青空の下にて
その後の流れを簡単に記そう。
アンドロイドを使って引ったくりを行ったジャック・ローンは警察に連行され、部屋の中から見つかった宝石(引ったくられた物)は俺と和佳菜で依頼主に返却した。
報酬を受け取り、三十万ゴールドは全員で山分けとなった。一人頭十万ゴールド。かなりの大金だ。
「お疲れさん。これでしばらくは安泰だな」
ほくほく顔のアガットが定位置のソファーに座り、煙草を味わっていた。
「今回は、青葉も和佳菜もよくやってくれた。弟子の成長を嬉しく思うぞ。ま、青葉は最後の詰めが甘かったようだが」
「ありがとうございます」と、嬉しそうな和佳菜。
「悪かったな」と、少しふて腐れた俺。
まあ、確かに相手を甘く見ていたのは確かだ。今後は気をつけよう。
「んじゃ、あたしは大金もできたし、久々にカジノでもいくか」
勢いよく立ち上がり、颯爽とアジトを出て行くアガット。こんな調子だから万年金欠なんだろう。
そして、その後ろ姿に向かって、
「負けてもわたしの報酬はわけませんからね?」
「俺に土下座して金を借りる練習でもしておけ」
容赦ない言葉をぶつける俺たちだった。
『なあ、ちょっと訊いていいか』
『ええ、いいわよ。何?』
アガットが出て行き、静寂を取り戻したアジトで、俺は気になっていたことをソフィアに切り出した。
『俺がジャックの家でスタントラップに引っかかったとき……お前と通話できなかったよな? 何かあったのか?』
ジャックの家を出たらソフィアも復活したが、それまでは通話することすらできなかった。
『……詳しいことはわからないけど、一時的にバグが発生したらしいわね』
『バグ? エラーは起きてなかったが……』
『それも含めてのバグだったんじゃないかしら。ま、今はこうして復旧したんだし、別にいいじゃない』
『まあ、それもそうか……』
状況的に、ジャミングによってソフィアと連絡ができなくなったような気もするが……サポートAIに限ってはジャミング中でも通話可能だ。ソフィアの言う通り、電流による未知のバグだと考えておこう。
「青葉さん? お口に合いませんでしたか?」
「え? ああ、いや、大丈夫だ。おいしいぞ」
そういや、先ほど和佳菜の作ってくれたコーヒーを、まだ一口しか飲んでいなかった。
ソフィアのことは一度頭の隅に追いやり、慌ててコーヒーを飲む。――うん、やはりおいしい。
「……」
「……」
和佳菜は話を切り出すタイミングを窺っている様子で、妙に気まずい沈黙が場を支配していた。俺は俺で気の利いたことが言えず、時間だけが無為に過ぎていく。
記憶を失う前からそうだったのかはわからないが、俺は話すことがそこまで得意ではない。人見知りはほとんどしないが、他人と積極的に話そうとはしないタチだ。
……ただ、ずっとこのままだんまりしているわけにもいかないか……。
「「あの」」
綺麗に重なる俺たちの声。
「……」
「……」
そして再び訪れる沈黙。
『まだるっこしいわね。付き合いたてのカップルじゃないんだから』
変な例えをするなよAI。緊張するだろうが。
「あの……青葉さん、少しお話いいですか?」
「あ、ああ……なんだ?」
『心拍数が上がってるわよマスター』
『アンインストールするぞ』
ソフィアを黙らせ、和佳菜と改めて向かい合う。
「青葉さんは……アンドロイドに感情はあると思いますか?」
「――なに?」
まるで予想していなかった質問だったので、少し面喰らってしまった。
「アンドロイドに……感情?」
「変なこと訊いてごめんなさい。わたし昔っから、アンドロイドが人間に見えるんです。『彼らにも感情があるんじゃないのか?』……と、そう思ってしまうんです」
彼女がアンドロイドに関して強い関心を持っていたのは知っていたが、まさかここまでとは……。
「この話を他の人にすると、バカにされるのであまり話したくなかったんですけど……青葉さんなら笑わないで聞いてくれそうな気がして。――今朝、買い物をしているときにした話覚えてます?」
話の流れからして、アンドロイドに関することだろう。となると、
「雨の日に、捨てられたボロボロのアンドロイドを偶然見つけた話か?」
「そうです。あのとき、このアンドロイドが急に動き出して人間を襲うんじゃないかって、すごく怖かったんですけど……同時に見惚れてしまったんです。頬を伝う雨が、まるで涙のように流れてて……。助けをほしがっているように――千切れてしまった腕を賢明にこちらへ伸ばしているような……そんな錯覚がしたんです」
「……」
そのときの光景が、鮮烈に、そして呪いのように彼女の中に残ってしまったのだろう。
「結局、そんなことあるはずもなくて、壊れたアンドロイドが人間に恨みを持って動くことなんてなくて、わたしにはどうすることもできなくて……ただ逃げ出したんです。たぶん、捨てられた子猫を見かけたような気持ちだったんだと思います。わたしが捨てたわけでもないのに、見て見ぬふりをした罪悪感を感じて……なんなんでしょうね」
疲れたような痛々しい笑顔を張り付かせる和佳菜に、俺は無性に悲しくなった。
和佳菜が何かしたわけでもないのに、いつまでも過去の影が離れない。明らかに不条理だ。
――だからこそ俺は……俺くらいは、彼女の支えになりたかった。
「……和佳菜、質問に対する答えだが――アンドロイドにも感情は宿るんじゃないかと、俺は思う」
慰めでもなんでもなく、素直に自分の感じたままを話す。そうであってほしいという願望も織り交ぜながら。
「確かに、アンドロイドの言動は人間の作り出したAIによって決まるけど、それがすべてだとは思わない。同じAI、同じアンドロイドだとしても、どんな環境で誰と『成長』したかによって、別な感性を持つんじゃないか?」
実際に実験したわけでもないし、感情を持ったアンドロイドなんて見かけたことはないが……例えそれでも、俺は信じてみようと思う。アンドロイドを特別に想うことのできる、少女のためにも。
「――そう……ですかね?」
「もちろん専門家じゃないから、はっきりしたことは言えないけどな。でもAIってのは不思議なもんだろ? 作り出した人間すらも、AIがどこに向かうのかわからない。――和佳菜、俺のサポートAIすごいぜ。口悪いし、わがままだし、でも優秀だし……なかなかこんな人工知能居ないって」
『褒められているのかしら』
不満げな声を上げるソフィアはとりあえず無視して、俺は話を続ける。これが和佳菜の救いになるように祈りながら。
「まあとにかく、俺は和佳菜の考えをバカにはしない。間違っているとも思わない。人間の感情だって、元を辿ればニューロンの電気信号だ。AIと大差ないさ」
俺はできるだけ穏やかに笑いながら、兄が妹を褒めるように、和佳菜の頭をそっと撫でる。
「……なんか、青葉さんって不思議な人ですよね」
「? なんだよ急に」
「なんでもないです……ありがとうございました」
憑き物でも落ちたかのような晴れやかな表情で立ち上がり、和佳菜は外への扉を開け放つ。その姿は、卵の殻を割り、内側から雛が出てくるようだった。
「あ、青葉さん、見てください」
「ん?」
和佳菜に手招きされ、俺も外へと顔を出す。
「お、今日は朝からずっと曇りだったが――晴れたな」
「はい」
今朝から続いた曇天は、結局泣き出すこともなく、空は暖かな日差しを降り注いでいる。
和佳菜の胸元で揺れていたライトブルーの十字架が、空の青さと惹かれ合うように、キラキラと光り輝いていた。
これで三章終了です。




