「いいから行くぞ。目的地はここから遠いのか?」

『結構な遠出になるかしら……。徒歩は現実的じゃないわね』

「となると車か……。アガットのオートマチック車を借りよう。昨日ガソリン入れたばかりらしいから問題ないだろう」

『勝手に借りることに関しては問題ありな気もするけど……ま、それでいいんじゃないかしら』


 数秒間だけ良心の()(しゃく)に苛まれながらも、車に乗り込みエンジンをかける。

「バレないようにしておくか」

 オートマチック車にはGPSが搭載されているので、持ち主であるアガットは車の位置を把握することができる。借りたことがバレないように、その追跡機能(トレーサー)をソフィアの手を借りて停止させる。


 目的地をナビに打ち込み、俺の仕事は完了した。車に搭載されたAIが自動的に発進させ、目的地に向けてどんどん加速していく。車内は先ほどのアジトのように、重い沈黙に満たされる。せまい空間が、さらにせまくなったような気分になった。


「……なあ」

 僅かに体が揺れる心地よさを感じながら、俺はソフィアに話しかける。妙に気持ちが落ち着かず、無言でいることがつらかったからだ。自動運転なのでやることもなく、何かをしていないと余計なことばかり考えてしまう。


「正直、俺はこれからどうなるのか少し不安だ。……ソフィアは?」

『そうね……もちろん不安な気持ちもあるけど、マスターの記憶が戻ればすっきりするし、私はできるかぎりのことをするつもりよ』

 車の間を縫うように走行し、スピードをさらに上げるアガットのオートマチック車。車速に比例するように、気分が高揚していく。記憶が戻るかもしれないという希望が、現実味を帯びてきたからだろうか。


「頼もしい限りだ、ありがとな。――思い返せば、ソフィアには世話になりっぱなしだ」

 こいつと二人っきりで話す機会なんて最近はなかったからか、俺はこれまでのことを思い返していた。それほど昔でもないのに、もう何年も前の出来事のように感じる。

「目覚めたら自分の記憶ないし、たった一人だし、金も全然ないし……あのときはお前が居てくれて助かったよ」


 あの廃棄場で始まった俺とソフィアの旅。最初はどうなることかと思ったが、今では仕事も見つけ、順調に暮らせている。頼もしい二人の仲間を得ることもできた。

『なによ改まって。これから死にに行くわけでもないんだし、これまでの感謝とか口にするのやめてよ。死亡フラグとかいうやつよ、それ』

「そうだな。悪かった。――記憶が戻れば、お前をインストールした理由もわかるよな?」

『自分で選んだにしろ、誰かに無理矢理入れられたにしろ、判明するんじゃないかしら?』

 たいして疑問を持たずに、ここまで一緒にやってきた電脳の同居人についても、進展があるかもしれない。なぜオンリーワンAIなんて大層な存在が俺の電脳にインストールされていたのか、ようやくその謎が氷解するかもしれないと考えると、思わず浮足立つ。


 ただ、俺は一つの予感があった。


「――なあソフィア……確証はないが、俺は自分の意志でお前をインストールしたんだと思う」

『……どうして?』

「ネットで調べたんだが、オンリーワンAIって、事前にどんな性格なのかある程度わかるんだろ? 大人しいとか、元気だとか、寂しがりとか……だったら記憶を失う前の俺は、自分の意志でソフィアを選んだんだよ。俺はお前みたいな性格好きだしな」

 AIだということを感じさせない口調や思考。俺はもう、ソフィアを単なるサポートAIとは考えられなかった。半身のような存在だ。


『……そうね……もしそうならいいわね』

 どこか寂しげなソフィアの声は、加速した車のエンジン音でうまく聞き取れなかった。




 車を走らせること二時間。俺たちは目的地に到着した。クーロンシティという祈崎市の北東に位置する都市だ。祈崎市よりも人口は少ないらしいが、全体的に清潔で、白を基調とした巨大なビルが乱立している。歩いている人間もスーツ姿のビジネスマンが多く、物乞いをしているホームレスや、徒党を組んでいるスラムドッグも見当たらない。

 エリートが多く住まい、防犯と整備がしっかりとしている、というような印象の街だった。ここで暮らせば安全で快適な都会暮らし(アーバンライフ)が保証されそうだが、少し堅苦しいだろうな。


「そこの駐車場に停めてくれ」

『了解しました』


 手近な駐車場で車を降りる。指定された住所はここから徒歩ですぐの場所だ。

「この先か……」

 オフィス街から離れた工業地区に足を踏み入れる。白煙を吐き出す巨大な工場や、三角屋根の倉庫やら、迫力のある建物が遠くに見える。巨大な空気清浄機でもあるのか、そこまで空気が汚れているわけではない。祈崎市にもこの規模の工業地区はあるが、生身の人間はガスマスクが必要なくらい空気が汚れている。


「待たせると悪いからな。さっさと行ってやろう」

 念のため周囲を慎重に探りながら、アスファルトを踏みしめる。周囲に人気(ひとけ)はなく、時折聞こえる轟音が空気を僅かに振動させている。


 地面に突き刺さっている巨大な煙突が、天から放たれた(やり)のようだった。地球を容赦なく汚す人間を制裁するため、神が下した鉄槌。……そこから煙が出ているんだから、そんなわけないんだが。

「……どっちかというとバベルの塔か」

 人間の傲慢さを全面に押し出した神話を思い返しながら、俺は一人で苦笑した。

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