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サイバークオリア ――人工知能はアイを得るか――  作者: 黒河純
第四章 義体と少女と全身義体
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小学生の義体使い

 正直、和佳菜が居ないときにやっかいな依頼がきたと思った。それは、こうして腕を組んで悩んでいるアガットも同じだろう。人生というのは、得てしてタイミングの悪いものだ。


「……青葉、なんで和佳菜居ないんだっけか?」

「忘れたのか? 祈崎市とは別の都市に新しく病院ができたから、下見を兼ねて健康診断でもしてこいって、お前が命令出したんだろうが」

「あー……そういやそうだったな」

「――ちょっと待て。それだったら一緒に行かせてくれよ。新しい病院なら、俺の記憶喪失について何かわかるかもしれないだろ」

「どうせ無駄金になる。やめとけ」

「この義体女め。――まあ、それはともかくとして……受けるのか?」

「先立つ物がないのは確かだが……はぁ……」

 俺とアガットはそろって視点を前に向ける。

 そこには、興味なさげに腕を組んでいる小学生の女の子。


「『義体の扱い方を娘に教えてほしい』か……」




 話を一時間ほど前に巻き戻そう。

 和佳菜の居なくなった便利屋アガットで、俺たちは暇つぶしとして映画を観ていた。今の時代、こういった映像での娯楽は自分の網膜内で楽しむのが一般的だ。自分にしか見えないわけだから、どこでどんなものを見るのも自由。それに、モニターもテレビもリモコンもいらない。

 だからこそ、バラエティ番組をテレビで観る人は減ったし、ネットにアップされた動画をパソコンのモニターで観る人も減った。

 未だにテレビ・ラジオ・パソコン・携帯電話などの機械はあるが、そういった物は電脳化する前の小学生が使うことが多い。


 しかし、


「見ろ青葉、年代物のテレビが倉庫の奥から出てきた。せっかくだしなんか見ようぜ」


 とのことなので、俺とアガットは並んでソファーに座り、古い映画(これも一緒に眠っていたらしい)をぼんやりと眺めていた。話の内容はマフィアと警察のドタバタ劇だ。

「なあアガット、こんなのんびりしてていいのか?」

 ブラウン管の荒い映像を興味深く観察しながら、俺はアガットに声をかける。映画の内容よりも、CGの適当な、古めかしい映像の方が新鮮で面白い。

「仕方ないだろ、依頼者が来ないんじゃ。便利屋ってのは、常に受け身なんだよ」

「まあそうだが……かれこれ一週間は仕事してないよな? 俺そろそろ金なくなりそうなんだが……」

 祈崎市に未曾有の平和日和でも訪れているのか、ここ最近はめっきり事件が起きていない。その方が世間的にはいいのだろうが、このまま怠惰な日々が続けば野垂れ死んでしまう。警察とは違って、俺たちに血税が舞い込んでくることはないのだから。


「あたしだって金はない。朝な夕な暇つぶししてるだけじゃなくて、割のいい仕事がほしいんだがな。――そうだ、お前が問題起こして、それをあたしが解決して、そこらの住民から金もらうってのはどうよ?」

「嫌に決まってるだろ、そんな自作自演(マッチポンプ)。そもそも、近所の人間には面割れてるっての。――せっかくだし内職にでも手を出すか?」

「あたしそんなキャラじゃないだろ。それこそ却下だ。――お前なら、銀行のセキュリティーも突破できるんじゃないのか?」

「できてもやらないからな。――ま、そのうち仕事入るだろ」


 俺は炭酸飲料を口に運び、映画に集中した。テレビの中では、警察とマフィアが激しい銃撃戦を行っていた。時間的にもクライマックスのようだ。

「……そうだな。気長に待とう」

 アガットもソファーに深く身を沈め、映画をぼけっと眺める。

 時間の流れがゆっくりになったかのような錯覚。遠くから聞こえる子供の遊ぶ声を聞きながら、俺はち

らりとアガットを盗み見る。


「……」

 真っ赤な髪の毛を微塵も揺らすことなく、少しつり上がった目で映画を真剣に見ていた。

「――なあアガット、少し訊いていいか?」

「ん?」

 こちらに視線を向けることはなかったが、話を聞いてはいるらしい。


「義体化する前……生身の頃はどんなだったんだ?」

「なんだよ(やぶ)から棒に。あたしの昔話が聞きたいのか?」

「手持ちぶさたを感じてな。嫌だったら答えなくてもいいぞ」

「別にそんなことはない。このつまらん映画を見るよりは有意義だろう」

 真剣に見ていたわりに、あまり気に入っていなかったご様子。


「今は女の義体を使っているがな……実はあたし男なんだよ」


「マジかよ!?」『ホントに!?』


「まあ嘘だが」


「…………驚かせるな」『…………驚かせないでよ』

 こっそりと自分の心拍数を網膜内で確認すると、案の定急激に上がっていた。心臓に悪い冗談はやめてほしい。

「あたしの生まれは、そこまで特殊なものじゃない。……祈崎市とは別の都市で生まれ育ったあたしは、父親が厳格な軍人だったこともあって、昔から軍に憧れていた。女の子なのに、人形よりもモデルガンばっかりいじくり回してな……母親にはよく嘆かれたもんだ。父親は反対に嬉しそうだったがな。――そうして、十八のときに軍への入隊試験を受けたんだが、そこで事故が起きた。当時敵対していた敵国からの攻撃だったらしいが、火薬庫が大爆発だ。いやぁ、今思い出しても綺麗な花火だったぞ」

 昔の武勇伝を語る不良のように、アガットは遠くを見つめながら、過去の出来事を現在の言葉へ変換する。


「……もしかしてそのときの事故で?」

「ああ。あたしは体を失った。即死しなかっただけでも幸運だろうと思う。――それから、晴れてあたしは全身義体(サイボーグ)となって、両親の元を離れて旅に出た。その旅の途中で祈崎市に立ち寄ったら、親に捨てられた和佳菜に出会ったわけだ」

「それで今に至るということか……ていうか、なんで急に旅なんてしたんだ?」

「複雑な乙女心だ。全身義体(サイボーグ)になった自分が、どこまで動けるようになったのかを確かめたかったのもあるが……なんだかじっとしていられなかったんだよ。体を失ったからこそ、目一杯人生を謳歌したくなった……んじゃないか、当時のあたしは」


「ふーん……」

 ……何となくだが、わかる気がする。人間ってのは順応能力が高いが、基本的に変化を嫌うものだ。自分自身が変わってしまったことに対して、ストレスが溜まっていたのではないだろうか。ストレスの解消方法は人によって様々だが、じっとしているだけでストレスがなくなる人は()()だ。だからこそ当時のアガットは、旅という行動に出たのではないのだろうか。

「……色々あったんだな」

「おうよ。ま、後悔はしていないさ。両親とも、たまには連絡を取ってるしな。これはこれで楽しい人生だ。――まあそんなわけで、以上がアガット・ラングレーの半生だ。ご静聴どうも」


 アガットの昔話が終わると同時に、テレビの中ではスタッフロールが流れ始めた。




「あのー……すみません」

 テレビを倉庫に戻し、一階に下りてきたところで、久々の来客だった。

「お、仕事だぞ青葉。これで飢えずに済む」

「みたいだな。――依頼ですよね? どうぞこちらへ」

 入ってきたのは、四十代ほどの(かん)(こう)そうな男性と、小学生くらいの女の子だった。男性はごく普通のスーツ姿。女の子は涼しげな水色のワンピースを着用している。

 手をつないでいることから察するに親子だろう。二人を席に案内して、俺はお茶の用意をする。和佳菜が居ないからやることが多くて大変だな。


「それでどんな用件だ?」

 アガットが早速話を切り出す。いつものことだが、彼女が客と世間話をすることはまずありえない。最低限の、仕事に関することのみだ。

 愛想の悪いアガットを特に気にした様子も見せず、男性客は口を開く。

「はい……私の娘――レナータについてなのですが」

 父がとなりに座る娘をちらっと見てから、重々しくこう告げた。


「指折りの義体使いと名高いアガットさんにお願いなのですが――義体の扱い方を娘に教えてほしいんです」

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