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サイバークオリア ――人工知能はアイを得るか――  作者: 黒河純
第四章 義体と少女と全身義体
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似た者同士

「――わかった。億劫だが引き受けよう。その代わり、報酬は期待していいんだろうな?」

「もちろんです。ありがとうございます」

 よほど金がなかったのだろう。アガットは子供の相手という、いかにも鬼門そうなこの依頼を受諾した。


 少女の父親は頭を深々と下げ、俺とアガットに電脳アドレスを送ってから、事情を話し始めた。

 なんでも、学校の授業中にナノマシン関係の事故が起き、娘さんは右腕に重度の火傷を負ったらしい。治療は困難ということで、右腕だけを義体化という流れになった。本来小学生は電脳化することができないが、義体を操るには電脳化が必須と言える。病院で特別な許可をもらい、電脳化と義体化を同時に行ったが、電脳にすら慣れていなかったため、義体をうまく操れないのだという。なかなか見られない症状だ。


「すみませんが、私は仕事があるのでこれで失礼します。今日の夜迎えに来ますので、それまでお願いします。――レナータ、この人の言うことをよく聞くんだよ」

 娘の頭を優しげに撫でてから、父親はアジトを出て行った。その後ろ姿を寂しそうに見つめる娘のレナータ。こんな物騒なところにおいて行かれたら、不安にもなるか……。


『なんか面白い依頼がきたわね。大丈夫かしら?』

『アガットに子供の相手ができるとは思えないしな……。俺たちも付いてフォローしてやろう』

『間違っても、小学生に手を出しちゃダメだからねマスター』

『後ろに手が回るようなことはしないって。なんにしても、一波乱ありそうだな』

 ソフィアとの通話を打ち切り、俺はレナータと同じ目線になって話しかける。子供と話すときは、こうすれば萎縮させないらしい。和佳菜からの受け売りだ。


「初めまして。俺の名前は六道青葉。よろしく」

 今は居ない心優しい少女を見習って、できるだけ柔和な笑みで紳士に対応する。大丈夫、不審者には見えないはずだ。


「……なんかあなた、ビンボーそうな見た目してるわね」

 

しかめっ面な少女の一言によって、笑顔のまま固まる俺。後ろで腹を抱えるアガット。電脳内で忍び笑いをするソフィア。

「な、なかなかおてんばで聡明なお嬢ちゃんじゃないか、なあ青葉」

 笑いすぎたのか、目尻に涙を溜めながらアガットが俺の肩をバンバンと叩く。手加減を忘れているようでかなり痛い。


「うるさいわねおばさん。静かにしてよ」


 石像と化したかのように、今度はアガットの動きが止まる。

「ほう……言うに事欠いておばさんだと? いい度胸だな小娘。義体の扱いを知りたいんだろ? その小さな体にみっちりと教え込んでやろう」

 俺は暴れ出しそうなアガットに有線でハックを仕掛け、とりあえず一時間ほど体の自由を奪っておいた。




「仕切り直しだ。レナータ、義体化してどのくらいになる?」

「……二ヶ月」

 機嫌は悪そうなままだが、質問に答えてはくれるようだ。一応本人も、父親にがっかりしてほしくはないのだろう。話してみた感じ、そこそこ利発そうな子ではあるしな。

「義体化したのは右肩から下?」

「うん。全部機械になっちゃった」

 寂しげにうつむき、足をブランコのようにプラプラさせる。幼稚園で親の帰りを待っている子供のよう

だった。


『アガット、この子の口ぶりからするに、義体化に対してかなり嫌悪感があるようだな』

 さすがに本人の前で心理分析結果を話し合うのもどうかと思ったので、通話でアガットとコンタクトを取る。

『まあ、外面が本物そっくりでも、中身は機械だ。こんな小さい頃からそんな腕になったら、落ち込むのも無理はない』

『お前が義体化したときも、同じように落ち込んだのか?』

『今となっては悪くないが、愕然としたね。三日間は食事が喉を通らなかった。酒におぼれたかったが、当時使っていた義体がアルコールを完全に分解するものでな……いくら飲んでも酔えなかった。逆にそのことが、自分の体を失ったことを如実に現してしまったんだ』

 経験者は語る、というやつだろうか。当時の苦い思い出を、リアルに話してくれた。


『自ら進んで義体にしたやつじゃなければ、だいたいこんなもんだ。義体化したのが右腕だけとはいえ、この小娘も心に傷を負っているはずだ』

『カウンセラーみたいなこと言うじゃないか。先生の意見としては、優しく接して心を開かせるのがいいと?』

『まさか。和佳菜じゃあるまいし、あたしにそんな聖人君子のようなことできるか。それに時間がかかり過ぎる』

『それじゃあ、どうするんだ?』

『どうしたもんか思考中だ。――とりあえず、どの程度義体を動かせるかのテストをしよう』


 通話を終わらせ、アガットはレナータに声をかける。

「来い小娘。こんな薄暗い室内に居ると気が滅入るだろう。子供は風の子。外で特訓してやろう」

「えー……外嫌い。家の中でゲームでもしようよ。コントローラー握る必要のない、電脳操作のやつ」

「現代っ子め。これだから斜に構えた最近のガキは嫌いなんだよ」

「発言が年寄りだぞアガット。――レナータ、試しに右手でこのビー玉をつかんでみてくれ」

 テーブルの上に透明なビー玉(アガットがラムネを飲んでいたときにもらい、なんとなくポケットに入れておいた)を置く。唇をとがらせながらも、ぎこちなく右腕を持ち上げる。


「……」

 俺とアガットが見守る中、氷で固まってしまったかのような腕を移動させ、ビー玉に手を近づける。(かん)(まん)ながらも指先が(かす)かに動き、玉をつかもうとしたが、

「あっ」

 力を入れすぎたようで、ビー玉は転がりながらレナータの手を離れて行く。


「おいおいどうした小娘。こんなことすらできんのか?」

 ビー玉がテーブルから落ち、地面に直撃する直前でアガットがそれを拾い上げる。そのままプロのバスケット選手のように、人差し指の上でくるくると回し始めた。あんな小さい玉をあそこまで精密に操ることができるのか……器用なやつだ。


「う、うるさい! 変な髪の色のくせに!」

「ああ!? 何が変な色だ、超カッコイイだろ!? この髪高いんだからな! お前のお年玉五年分くらいだぞ!」

 にらみ合いつつ、大声で口喧嘩を始めるアガットとレナータ。精神年齢が大して変わらないんだなこの二人。


『……大丈夫かしらこの依頼』

『不安になってきた』


 俺は頭を抱えながら、全身義体(サイボーグ)と義体少女の言い争いをどうやって終わらせるか考え始めた。

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